一ピクセルの恋   作:狼々

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気付いたらこの作品は二ヶ月投稿されてませんでした。
申し訳ない。

書いてるけども、投稿忘れてました。

本編どうぞ。


掌握、悪魔はいとも簡単に

 射命丸と夕食を食べながら、尋ねた。

 

「なあ、俺が今のままお前に勝つ確率って、大体どのくらいよ?」

「ゼロですね」

 

 はっきりと、断言されてしまう。

 

「そこまで言うか」

「そりゃそうですよ。その気になれば、いつだって貴方の首は飛ぶわけですから」

 

 おお、全く、怖い怖い。

 妖怪とは狂気的な存在としても知られるが、これはその一部らしい。

 前々から気付いてはいたが、やはり差異はなく。

 

「飛ばせないから飛んでない、の間違いだろ」

「……あのですね、今ここで頸動脈(けいどうみゃく)を掻き切ってもいいんですよ?」

 

 冗談半分に、射命丸は手元の味噌汁をすすりながら言った。

 現に、それ以降は何も告げず、ハンバーグを口に運んで会話は流している。

 てか、烏がハンバーグ食べるってどうなのよ。

 

「やれるもんならやってみろよ。見てみたいものだねぇ、妖怪様、鴉天狗様の御力ってヤツをさ」

 

 自分の味噌汁を一気に流し込んで、器をテーブルに打ち付けた。

 どうせ適当に返されるだろうと思っていた、が。

 

 射命丸は持っていた器と箸を置いて、右の人差し指を突き出した。

 そして何より彼女の表情は、最早()()のそれだ。

 獲物を捉え、いつ飛びかかるか見定めている。そんな雰囲気を滲ませている。

 

 彼女の右腕がそのまま右へ流れ、左へ薙がれた。

 指の延長線は、俺の首元を通過して――風の刃が動脈を切り裂いた。

 

 溢れ出る血液を、必死で止めるために両手で抑えた。

 が、それで収まるはずもなく。

 噴水のように吹き出す血が、俺のものとは到底信じられなかった。

 

 射命丸が青ざめて、座っていた椅子さえも思い切り倒して、立ち上がった。

 

「自分の能力の加減もわからないようじゃ、そりゃ俺を殺せないわな」

 

 数秒前から、()()()()()()()()()俺が言った。

 当然、血が吹き出した俺は演技を超えた演技、幻術。

 一瞬とはいえ、現実と何ら変わりないこれは、現実もとい()()とも呼べるのかもしれない。

 

「……はぁ、本当に厄介な能力ですね」

「お前の焦った顔を見るのは、中々に清々しいものだな」

「性格悪すぎですよ」

 

 どうせ、この性格は今に始まったことではない。

 直したところで、果たしてそれが本当に俺だと言えるのかは、怪しいところだ。

 

「もうわかってることだろ。俺の性格をさっきまでいいと思ってたなら、笑えないほどお前の言う『人を見る目』がなかったわけだ」

「本当に、意地も悪い人です」

 

 射命丸の言葉を後に、俺はすぐに布団に入った。

 明日は別にやるべきことがあるので、早めの就寝。

 目を閉じる前に、どこかで小さな、呆れたような溜息が聞こえた。

 

 

 

 翌日、射命丸が起きていない早朝に起床。

『昼食と夕食の買い出しに行ってくる』と書き置きを残して、外へ。

 

 まだ霧がかった山を進んで、人里と外れた方角へ。

 勿論、買い出しに行くつもりなど、さらさらない。

 自炊はできるが、今となってはわざわざしようとも思わない。

 

 既視感のある地形を見ながら、着実に目的地へと近付く。

 やがて岩の大群に出迎えられ、その中の一つに触れた。

 一瞬で迷彩がほころびた鉄の戸を、重い音と共に開いた。

 

「よっ、河童」

「おはよう、盟友。随分と早いね」

 

 現在、壁かけ時計によれば、卯の刻三つ時といったところ。

 恐らく、午前六時かその辺りだ。

 河童ラボに着いてこの時間なので、家を出たのは五時ほどか。

 我ながら、慣れてもいない早起きの成功に驚いてしまう。

 

「で、隣には記者もなし、と。何か秘密でやるつもりだね?」

「さっすがは超妖怪弾頭様、話が早い」

「はいはい、勿体ぶらないで、さっさと言っちゃいなよ」

 

 河童に促されて、素直に口を開く。

 何故知り合ったばかりの河童に、射命丸から抜け出す形で会いにいったのか。

 

「銃だ。銃を作ってほしい。マグナムが好ましいな。できれば、二丁」

 

 これを頼んだ俺の顔は、さぞ邪悪だったことだろう。

 

 

 

 朝食を買いに、結局は人里へ歩く羽目になった。

 空腹感が顔を出し始めてからというもの、里へ向かう足取りは早くなっている。

 せっかくなので、射命丸にも朝食を買ってやろう。

 ……雑食の烏とは、これいかに。

 

 俺は今、銃を二丁ぶら下げて人里を歩き回っているわけではない。

 制作時間に一日を要するらしいので、続きはまた明日、というわけだ。

 一週間で間に合うのかも心配だったが、河城は()()()とこう言っていた。

 

 ああ、それなら一日もあれば十分だよ、と。

 

 俺が頼んだ銃は、火薬や銃弾を詰め込むタイプの銃ではない。

 銃の定義が崩れそうになるが、それらの代替品として、()()()()()を込めるつもりだ。

 

 現状、俺は霊力の扱いが、無知の悪あがきにも等しいほどに下手だ。

 弾幕の数は片手で数えるほど、さらには大きさも小さく、当たりもしない。

 であれば、どうすれば相手に当たり、なおかつ威力を高めることができるだろうか。

 

 そう考え、俺の出した結論が、()()()を作ることだった。

 大口径のシリンダーに霊力を詰めて、威力を上げる。

 銃口に沿って自然と前に弾幕は飛ぶはずなので、コースが逸れる心配もない。

 火薬に変わる銃弾を飛ばすためのエネルギーは、自分の霊力を小さく破裂させる。

 針一本分ほどの霊力でも、エネルギーのかかる面積さえ小さければ、それほど霊力を浪費せずに済むはずだ。

 

 難点としては、通常よりも霊力を多く使ってしまうこと。

 シリンダーに詰め込むと、必要以上に詰め込み過ぎて、霊力が過密になる可能性も否めない。

 さらにエネルギー分の霊力も必須なので、尚更だ。

 ただ、掠りもしない弾幕を張るよりは、幾分もマシだろう。

 

 そう考えながら歩いていると、人とぶつかってしまった。

 

「ああ、申し訳ありません」

「っと、いやこちらこそ――!?」

 

 顔を見ようとして、はっとなった。

 宴であれだけ探していた、()()()

 

 白と黒で構成されたメイド服は、それはもう銀髪の彼女には似合いすぎている。

 痩身で美麗な、美女の中でも最高位に君臨するであろうほどに、綺麗な人だ。

 

「あぁ……すみません。道をお尋ねしたいのですが……」

 

 俺へ体を寄せて、獰猛な動物を懐柔するように、甘く囁かれる。

 全身に寒気が走るほどの魅力は、逆に恐怖を感じて止まない。

 

「あ、あはは……いやあ、僕はここに来たばかりで、辺りの地理にはまだ疎く――」

「少しだけでいいのです、お付き合いください。お礼は後ほど、たくさんしますから」

 

 さらに距離を詰めて、密着される。

 心臓が騒いで止まないが、思考だけは冷静だった。

 

 このメイド、何かがおかしい。

 初対面の相手に、このような劣情を煽るようなコミュニケーションを取るだろうか。

 元々俺はこのメイドとその主を探していたが、相手はそうではない。

 俺を訪ねる以外に目的があったとして、人里に来る時点で道がわからないはずがない。

 

「――わかりました」

 

 俺はこの誘いに乗った。

 お礼どうこうは、この際どうでもいい。

 純粋に、何を思ってこの女は動いたのか、気になった。

 

 あの一言以来、何も口にせず、彼女は歩き始める。

 後についていくのだが、人里からは離れるばかりで、人の目はどんどんと遠ざかる。

 そして、妖怪の山からも、遠ざかる。

 

 確定だ。射命丸のところから、俺を引き離している。

 人目のないところなら、森へ向かうのが一番のはずだ。

 それをしないということは、目的は、俺を孤立させること。

 

 平原のど真ん中に着いて、彼女は止まった。

 そろそろ、聞かないわけにもいかないだろう。

 

「あの、少しいいですか――」

「その話し方、失礼ですが似合いませんよ? もっと普段通りに話したらいかがですか? 宴会のときといい、違和感がないのは少々気になりますがね」

 

 やはり、何かある。

 確率の高い疑念が、確信に変わった。

 

「俺を射命丸から遠ざけて、何しようってんだろうな? 単刀直入に聞くが、お前、何がしたい?」

「……お嬢様から伺っておりましたが、少しは頭が回るようですね」

「うるせえよ、こっちは昼に男を誘うようなどっかのメイドみたいに暇じゃねえんだ。貴重な時間割いてやってるんだから、感謝の意くらい示せ」

「男は色欲で釣れると思ったのですが、予想外でした」

「話聞いてんのか、おい。何がしたいんだって聞いてんだよ」

「貴方を、お嬢様まで連れていこうかと」

 

 つまりは、誘拐、と。

 ここまで来ると、面白おかしくてつい笑ってしまう。

 

「貴方を誘って呼ぶ予定でしたが、どうですか? この際、自主的に連行を望まれませんか?」

「嫌だ、と言ったら?」

「力ずくで連れて行くだけです」

 

 時が、歪んだ。

 視界に捉えていたはずのメイドは、消え去っていた。

 反射的に能力を使って、全力で走りだす。

 

 直後にメイドは後ろから俺を抑え込んで、彼女の大腿(だいたい)から引き抜いたナイフを俺の首に押し当てていた。

 能力を使っていなかったら、今頃俺は彼女に組み付かれ、逃げられなかっただろう。

 安心し、再び前を向いて加速しようとしたときだった。

 

 前に出るはずの右脚が、置き去りになった。

 前進を続けようとする体は倒れ、平原の砂埃を巻き上げる。

 

「は、あぁ……?」

「貴方の能力、確かに素晴らしいです。けれど、絶対じゃない。能力を使う時に一瞬ですが、()()()()()()()()()()()んですよ」

 

 彼女は淡々と告げた。

 違和感を覚える右脚に目を向けると――太腿(ふともも)の裏に、深々とナイフが刺さっていた。

 メイドの右手からは、先程まで持っていたはずのナイフが影も形もない。

 走る寸前に投げた、というのか。

 俺自体には触れられていないので、直接刺されたはずはない。

 

 その思考に至ったのは、激痛を自覚して数秒後だった。

 

「あ、あぁっ……!」

 

 一面に広がる深紅は、地面の緑をあっという間に覆い尽くす。

 原因が自分の足から流れ出る血液だとは、到底信じたくもなかった。

 

「あまりの痛さに、まともに言葉も出ませんか」

「うっ、せえよ。こう、おしとやかなのがメイドってもんだろうが。ナイフなんて物騒な物、持つんじゃねえよ」

「あら、強がりでしたか。それにしても、叫び声も上げないとは、驚きました」

 

 倒れ込む俺に、ゆっくりと歩み寄るメイド。

 このままでは、何をされてもわからない。

 

 最悪、()()()()

 命の危機に、再び能力を使った。メイドからは、俺の姿が消えているはずだ。

 何かができるはずもないので、所詮は悪足掻き。

 

「後もう一つ、貴方の能力には決定的な弱点があるのですよ」

 

 メイドは、低く手を伸ばす。

 丁度それが俺の頬を撫でた時に、硝子が割れるような音がした。

 彼女の焦点が俺に合ってから、分かる。能力が、破られたのだと。

 

「貴方自身の存在を明確に知覚されること。こうして本体に触れられでもしたら、騙すも何も意識を逸らせませんからね」

 

 要するに、俺の能力はマジックと同じだ。

 当然の如く、マジシャンは魔法使いではないので、マジックのどこかには真実のタネがある。

 そのタネの仕込みに気付かれないために、視線と意識の誘導、俗に言うミスディレクションを行う。

 

 本物の俺をタネとして、ミスディレクションのために偽物の俺を用意する。

 相手の視線と意識が本物の俺から逸れるために、()実は成り立つのだ。

 

 ただ、マジックで事前にタネのある場所が知られては、元も子もない。

 視線も意識も存在も、その場所から動こうとしないのだからミスディレクションの意味がなくなる。

 それと同じく、本物の俺の存在を明確に知られては、幻実の意味がなくなる。

 つまるところ、能力自体が成立しないのだ。

 

「右脚、動きませんよね。ちなみに左脚、欲しいですか?」

 

 彼女の変わらない笑みは、狂気的、の一言に尽きる。

 歪みも、動揺もしない笑顔は、現実に起こっていることの事件性を何も気にしていない。

 

「やれるもんなら、やってみろよ」

「ええ、では」

 

 今度は逆の大腿から取り出されたナイフが、俺の左の太腿を抉る。

 声にならない痛さが込み上げて、逃げるどうこうを考える余裕はとうに失せていた。

 

「あぁ、くっそ……! 随分と、あっさりやるじゃないかよ」

「そういう貴方は、刃物が怖いんですね」

「何が、言いたい」

「いえいえ。ただ、人に刃物を刺したことのある方も、立場が逆転すると怖いものなのですね、と」

 

 絶句した。俺の存在が、見透かされている気分だ。

 記憶、過去、境遇、その全てを掌握されている、そんな気分。

 

 間違いない。こいつは、そしてその主も、俺の全てを知っている。

 

「痛そうですよね、包丁でお腹を一刺し」

「……うるさい」

「殺した後も、何度も包丁を屍に突き立てる感覚はどうでしたか?」

「……うっせえよ」

「うるさいのは貴方ですよ、()()()

 

 紛うことなき事実。

 目を背けたくなるような、夢であってほしい、苦すぎる現実。

 今でも吐き出したい、呪ってしまいたい運命。

 

 それらが一致する先は、俺が、他でもない()()()であることだ。

 

「うっせえって、言ってんだろうが!?」

「このことがあの新聞記者に知られたら、貴方はどう思われるんでしょうね?」

「あ、あ……」

 

 彼女の囁きは、俺の心と喉を凍てつかせるのには十分過ぎた。

 

 射命丸に知られたら、どう思われるのか。

 どんな顔で、どんな声色で、どんな目で、どんな言葉をかけられるのだろうか。

 呆れられるか、怯えられるか、罵倒されるか、見放されるか。

 

 どう想像しても、いい方向へと向かうはずがない。

 きっと彼女は、こんな俺とは違って誠実な人物であることだろう。

 糾弾するか、或いは。どう転んでも、甘い対応はされないに違いない。

 

 冷徹な目を向けられる。

 そして、空想の彼女の口がこう動く。人殺し、と。

 

「そんなの……関係ねえだろ」

「あら、意外ですね。貴方の弱点、彼女なんですか。てっきり、貴方は情が移らないお方と思っていたのですが」

「チッ、勝手に何とでも言えばいいだろ」

「いえいえ、そんな。私の今の最優先事項は、貴方を連れて行くことですから」

 

 彼女は変わらず笑みを浮かべながら、俺の腕を握った。

 エプロンに付着した返り血も気にしない様子は、本当に寒気がする。

 

 思考を巡らせてから、時空が歪んだ。

 歪んだというよりも、一度切り離され、再接続された感覚だろうか。

 記憶が丸々吹き飛んで丁寧に切端を繋いだような、非常に名状しがたい症状。

 

 実際、これは現実だ。

 ただただ、目の前の光景が紅の城に変わった、という非現実な現実だ。




これ書いたのはかなり前なんですけど、昔の自分の意図が汲み取れない時があります。
せめて簡単に後の展開をメモっておけばよかった、という話で終わります。

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