fate/stay night 夢よ永遠に   作:fate信者

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虎の襲来

その後。

遠坂は居間に残り、桜は無言で朝飯の支度を初めてしまった。

居間で遠坂と桜はふたりきりにするのは不安があったが、こっちもセイバーの事を忘れるほど間抜けじゃない。

どうも桜は遠坂がいることに怒っているみたいだし、ここでセイバーが出てきては話が更にこじれる。

 

こじれるので、セイバーには事情を説明する事にした。

 

「……という訳なんだ。

桜ーーーあ、いまうちに来てくれる子は桜って言うんだが、桜は魔術師でもなんでもない普通の子で、聖杯戦争なんかに巻き込むわけにはいかないだろ。

できれば知らないままで、しばらくうちから離れていてほしいんだがーーー」

 

違うっ、どうしたら離れてくれるだろうなんて相談しにきた訳じゃないっ!

 

「だからだな、今朝の桜はどうもおかしいんだ。

遠坂が原因なんだが、そこに追い打ちをかけるのもどうかと思う。ああいや、だから桜は見知らぬ他人がうちにいる事に驚いているんだ。そこにセイバーが出てくるとさらにおかしくなりそうなんだが、まて、俺なんかセイバーに失礼なコト言ってないか……?」

 

「いいえ、シロウの言いたい事は判ります。つまり、私はここで待機していれば良いのですね?」

 

「ーーー! そう、そうしてくれると助かる! 桜を送り出したらすぐに戻ってくるから、朝食はその時で」

 

ええ、と静かに頷くセイバー。

いや、セイバーが物わかりのいいヤツでもの凄く助かった。

居間の様子も気になるし、急いで戻ることにしよう。

 

「ーーーシロウ」

 

「ん? 何だ、セイバー」

 

「はい。そのような事を私に説明する必要はありませんが、もう少し落ち着くべきです。先ほどからシロウの言動は破綻しているかと」

 

「えーーー慌ててるか、俺?」

 

「とても。居間に戻るのでしたら、その前に気を落ち着けることです」

 

セイバーは静かに、いつもの調子でそんな助言を口にした。

 

で。何事もなかったかのように、いつもの朝食が始まった。

 

「どうぞ先輩。遠坂先輩もいかがですか?」

 

ご飯を盛ったお茶碗を差し出す桜は、いつも通りの桜だった。

俺がいない間に何があったかは知らないが、二人の間にあった緊張感は薄れている。

いやまあ、とりあえず表面上は。

 

「……ん。じゃ、お言葉に甘えて」

 

遠坂は少し戸惑ったあと、桜からお茶碗を受け取った。

桜はにっこりと笑ってみそ汁、卵焼き等のおかず軍団を並べていく。

目の前に並べられていくそれを、遠坂は複雑そうな顔で見下ろしていた。

 

「遠坂。おまえ、朝飯は食べない主義じゃなかったっけ」

 

「用意されたものは食べるわ。当然の礼儀でしょう、それって」

 

「……ま、いいならいいか。それじゃいただきます。それと、結局支度を任せてすまなかったな桜」

 

「いえ、これがわたしの仕事ですから気にしないでください。じゃあわたしもいただきますね」

 

「まったく良い身分だこと。後輩に朝食作らせるなんてどこの王侯貴族なんだか。ま、それは追々問いつめるとしていただきます」

 

三者三様のていでお辞儀をして、いざ朝食。

……。

…………。

………………。

……………………いかんな。どうも会話がない。

 

「…………」

 

まあ険悪なムードではないし、そもそもうちの朝食はこんなもんだ。

俺も桜もお喋りな方でなし、飯時が静かなのはいたって道理なのだ。

にも関わらず、どうして衛宮邸の朝食はいつも騒々しいんだろう。

 

「…………?」

 

いま、まて。

なんか、また顔にひっかかったぞ……?

 

「先輩? あの、お魚の味付け濃かったですか……?」

 

「いや、そんな事はないけどな。どうも、さっきから何か忘れてる気がする」

 

なんだろう?

思い出せないコトなら大した事じゃない、と割り切ろうとしたが、それはとんでもない思い違いな気がしてきた。

放っておいたら死に至る病巣を抱えてしまっているような、そんな不安がよぎる。

 

「ーーーま、いっか。どうせ大したコトじゃないんだろ」

 

うん、と無理矢理納得して飯をかっこむ。

 

ーーーと。

 

「おはよー。いやー、寝坊しちゃった寝坊しちゃった」

 

「大河。私とイリヤが何分間も起こしているのに全然起きないのですから」

 

「大河は昔から褒められるのはその睡眠の深さよね

まあ、女性としては欠陥的だけどね」

 

パタパタと音をたてて、藤ねぇがやってきた。

 

「ーーーー」

 

そうか。

思い出せないコトじゃなかったんだ。

ようするに、思い出さないコトで問題を先送りにしたかった訳なのだ。

 

「士郎、ごはん」

 

行儀良くいつもの席に正座する藤ねぇ。

 

「おはようございます、藤村先生」

 

「おはようございます、藤村先生」

 

恐ろしいほどユニゾンする二人の挨拶。

 

「はい、どうぞ先生。大したものではありませんけど、召し上がってください」

 

そして、いつも通りの笑顔でお茶碗を渡す桜。

 

「?」

 

お茶碗を受け取って首を傾げる藤ねぇ。

何が不思議なのだが、どうして不思議なのか分からない。

そんな藤ねぇは、まにょまにょと物静かにご飯を食べる。

かくしてきっかり一杯分の飯を平らげてから、ぼそぼそと俺に耳打ちをしてきた。

 

「……ね、士郎。どうして遠坂さんがいるの?」

 

藤ねぇがそんな事を聞いている間にイリヤとアルトねぇも自分の席に着く、ちなみにイリヤが俺の隣で、アルトねぇが桜の隣に腰を下ろした。

 

「それは、今日からうちに下宿する事になったからかな」

 

淡々と事実だけを説明する。

 

「あ、そうなの。遠坂さんも変わったコトするのね」

 

「うん。あいつ、けっこう変わり者だ。学校じゃ猫被ってる」

 

少し遠坂の方に目を向ければ凄い良い笑顔だ。

だが、目がまったく笑っていなかった

 

「そっかー、今日からここに下宿するのかー」

 

なるほどなるほど、と納得してぐぐーっ、とみそ汁を飲み干す藤ねぇ。

 

「って、下宿ってなによ士郎ーーーーーー!!!!!」

 

どっかーん、とひっくり返るテーブル。

幸運な事に桜は風上、遠坂は当然のように予め移動していて、イリヤとアルトねぇも無事に被害が及ばない所に避難していて、被害は俺だけに集中した模様。

 

「あちーーーー! ななななにすんだよ藤ねぇ! みそ汁だぞ炊きたてのご飯だぞつくね煮込んだ鍋物だぞ!?

こんなもんかけられたら熱いだろっーーーて、何故に朝っぱらから鍋物なぞ……!?」

 

「うるさーい! アンタこそなに考えてるのよ士郎!

同い年の女の子を下宿させるなんてどこのラブコメだい、ええいわたしゃそんな質の悪い冗談じゃわらってやらないんだから!」

 

「笑いをとるつもりなんかねーってば……! っていうか熱! 熱い、火傷する、桜タオルくれタオル!」

 

「はい。冷やしたタオルでしたら用意しておきました、先輩」

 

「士郎。一応、私も氷水を用意したので使ってください」

 

「サンキュ、助かる……! うわ、襟元からつくねが、必要以上に加熱されたつくねがあーーー!?」

 

「タオルや氷水はあと! そんなコトより申し開きしなさい士郎、アンタ本気でそんなコト言ってるの!?」

 

「おう、そんなの当たり前だ。俺がこの手の冗談苦手だって知ってるだろ。

とにかく遠坂はうちに泊めるんだ。文句は聞くけど変更はしないから、言うだけ無駄だぞ」

 

「そんなの大却下! な、なんのつもりか知らないけどダメに決まってるでしょう! お、同い年の女の子と一緒に暮らすなんて、そんなのお姉ちゃん許しません!」

 

があー、と吠える藤ねぇ。

……そりゃあ、まあようだよなぁ。

藤ねぇは俺の保護者だし、かつ学校の先生だし。

こんな状況、竹刀百叩きどころか真剣百回斬りでも済まされるかどうかだし。

それでも無理を通さなくちゃいけないあたりが我が身の不幸というかなんというか。

 

「いや、そこをなんとか。別にやましい気持ちなんてないし、遠坂とはそういう関係でもないんだ。ただ、たまたま事故に遭ったっていうか、成り行きで部屋を貸すコトになっただけなんだってば」

 

「うるさーい! ダメなものはダメなのーーーー!

わたしは下宿なんて許しません! 遠坂さんの事情は知らないけど、ちゃっちゃと帰ってもらいなさい!」

 

うわあ、聞く耳持たねー!

ダメだ、やっぱり俺なんかの説得が通じるほど生やさしい人じゃないのかっ……!

 

「先生。下宿は許しません、とおっしゃいますけど、わたしはすでに一泊してしまったのですが」

 

藤ねぇの頭に冷水ぶっかけるような台詞を、さらりと遠坂は口にした。

 

「ーーーえ?」

 

「ですから、昨日泊めさせていただいたんです。

いえ、正確には土曜の夜からお邪魔していますから二泊でした。今は別棟の客間を借りて、荷物も運んであります。

どうでしょう先生。客観的に見て、私はもう下宿している状況なのですが」

 

「ーーー」

 

さあー、と藤ねぇの顔が青くなっていく。

 

「し、し、士郎、アンタなんてコトするのよぅ……!

こんなコト切嗣さんが知ったらどうなるか分かってるの!?」

 

「どうなるって、親父だったら間違いなく喜ぶぞ。男の甲斐性、とかなんとか言って」

 

「う……同感。切嗣さん、女の子にはとことん甘い人だったからなぁ……そっか、それが遺伝してるんでしょ士郎のばかー!」

 

がくがく、と人の襟を掴んで体を揺さぶる藤ねぇ。

……まあ、遺伝はともかくとして、女の子は守ってあげなくちゃいけないよ、というのが親父の信念だった。

俺も親父ほど振りかざす訳じゃないけど、まったくその通りだって思ってる。

だが、しかし。

 

「なに? 助け船、出してほしいの?」

 

あの冷血漢まで女の子と認識しなくちゃいけないあたり、男っていうのは辛い生き物だと思う。

 

「……頼む。俺じゃあ現状を打破できない。遠坂の政治手腕に期待する」

 

ガクガクと頭を振られながら呟く。

 

「オッケー。それじゃサクッと解決しますか」

 

「藤村先生。衛宮くんを振っても出るのは悲鳴だけですから、そのあたりで止めてあげてください。それに、下手をすると朝ご飯まで出てきかねません」

 

「む……なによ遠坂さん、そんな真面目な顔したって怖くないんだから。教師として、なにより士郎の教育係として、遠坂さんの下宿は認めませんっ」

 

藤ねぇは俺から手を離して遠坂と対峙する。

野生の勘というヤツだろう。

俺にかまっていては遠坂に寝首をかかれる、と察したに違いない。

 

「それは何故でしょうか。うちの学校には下宿している生徒も少なくありません。生徒の自主性を伸ばすのが我が校の方針ではありませんでしたか?」

 

「なによ、難しいコト言ったってダメなんだからっ。だいたいですね、こんなところに下宿したって自主性なんて芽生えません。

ご飯はかってに出てくる、いつもキレイ、お風呂はかってに沸いてるっていう夢のようなおうちなんだから、ここ。こんなところに居候してたら堕落しきっちゃうわよ、遠坂さん」

 

「……藤ねぇ」

 

その発言は、教師としてあまりにも問題が。

 

「それにね、原則として下宿していい生徒は家が遠い生徒だけよ? 遠坂さんのおうち、たしかにここより遠いけど登校できない場所じゃないでしょ。桜ちゃんだってあっちから通ってるんだから、下宿する必要なんてありません」

 

「それが、今うちは全面的な改装を行っているんです。

古い建物ですから、そこかしこにガタがきてしまっているのですが、偶然通りかかった衛宮くんに相談したところ、それはお金が勿体ないからうちを使えばいい、と言ってくれたんです」

 

「むっ……それは、確かに士郎っぽい発言ね」

 

「はい、あまり面識のない衛宮くんからの提案には驚いたのですが、確かにホテル暮らしなんてもったいないし、なにより学生らしくありません。それなら学友である衛宮くんのおうちにご厄介になった方が勉強になる、と思ったのです」

 

「む……むむむ、む」

 

うなる藤ねぇ。

遠坂の返答と態度があんまりにも優等生な為、仮にも教師な藤ねぇは反論できないようだった。

 

「は、話は判りました。けど、それでも問題はあるでしょう? 遠坂さんと士郎は女の子と男の子なんだから、一つ屋根の下で暮らす、というのはどうかと思うわ」

 

「どうか、とはどんな事でしょうか、先生」

 

「え……えっと、だからね、遠坂さんは美人だし、士郎もなんだかんだって男の子だし、間違いがあったらイヤだなって」

 

「何も間違いはありません。私の部屋は別棟の隅、衛宮くんの部屋は蔵の近くにある和室です。距離にしてみれば二十メートル以上離れているじゃないですか。ここまで離れていれば何も問題はないと思いますが」

 

「う……うん、別棟には鍵もかかるし、違う家みたいなものだけど……」

 

「でしょう。それとも藤村先生は衛宮くんを信用していないとでも? 先程、先生は衛宮くんの教育係だと仰いました。なら衛宮くんがどのような性格かは、わたしより藤村先生の方がご存じだと思います。彼がそのような間違いを犯すというのでしたら、わたしも下宿先には選びませんが?」

 

「失礼ね、士郎はちゃんとしてるもん! ぜったい女の子を泣かせるような子じゃないんだから!」

 

「なら安心でしょう。わたしも衛宮くんを信用していますから。ここなら、安心して下宿できると思ったのです」

 

「むーーーーーー」

 

藤ねぇから迫力が消えていく。

……勝負あったな、こりゃ。

まだ色々とつっこみどころはあるけど、遠坂なら全部論破できるだろうし。

とりあえず、これで遠坂は晴れてうちの市民権を獲得できたって訳か……。

 


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