最近PCに移行したこともあり、APEXさらに楽しめてます。
「片桐さん!」
「うあぁ!?」
突然開け放たれた扉から、見覚えのある鴉天狗が姿を現した。
当然と言うべきか、驚かずにはいられない。
御蔭様で、肩が跳ねた上に変な声を出す臆病者のできあがりだ。
「あ、あぁ……よかった……!」
疲れ切ったような表情で近付いて、ベッドの俺を抱きしめた。
「は、はぁ!? ふざけんな、暑いんだよ!」
「心配させないでくださいよ。一日経っても帰ってこないんですから……」
「いや、そりゃ、まあ、悪かった」
結局、誘拐された当日は何もなかった。
言葉通りに一切のイベントなし。
ただ夕食がメイドと現れ、主の顔すら見られないまま夜が明けて、現在に至る。
半介護生活が始まるのかと思いきや、ほぼ放置状態なのだから、どちらかと言うと愛玩動物生活になりそうだった。
「貴方、怪我してるんでしょう? それも、結構大きな」
「いいや、かすり傷一つすら」
「嘘吐かないでください。血がべっとり付いたナイフを見せられて飛んできたんですから」
あのメイド、どうやら余計なことにお節介らしい。
それにしても、彼女の性格はだいぶ曲がっていそうだ。
そんなことをしたら、心が余程歪んでいるかそいつが大嫌いでない限り、飛んでくるのは大体予想できる。
「……両足」
ズボンを半ば脱いで、包帯に巻かれた足を表に出した。
まだ少々血が滲む両足には、あまり力が入らない。
本気で心配しているらしい射命丸は、足を優しくなで上げた。
「今すぐ病院に行きましょう。いい医者を知っていますから」
「残念だが、そりゃ無理だ。ここの主に、ちょっとはやり返さなきゃな」
「あら、その意気込み、大したものね」
聞き慣れない声。メイドのそれではない。
扉が軋みながら開いた先に、声の主と思わしき者がいた。
「……なるほど。吸血鬼幼女ったあ、こりゃ話に聞いた通りだ」
「貴方こそ、その性格の悪そうな笑い方は、まさに悪役の代名詞みたいね」
ただ、彼女は静かに声を出す。
何も威圧感はない、吸血鬼とはいえ大したことはない。
後ろに
「二つ質問するわ。怪我の具合は?」
「すこぶる悪くて立てやしないね、綺麗なお嬢ちゃん」
「じゃあもう一つ。私とゲームしましょう?」
彼女の指がパチンと鳴って、間もなくメイドが隣に現れた。
ベル代わりの指パッチンというのも、中々洒落ているものだ。
「ルーレット盤──いえ、トランプを用意しなさい」
「御意に」
一瞬消えたかと思うと、また一秒もせずにテーブルとトランプ一ケース分が現れた。
こんな芸当、目の前で見られるのは人生で一回もないはずなのに。
現実では到底ありえない世界を垣間見てから、彼女は付け加えた。
「せっかくだから、賭けをしましょうよ」
「おお、いいじゃねえか。内容は?」
賭け事に乗り気になった俺には、まだわからなかった。
彼女の恐ろしさ、底知れぬ悪魔めいた手招きの真意を。
「──
「……へぇ」
椅子につき、テーブルで頬杖をつく主の表情は、大きく変わっていた。
これから起こるゲームへの興奮、敗北への心配。
無駄な感情を一切排除したような、冷たく、何もかもを見据えているような顔。
悪魔、吸血鬼。なるほど、と今一度納得してしまった。
目を合わせるだけで、内心恐怖を感じているのは事実だった。
「行きましょう。早く病院に行かないと」
袖を無理矢理に引く射命丸の手を払った。
「まあ、見とけ……お前は何賭けるよ?」
「貴方が決めていいわよ。私が勝ったときの内容は私が決めたもの」
「そりゃどうも。じゃ、何でも言うこと一つ聞いてくれ」
「……ふざけているの?」
彼女に疑念の表情が浮かぶのも無理はない。
こちらは存在全てを差し出すにもかかわらず、俺の要求の軽さ。
まるで子供の道楽で用いられる決まり文句。
内容によるが、釣り合っていないことは誰が見てもわかる。
「大真面目さ。『何でも』って言葉の無限性に気付かないのか。で、ゲームの内容は? トランプ使って何すんだよ」
「ポーカー、七並べ、大富豪に
余裕綽々と言わんばかりに、彼女は笑顔を見せた。
勝利への確信か、はたまた俺の要求にリスクを感じなくなったのか。
何でも言うこと聞け、と言うならば、死ねというのも可能ではある。
そういう意味では、彼女と俺の提示間に差などないに等しい。
ならば、この微笑は。明らかに前者によるもの。
「……そうだな、ポーカーでいこう」
「そうね、運が全てのゲームなら、貴方にも勝ち目があるかも」
「あぁ? 馬鹿にしてんのか?」
「いえ、何でもないわ。ジョーカーはありでいいかしら」
「お好きにどうぞ。同じ役の時は引き分けか?」
「五本先取の、同役の勝敗はスートが強い順で決めましょう」
「はいよ」
十六夜にトランプを渡して、シャッフルを促した。
見事なパーフェクトシャッフルは、さながらカジノディーラーのそれだ。
「吸血鬼ちゃん、あんたの名前は?」
「レミリア・スカーレット。貴方の主になる名前だから、今の内に覚えておくことね」
「……何言ってんだか」
「わからない? 貴方に勝って、私に仕えてもらうのよ。その言葉遣いも、少しは使用人らしくなるよう練習しておきなさい」
ほう、なるほど。
先程の態度といい、この発言といい、相当に自信に満ち溢れているようだ。
お互いが自分の前に配られた五枚を確認しても、彼女の表情は揺るがない。
自信に見合う手札か、それともブラフか。
対する俺のカードは、特に光るものもなく、ダイヤのエースでのワンペア。
「三枚交換」
「私は交換なしで。貴方はワンペア、か。残念だったわね」
「まだ何も言ってないだろ」
「そういう問題じゃない上に、交換した後のことよ」
三枚をメイドに預け、別の三枚が返却される。
めくるが、元々の手札に合うカードはなし。
つまるところ、ワンペア。
軽くスカーレットを睨みつけた。恐らく、何かある。
「運命がそう言っているもの。オープン」
「……ま、三枚交換だし、そりゃバレるか。オープン」
両者の手札が、各々の前に展開。
彼女の役は、ツーペア。
「まずは一勝、ね」
「勝負はまだわからないだろ」
「あら、私は何も言ってないわ。それこそ、貴方が負けるとも、私が勝つとも」
俺がレミリアの分も回収、八枚がメイドに返され、十六夜のパーフェクトシャッフル。
ついさっき見たばかりだというのに、あまりの手際の良さに初見のような驚きを示してしまいそうだ。
「パーフェクトシャッフルって、八回繰り返すと元の並びに戻るって、知ってたかしら?」
「勿論。有名な話だよな」
「果たして八回もシャッフルされるかどうか、微妙なのだけどね」
「そうだな。このまま俺がストレートで五回勝てるかも」
挑発を受け流しながら、目前に飛んできた五枚をめくった。
ツーペア。が、正直不安要素が残る。
手札を鑑みるに、スリーカードとフルハウスが狙えないわけでもないが、どうしようか。
「微妙よね、ツーペア。一枚交換でフルハウスを狙うか、それともワイルドカードも視野に入れて二枚交換で堅実にスリーカードを狙うか。私だったら、ワイルドカードを考えてフルハウスを狙うかしら」
「……おい、十六夜。俺の手札、事前に見せてるか決まったカードに変えただろ」
「無理よ。貴方、咲夜の能力にあらかた予想はつけているらしいけど、私がゲーム中に仕組んだり、工作したり、私の肩を持たないように言ってあるわ」
「その通りです。お嬢様の命令は絶対ですので。あくまでも、私はプレイヤーではなくディーラー。公平性は保っていますよ」
やはり、何かある。
一枚交換だけでツーペアと決めつけるには早計にも程がある。
フラッシュ系や連番の可能性を無視して、ピンポイントで見抜く? あり得ない。
「私は四枚交換でいこうかしら」
「随分と強気だな。最初が悪かったか? 俺は一枚交換だ」
「いいえ、貴方に勝つには十分だからよ。オープン」
「そうかよ。オープン」
交換したが、結局ツーペアのまま。
対するスカーレットは、ジョーカーを含めたダイヤのクイーンでのスリーカード。
「ふざけんな。今、わざと
「あら、どうしてそう思うのかしら?」
「残した一枚、位置から考えてジョーカーだった。なら、ワンペアは確実。なのに何故
ワイルドカードのジョーカーは、いわば切り札。
どのマークの、どの数字にも成り代わる最強の詐欺師。
スカーレットが手札の位置を変えた様子は見られなかった。
彼女から見て左端にあるジョーカーは、元々の段階で手中にあったはず。
となれば、四枚以上を交換する理由がない。
俺の役がツーペアだと筒抜けであるならば、スリーカード以上を出せばいい。
なら、ジョーカーと軸のカード一枚を残して三枚交換で十分。
フラッシュ系や連番も、同様に三枚交換で事足りる。
三枚の内一枚をジョーカーとしたフルハウスが狙いだとしても、その役を目指す必要は全くない。
四枚交換で二つのペアが巡ることが算段だった? リスキーだ。スリーカードが確実な一手であることに変わりはない。
であるならば、今の四枚交換はわざとだ。
わざと、勝つ確率を落とし、入るはずの役を落とした。
「気分よ、気分。それに、下手に小さく交換してワンペアだと、ツーペアには勝てないもの」
「わかった、わかったよ。さっさと次行こう」
札を集め、八枚を返却した後に三戦目、札が配られた。
扇子状にカードを持って、手で目を覆う。
現在、交換なしでワンペア。どうするべきか。交換が得策であることに間違いはないのだが。
対してスカーレットは、二枚の交換。
「あら、頭を抱えるほど運に恵まれなかったのかしら?」
「そうだな。負けが込んでただいま三連敗。その上ダメ押しと言わんばかりにこの
「面白いわね。貴方、そっちに向いてるかもしれないわよ?」
「悪いが、人を楽しませるんじゃなくて自分が楽しみたい側なんでね。なるにしろならないにしろ、これに勝たなきゃ始まらん」
交換はなしに決め、無言でカードの開示を促す。
彼女の持ち札はツーペア。ワンペアでは太刀打ちできない。
恐らく、それは俺の手札が割れていてのこと。ならば。
引けない賭けに出たのだ。手汗が滲みながら、さも余裕があるように札をオープン。
「……ふざけているのかしら?」
「はあ? 俺は至って大真面目だ。世界で五本の指に入る自信すらある」
「じゃあ、どうして
ノーペア。つまり、最弱の代名詞。
それも手札交換なしで。愚かにも程がある。
勝つためには、交換は必須だ。交換しない理由がない。なにせ、最弱の役なのだから。
なのに、交換権利を放棄した。これを愚と言わず何というだろうか。
「おかしいわ。貴方の手札は確かに──」
「どうしてだ。ただ交換しなかった、それだけ。なんで『おかしい』になるんだよ」
「交換せずにノーペアなんて、負けにいっているようなものだわ」
「そうだな。それより、手札は確かに、って言葉が引っかかるけどまあ、すぐに決着もつく。さっさと次に移ろう」
咲夜のシャッフルを交えて、再配布。
さて、ここで負けるわけにもいかない。
頭を抱えつつ、視界を手で塞いだ。
手札はワンペア。微妙だが、今までの試合展開からして勝つことはできない。
せめて、ツーペアはほしいところだ。
「わざと負けるつもりなの? ……そうね、二枚交換」
「なんでそう思うんだよ。三枚交換」
交換した三枚を見て、思う。
──俺の運も、まだまだ廃れたものではないらしい。
敗者は負けるべく負け、同様に勝者は勝つべくして勝っている。
その言葉に準じたいものだ。
「悪いな」
そして、どうしてだろうか。
余裕だった彼女の表情に陰が差し込んだ。
「どうした、そんな顔して。さっきまでの勢いと口数はどうした?」
「……なんでもないわ。オープン」
そうして、第五ラウンドの開示。
彼女はワンペア。俺の手は──
「どうだ、今のところ最高の役だ。ようやく一勝、って感じだわ~」
「そうね。まあ、一回くらいはくれてあげる。貴方が何をしたかは別として、ね」
「カード貰って交換しただけだ。強いて言えば、運が味方してくれたな」
十五枚を束ね、十六夜の持つ山札へ。
今回はやめておこうか。さすがに警戒されているであろう。
流れ着くカードを手に取るが、生憎のハイカード。
スカーレットは交換なしで終わるようだ。
俺は三枚を交換するも、変わらずハイカード。
「なあ。一つ聞いときたいんだが、俺の能力ってバレてんの?」
「ええ、勿論。まだ使わないの?」
「使っても一緒だろ。どうせ目眩まし程度なんだから」
観念して、札を卓上へ。
彼女の役はワンペアだった。
ワンペアだというのに、彼女は交換しようとする素振りすら見せなかった。
やはり、このポーカーは何かがある。
絶対に、彼女に有利となる部分があるはずだ。
でなければ、自信満々にワンペアを提出などできるわけがない。
「さて、これで私は四勝。対して貴方は一勝。そろそろ、覚悟した方がいいんじゃない?」
「まっさか。ここで死ぬのはゴメンだね」
その「何か」を探る必要がありそうだ。
果たして、それが判明したところで、勝てるかどうかは全くの別問題ではあるのだが。
ありがとうございました。
気づいたら最終更新から一ヶ月過ぎてました。
申し訳ありません。