Tales of Barbartia 〜強力若本(の中の人)奮闘記〜   作:最上川万能説

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 なぜか妙に難産でした。解せぬ。後半お食事回。


第3話

 ある曇りの昼下がり、地上軍総司令部駐屯地、特殊強襲コマンド本部の執務室。

 

「ぬぅ……やはり書類仕事は好かん」

 

「そうは言いますがな中佐(ボス)、仮にも指揮官なんですから。好き嫌いで書類は減りませんぞ」

 

「そう言われても俺とて困るわ。万年兵士の俺に『これ以上手当を付けようがないから昇進させてもらう』と言ったくせして、士官教育ひとつしなかったのは上層部(うえ)のお歴々だぞ。俺が拒否したわけではない」

 

「ああ、戦果に見合う褒章のアテが昇進(それ)に付く手当しかなかったと。そりゃまた難儀ですなぁ」

 

 そう副官とボヤきあいながら、書類の担当士官署名欄にペンを走らせる蒼髪の男、バルバトス。彼の“中の人”とてかつては一応それなりの勤め人(サラリマン)、この手の書類仕事は不得意ではない。ないのだが、あくまで現代社会の高度に電子化されたそれに対してであって、電子化どころかコピー機の存在すら怪しいこの世界では、彼の書類処理スキルなど、そこらの兵士とさほど変わりない水準に等しいと言ってもそう過言ではないのだ。

 第一、特進に特進を重ねた中佐に書類仕事ができるかと言われれば、普通は“無理すんな”がオチである。指揮や手書きの書類作成スキルなど、本来この世界での指揮官に求められるスペックのほとんどを虚空の彼方に投げ捨てているバルバトスにとって、それらを外付けでそつなく代行してくれるスキンヘッドの副官(ボールドウィン中尉)は、コマンドの維持に絶対不可欠な存在だった。そもそも戦場の修羅に平時の仕事を期待するほうがおかしい、と言われればそれまでだし、それ以前に単身吶喊しかしてこなかった男に指揮スキルを求める、その発想自体が無謀である。

 もっと言えば、戦況がバルバトスに前線勤務を強いたというのも一因だった。うまいこと使えば単騎で戦術的劣勢を覆せ、さらには戦後も生きていてもらわなければ困る地上軍の英雄(ディムロス)と違い、戦死したとしても戦後に与える影響はない。どころか、その狂戦士ぶりを見るに、戦後は居場所絶無なのがほぼ確定しそうな男である。士官教育しなくとも問題あるまい、という結論もある意味妥当ではあった。

 

 が、それはそれとして、本来組織としてせねばならない教育を怠っているのも事実。戦後の再編でその辺苦労すんじゃねえかなぁ、などと内心リトラー以下総司令部に同情しつつ、署名マシンと化してひたすらペンを書類とインク壺に往復させるバルバトス。さしあたり提出期限の近い書類を処理し終えた頃には、曇天からうっすらとけぶる太陽は中天をとうに回っていた。

 椅子の上で野郎二人して背伸びし、肩や首をゴキゴキと鳴らす。朝も早よから書類と格闘していただけあって、だいぶ凝りが溜まっているようだった。特にそろそろ四十の大台が見えてくるボールドウィンは、ウンザリした顔である。

 

「うーむ、トシ食うと無理が利かなくなって駄目ですな。ボス、やはり事務屋を数人手配できませんかね?」

 

「事務処理ができる奴はどこも手放さんだろ。志願してくる雑魚どもは大概戦いたがるし、それ以前にここがどういう所か考えればな。目端の利くような奴がのこのこやってくる部署でもあるまい」

 

 バルバトスも渋い顔である。この基地で事務処理スキルを持つ者は、概ね総司令部直下の参謀本部、技術本部、輜重(しちょう)本部で独占されており、市井にいたとしても商会勤めがほとんどで、比較的総司令部に近いバルバトスのコマンドにさえ流れてこないのが実情だった。

 無理からぬ話ではあった。戦争初期に示威目的で行われた対都市射爆で、都市部にいた多くの市民が大地もろとも吹き飛ばされているのだ。奴隷階級としての人的資源回収(地上人拉致)に天上軍が移行した時点で、地上に残っていた高等教育受講層のかなりの割合が、大地と運命を共にしている。リトラーが若くして地上軍総司令官をやっているのも、彼自身の類稀なる軍略、ここまで難を逃れてきた強運も然ることながら、彼以上の軍歴を持ち、なおかつ総司令官を名乗るに値する人物が、軒並み初期時点で消し飛んでいたからだ。

 そんなわけで、どうあがいても配属されない者筆頭が事務要員というのは、各戦闘単位においては周知の事実でしかなかった。ボールドウィンもわかっているのだが、それでも愚痴のひとつは溢したくなるのが人情である。

 

「ですな。ま、若いのに少しずつ覚えさせるしかありませんか。先は長いですなぁ……」

 

 肩をすくめた副官が、ところでボス、と話題を変えた。当面の事務処理は終わり――バルバトスはひたすら署名していただけだが――隊が非番となれば、基地周辺の商業区で昼食と洒落込むこともできるのだ。食べに行くなら場所を早めに決めておいてもらわないと、出頭令を携えた伝令が無駄に走り回ることになってしまう。

 そう、商業区である。主要都市を消し飛ばされ、統治機構の大半を消し飛ばされた地上にあって、ほぼ唯一まともな統治機構であり、同時に巨大な消費機構でもある地上軍基地周辺の安全圏には、経済効果を狙う商会やその下請け、人夫に娼婦、その他諸々多くの人々が集い、一大経済区を形成していった。だいたい、軍という目に見える力の近くにいた方が安心するのが、世紀末なこの世界の一般人である。多少自衛できたとしても、天上軍の機械/生体兵器にはどうしても敵わないし、それでなくとも便利ではあるからだ。

 軍施設があるからこそ天上の標的にされるというデメリットもあるが、それを抜きにしても、人知れず殺されたり天上人の奴隷にされるくらいなら、地上軍基地攻防戦に巻き込まれて死ぬほうが幾らかマシ、というか納得がいく。それが地上の非戦闘員たちのほぼ総意だった。

 

 ともあれ、メシである。総司令部が存在する最重要拠点だけあり、ここの商業区はかつての都市部に匹敵する賑わいと規模を誇っている。非番の日はひたすら訓練と食べ歩きと武器の手入れに費やす我らが愛すべき狂戦士も、行きつけの飯屋を幾つか脳内にリストアップしていた。配下との訓練に備えて軽めで腹持ちするものにするか、はたまたガッツリいくか。今日はガッツリの気分だな、とバルバトスが訪問予定の定食屋の名を挙げようとしたところで、執務室にノックの音が響く。

 

「……入れ」

 

 あからさまに機嫌を損ねた隊長の地の底から響くような若本ヴォイスに、おっかなびっくり隊員が扉を開ける。片手に何事か書き付けたメモを携えていた。

 

「失礼します。技術本部からの出頭要請であります、サー。可能な限り速やかに出頭せよ、と」

 

「……予定変更だ、ボールドウィン。メシは食堂で済ませる」

 

 いっそ歯ぎしりしそうなほど不機嫌なバルバトスに、副官も苦笑い。この状況で苦笑できるこの辺の年の功というか、いい意味でこなれた図太さとでも言うべきものが、隊長と副隊長の円満な関係に一役買っていたのは確かである。普通は苛々を振り撒くバルバトス相手に、苦笑なんぞできる訳がない。いざ戦いとなればバルバトスの後ろからヒャッハー言いながら突撃する、勇猛果敢を通り越してアドレナリンガンギマリなこの不幸なコマンド隊員でさえ、頬の引き攣りを抑えきれないのだ。この男、何だかんだ言って結構なレベルで人外じみている。

 

「イエス、ボス。しかし、出頭要請はいかがします? 可及的速やかに、だそうですが」

 

「メシの間くらい待たせても罰は当たらん。可及的速やかに参上してやるとも、食い終えてからな」

 

 一瞬の激発こそ回避したものの、それでも不機嫌を隠そうとしないバルバトスが、むっすりとした顔で執務室を出る。げに恐ろしきは食い物の恨み、と言うべきか。一般的日本人な“中の人”にとって、日々の食事と風呂だけは疎かにすべからざるもの、それこそ神聖にして犯すべからざるレベルであった。美味いメシに舌鼓を打ち、ゆったりのんびり湯船で癒やされてこそ、生業たる任務(闘争)にも気合が入り、身が引き締まるというものだ。バカにされたらマジギレ待ったなしである。バルバトスボディでマジギレ。大惨事不可避、ディムロス出動待ったなしな超非常事態と言えよう。

 ともあれ、普段より眉間の皺が深く、普段よりやや目つきが剣呑で、おまけに「俺は不機嫌なんだ退いてろ雑魚ども」と全身で語っている地上軍最凶戦士が前から歩いてくれば、まともなメンタル持ちならモーゼの前の海が如きもの。飛び退(すさ)る勢いで道を譲り、通り過ぎてからくわばらくわばらと胸を撫で下ろしつつ、「はて、何であんなに不機嫌なんだ? 出撃禁止令でも出されたんだろうか?」などと顔を見合わせたりしていた。少なくとも、出撃禁止令なぞ出されたら若本反乱待ったなしである。最悪、総司令部が周辺ごと地図から消える。

 妙なところで噂を呼びつつ、蒼い戦闘狂が食堂の扉を押し開ける。既に食堂としての繁忙期は過ぎているとは言え、総司令部は年中ほぼ無休で不定期勤務なデスクワーカーの総本山である。中にはまだそれなりに人の姿があった。今から食事を注文する者、食後のコーヒーと洒落込む者、カップをすすりながら何事か書類に書き付ける者。

 そんなところにむっすりとした顔で、しかもめったに来ない男がやって来たのだから、視線がレーザーか赤外線シーカーめいて集中するのも無理からぬ事ではあった。が、今のこの男、なかなかに不機嫌である。片眉をヒクリと戦慄かせ、向けられた視線を逆に睥睨して鎮圧すると、トレーのもとまで足音高く歩み寄った。何はともあれ昼飯はよ。外で食えなかったんはもういいからはよ食わせろ。実際それくらいしか考えていないのだが、しかし強力若本な見た目ではただの不機嫌なバルバトスである。威圧感バリバリだった。

 が、トレー片手に威圧全開のバルバトスに相対しているにもかかわらず、食堂の主は平常そのものだった。やはり兵の胃袋を物理的に握るだけあって、肝っ玉の出来が違うらしい。あまつさえ気さくに話しかけるのだから剛毅である。

 

「ありゃ、バルバトスの大将! 随分とお見限りじゃないか。商業区に行きつけの店とかないのかい?」

 

「腹立たしいことに、食いに行こうとしたら出頭要請よ。ふん、メシの間くらい待たせても罰は当たらんだろうとも。問答はいい、とにかくメシだ。カレー特盛り、A.S.A.P.(なるべく早く)でな」

 

 ――あいよ、カレー特盛りね。

 器の半分にこれでもかと盛られたライスの横に、これまたこれでもかとカレーが注がれる。それをうずうずしながら見つめるバルバトス。特盛りともなれば、もはや並盛り二杯分強である。これだけ食べた上で激しい訓練に胃が悶えないのだから、狂戦士の肉体はやはり規格外であった。

 そのカレーの上に、ガッツリ一枚分のカツが乗せられる。これにはさすがにバルバトスも困惑の表情を見せた。

 

「おい、カツは頼んでないぞ」

 

 それに応える“おとっつぁん”の渾名を奉られた主は朗らかなものだ。

 

「なに、あたしからの個人的なお礼だよ。甥っ子が所属してる部隊が包囲された時、それを打通して退路を確保してくれたのが大将だって聞いたもんでね。甥っ子も無事帰ってきたし、これくらいじゃお礼にならないかもだけどさ」

 

 そういう事なら、ありがたくいただいておく。そう返したひとり増強中隊は、幾分不機嫌さを和らげていたようであった。

 ――カレー特盛り、お待ち。

 トレーに特盛りカレーと付け合わせのサラダを乗せ、足早なのは変わらないが、多少表情を和らげたバルバトスは窓際の席に陣取った。ピッチャーから冷水をコップに注ぎ、両手を合わせる。この世界の民からすれば少々異質な食前礼、しかし“中の人”には慣れ親しんだそれ。

 ――いただきます。口の中で小さく言葉を転がし、スプーン片手にカレーを崩しにかかる。よく煮込まれている。意外にもたっぷりゴロゴロしている具は、煮込んだ後からさらに追加されたものだろう。煮溶けた野菜の旨みと、程よい辛味が舌を刺激する。カレーを一口、二口。冷水を一口。カツを一切れ頬張り、またカレー。カレー、カレー、冷水、カレー、カツ、カレー、冷水、カレー、カレー、漬物、カレー、カレー、サラダ、カツ、カレー、カレー、冷水、冷水を注ぎ直し、カレー、カレー……。

 意外や意外、ときおり器とスプーンが擦れる音やコップの置かれる音以外、ほとんど無音の食事であった。瞬く間にカレーをたいらげ、最後に水を飲み干し、実にわかりやすく機嫌を直したバルバトスは、トレー返却口で機嫌よく「ごちそうさん」と挨拶まで披露し、呆気にとられる目撃者を後目に食堂を後にした。

 呆然と食事を見ていたとある士官が、ぼそりと呟いた。

 

「まさか、ゲーティア中佐があんな上品にお食事されるとは思わなかった……」

 

 間違いなく、その場にいた者たちの総意であった。




 狂戦士強力若本と一般的日本人の食への執着が合わさり最凶に見える。見るまでもなく最凶ですねわかりたくもありません。
 こいつの前で飯を愚弄すること、それは死を意味する。物理的(鉄拳で着弾箇所がパーン☆)にも精神的(憤怒の威圧で精神べキィ)にも。

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