トルメキアの黒い巨神兵   作:銀の鈴

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トルメキアの白い魔女〜叛乱〜

――クシャナ殿下、倒れる。

 

その凶報に、全てのトルメキア国民達は己の耳を疑った。

 

我欲にまみれた王族の中で、たった一人だけ真摯に国を想ってくれる可憐な王女殿下。

 

彼女の存在は、滅びつつある世界に怯えながら生きていた国民達にとって唯一の希望だった。

 

だが、その唯一の希望が倒れた。

 

そんな絶望的な状況に、トルメキア国民達の脳裏には様々なネガティブな思考が渦巻く。

 

終わらない戦乱。広がり続ける腐海の恐怖。蔓延る汚職。貧しく苦しい生活。減らされ続けるお父さん達のお小遣い。僅かなお小遣いを握りしめ、安酒場に通う自分達とは裏腹に、仕事の出来ない能無しで傲慢な貴族の上司達は高級酒場に行きやがる。

 

既にお父さん達の我慢は限界だったのだ。

 

その限界をギリギリで支えていたクシャナ殿下が倒れたとなっては、もうお父さん達を止めるものなどなかった。

 

 

“王都での叛乱”

 

 

それがトルメキアという国の――

 

 

――逃れられない運命だった。

 

 

 

赤毛の部下は、人生の春を謳歌していた。

 

その理由はさっぱり分からないが、なぜか自室に引き籠もられた王女殿下。そのお世話係を侍女連中との凄絶なキャットファイトの末、勝ち取ることが出来たからだ。

 

その代償として、彼女も肋骨を数本ほど折られたが得られた幸福と比べれば全く気にならなかった。

 

「はい、ア〜ンして下さいね。殿下」

 

「あ〜ん。もぐもぐ」

 

自室に引き籠もってからは、ベッドの中のみを生活の場とされた王女殿下。

 

通常はその姿は布団に包まれて見ることが出来ないが、食事時にはぴょこんと頭だけを出して下さる。

 

赤毛の部下は、まるで親鳥が雛に餌を与えるように甲斐甲斐しくア〜ンを繰り返す。

 

敬愛する王女殿下の愛らしい口元にスプーンを差し出すと、王女殿下は素直にパクついてくれる。

 

その悶えるほどに愛らしい仕草に赤毛の部下はナニかに達しかけるが、彼女は鋼の精神力でその強い衝動を抑え込む。

 

そう、ここで彼女は失態を演じるわけにはいかないのだ。

 

何故なら、僅かに開いている部屋の扉の隙間から鬼の形相をした侍女連中が彼女を見張っているからだ。

 

ほんの少しでも赤毛の部下が失敗したなら、それを理由に王女殿下のお世話係を辞めさせようと迫ってくるだろう。

 

そんな愚かな真似をするわけにはいかない。

 

赤毛の部下は、表面上は冷静を装いながら至福の時を過ごす。

 

もぐもぐと頬張る王女殿下。

 

その姿に見惚れながら赤毛の部下はふと思い出す。

 

王女殿下の唯一の友達である巨神兵の姿が今日は見えなかったことを。

建前上は、巨神兵は王女殿下の執事なので、彼は王女殿下の屋敷の庭でテント暮らしをしていた。

 

その庭に彼がいなかったのだ。

 

「……散歩かしら?」

 

赤毛の部下は小さく呟くと、愛らしい王女殿下の姿を脳裏に保存する作業に戻るのだった。

 

 

「もぐもぐ……ごっくん」

 

 

 

 

王都の大広場で、(巨神兵)はその威容を群衆の前に晒していた。

 

群衆は(巨神兵)の言葉を待っていた。

 

そう、敬愛する王女殿下が唯一、友と認めた(巨神兵)の言葉を。

 

そして、(巨神兵)は言葉を紡ぐ。

 

姫様への熱き想いを込めた言葉を紡ぐ。

 

 

『我々はひとりの英雄(姫様)を失いかけている!

しかし、これは敗北を意味するのか!?

否! これは始まりなのだ!

 

王侯貴族連中と比べ、我ら平民のお小遣いは30分の1にも満たない!

にもかかわらず、今日まで我慢してこれたのはなぜか?

諸君!

我ら平民は、懐は寂しくともその心が正義だからだ!

それは諸君らが一番知っている。

 

我々は家族のため、過酷な職場に駆り出されて酷使されている。

そして、ひと握りの王侯貴族がこのトルメキアを支配して数百年!

トルメキアに住む我ら平民が僅かな賃上げを要求して何度、踏みにじられたか!

トルメキアに掲げる平民ひとりひとりの賃上げのための正義の戦いを神が見捨てるわけがない!

 

俺の姫様、諸君らが愛してくれたクシャナ殿下は倒れ(冬眠し)た!! 何故だ!?

 

新しい時代の覇権を俺の姫様が得るは歴史の必然である。

ならば、我らは襟を正しこの難局を打開しなければならぬ。

我々は過酷なトルメキアの職場環境で仕事をしながらも共に苦悩し錬磨して今日の給料を得てきた…

 

かつて姫様は、自分が王位に就いたなら適正な給料体系を構築してくれるといった。

しかしながら他の王族どもは自分たちがトルメキアの支配権を有すると増長し姫様に抗戦をする。

諸君の父も、子も、その愚かな王族どもの無思慮な抵抗の前に減給されていったのだ!!

 

この悲しみも、怒りも忘れてはならない!

それを…姫様は…身をもって我々に示してくれた!

我々は今、この怒りを結集し、王族どもにたたきつけて、はじめて真の勝利を得ることができる!

この勝利をもって、俺の姫様を王位に就けるのだ!

 

平民よ!

悲しみを怒りに変えて立てよ、平民よ!

我らトルメキア平民こそ選ばれた平民であることを忘れないで欲しいのだ!

我慢強い諸君らこそ、俺の姫様を救い得るのである!』

 

 

(巨神兵)の言葉は、その巨体に相応しい重厚な響きを帯び、クシャナ殿下への熱き想いに満ちていた。

 

そして、不思議なことにその言葉はまるで頭の中に直接聞こえてくるようだった。

 

そして、本当に不思議なことにその言葉は大広場から遠く離れた場所にいた人々にも届いていた。

 

そして、群衆の最前列で(巨神兵)の言葉を聞いていたひとりの男が、堪えきれぬとばかりに震える拳を天に突き上げながら吠えた。

 

「クシャナ殿下に勝利を!! 我らの愛するクシャナ殿下に王位を!!」

 

男の魂からの咆哮に群衆の魂も呼応した。

 

大広場に……いや、王都中にクシャナ殿下を讃える声が、クシャナ殿下に王位を望む声が溢れかえった。

 

そして、本当に本当にほんっとーに不思議なことに、その日、王都の人々の頭の中に直接聞こえてくるようなクシャナ殿下を讃える声が途切れることはなかった。

 

人々は頭の中に響く言葉を、いつしか自分の心の声だと思い込んだ。

 

 

これが、王都での叛乱の始まりであった。

 

 

 

 

最初に咆哮をあげたひとりの男――寡黙で冷静にみえる外見をした男は、熱狂に包まれる人々を見つめながら小さく呟いた。

 

「クシャナ殿下を王位に就けるこの戦いで、俺は必ず手柄を立てる。そしてその功績をもってクシャナ殿下のお側仕えの任に返り咲く」

 

男は、拳が歪むほどに握り込みながら空の彼方を睨みつける。

 

「今のうちにせいぜいその地位を堪能するがいい。かつての貴様のように今度は俺が貴様を追い落とす!」

 

燃え上がる気迫を纏った男が睨むその先には、彼が敬愛するクシャナ殿下の屋敷があった。

 

そう、かつて男を嵌めまんまとクシャナ殿下のお側仕えの任に収まった赤毛の部下が至福の時間を過ごしている屋敷だ。

 

「ドチクショウがぁあああ!! 貴様にだけは負けぬぞぉおおお!!!!」

 

そんな男の血涙を流しながらの魂の咆哮に、遠く離れた赤毛の部下の身体がブルリと震えた。

 

「あら、今日は少し冷えるのかしら?」

 

赤毛の部下は震えた身体をさすりながらクシャナ殿下のベッドに近付く。

 

「でーんか♪ 今日は少し冷えるようですから私に添い寝をさせて下さいね♪」

 

「すぅ、すぅ……」

 

お腹がいっぱいになり、おねむ中のクシャナ殿下からは寝息しか聞こえない。

 

「……拒絶が無いということは、了承ということですよね♪」

 

添い寝の許可を受けた赤毛の部下はニンマリと笑うと、いそいそと服を脱ぎ出した。

 

それは、自分の体温を効率的に譲渡して、殿下を温めて差し上げたいという滅私奉公の心の表れだった。

 

「でへへ、今、参りますね♪」

 

「「「「させません!!!!」」」」

 

少し開かれていた寝室の扉から、クシャナ殿下に心酔する武闘派の侍女達によって結成された‘メイド特戦隊”がなだれ込む。

 

これが、屋敷での死闘の始まりであった。

 

 

 

 

「むにゅう……うるさいぞ、お前ら」

 

 

 

 

 

 




トルメキアにて叛乱勃発!?
クシャナ殿下が冬眠から目覚めるまで、トルメキアは無事でいられるのだろうか!!

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