一ピクセルの恋   作:狼々

20 / 20
遅くなってしまいすみません。

モンハンやウマ娘や、実験レポートや中間考査など色々とありました。


裏付け

 大扉を開け放つ。

 朝の陽光が差す書房は、昨日よりもほんのりと明るい。

 とはいえ、その部屋で読書をする紫式部の目は悪くなる一方だろう。

 

「何かしら。用件があるなら手短にお願いね」

「追い出しはしないんだな」

「レミィに言われてるのよ。貴方が来るはずだから、願いを聞くようにって」

 

 レミィ。なんとなくでわかるが、レミリアから派生しているのだろう。

 随分と可愛い呼び名を持っているようで。からかいも込めて、今度呼んでやることにしよう。

 

「恐ろしいもんだ」

「そういうものとして捉えるべきよ。私が操る魔法・魔導よろしく」

 

 本を読む式部は、(おの)が右の(てのひら)を上に向けた。

 五指の先が穏やかに灯る。

 どの色が被ることもなく、五色が独立している。

 

「『魔法を使う程度の能力』。属性魔法に通ずる火水木金土日月(エレメント)。精霊術とも言えるかもね」

 

 五つの光は空間を浮遊し、遅れてもう二本から生まれた二色が同じ動きを合わせる。

 七色の玉が公転し、やがて気に溶けた。

 この淡く光る玉が精霊ということだろうか。

 

「貴方には精霊の力を借りられるほどの器量はない。でも、もっと根幹の基本技術は手に入る」

「と言うと?」

「霊力。霊弾。そしてスペルカード。それでも、恐らく貴方はスペルカードが使える程の霊力はない」

「スペルカード()、な」

 

 逆に言えば、霊弾を使う程度の霊力は持ち合わせているということだ。

 一発すらロクに出せない俺にも、潜在した能力はあることの裏付けだった。

 さらに魔法少女の言葉ということもあり、信憑性はかなり高い。

 

「ええ。貴方が入手したその拳銃は、霊弾の射出を補助する働きがあるわよ」

「本当に全部筒抜けなんだな」

「構造までは知らされてないから、実物を見せてちょうだい」

 

 未だに活字を追い続ける読書家をよそに、机上に銃を置く。

 ようやく本から目を離した彼女が銃を手に取る。

 グリップ、銃口、シリンダーと部品ひとつひとつを丁寧に確認している。

 

「霊力駆動回転式拳銃、面白い構造ね。球状のポケットが弾を収める場所でしょうけど、その後ろにあるもう一つのポケットは何かしら」

「多分燃料だ。霊力を火薬代わりに使って、破裂したエネルギーで弾を飛ばすんだとさ」

 

 河童に事前に聞かされた通りに話した。

 他ならぬ自分が脳内でしか理解していないが、知識溢れる本の虫にとっては簡易な内容だったようだ。

 

「へえ。正直、貴方にとって最高の武器と言っても過言じゃないわね」

「頼もしい限りだな」

「そうね……燃料含め、通常の霊弾一発に必要な霊力の大体二分の一で一発を打ち出せるってところかしら」

 

 狙いはさておいて、俺が霊弾として射出できたのは二発だったはず。

 魔女の計算通りならば、倍の四発は打てることが保証されたことになる。

 結局、雀の涙程度であることに変わりないが。

 

「よく言えば単純構造。悪く言えば()()()()ね」

 

 面白いと言っておきながら、つっぱねる。

 魔女からすれば、大層な代物ではないらしい。

 少なくとも、彼女のお眼鏡にかなう代物ではなかった。

 

「粗悪品か?」

「いいえ、確かに技術力は高い。でも妖怪相手に使うとなるとおもちゃ同然ね。特に鴉天狗とか」

「なんで射命丸とバトるっての知ってんだよ」

「レミィから全部聞いてるわよ。その上で言ってるの。相手は()()()()()、よくもまあ最高難易度に挑むものね」

「……は?」

 

 幻想郷最速? あの鴉天狗が? 

 無論、速いことは知っている。まさに目にも留まらぬという言葉を体現した速さだ。

 だが数多の怪物、妖怪。怪異を総集した|幻想郷()()()()()で最速を誇る? 

 冗談も休みやすみ言え、大概にしてほしい。現実から目を背けたくなる。

 

「知らなかったの? 文屋の()()してるから、驚くのはわかるけれど。てっきり伝えられた上で挑んでいるものとばかり」

「聞いてない、全く。新聞配達員が俊足って何の洒落だよ」

 

 頭を抱えざるを得なかった。

 俺にとっての唯一の攻撃手段が役立たずまっしぐら。

 それどころか難易度ルナティック級であることを告げられる。

 溜め息が出るを通り越して、気絶しそうだというのが正直な感想だ。控えめに言って最悪。

 

「霊弾一発としては何の問題もなし。速度は普通の霊弾よりも速いけれど、避けられるでしょうね。かといって人海戦術が成り立つ程の弾を同時に展開できるわけでもない。だから結局は良くも悪くも『それだけ』で、今回に限っては中途半端でしかないのよ」

 

 大量に散布できるからこそ、速度は必要ない。

 逆が成り立つのならまだ良かったが、射命丸には通用しない。

 直視を避けたくなる、現実的な批判だった。

 

「以上が総評よ。質問はあるかしら」

「質問じゃないけどな」

 

 机の上にある銃を回収して眺める。

 河童の技術力の高さは光学迷彩で十分過ぎるくらいに理解している。

 ならば、それを扱う側次第でいくらでも化ける可能性は秘めているはずだ。

 

「水鉄砲くらい、扱ってみせる自信はある」

「貴方がどう言おうと構わない。ただ、私はレミィから運命の結果を既に知らされてるわ」

「へえ。して、どんな風に勝つのか聞くことは?」

「随分と強情で虚勢を張るのが上手な人。それを教えたら未来が変わってしまう、それくらいわかるでしょう」

 

 正直、俺が勝てる未来がほぼ見えなくなったというのが本音だ。

 攻撃を当てるどころか目ですら捉えられない。そんな相手に勝つなど不可能に近い。

 どんな作戦も机上の空論と化すのだから。

 

「じゃあ未来どうこう抜きに、俺が勝つ確率はどれくらいだと思う?」

「貴方の言動全てが蛮勇に近い、と言えば飲み込めるかしら」

 

 蛮勇。つまり俺のやること成すことの一切が無謀だということだ。

 彼女の評価も俺の自己評価と同じようなものだった。だが、一つ気に入らなかった。

 

 自分の可能性を否定される。俺が一番嫌いなことだ。

 赤の他人から勝手に見限られ、勝手に切り捨てられる感覚が気持ち悪くて仕方がない。

 頑張っている自分が馬鹿だと錯覚してしまいそうになる。

 

 この戦いに勝機を見出すことさえ絶望的であると、そんな自分でも心底思う。

 負けると確信したり、勝てないと勝負を放り出した覚えはない。

 とはいえ、

 

「万に一つ、虚数の彼方に光芒(こうぼう)が見えれば僥倖(ぎょうこう)ってところでしょうね。過大評価すれば」

「現実的な過大評価だな」

「俯瞰した結果のものよ」

「間違いだとは思ってねーよ」

「でしょうね」

 

 ただの一般人が値踏みするのとは訳が違う。

 有識妖怪の言葉は、どれもが理屈に基づくものだった。

 

「万に一つを数千に一つ、虚数の彼方を実数の彼方何光年先にしてあげられる可能性があると言ったら?」

「どういうことだよ」

「力になってあげるよう、レミィに言われたのよ」

 

 紫の魔女は言った。勝利は絶望的であると。

 しかし、また彼女はこうも言った。少しの希望を与えることはできると。

 覆しようのない敗北を抜け出す渇望の手助けをすると。

 

 彼女は種族差、経験差、実力差、全ての「差」を加味している上で発言したのだ。

 

「俺にとってはありがたい限りだな」

 

 本心だ。彼女の魔女としての実力はわからない。

 けれども、彼女の助けが心強いものであろうことは容易に想像できる。

 

「でも、貴方は精霊魔法はおろか魔法も使えない」

 

 問題はそこだった。

 俺にとって、魔女から魔法を教わる意味はない。

 専門外の知識を土台から詰め込まれたところで、その有用性が疑われるものだ。

 

「だから、まずはその銃の使い方を完全習得することね。あくまでもそれは補助機に過ぎないわ」

「最低でも、補助でなんとかなるレベルには自力で使えなけりゃお話にならないと」

「そういうことね。でも、それだけでは足りない」

 

 確かに、俺がこの一週間をどれだけ有意義に過ごし、どれだけ上達しようとも収穫に期待はできない。

 最速の天狗に通用するとは到底思えない。

 

 ならば、それ以外の要素で差を埋めるしか方法はない。

 手元にある銃を除いて、俺が鴉天狗に対抗できる手段。

 

 ある程度習熟していて、かつ彼女の虚を突く可能性がある武器。

 成長の余地があり、彼女の想定を上回る可能性がある武器。

 

 俺に思いつく有効な材料は一つだけだった。

 

「……対象を騙す程度の能力」

「そんな名前だったの」

 

 これしかない。残された唯一の希望だった。

 俺自身ですら、この能力の全貌はわかっていない。

 何ができ、何ができないのか。わかっていることはほんの一部だ。

 

 現時点でわかっていることとして、弱点は「『幻実』を現実ではないと認識される」こと。

 しかしその欠点は今現在、咲夜にしか露見していない。

 あるとしても咲夜と同じ紅魔館の者であるレミリアやパチュリー達までで、射命丸に知られてはいないはずだ。

 

「貴方のその能力。とても有力──()()()()わよね」

「見える、ってことは……?」

一見(いっけん)そう見えるってだけよ」

 

 頼みの綱である能力をほぼ否定された。

 この間約一秒。希望はないのか。地獄でさえ蜘蛛の糸程度の希望は垂れるというのに。

 

「彼女が自分の周囲に風を巻き上げたとする。どうなると思う?」

「勝ち目ないっすね」

 

 俺は鴉天狗でもなければ鳥でもない。

 当然翼は持たず、両の手は空を掴むことを想定していない設計だ。

 

 対する射命丸にとって、大空は格好の舞台。

 地に足着かぬ人間をなぶるなど、お手玉同然だ。

 

「そうなる前に決着をつける必要がある。でしょう?」

 

 求められているのは、勝負のケリを一瞬でつける超短期決戦。

 相手の得意分野に持ち込まれる前に、強引に足を掴み、引きずり下ろす。

 

「言うも愚か。何十光年先の話なのよ、勝負になるのなんて」

「桁が一つ増えるほど絶望的なのか」

「そんな差でさえどうでもよくなるくらいよ」

 

 些事に興味はないと、魔術書から目を離さない。

 横から覗いてみるものの、日本語ではない何かの文字が羅列されていた。

 理解どころか見覚えすらない。それをスラスラと読んでページを繰っていく。

 

「魔術師志望なら諦めた方がいいわよ」

「その心は?」

「人間じゃ寿命が足りないもの」

「マジかよ」

「少なくとも一朝一夕で会得できるほど安くないのは確かね」

 

 魔法の教えを彼女に乞うことも考えたが、そちらも論外らしい。

 

 さて、残念ながら俺の打てる手はほとんどなくなってしまった。

 そんなことは最初からわかっていた。

 話を展開していて、ずっと疑問だったことを口にする。

 

「なあ魔女さん。お前はなんで俺に力を貸すんだ?」

「言ったでしょう。レミィに言われたから」

「不思議に思わないのか?」

「思ったけれど」

「けれど?」

「あの子、面白いことが好きだもの」

 

 友人の気が知れないとばかりに聞こえる溜め息。

 対照的に、俺は思わず笑いがこぼれた。

 

「くはっ」

「なにその個性的な笑い方。気持ち悪い」

「いやいや別に。今日のところはもう十分だ、さんきゅ」

「変なの」

 

 呆れの声を背に大図書館を去る。

 広い赤廊下を通りながら再び安心を得る。

 

 一方的に俺がなぶられる。そんなわかりきった未来を面白いと形容できるはずもない。

 魔女が言ったか吸血鬼が言ったか知らないが、もはや発言者などどうでもよい。

 無味乾燥な未来の否定。

 

 それは正に、遥か彼方にある希望が手に届いたも同然だった。




ありがとうございました。

僕はウマ娘ではタイシンが一番好きです。
今現在はメンテ中ですが、直近だとNGSが一番楽しみ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:5文字~500文字)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。