一ピクセルの恋   作:狼々

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最近、書くペースが上がった気がします。
書き溜めを維持して最新話を書き続けている状況なのですが、本当に昔の自分の意図がわからない。

意外と忘れているものですね。


正体不明の怒り

 ほんの短い時空の狭間で、過去に囚われた気がした。

 

 自分の血液を見た時に、恐怖を感じた。

 だが、異質だとは思えなかった。

 

 きっとそれは、数えるほどしか日付が経っていないからだ。

 言うまでもない、罪人となった日から。

 

 正当防衛と片付ければ聞こえはいい。

 過剰防衛とみなされても仕方がない。

 

 ただ、疑問に思うことさえも世界は、神は許してはくれないのだろうか。

 見慣れている()()()()転がる亡骸は。一人分は、果たして増える必要はあったのだろうか。

 

 ──どうして俺が、俺達ばかりが騙され、奪われるのだろうか。

 

 

 

「……酔いはお冷めになられましたか?」

 

 メイドは、城の入り口の前で指を鳴らす。

 再び時が繋がって、俺の服は和服から洋服へと変わり、完璧にメイキングがされた真っ白なベッドへ横たわっていた。

 両足に圧迫感を感じ、見ると白い包帯が巻き付けてあった。

 部屋の中も、一瞬だけ見えた城の外装と同じく、赤で揃えられている。

 

「おい、どういうつもりだ」

「本日はここで寝泊まりをお願い致します。何か御用がお有りでしたら、私、十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)の名をお呼び下さい」

 

 スカートの両端をつまみ上げ、品格のある礼を済ませたかと思うと、彼女は視界から消えた。

 文字通りに、跡形もなく。

 

「……なんなんだよ、全く」

 

 窓の外を横たわったまま覗くが、まだ陽は少しも傾いていない。

 あの十六夜、とかいうメイドに誘惑を施された時とほぼ同時刻と考えられる。

 だとすると、俺は今までの時間を跳躍したということになる。

 

 時が止まった、ということだろうか。それとも過去へのタイムリープか。

 何かあるとすれば、あのメイド以外には考えられない。

 少なくとも、十六夜かその主のどちらかだ。

 

「失礼致します。朝食をお持ち致しました」

 

 またマジックのように、十六夜は銀色のワゴンと共に姿を現した。

 否、タネがあるマジックとは格が違う。

 タネがないマジック。つまるところ、マジックを超越した何か。

 只者ではない、としか言い様がないのは事実だろう。

 

「あ……まだ食べてなかったか」

「毒などは入っておりませんので、ご自由にお食べ下さい。では」

 

 十六夜が消えると同時に、テーブルに食器まで丁寧に並べられた。

 手に取ると、銀の器からひんやりと冷気が伝わってくる。

 目前に展開されている料理の量も馬鹿にならない。

 一人分か、それより少し多いくらいだ。

 

 この量を事前に作るなど、不可能だ。

 となると、やはり作り終わった直後なのだろうが、十六夜が離れてから数秒しか経っていなかったのだ。

 

「時間を止める、ねぇ」

 

 一番可能性のある非現実は、口に運ぶ現実の味を明確に伝えた。

 

 ……めちゃくちゃ旨いし、本当に何なんだ。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「彼を連れて参りました。現在、負傷している両足を治療中です」

「お疲れ様。無傷ではないけれど、仕方ないわ。一日、待ってあげましょう」

「……申し訳ございません」

「いいのよ。大したことじゃないわ」

 

 咲夜の頭を垂れる仕草は、これまでに何度も見てきた。

 従者という立場上、主人へ数え切れない程に頭を下げる彼女。

 不始末があったわけでもないのに、こうして謝られるのは実に何十回、何百回目だろうか。

 

「それより……変ね」

「どうかなさったのでしたら、何でも私めにお申し付け下さい」

「いえ。ただ、『変わった』のよ」

 

 本来、『辿るはずだった道筋』とズレている。

 昨日までなら、彼は無傷の()()だったのだ。

 なのに、何故。

 

「そういうことも、案外あるものなのね」

「この後はどう致しましょうか」

「さっき言った通り、一日待ちましょう。それで朝一番に、あの新聞記者に一声かけなさい。後は彼女が勝手に来るわ」

「仰せの通りに。では、失礼致します」

 

 それだけ言って、彼女は姿を消した。

 優秀なメイドというものは、いつでもこう忙しいものらしい。

 働かせているのは、他でもない私なのだけれど。

 

「……()()が、変わってる」

 

 ただ一つ、胸につっかえる疑問と問題を呟いた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「ふわ、あぁ~。おはようございます~って、もう昼ですか……」

 

 私が布団から這い出たときには、既に(うま)の刻を回っていた。

 羊の刻とまではいかないものの、昼でない言い訳には使えそうにもない。

 

「すみません、今起きました~。ちょう──じゃなくて、昼食をとりましょう」

 

 同室で寝ているはずの、彼の姿はない。

 昼なので、彼がとっくに起きていてもおかしくはないか。

 

 ──だが、それにしても返事がない。

 

「片桐さ~ん、どこですか~?」

 

 部屋を次々に回るが、彼の姿はどこにも見当たらない。

 呼びかけても、返事すらなし。

 

 溜息を吐きながら元の部屋に戻ると、視界の端でテーブルの上に置いてある紙を捉えた。

 あんな場所に紙など、置いた覚えはない。

 手に取ると、綺麗な文字で走り書きされたメモであることがわかる。

 

「昼食の買い出しって……もう昼ですよ」

 

 昼食及び夕食の買い出しに行くという旨の内容だった。

 十中八九、あの片桐さんが自分から進んで買い出しに行くとは思えない。

 現に、財布は私の机の上にあって、片桐さんは今現在、無一文なわけで。

 少なくとも、このメモが本当である可能性はほぼゼロに近いわけだ。

 

 何をするのかは見当もつかないが、何かしら企んでいるのだろう。

 あの性格上、聞いても教えてはもらえまい。

 

 昼食を買いに行くため、財布を持って外へ出る。

 飛び始めてものの数分もせずに、人里へと着いた。

 

 彼に限って、幻想郷の地理を網羅しているということはまずない。

 となると、行ったことのある河童のところか、この人里くらい。

 博麗神社での宴もあったが飛行で向かうような距離なので、徒歩で移動したとは考えづらい。

 

 辺りを見回しても、やはり姿は見当たらない。

 意外と長身なのでその気になって探せばすぐに見つかると思ったのが、そう上手くはいかないらしい。

 

 手早く昼食を買って、夕食の分の食材も買い揃える。

 一時間ほどで買い物は終了し、家に戻るも、片桐さんは帰ってきていなかった。

 

 遅すぎる昼食を食べながら、使った食器を片付けながら、家事をしながら待ち続けた。

 陽は傾き、茜色へと空を染め上げる頃に、夕食を作り始める。

 くつくつと鍋の笑い声が聞こえる中、未だに玄関は開かない。

 

 顔を隠した太陽の代わりに、三日月が浮かび上がる。

 夕食もできあがり、私と私の前に、一人分ずつ準備も終わった。

 

「……いただきます」

 

 ──彼は、帰ってこなかった。

 こんなにも、一人で食事するのは寂しいものだっただろうか。

 ほんの数回しか食事を共にすることがなかったのに、おかしい。

 

 眼の前の料理の湯気が消えたとき、自然と私の口から吐息がこぼれ落ちた。

 

 

 

 随分と早くに布団についた私は、先日の朝が嘘のように早起きだった。

 まだ陽が上がって一刻もしていないどころか、今、陽が上がり始めている。

 

 結局、彼は夜の間も帰ってくることはなかった。

 起床後も、真っ先に部屋を探すが、姿形すら見当たることはなかった。

 多少心配になりながらも、縁側から庭へと出たときだった。

 

「おはようございます」

「うわあ!?」

 

 突然、目の前にお辞儀をしたメイドが現れた。

 こんなことをするのは、あの吸血鬼の付き人しかいない。

 

「……はあ、驚きましたよ。どうしたんですか」

「いえ、少しばかり尋ねたいことが。情報通の貴方なら、何か良い手をご存知ないか、と」

「ほう、これはまた珍しい。文屋名義にかけて、答えないわけにもいきませんね」

「ナイフにこびりついた、乾いてしまった血のことで。汚れを落とすライフハック、みたいなものを尋ねたいのです」

 

 そう言いながら、彼女は二本のナイフを取り出した。

 刃の部分はさることながら、持ち手の部分まで血液が付着している。

 

「ん~、お湯で流せばいいのではないですかね?」

「随分と適当ですね」

「そもそも、持ち手まで付いた血を洗うことなんてないですからねえ。それに、普通はすぐに洗いますし。一体何をしたんですか?」

 

 ここまで血が付くなど、あまり見たことがない。

 せめて刃の部分だけで留まるはずだが、柄まで広がっているのは尚更だ。

 

 彼女ならば、乾く前にすぐ洗い流すはず。

 それに気付いたときに、また一つ、気付く。

 

 このナイフをちらつかせたのは、()()()なのだと。

 

「人を刺しまして。名は確か片桐、でしたかね。そう、片桐」

「……はい?」

「ええ、そうです。片桐 氷裏、でしたね、ええ。さすがに自分からは名乗ってはくれませんでしたが。まあ、随分と痛そうでしたし、答えられなかったのも──」

 

 そこまで笑いながら彼女が口を開いて、私は胸倉を両手で掴んだ。

 今の私は、一体どんな顔をしているのだろうか。

 

 恐らく、自分でも見たことがないような怒りの色で満ちていることだろう。

 

「殺したんですか」

「さあ? 急所かもしれませんし、急所じゃないかもしれない。生きているかもしれませんし、死んでいるかもしれない」

「早く答えてください! 片桐さんが今、どこにいるのか!」

 

 大声で叫び、威嚇した。

 最後に怒号を飛ばしたのはいつだったろうか。こんなにも大きく声を張ったのは久々だ。

 

 それでも、メイドの薄ら笑いは消えることはない。

 私自身、どこか煮え切らない怒りを感じていた。

 

「あら、貴方も意外と情が深いんですね。あのお方、お気に入りなんですか?」

「いいから早く、答えて!」

「いいじゃないですか、別に。たった数日しか会話していない人間の一人や二人など」

「ふざけないでください! 貴方にとってはどうでもいいかもしれないですが、私はそうじゃないんです! 夢見が悪いどころの話じゃない!」

 

 私がそこまで言って、彼女は考える素振りを見せた。

 胸ぐらを掴まれたまま顎に手を添えると、ようやく口を開いた。

 

「殺してませんよ、私は。ただお嬢様が現在、彼をどうなさっているのかまでは──」

 

 会話の途中で、自分の体が勝手に動き、紅魔館の方角へと飛んでいた。

 吸血鬼は日光を嫌い、いつもはメイドに日傘を持たせるはずだ。

 ここに彼女がいるということ、即ち主の吸血鬼は建物の中。

 高確率で、紅魔館の中にいるはずだ。きっと、彼もまた。

 

 頭でそこまで理解する前に、紅魔館へと向かっていたらしい。

 自分自身、彼のことがそこまで大事かと言われると、そうではないのかもしれない。

 ただ、一度見知った相手に対して、冷たい態度を取ることができなかった。

 

 我ながら恐ろしい速さで紅魔館へ到達して、霊力を探る。

 十中八九、この建物の中で最も微弱な霊力の持ち主が探し人だろう。

 蜘蛛糸のように細い不可視の霊力を手繰り寄せて、一つの大きなドアを力任せに開いた。




ありがとうございました。

ここから本格的に紅魔館編に入ります。
貧弱な人間である主人公が、紅魔館の住人にどう対応するのか。どんな物語を繰り広げるのか。

お楽しみください。

追記:あらすじ変えました。なんか今見たら微妙だったので。

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