fate/stay night 夢よ永遠に   作:fate信者

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虚勢

夜が更けていく。

遠坂はこっちが後片付けをしている隙に、勝手に風呂を沸かして入っていたようだ。

まったく、初日から随分なやりたい放題だと思う。

 

「……今後の為にも、早いうちに主導権を握っておくべきだろうな……」

 

などとわかってはいるのだが、アイツからイニシアチブを奪うのはとんでもなく困難な気がする。

 

「……はあ。困難ついでに言えば、頭が痛いのがもう一人いるんだよな……」

 

いや、むしろそっちのが本命だろう。

遠坂は話せば分かってくれるが、そっちは話しても分かってくれそうにない。

 

「……セイバー、か。悪いヤツじゃないっていうのだけは分かるんだけど」

 

セイバーは部屋に戻っている。

遠坂も今頃は別棟の客間で休んでいるだろう。

居間にいるのは自分だけだ。

就寝までまだ時間があるし、今は少しでもセイバーと話をするべきだろう。

……正直、少しでも苦手意識を克服しておかないと、先行きが不安で仕方がない。

だいたい、サーヴァントだろうが何だろうが相手は年下の女の子だ。

話せば色々と見えてくる事もあるだろうし、なにより、

 

「……早いとこ慣れないと、いつまでたっても遠坂に冷やかされる……」

 

うん、それは困る。

困るので、できればもう少し気軽に話せるようにならなくては。

 

ーーー

 

自分の部屋に戻ってきた。

この部屋の隣、襖一枚隔てた向こうがセイバーの部屋である。

 

「……セイバー、起きてるか?」

 

「起きています。何かありましたか、マスター」

 

音もなく襖を開けて、セイバーが現れる。

 

「ーーう」

 

実際目の前にして、どくん、と高鳴る心臓を抑えつける。

……落ち着け。俺は別に、マスターとして彼女に話を聞くだけなんだから。

 

「シロウ?顔色が優れませんが、傷が開いたのですか?」

 

「あーいや、そんな事はない。体の方はとっくに大丈夫だ。それを言うならセイバーの方こそいいのか」

 

「はい、問題はありません。今の状態では完治まで時間はかかりますが、このままでも平均値はクリアしていますから。バーサーカー以外の相手ならば、互角に渡り合えるでしょう」

 

そこに虚勢は感じられない。

彼女はただ、事実を述べているだけなのだろう。

 

「……」

 

返す言葉はなかった。

セイバーの発言はマスターとしては頼もしい限りなんだろうが、俺はーーーこんな華奢な少女に、戦って欲しくはない。

 

「その、一つ訊くけど。セイバーは戦うこと以外に何か目的はないのか?

せっかく現代(ここ)にいるんだから、他にしたい事とかあるだろ」

「他の目的、ですか……?

そのような事はありませんが。

サーヴァントは戦う為だけに呼び出された者です。

それ以外の目的など余分なだけだ。

シロウの発言は、ひどく的が外れています」

 

だろうな。

今のは戦う為だけに呼び出されたヤツに、戦うなって言ってるようなものなんだから。

俺だって別にそんな事を言いたい訳じゃない。

ただ、なんていうかーーセイバーには人間味が欠けている。

戦う為ならそれでいいんだろうが、彼女はちゃんと人間として目の前にいるのだ。

なら、戦う為だけになんていうのは間違っている。

セイバーはここにいるのなら、ちゃんと自分の楽しみを持たないと嘘だと思う。

 

「なあセイバー。サーヴァントってのは過去の英雄なんだろ。ならーーー」

 

そうなる前のセイバーはどんなヤツだったのか、と訊こうとして思いとどまった。

 

“ーーー私の真名は教えられません“

 

昼間、セイバーは俺たちだけの秘密と言った。

なら昔の彼女の事を尋ねたところで、セイバーが答えてくれる筈もない。

 

「シロウ? 言いかけて止めるのはよくありません。

必要な質問なら答えますが」

 

「ーーいや、今のは忘れてくれ。

バカなコトを口走りそうになっただけだ」

 

視線を逸らして、そう誤魔化した。

……本当に馬鹿な話だ。

俺はセイバーの正体になんて興味はなかった筈だし、セイバーは教えられないからこそ断ってきたのだ。

それをここで蒸し返したら、意味のない質問を繰り返す駄目マスターぶりを証明する事になる。

 

「…………」

 

けど、それ以外に話す事といったら何があるだろう?

セイバー本人の事が聞けないのなら、残る話題は自分の事ぐらいだ。

……そんなの、それこそ無意味ではなかろうか。

 

「ーーーむ」

 

こうなったら自棄(ヤケ)だ。

セイバーの正体について聞けないんなら、セイバーの好きな物とか、明日の朝飯は何がいいかとか、もうセイバーに白い目で見られるのを覚悟してつまんないコトを話題にしてやるーーー

 

「シロウ。貴方から質問がないのなら、私から訊ねていいでしょうか」

 

「え? いいけど、なに」

 

「昨夜の事です。シロウは私を助けようとしてバーサーカーに打ち倒されました。それは覚えていますね?」

 

「覚えているけど……なんだよ、朝の続きをしたいのか?

軽率な行動だったってのは判ってるから、あんまり思い出させないでくれ。吐き気がぶり返してくる」

 

「それは私も同じです。ですがこれは、貴方という人間を知る為に訊いておくべき事だと思う。

シロウ。貴方はなぜバーサーカーに向かったのです。

近寄ればどうなるか、シロウには判らなかったのですか?」

 

「それはーーー」

 

そんな事は判っていた。

近寄れば絶対に殺されると理解していた。

それでもセイバーを助けようとしたのは、もしかしたら助かるかもしれない、なんて楽観をもっていたからじゃない。

……あれは、ただセイバーを助けようと思っただけ。

 

その後の事なんて知らない。

あの時、衛宮士郎にとって最も優先すべき事が、セイバーを助ける事だった。

……恐らく。

あの瞬間、自分の中にあった“殺される“という恐怖より、セイバーを“救えない“という恐怖の方が、遥かに強かっただけの話。

 

「……悪い、忘れた。

一瞬の事だったからな、その時の考えなんて分からない。

きっと気が動転していたんだ。

そうでもなけりゃあんな特効はできない」

 

セイバーの目があまりにも真剣だったからだろうか。

ありのままの心を口にせず、その場しのぎのごまかしを口にしていた。

 

「……つまり、ただ自然に、私を助けようとしたのですね」

 

「ーー自然じゃない。気が動転してたって言っただろ。

もう一回あんな事になったら、その時はきっとガタガタ震えてる」

 

「そうですね。それが正常な人間です。

らの命を無視して他人を助けようとする人間などいない。

それは英雄と呼ばれた者たちでさえ例外ではないでしょう。

ですからーーーそんな人間がいるとしたら、その人物の内面はどこか欠落しています。

その欠落を抱えたまま進んでは、待っているのは悲劇だけです」

 

「…………」

 

深い緑の瞳が何かを訴えている。

……それを、

 

「ーーーしつこいぞセイバー、あれは気の迷いだっていってるだろ。

俺だって死ぬのは怖いんだ、そんな聖人君子になんてなれるもんか。

……次にあんな事になったら、その時はセイバーより自分を優先させるさ」

 

心にもない言葉で、懸命にはね除けた。

 

「それは良かった。

私の思い違いなら問題はないでしょう。

ええ、確かにシロウは臆病です。

道さえ間違えなければ、きっと正しい魔術師になれる」

「む。なんだよ、臆病に見えるのか、俺」

 

「ええ、とても。置かれた状況を受け入れる為に努力する当たりが特に。

そういった賢明さを、時に臆病と言うのです。

恐れを知らない者は賢者になれないのと同じですね」

 

安心したのか。

確かに微笑んで、セイバーはそう言った。

 

「…………」

 

その仕草は可憐で、あまりにも優雅だったからだろう。

それきり何を話すべきかも思い付かず、セイバーとふたり、部屋で時間を過ごす事になった。




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