一ピクセルの恋   作:狼々

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どうも、狼々です!

二ヶ月経そうですね(白目)
ということで、書き溜めを一話分だけ解放したいと思います(´・ω・`)

ただいま、被お気に入りユーザー100人突破記念の短編を書いていまして。
アンケで二者択一をしていただき、集計して結果も出し、執筆の段階まで進んでおりまする。
以上、近況報告おわり。

では、本編どうぞ!


光学迷彩の隠れ家

 騒然としていた空気は消え去り、宴は終わった。

 充満していた酒の匂いと騒ぎ声が、家へ帰った今でもまだ、鼻と耳に残っている。

 ああいう輻輳(ふくそう)としている環境は、どうにも合わない。

 

 慣れていないだけなのかもしれないが、慣れる見込みすら欠片も見つかりそうもない。

 

「あちゃー、この洗濯機も寿命ですかねぇ」

「どうした、射命丸」

「いえいえ、洗濯機の回る音がおかしいんですよね~。明日にでも行くべきですかね」

 

 と、平然と言う射命丸。

 家の中を見る限りは、洗濯機や冷蔵庫を始めとして、機械類――特に家電製品が幾つか目に付く。

 

 文化の進みが外の世界と比較して遅い幻想郷でも、電気機器がほんの僅かだがある。

 勿論、この家の内装しか見ていないわけで、全ての地域においてそうだとは言い切れない。

 あくまでも、射命丸の家では、という条件付きでだ。

 

「で、どこに行くんだよ」

「明日になればわかりますよ。さすがに重いので、手伝ってください」

「いやまあ、いいけども」

「え、随分素直ですね。何か良いことありましたか?」

「誰が素直だ。単純にどこに行くか気になっただけだ」

 

 幻想郷の地理は、早い内に把握した方がいい。

 いくら山の中を自由に駆け回ることができたとして、何もない。

 山の外の景色も、目に入れておくべきだろう。

 

「じゃ、決まりですね。明日は新聞を出す予定もありませんし、もう寝ましょうか」

「あいよ、おやすみ」

「ちょっと、どこ行くつもりなんです?」

「外だよ」

「あぁ、布団は買ってきましたから、大丈夫ですよ」

 

 ともあれ、野宿はなくなるらしい。

 木の上で寝るとなると、背中やら腰やらが痛くなりそうでたまらない。

 

 射命丸の用意した服で、射命丸の用意した布団で寝る。

 これだけ見ると、(たち)の悪い居候と何ら変わりない。

 

 ……いや、実際変わらないか。

 傍から見ても、主観から見ても、居候としか捉えようがない。

 

 自分の中で何か変えなければ、という謎の使命感に駆られながらも、静かに布団につく。

 柔らかな布団の感触に這いずる温度は、どこか暖かかい。

 夏だというのに、にじり寄る変な寒気を孕んだ外の空気を、変えてくれた。

 

 

 

 翌日。次の日。又の日。

 昨日に続いて晴天に恵まれ、空の蒼さは深みを帯びている。

 

 青とはいえ、色々な青の「表情」が存在する。

 澄んだ蒼、純度の高い蒼、透明な蒼、雲の白に更に拍車がかかった蒼。

 それは青だけに言える話ではない。

 無限に存在しえる色の数だけ、先へ先へと枝分かれするのだ。

 

「はい、朝ご飯ができましたよ」

「あいよ、今行く」

 

 三日目にして、早くも射命丸の存在に違和感を感じなくなった。

 あの調子に不慣れなのは変わらないが、「違和感を感じることに慣れた」とでも言うべきか。

 

 ついでに言うならば、この生活にも慣れ始めている。

 というのも、他人の家に泊まっている自覚が湧かないのだ。

 自覚と称するよりも、本当のところは緊張感の方が相応しいのだろうか。

 

 席に座り、優雅に味噌汁をすすりながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

「今向かっているのって、どこなんだよ」

「近いですよ。山の中から出ることもありません」

「結局山の中かよ……」

 

 朝食を取り終えて、速やかに準備を済ませ、外出。

 準備と仰々しく銘打っているものの、洗濯機をコンセントから外しただけだ。

 特に私物として持ち出せる物があるわけでもなく、持ち出す必要もない。

 

 現在、二人で巨大な白箱を、鬱蒼と茂る大自然の中を掻き分けて運搬中。

 空を伝うまでもないらしく、徒歩での移動となっている。

 どれほどの距離を歩くのかと考えた数分前の俺は、これ以上にないくらいに絶望に浸っていた。

 事実、今さっき、初めて知ったのだ。

 

「ほら、もう見えますよ」

「本当に早いな!」

 

 どうにも納得がいかないが、もうそろそろ到着の予定らしい。

 いや、早いに越したことはないのだ。しかしながら、果たして俺が必要だったのだろうか。

 

 妖怪の力に比べれば、人間の力など、たかが知れている。

 俺たった一人がいたところで、何が変わるというわけでもないのだ。

 

「えっと、ここですよ」

「いや嘘吐くなよ。目の前が滝じゃねぇか」

 

 山を下った麓側には、大きくはないが滝が流れていた。

 六角柱のスタンダードな柱状節理(ちゅうじょうせつり)が広がる、玄武岩質の岩石。

 沢山の洞穴、色々なところにこびりついた苔。

 

 ただ、そんな日当たりの悪い自然の景色が目に入るのみだ。

 建造物めいた物など、欠片すらも視認できない。

 凝視しても、見えるのはゴツゴツとした岩の表面だけ。

 

「えぇ。そりゃあ見えませんよ」

 

 進む射命丸に、洗濯機を落とさないように合わせて前進する。

 苔が靴に滑ったり、この状態が長く続くようならば危険も潜むだろう。

 白色の大箱に、手から滑り落ちた勢いのまま、無残にも下敷きにされるかもしれない。

 

 と、滝の裏へと向かう終わりの見えない歩行が、突然に途絶えた。

 不思議に思って懸命に前を見ると、何もない緑色に覆われた岩に指を触れさせていた。

 

 ――まるで、液晶パネルに数字を打つように。

 

 電卓と全く同じ指使いを眼前で見せられた数秒後、目の前の岩が消えた。

 否、消えたのではなく、突如として()()()()()()()()()()のだ。

 

 迷彩、それも光学迷彩……だろうか。

 そんな代物は初めて見たが、何かに紛れて消え、触れると元のように見える。

 俺の記憶を探って、一番それらしき物だった。

 

「お、おいおい。この世界は何でもありかよ」

「そうではありませんよ。あと、これは持っておいた方がいいですよ。中の人……というより、妖怪に会ったら渡してください」

「また妖怪かよ。で、俺を馬鹿にしているのか? やめるなら今の内だぞおい」

 

 俺が返せたのは、引きつった笑顔とこの言葉で精一杯だった。

 腕があまりの重さに震える中、差し出された物を受け取るために、片腕をフリーにしたというのに。

 

 胡瓜(きゅうり)。そう、きゅうり。キュウリ。キューカンバー。

 緑色の細々とした、表面が多少ゴツゴツしたあの野菜。しかも少し冷えている。

 

「今にわかりますよ」

「あぁ、いらっしゃい……えぇ!?」

 

 鉄塊を金槌で打つような音が聞こえてから、射命丸の動きに合わせて洗濯機を床に。

 しかしながら、鉄打ちの音楽はすぐに収まった。

 音の発生理由である彼女の腕が、驚きの声と共に止まったのだから。

 

 数珠で結ばれた青髪で、ツーサイドアップ。

 薄い緑のハンチング帽から溢れるそれらは、多少ウェーブがかかっているだろうか。

 

 瞳や全体の服の色まで青色で固められていて、水そのものを想起させそうだ。

 そんな彼女だが、からっている小さなリュックは緑色。

 リュックは小さめなはずなのだが、なにせ彼女は小柄な体型なもので、小さいとは一瞬思えない。

 体躯に合っている、というのが正しいだろう。

 

「きょ、今日はどうしたのさ」

「洗濯機の調子が悪くなったので、修理をお願いしたいんです。ほら、片桐さん、挨拶とそれをあげて」

「これを渡してか?」

 

 当然だ、と顔のみで語るように頷く射命丸。

 半信半疑のままに青髪の少女へと近付き、しゃがんで目線の高さを直線で結ぶ。

 ひっ、と空気を裂くような息を吸う音と、この張り詰めた表情。あからさまに警戒されている。

 

 そこで、さらに疑いながらも、手に持っていた胡瓜をちらつかせた。

 その瞬間に、少しだが警戒の色が薄れた気がする。

 

「よう。つい三日前に幻想入りした、片桐 氷裏だ。よろしく、お嬢ちゃん」

「う、うん。えっと、私は河城(かわしろ) にとり。よろしく……」

「そうだな、自己紹介くらいは目を合わせような」

 

 これ以上に怯えられても困るので大目に見るが、視線が胡瓜から動いていない。

 現に、左右に振る俺の胡瓜を握った手が、彼女の目から常に追われている。

 

 さて、仕返しだ。仕返しというほどでもないが、ずっと半分無視されるのは癪だった。

 胡瓜を目の前に差し出し、ぱぁっと笑顔になった瞬間に、手を上へと上げる。

 勿論、河城はそれを両手で追って、手を伸ばした。

 

 が、ギリギリ届かない位置まで上げてあるので、何度もジャンプしているようだが、無駄なのさ。

 なんだろうか、くすぐったいというか、途轍もなく楽しい。

 自分でも、口元に邪悪な笑みが広がっていくのが感じられる。

 

「ほれ、ほれほれ」

「ん~、ん~!」

「何をしているんですか……」

 

 後ろの天狗が頭を呆れ顔で抱えた辺りで、そろそろ自重。

 今度はしっかりと手の中に握らせて、手渡した。

 

「あ、ありがとう――えっと、盟友!」

「盟友? まぁ、どうでもいいけどさ」

 

 片桐とも、氷裏とも、盟友とも、勝手に呼んでくれていい。

 名前なんてものは、いくらでも変わる可能性があるものなのだから。

 その点、「盟友」で固定された方が、変わることも本人の意志以外は殆どない。

 

 それにしても、どうしてこうも胡瓜に拘るのだろうか。

 拘るという言い方もおかしいが、あの執着ぶりは、そう例えても不自然はないだろう。

 

 有名な話ではあるが、胡瓜は「世界一栄養のない野菜」としてギネス登録されているらしい。

 シャキシャキとしたみずみずしく、気持ちの良い食感はとても身近なものだが、逆に言えばそれだけしかない。

 ただ、さらに逆に言うならば、それは確かにあるのだ。

 

 胡瓜の原産地はインドであり、暑い地方では特徴である水分が重宝されたらしい。

 九十五%以上が水分となっていて、現在では国際的に食されている野菜の一種。

 

 という自由研究を、小学校だか中学校だかの夏にやった覚えがある。

 随分と前のことでも、思いの外覚えているらしい。

 

「あ~、なるほど。わかったかもしれん。お前、河童だろ」

「おっ、ふごいねぇ」

「はいはい、胡瓜食べながら喋る奴は初めて見たよ。飲み込んでから喋れ」

 

 よく食べ物を口に入れたまま話すキャラクターを見たりするが、胡瓜を口に入れるパターンは新種だ。

 大体、見た上では、ただ水で洗っただけの生の胡瓜。

 そのまま丸かじりしているようだが、本当に美味しいのか怪しいところではある。

 

 彼女からすごい、と称賛されるに値するわけでもなかったりする。

 妖怪、ひいては胡瓜好き。

 これだけでも、十分推測は可能なほどに稀有な特徴なのだから。

 

 そう考えると、河童のいる幻想郷に迷い込んだ俺は、さしずめ「第二十三号」だろうか。

 河童と聞くと大抵の人が、かの芥川龍之介を思い浮かべると思うのだが、どうだろう。

 

「言う通り、私は河童だよ。人呼んで、『超妖怪弾頭』ってね」

 

 弾頭。弾頭というのは、ミサイルや砲弾、魚雷等の先端部分のことだ。

 つまるところ、火薬の詰まっている、衝突して相手に加害を与える場所となる。

 

 今更なのだが、この家……というよりも研究所(ラボ)は、機械で覆われている。

 緑色や赤色に光るランプだったり、小さなエンジンの駆動音が、四方八方に。

 先程、鉄塊を叩いていたことも考えると、彼女はエンジニア的存在なのだろうか。

 

 そうでなくとも、射命丸がここに来た意味がない。

 もし仮に彼女がエンジニアでなくとも、この場所に技術者がいることは確定事項なのだ。

 

「何だか物騒な名前だな」

「妖怪っていう時点でそうなのかもね。で、今日はその洗濯機なんだろう?」

「はい、お願いしますね」

 

 ようやく射命丸が口を開くと、直後。

 河童の手近にあった巨大アームが、重量級の白色立方体を軽々と挟み、持ち上げていった。

 あまりにも自然かつ何気なく宙に浮かせている分、一瞬驚きが遅れてしまう。

 

「じゃ、すぐに調べてくるよ。待っていて」

「あ、あぁ、頼んだ」

 

 戸惑い混じりの返事をしてすぐに、それは彼女の持つ機械腕に担がれながら、別の部屋へと消えていく。

 無機的な機械音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。

 

「あの方、人間が好きなのに、人見知りなんですよ」

「だからって、胡瓜渡しただけで、なぁ」

 

 警戒心を解くには、随分と軽すぎる条件ではないだろうか。

 というよりも、どうしても餌付けをしている気がしてならない。

 その内に、修理の報酬として胡瓜を求め始めないだろうか。

 冗談のように聞こえるが、あの様子を見た今では、完璧な否定も不可能だった。

 

 ……人見知りの河童妖怪。

 そんな一風も二風も変わったエンジニアだって、幻想郷にはいるようで。




ありがとうございました!

今回、アンケで選ばれなかった方は、また次の機会の記念で出そうと思います。
いつになるのかはわかりませんが、流れ的に150人ですかね()
半水没都市のお盆の話、見たい方はお気に入りユーザーを登録するんだ!(`・ω・´)ゞ

露骨すぎるぜ。
今回は、病気で亡くなった彼女の遺した言葉の意味を探る話です。
探ると言っても、そこまでガッツリではないですが。
一万字……いくかなぁ(´・ω・`)

ではでは!

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