「そうか、よく報告してくれた」
赤毛の部下に布団を引っぺがされたあと、彼女から聞きたくもなかったこの数日間の出来事を聞かされた。
「うむ、事情はよく分かった。では、貴様に後のことは全て任せるゆえ、よしなに頼む」
「殿下っ!? またベッドに潜り込もうとしないで下さい!」
再びベッドに潜り込もうとしたが、残念ながら赤毛の部下に引き摺り出される。
「私は冬眠中ゆえ、貴様に一任すると言っているのだ。思う存分に第3軍の最高指揮官代理の権限を振るってくるがよい。では、私は冬眠に戻るぞ……よいしょっと」
「ああ、もうっ、
そそくさとベッドに潜り込んだ私だったが、再び赤毛の部下に強引に引き摺り出されたあげく、
「うう、儚き安息の日々よ……さらばだ」
赤毛の部下に抱えられながら私は、遠ざかっていく
「それで、トルメキア軍の損害状況はどうなっている」
「はい。一部の損害は甚大なれど、トルメキア軍全体としての軍事力維持には問題はありません」
「……そう、か」
――――私は赤毛の部下の腕の中で、そう呟くことしか出来なかった。
*
「直ちに国境周辺の警備を強化せよ。トルメキア国内の混乱に乗じて
私は司令部に到着すると、すぐさま関係者を招集して命令を下す。
「同盟国、属国に対する監視も怠るな。所詮奴らは薄汚いハイエナ共だと肝に命じておけ」
たとえトルメキアを盟主と仰いでいようとも油断は出来ない。弱みを見せれば喰われるだけだ。
「第3軍は貴族連合軍の武装解除と拘束を急がせろ。そして……未だ抵抗を続ける者達は全て殲滅せよ。これ以上、混乱を長引かせるな!」
国内の混乱は最小限に抑えなければならぬ。たとえ命令を受けているだけの者達だとしてもだ。
「親衛隊は今回の叛乱に加担した貴族共とその一族全てを抑えろ。もし、少しでも手向かうようなら――
この命令の“真の意図”に気付いた者達が一瞬息を飲むが、すぐさま覚悟を決めた顔付きとなる。
私は、トルメキア王国のティアラをつける。
「そしてこれは、第3軍最高指揮官としてではなく、トルメキア王国皇女としての命令だ。ゆえに一切の反論は許さぬ。理解したならさっさと動け!」
――――こうして私は、私が望まなかったはずの力による王位への道を歩き出した。
*
「貴族共が私への忠誠を誓っているだと!?」
貴族共の屋敷や拠点に差し向けた部隊から驚愕の報告がなされた。
殲滅する覚悟をもって突入した彼らの前に貴族共は平伏し、トルメキア国皇女――つまり、私への永遠の忠誠を口にしたというのだ。
「どういうことだ? 今さら命乞いのつもりか?」
実際に武力をもって対したのだ。負けたからといって命乞いをしても通用するわけがない。
それが通じるほど、この世界は甘くはない。
それは愚かな貴族共といっても理解しているはずだが?
「はい。恐らくはこういう事だと思われます、殿下――」
赤毛の部下が錯綜する情報をまとめてその推論を述べてくれた。
私が
その事実に危機感を覚えた貴族共は、第三皇子である兄上を旗頭として持てる全兵力を結集してその鎮圧に当たった。
大戦力といえる貴族側の軍隊に相対したのは巨神兵側についた軍隊ではなく、その巨神兵ただ一人だった。
堂々たる威風を誇る巨神兵といえど、居並ぶ戦車群の一斉砲撃を前にしては崩れ落ちるは自明の理と、貴族共は信じて疑うことはなかったという。
だが、実際に戦闘が始まった瞬間、貴族共は思い知ることになる。
『火の七日間』
わずか七日間で、世界は焼き尽くされたと伝えられる伝承に一切の誇張など無かったという事を。
――――今日、世界が終わる。
それが、あの場に居合わせた全ての人間が思った事だった。
蹂躙され破壊される戦車群。
決死の思いで反撃すれど、かすり傷すら負わせられない現実に絶望する将兵達。
大地は砕かれ、天は荒れ狂う。
見渡すは地獄のような燃え盛る世界。
もはや、絶望しかなかった。
そんな時だった。
その声が、地獄の世界に響き渡ったのは。
「クシャナ殿下が目覚められたぞ!!」
――――
*
「いやあ、野生の巨神兵が突然現れて暴れ出したのには吃驚したよなあ」
「ええ、まったくです。あの時は本当に吃驚しましたよね」
「報告を受けた俺が野生の巨神兵を倒さなかったら、被害はもっと広がっていただろうなあ」
「ええ、まったくです。巨神兵殿が倒して下さって本当に良かったです」
「まあ、結果論だけど、被害を受けた貴族達が大暴れをした野生の巨神兵を倒した俺の主人である姫様に感服して忠誠を誓ったのは良かったよなあ」
「ええ、まったくです。私としてはクソ虫のような貴族共は皆殺しにしたいところですが、僅かでもクシャナ殿下の役に立つのならば、クソ虫が息をする事を許容する覚悟はあります」
「それにしても、なぜか怯えきった第三皇子とついでに他の皇子達が王位継承権を放棄してくれたのは良かったよなあ」
「ええ、まったくです。私としてはヘドロのような皇子達はこの地上から消し去りたいですが、クシャナ殿下の慈悲ゆえに呼吸することは許す所存です」
「いやまあ、何はともあれ姫様が元気になって良かったよなあ」
「ええ、まったくです。クシャナ殿下、バンザーイ!!」
「……言いたい事はそれだけか?」
「「……」」
私の言葉に黙り込む男が二人。
「すでに終わったことゆえ、多くは語らん」
「なんだ、姫様」
「……」
私の言葉に応える
「すまぬ。そなたらの罪は私が背負おう。それは本来ならば私が決断すべき罪業だ」
私は二人に頭を下げる。
「うーん、姫様が何を言いたいのか分からないが、俺が言えるのはただ一つだけだ」
「……」
「俺はこの地上で最も邪悪なる一族といわれる黒い存在だ。そんな俺からすれば、姫様はとても白くて綺麗な子供だよ」
「黒い巨神兵とそれを抑えるトルメキアの白い皇女。それで宜しいのではないかと小官は愚考致します」
「……ククク、トルメキアの白い皇女か」
突然、笑いだした私に二人は首を傾げた。
「それは余りにも虚名が過ぎるというものだ。そうだな、これより私はこう名乗ろう」
――――トルメキアの白い魔女、
と。
クシャナ殿下の二つ名が決まった瞬間です!!