fate/stay night 夢よ永遠に   作:fate信者

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朝の来客

白い陽射しを感じた。

隙間風だろう、冷たい外気が頬にあたって、ぼんやりと目が覚めた。

 

「あれ……土蔵だ、ここーーー」

 

体を起こして、目覚めたばかりの頭を二、三回振る。

 

「そうか。昨日、そのまま眠っちまったんだ」

 

夜の日課……自分の体にもう一つの感覚を付属させる鍛練の後、部屋に戻るのが面倒になったのだろう。

 

「外の様子だと6時前ってところか。……いかん、朝飯の支度しなきゃ」

 

毛布を折り畳み、昨日も失敗に終わった“強化“の破片を片付けて、顔を洗いに屋敷へ向かう。

 

「ーーーさむ」

 

土蔵から出れば、外の気温は輪をかけて低かった。

冬でも暖かい深山町だが、こっち側の山の上だけはまっとうな冬の寒さを持っている。

 

で。

氷水めいた水道水で顔を洗って、とりあえずスッパリと覚醒する。

 

「ーーーーーよし」

 

完全に目が覚めた。

そうなってみると、自分がどんな状況に置かれているのかなんて、考えたくない事が浮かんでくる。

 

「……そうだ。のんきに顔を洗ってる場合じゃなかったけ……」

 

時刻は朝の五時五十分。

やるべき事は山ほどあるが、まずは部屋に戻ってセイバーの様子を見なくては。

 

「……だよな。

黙って部屋を出た事になるんだし、一言説明しておかないと」

 

セイバーに変な勘違いをされるのも困る。

……深夜、眠る前に土蔵に行くのは日課なんだし、説明すれば納得してくれるだろう。

 

「セイバーにちゃんと説明したら、その後は朝飯の支度だろ。……遠坂は食べないらしいから、セイバーの分を足せばいいか」

 

あ。そっか、それなら増えた人数分の材料を買い込んでおかないと。

忘れないうちにメモをとっておくべきだな。

 

「……む? 忘れ物……?」

 

なんだろ。

何か一つ、とんでもなく重要なコトを忘れている気がするのだがーーー

 

「やば、六時だ。急がないと間に合わない」

 

ま、思い出すのなら大したコトじゃあるまい、うん。

 

「……」

 

そーっと扉を開ける。

部屋の様子は昨夜のままだった。

夜のうちにセイバーが目を覚まし、こっちの部屋を捜した形跡はない。

部屋を抜け出した事は気づかれなかったようだ。

 

「……なんか拍子抜けだな。セイバーならそれぐらいは気が付くと思った」

 

それとも、今の彼女はそんな事に気が付かないほど、深い眠りを必要としているのか。

 

「……そうか。

体を維持する為に頻繁に眠るって言ってたのは、そういう事かもしれない」

 

だからこそ出来るだけ身近で眠って、何かあったときすぐに駆けつけられるようにしているのだ。

 

「……」

 

どちらにせよ、屋敷の中にいる限りは何処にいようと大差はない。

 

「……そうだよな。

それに土蔵だったら隠れる場所には事欠かないし」

 

とりあえず、昨夜の行動はそう怒られるような事ではないだろう。

セイバーに事情を説明しようと思ったが、その必要はないようだ。眠っているのなら無理に起こすのもアレだし。

 

「セイバー、朝飯の支度をしてくる。

セイバーの分も用意しとくけど、眠かったら無理に起きなくていいからな。

また後で来るから、それまで休んでてくれ」

 

一応きちんと声をかけて、静かに部屋を後にした。

 

ーーー

 

居間には誰もいない。

とりあえず冷蔵庫を開けて、今朝は何にしようかと案を練る。

 

「ーーーおはよ。朝早いのね、アンタ」

 

思いっきり機嫌が悪そうな顔で、遠坂がやってきた。

 

「と、遠坂……? どうした、何かあったのか……!?」

 

「別に。朝はいつもこんなだから気にしないで」

 

遠坂はゆらゆらと、幽鬼のような足取りで居間を横切っていく。

 

「おい、大丈夫かおまえ。

なんか目付きが尋常じゃないぞ」

 

「だから気にしないでって言ってるでしょ。顔でも洗えば目が覚めるわ。……えっと、ここからだとどういくんだっけ、脱衣所って」

 

「そっちの廊下からのが近い。

顔を洗うだけなら、玄関側の廊下に洗面所がある」

 

「あー、そういえばあったわね、そんなのが」

 

どこまで聞こえているのか、遠坂は手を振りながら去っていった。

来客を告げる呼び声が聞こえた。

 

「士郎ーーー? 誰か来たけどーーー?」

 

廊下から遠坂の声。

 

「ああ、気にしないでいいー!

この時間に来るのは身内だからー!」

 

この時間に来るのなら桜だろう。

桜なら合い鍵を持ってるし、玄関まで出る必要はない。

 

「……まったく。

チャイムなんて押さなくていいって何度言ってもきかないんだからな、桜は」

 

桜は家族みたいなもんなんだから、チャイムなんか押さずにドカドカと入っていいのだ。

なのに桜は礼儀正しく、必ずチャイムを押して『お邪魔します』と一声かける。

それが桜の美点なんだろうが、そんなにいつも気を遣ってたらいつか参ってーーー

 

「……」

 

って、ちょっと待った。

桜が、うちに、やってきた……?

 

「っっっっっっ………………!!!」

 

廊下を走る。

自分の間抜けさを叱るのは後だ。

とにかく玄関に急いで、遠坂と顔を合わす前に帰ってもらわないとーーーーー!

 

「ハッ……ハッ……!」

 

が、時すでに遅い。

玄関には、

 

「」

 

頼まれもしないクセに客を出迎えている遠坂と、

 

「ーーーーえ?」

 

ぽかん、と驚いている桜の姿があった。

桜は玄関の土間、遠坂は廊下。

二人はなんともいえない緊張感を持って、お互いを見つめていた。

 

「おはよう間桐さん。

こんなところで顔を合わせるなんて、以外だった?」

 

廊下から、桜を見下ろすように遠坂は言う。

 

「ーーー遠坂、先輩」

 

どうして、という顔。

桜は怯えを含んだ目で遠坂を見上げている。

 

「…………」

 

まいった。

声がかけられない。

二人は駆けつけた俺を無視して、お互いだけを観察している。

そこに俺が口を挟む余地なんてない。

出来る事と言ったら桜にどう説明しようか考える事ぐらいなんだが、うまい説明を考えつく前に、

 

「先輩……あの、これはどういう……」

 

助けを求めるように、桜がこちらに視線を逸らした。

 

「ああ。それが、話すと長くなるんだけどーーー」

 

「長くならないわよ。単に、わたしがここに下宿する事になっただけだもの」

 

きっぱりと。

人の言葉を遮って、遠坂のヤツ、要点だけを言いやがった。

 

「……先輩、本当なんですか」

 

「要点だけ言えばな。

ちょっとした事情があって、遠坂にはしばらくうちに居てもらう事になった。

……ごめん、連絡を入れ忘れた。

朝から驚かせてすまなかった」

 

「あ、謝らないでください先輩っ。……その、たしかに驚きましたけど、そんなのはいいんです。

それより先輩、この事はアルトレアさんにはーーー」

 

「ああ、それは大丈夫。

アルトねぇも遠坂がうちに泊まるのは容認してる」

 

「……そう、なんですか」

 

「わかったかしら、間桐さん

家主のアルトレアさんと士郎が同意したんだから、もう決定事項なの」

 

「……わかるって、何がですか」

 

「今まで士郎の世話をしていたみたいだけど、しばらくは必要ないって事よ。来られても迷惑だし、来ない方が貴方の為だし」

 

「…………」

 

桜は俯いて口を閉ざしてしまう。

そのまま凍り付いたような静寂が続いたあと。

 

「…………わかりません」

 

「えーーーはい?」

 

「……遠坂先輩のおっしゃる事がわからないと言いました。

それに、アルトレアさんや先輩が泊めるのを許可したとしても、イリヤ先輩や藤村先生にもちゃんと説明したんですか? どうなんですか……先輩」

 

「うっ、確かにそう言われたら言い返す言葉もない」

 

「それなら、ちゃんと藤村先生たちにも説明しないと私みたく混乱しちゃいます」

 

桜はそう言った後に遠坂の目の前に移動し、耳元に顔を近づける。

 

「……私は認めません

私の居場所をこれ以上奪わないで」

 

桜が遠坂に何か言っているのだろう。

生憎と桜の声は聞こえない。

何か二人で秘密の話をしているのだろう。

 

「ちょっ、ちょっと桜、アンターーー」

 

「お邪魔します。先輩、お台所お借りしますね」

 

桜はぺこりとお辞儀をして家に上がると、遠坂を無視して居間へと行ってしまった。

どうやら二人の話も終わったらしい。

 

「なーーーー」

 

呆然と立ち尽くす遠坂。

それはこっちも同じだ。あんな桜を見たのは初めてで、なんて言ったものが判断がつかない。

……いや、それも驚きだけど、今はもう一つ意外な事がある。

 

「おい遠坂。おまえ、どうして桜が俺んちに来てるって知ってたんだよ。今まで桜が俺の世話をしてたなんて、おまえに言ったおぼえはないぞ」

 

「えーーー?ああ、それなら前にちょっと小耳に挟んだだけよ。ただの偶然。

それより驚いたわ。あの子、ここじゃあんなに元気なの?

学校とじゃ大違いじゃない」

 

よっぽど意外だったのか、遠坂は学校での桜をそれなりにしっているのだろう。

桜の方も遠坂とは顔見知りだったみたいだし、知らない所で二人はいい先輩といい後輩だったのかも知れない。

……まあ、それはいいとして。

 

「いや、俺も驚いている。

あんなに刺々しい桜は初めて見た。

うちに手伝いに来てくれる時と、学校での桜は変わらないよ。今のは鬼の霍乱ってのに票を投じる」

 

「ーーーふうん、そうなんだ。……まずったわね、桜があんなに意固地だとは知らなかったわ。こうなるんなら士郎の口から説明させればよかった」

 

そりゃそうだ。

遠坂の容赦ない説明に比べれば、俺の方が幾分ましだろう。

 

「……済んだことは仕方がないだろ。

それよりまずいって何がだよ」

 

「そりゃまずいでしょう。これからこの家は戦場になるのかもしれないのよ? だからわたしたち以外の人間を寄せ付けないにって桜をたしなめたのに、あれじゃ逆に追い出すのが難しくなったじゃない」

 

「あれでたしなめてたのか。

俺はてっきりイジメてるのかと思った」

 

「そこ! なんかつまんないコト言った、いま!?」

 

「率直な感想だよ。

それより桜の事だ。どうする、あの分じゃ帰ってくれそうにないぞ」

 

「そんなのなんとかするしかないでしょ。で、桜が来るのは朝だけ? それとも夕食もこき使ってるの?」

 

「誤解を招くような言い方をするなよな。

朝は毎日だけど、夕飯はそう多くないぞ」

 

「そう。それじゃ、これからは毎日になりそうね」

 

「?? 毎日って、何がさ」

 

首をかしげて質問する俺に、遠坂はこれみよがしに、はあ、なんて溜息をこぼしていた。


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