一ピクセルの恋   作:狼々

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あけましておめでとうございます。
おまたせしました。
あいた期間を考えると胸が痛くてたまりません。


コンティニュー不可

「はぁ、はぁっ……!」

「あはは! お兄さん、もっと頑張って!」

 

 いくら動悸が激しかろうが、足がフラつこうが空爆は止まない。

 吸血鬼妹が浮遊しながら容赦なく弾幕を打ち下ろす。

 上から打たれているため、こちらの位置は丸見えに近い。

 

「くそっ、なんでこんなに天井高いんだよ!」

「はいそれっ、どーん!」

「どわっ!?」

 

 吊るされているきらびやかなシャンデリアに弾幕が命中。

 ガラスの破片を広く撒き散らしながら、金属の塊は俺の真上から落ちてきた。

 飛び込んだことでなんとか避けられたものの、肌を抉るガラス片が痛い。

 唯一の救いは、多数の切り傷による痛みがアドレナリンで緩和されていることか。

 不幸中の幸いとはよく言ったものだが、運を司る神に不幸が占める割合の多さに苦言を呈したくなる。神様ってのはいつもこうだ。

 

 曰く、これは遊びであると。しかし、ここが地獄であることもまた事実。

 俺が足を止めることはすなわち死を意味する。

 手のひらにガラスの欠片が食い込む懸念もせずに、勢いをつけて立ち上がり、走り出す。

 

 もてあそばれているのだろうが、()()()()が始まってから一度も弾が直撃していない。

 先程のシャンデリアのように、弾幕に当たった物の破片が降りかかることはあっても(じか)に当たってはいないのだ。

 つまり、俺はあの弾が直撃したときの被害を知らない。

 本人の言葉通りならば死にはしないらしいが、当たりどころが悪ければありえない話ではなさそうなのがまた怖い。

 

 物を破壊していたところを見ていた限り、殴る蹴るというのが可愛らしくなるほどの威力だ。

 背中に当たったらそのまま背骨が折れる……かもしれない。

 

 唯一はっきりしているのは、このまま身を恐怖に晒すことは悪手であることだ。

 手身近な扉に飛び込んで、すぐさま後ろ手で閉める。

 背中を扉に預け、ほっと息を吐いた。

 

「あれ、明らかに遊びって度を越してるだろ……」

 

 子供が遊びの一環でシャンデリアを壊すなど聞いたこともない。

 後処理を任されるのはメイドの十六夜だろう。時を止められるとはいえ、大変そうだ。

 いや、今の俺が他のことを心配している余裕など到底ないのだが。

 

 取り敢えず、視線と射線は切れた。

 とはいえ、ここに逃げ込んだのは見られているため、蹴破られるのも時間の問題だろう。

 上がる息が落ち着く前に、この部屋が他の部屋とは内装が大きく異なることに気が付いた。

 

「……随分とまた本の虫なんだな、吸血鬼のくせに」

 

 視界いっぱいに広がる、棚の左右に隙間なく敷き詰められた本。

 見たこともない分厚い本から、背表紙の字が何語かわからない本まで。

 俺が外の世界で入り浸っていた図書館の数倍は所蔵されているに違いない。

 目に見える範囲でこの推測なので、部屋全部となるとさらにこの何倍かの蔵書があるだろう。

 

 ふと壁にかかった時計を見て、げんなりする。

 鬼ごっこが始まってから、まだ一時間と経っていない。

 厳しい現実に目の前が白くなって倒れそうだったが、あと少しのところで踏みとどまった。

 

「──聞きたいことが三つほどあるのだけれど」

「あ?」

 

 照明が点いていなかったため、この部屋の中に人はいないと思っていた。

 が、奥の方に窓から入る日光で照らされて本を読んでいる人がいた。

 いや、この館では人ならざる者も平気で暮らすため、安易に人とも断定できないが。

 

「一つ、貴方は誰?」

「片桐 氷裏。しがない人間をやらせてもらってる。どうやら俺は外来人ってやつに分類されるらしい」

「ああ、貴方が噂の」

「噂になってるのか? そりゃ光栄だ。俺みたいな目立ちたがり屋にはこれ以上ない幸福だな」

 

 ネグリジェに似た紫色の服に、赤と青のリボンで結われた同じく紫の髪。声と髪の長さから察するに女だろう。

 三日月が刺繍されたナイトキャップ。合わせてゆとりある大きな服が揃った格好は、さながらパジャマ姿だ。

 余裕のある服を着ているわりに、腕の細さや小柄な体で全体が細々して見える。

 見た目と様子から察するに、かなり大人しい性格というのが第一印象か。

 

「一つ、この図書室には何をしに来たのかしら?」

「答えにならなくて残念だが、俺が一番聞きたいな。聞くなら、誘拐犯である屋敷お付きの銀髪優秀メイドに聞くこった」

 

 溜め息混じりに、本から俺へと視線を向けられる。

 体中に散りばめられた玻璃(はり)のアクセサリーを見て、もう一度溜め息を吐かれた。

 同時に、こちらに興味をなくしたのか再び読書を再開した。

 あの溜め息はきっと、ガラスの装身具が似合う俺に見惚れた故のものだろう。

 

「一つ、なぜ貴方はドタバタと、それも全身に素敵なアクセサリーを付けて駆け込んだの? そちらの世界ではトレンドなのかしら」

「やっぱ似合うか? つっても、俺にはどんな装飾も似合うんだけどな。かっこいいのも考えものだな」

「……こういう人間、一番苦手なのよね」

「偏見は良くないぞ。俺も読書は好きだ、見たところ趣味は合いそうなんだが。セルマ・ラーゲルレーヴの『ニルスのふしぎな旅』ってのは読んだ方がいい」

「貴方みたいな薄っぺらい人間とは、どうも気が合わないのよ」

「だから偏見だって。スウェーデンの女性作家で、スウェーデン人初のノーベル文学賞受賞者。代表作はさっき言ったやつ」

「そういうことじゃないのよ」

 

 減らず口で返事していると、俺の背中がのけぞった。

 しまった時間をかけすぎた、と後悔しても今更もう遅い。

 断続的に扉が外から力任せに叩かれ、かなり強い衝撃が伝わってくる。

 

「ぐはっ! あいつ、マジで力強すぎる! 人外ってのは全員こうなのかよ!」

「……はあ。騒がしいったらありゃしない」

「や、やばっ──」

 

 人間の抵抗虚しく、即席の人間バリケードが無理やり突破された。

 この部屋の扉の作りがしっかりしていたため、扉が吹き飛ぶことはなかったが轟音と共に押し開けられる。

 姿勢を低くして、目についた手近な本棚の裏へと避難する。

 咄嗟(とっさ)に隠れてた場所がバレるかバレないか、分の悪い賭けを強いられていた。

 

「あれ、いない。おにーさん?」

「静かにしなさい。少し、いやとても騒がしいしホコリがたつから」

「ごめんなさい、気を付ける」

「聞き分けがいいわね──こほっ」

 

 俺の隣を通り過ぎて、少女の元へと向かう鬼。こんなにハラハラするかくれんぼは初めてだ。

 本棚の僅かな隙間から向こう側を覗き込む。

 咳き込む本の少女と対面して、鬼はそこに留まっていた。

 

「ねえ、ここに男の人が入ってきたと思うんだけど、どこに隠れたか知らない?」

「男なんて、この館には餌以外にいないでしょう?」

 

 相変わらず本を読んだまま吸血鬼妹の取り調べに受け答える。

 ほんの一瞬、少女の視線がこちらへと向いた。

 

 嫌な予感がした。そしてその予感は的中することになる。

 

「……そこにいるの?」

 

 鬼はその泳いだ視線を見逃さなかった。

 確認の一声で背筋が凍った。恐ろしくて仕方がない。

 俺の隠れた本棚へと近付かれる。一歩ずつ、ゆっくりとだが着実に。

 

 十秒もしないうちに、俺の隠れ場所が覗き込まれた。

 

「……なーんだ、気のせいか」

「一体何を感じ取ったのかは知らないけれど、私はきっと貴方が探している尋ね人は知らないと思うわ」

「そっか。あの能力、想像以上に厄介だなあ。外に出たのにも気付けないなんて」

 

 俺が見つからないことに不満を漏らしながら、吸血鬼妹は踵を返して扉の向こうへ出た。

 この部屋から脅威が去ったことで、今度はたまらず俺が溜め息を吐いた。

 もう大丈夫だろうと、隠れていた棚裏から出る。

 

「おい、今の絶対わざとだろ」

「さあ、否定はしない。それにしても、よく見つからなかったわね」

 

 俺は隠れた棚の向かい側の棚の後ろから彼女の元へと向かう。

 少女の視線がこちらに向けられた瞬間、吸血鬼妹が俺を捉えるまでに能力が発動できた。

 能力で反対側へ移動できたからよかったものの、もし捕まっていたら一生この少女を恨んでしまうところだった。

 

「かくれんぼは子供の頃から遊んでて極めたんだ。誰よりも上手かった自信がある」

「そう。ともかく、いち人間の貴方がこの本を見ても、学べることは何もないと思うのだけれど」

 

 能力を使って彼女の正面から後ろへと回り込んだのだが。

 俺が背後から本を覗き込んで一秒もせずに、能力の使用がバレた。

 ありえない。視線は本に吸い付いたままだったため、発動前に見られたことはないはずだ。

 

「貴方、結構面白いことができるのね。魔法じゃないのに」

「あんたも、相当面白いことができるんだな。そっちは魔法っぽいけどな」

「正真正銘の魔法使いだもの。手品のタネを見破るくらい訳ないわ」

 

 吸血鬼二人にメイドときたら、次は魔法使いか。

 随分とグローバルな館ときたものだ。

 

 彼女は何も口にすることなく、右手を空けた。

 天井を向く手のひらの上に、何かが吸い込まれて集まっていく。

 それは俺の体や俺が通った廊下に落ちた、白透明な破片だった。

 そのまま右手が閉じられて、次に開かれたときには既に破片はそこから消えていた。

 

「……すっげぇ」

「これも序の口よ。止血まで済ませたから、とっととここから出ることね」

「マジか、魔法使いすげえ。サンキューな」

「早く出ていってほしいだけ。これ以上騒がしいのはごめんよ」

「その前に一つ聞きたいんだが、廊下のシャンデリアってあれ一つでいくらぐらいなんだ?」

「あんたが一生働き倒して稼げるかどうか怪しいくらい、と言えばわかるかしら」

 

 そりゃ大層なものを壊しているものだ。

 吸血鬼姉にはメイドを雇うほどの資産はあるのだろうが、あれが毎日続くと考えると被害総額は計り知れない。

 

「立ち去る前にせめて、名前だけでもお聞かせ願いたいんだが」

「名乗るほどの魔法使いじゃないわ。早く出てった方が身のためよ。あの子、勘づいたのか戻ってきてる」

「げっ。名前を聞けなかったのはすごくとても最っ高に残念だが、今日はここらでおいとまさせて頂くとするわ」

「はあ、ようやくゆっくり本が読めるわ、こほっ」

 

 時間があまりないらしいので、小走りで扉まで戻る。

 名も知らぬ女の子の咳払いを最後に、図書室を後にした。

 

「うわ……明るいな」

 

 図書室は明かりと言えるものが日光以外になかったため、廊下の光が随分と明るく感じる。

 時間的余裕はあまり残されていないと踏んで、遠すぎない別の部屋に行くことにした。

 

 二つか三つほど扉を見送り、その次の扉を開けた。

 またも暗い部屋で、今度は日光すら差し込んでいない。

 一安心してすぐに、その部屋の天井から蝙蝠(こうもり)が降りてきた。

 

 鋭い羽ばたきに驚いて、一歩後ずさる。

 様子を見ていると、蝙蝠は一匹ではないらしく、徐々に数が多くなっていく。

 それらの行き着く先は、俺の目の前に絞られている。複数の蝙蝠が集まり、そのまま人の体を形成していった。

 

「どうかしら、ご感想のほどは」

「……レミリア」

 

 人を形作っていたものの、その正体は人ではなかった。

 つい一時間前に見た閻魔の顔だ。

 

「地獄にしてくれたのはお前でもあるんだぞ、と恨めしいな」

「そんなつもりはないわ。あの子、いつもよりはしゃいでいるのよ?」

「んなこと言われても嬉しかねーよ」

「もっともね。それと、パチュリーにはもう会ったようね」

「パチュリー?」

「魔法使いの本の虫、って言えば十分でしょう」

 

 なるほど、どうやらあの魔法使いがパチュリーという名前らしい。

 語感は可愛らしいが、実際は無愛想な性格に近いものだった。

 無愛想ながらも冷たかったり根暗な性格でない上に、まだ会ったばかりなので一概にそうとも言えないが。

 

「今後貴方はパチェを一番利用することになるでしょうから、あまり不用意に関係に傷を入れないことね」

「なんだそのパフェみたいな名前。似合わないから改名した方がいいって伝えといてくれ」

「あらかわいそう。忠告した途端にこれとは、先が思いやられるわね」

「それで、なんでそう言い切れるんだ」

「未来が告げているのよ」

 

 それだけ言って、吸血鬼は蝙蝠の姿に戻った。

 両扉を全開にして廊下へ飛び立つ様は、本物の蝙蝠の群れそのものを見ているようだった。

 

「お兄さん、みっけ!」

「はぁ!? おいふざけんな吸血鬼姉! 絶っ対お前のせいだ!」

 

 勢い良く蝙蝠が部屋から飛び出すのだから、そりゃ様子を見にくるに決まっている。

 彼女との雑談の時間を考えると、そろそろこの付近を通りかかってもおかしくない。

 

 偶然か、はたまた彼女による時間稼ぎか。

 真実は本人のみぞ知るところだが、今回ばかりは叫んでも許されるはずだ。

 

 舌打ちをしながら、身動きが取れなくなる前に廊下へ駆け出した。




ありがとうございました。

シャンデリアをドレスとして着ることがトレンドになる日はくるのでしょうか。

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