さて今回、ヒロインを文ちゃんで、甘く進めていきたいです。
ただ、タグにも書いてある通り、シリアス要素が入ります。ご注意を。
一応、東方Project何もわからん! という方にもある程度わかるような説明も加えています。
あるに越したことはない、という判断の元、これから書いていきます。
では、本編どうぞ!
逃亡者の幻想入り
――走った。
ただひたすらに、無我夢中で走った。
六月の終わりの、夏の揺らめく陽炎さえも振り切って。
倦怠感に塗れた、鉛のように重い体の感覚も、意識の外へと追い出す。
嘘だけを貼り付けた、ピエロの末路はなんて滑稽だろう。
――逃げ出した。
ただひたすらに、自分の犯した事実から駆け出した。
決して許されることのない『重さ』を背負って、逃げる。
目的地なんて決めていない。ただただ、遥か遠くに行きたい。
家を飛び出して数分が経った今でも、それは変わらないようだ。
目を、背けるために。
いつも通りに周りを、『欺く』ために。
自分自身さえも欺き、騙し、目を背け、無理矢理に納得させるために。
自我を殺す。他人を殺す。自他の人格を殺す。
幾つもの屍の上に、俺は立っていたらしい。
その醜悪極まりない、血塗られた玉座から、飛び降りる。
気付けば、知らない山の付近にいた。
来たことはおろか、見たことさえない。
けれども、俺の足は止まることを知らなかった。
見慣れない光景に臆することもせず、突っ走る。
そして、その足が止まったときは。
本当に見慣れない、別世界に来たような感覚を憶えたときだった。
そう、まるで幻想のような、緑色の沢山の葉が映える山の中。
残映の淡い橙色の光が、深く閉ざされた。
―*―*―*―*―*―*―
「あ~やや~やや~、っと」
意味不明な歌を歌いながら、空を駆け抜ける。
目まぐるしい速度で風景は移り変わり、強い風を私に届ける。
伊達に、幻想郷最速をやっていない。
今日もいつもと同じように、
「文~、おはよう」
「はたて? あぁ、おはようございます」
営業口調で、丁寧に挨拶を返す。
目の前には、私と同じ
さらに私と同じく、手には折りたたみ式の携帯電話と、大量の新聞を抱えて飛んでいる。
紫色のリボンでツインテールにくくられた、腰ほどの長さの茶髪が早朝の光に当てられた。
ミニスカート、ブラウスと全体的に紫色で構成された服装だ。
私の赤の天狗帽子とも、色違いの紫色をしている。
その所々に、黒が目立つ配色だ。
「今から配りに行くのかしら?」
「えぇ、まあ。貴方の妄想新聞よりも売れる新聞を、ね」
「あ、あらそう。私は貴方のような最低な新聞は作らないから? 発行部数は上でしょうけどね!」
「はいはい、わかったからわかったから」
営業口調も薄れ、半ば面倒になりながらも、はたてを追い払う。
納得がいかない、どこか立腹気味な顔をして、彼女の
私とはたては、本当は今のように仲が悪いわけではない。
ただ、同じ鴉天狗の新聞発行者として、負けられない・負けたくないという対抗意識を互いに燃やしているだけ。
今のは、単に面倒だったのもあったのだが。
彼女の能力、『念写をする程度の能力』で発行される新聞、花果子念報は、どこか新鮮味に欠ける。
というのも、念写で取り上げられる写真が、どれも既視感を感じるものだからだ。
この場所からだと、一番近いのは……人里。
「じゃ、まずは人里から周ろうかな」
風を切る音は、瞬時に高くなった。
真っ向から強風を受け止めながら、人里へ。
今日も今日とて、配達に勤しむ時間がやってきた。
人里から衆が見えた辺りで、スピードを落とす。
上空で浮遊しながら、静かに降りる途中に、大きく叫んだ。
「皆さ~ん! 文々。新聞ですよ~!」
やはり、幻想郷最速とはいえ、幻想郷全土に新聞を配達するのは骨が折れる。
もう日課なので、慣れてはいるのだが。
移動にはそれほど時間はかからないが、配る時間はどうにも短くできない。
それに加え、明日の新聞の取材もしなければならない。
配達だけに時間が取られるわけではないのだ。
「……それにしても、今日はネタが集まらなかったなぁ~」
記者としては、結構苦しい。
西に沈んでいく太陽を見る限り、もう今日もあまり時間がない。
夜に取材に行くとなると、取材を受ける側の事情も重なりやすく、昼間よりもネタの集まりは期待できないだろう。
そうなると、今からでも取材に行くのがベストだ。
けれども、さっきまで取材をしていて、今になってネタが見つかるとも考えられない。
平和すぎるのも、私のような記者としては考えものだ。
結構な爆弾発言も、どうかと思うが。
「あ~……どうしようかな~……」
ふと、
静寂に包まれる中、遥か遠くにある地平線をくぐる太陽が、美しい。
茜色の光を振りまきながら、辺りをそれに彩る。
元気な葉色をした夏の山も、例外なくその色へと染まっていた。
「ん? この、匂い……?」
鼻を刺すような、嫌な匂い。
今まで何度も嗅ぐことはあったが、やはりこの匂いはいつまでも嗅ぎ慣れることはないらしい。
私の鼻がおかしくなっていない限り、この匂いを間違える方が難しいだろう。
鉄に塗れた匂い。
赤黒いイメージを瞬時に彷彿とさせる。
そう――
そう不思議とも思わなかった。
なにせ、この森は『妖怪の山』。
不幸にも迷い込んだ者が、妖怪に襲われることがない、とは言い切れない。
血を流す者がいることを、完全に否定はしきれないから。
ともかく、私はこの刺激的な匂いを辿る必要があるのだろう。
新聞に、お悔やみ欄として載せる必要がある。
叶うことならば、死を迎える前に助けてやれるといいのだが。
間に合わない可能性の方が高いだろう。
――私でなければ。
「今、助けに行きますよ!」
全速力で、飛翔。
向かうは、妖怪の山ただ一点。
―*―*―*―*―*―*―
「……疲れた」
俺はそれだけ呟いて、地面に音を立てながら倒れ込むように座った。
尻もちをついたような格好で、空を見上げる。
赤々とした夕刻の空を、見上げる。
流れる
俺はそれを、ただ無感動に眺めるのみ。
その中で一つ、周りとは違った動きをするものがあった。
横に動くのではなく、縦に……というよりも、奥行きの意味だ。
こちらに、物凄い速度で向かってきて――
「はぁっ!?」
疲弊しきったはずなのに、大声が反射的に出た。
間もなくして、自分の目の前に、地震。
途轍もない衝撃は地面に走り、轟音を響かせながら砂煙が舞い上がる。
もくもくと炊き上がるそれの中に、朧気に人影が見えた。
「ごほっ、ごほっ……! な、何だよ、これ!」
「おっと、まだ生きていましたか。運が良いのですね。よかったよかった」
そう言いながら、煙の中の人影はこちらに向かって歩きだす。
完全に視界が良好となったときに、容姿が明らかに。
白い半袖のシャツに、黒のフリルのミニスカート。いかにも夏の女の子の格好だ。
頭に赤色の
同じく赤色の、高下駄。今どき高下駄を履く者は、あまり多くはないので、趣味なのだろう。
端麗な顔立ちは、男なら誰でも魅了できそうだ。
肩までの黒髪が、鮮やかに揺れていた。
赤色の澄んだ瞳に、吸い込まれそうにもなる。
そんな若干好意的とも思える印象は、一瞬で瓦解した。
背中から生える、立派な黒翼。
黒翼とは言うものの、
俺は理解した。
今の落下、この翼。
――絶対に、人間じゃない。
顔立ちこそ整った人間のそれだが、到底人間だとは思えない。
「……誰だよ。俺を食いにでも来たのか?」
「まっさかぁ! 生きていてよかった、って言ったばかりじゃないですか」
「生きたまま食うのが趣味なのかもしれないだろう?」
疑わずにはいられなかった。
あの高速落下が、翼を用いた飛行というのも考えられる。飛行であれば、人間の可能性は完全に否定される。
最も、速すぎて落下なのか飛行なのか、判断はつけられなかったのだが。
わからなくとも、あの衝撃を平気で受け止める時点で、もう人間ではないことはわかる。
「あっははは! 貴方、すっごく疑いますね! 取って食べることはないですから、安心してください」
「はぁ!? 信用できるわけねぇだろ! 考えてもみろ、突然ここに迷い込んだ矢先、目の前に人外が飛んでくるんだぞ!?」
「あ~……それは信じろという方が無理な話ですね」
「だろ? だから俺は――」
「じゃあ今からでもいいので信用してください」
「話聞いてた?」
この少女、頭が悪いのか、底抜けの馬鹿なのか。
いずれにせよ、話が通じない。
今さっきのやり取りで、人外であることは向こうが認めたようなものだ。
尚の事、コイツは信用に値しない。
値したとして、いつかは本性を表すのだろう。
ヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女のように。
安心させ、甘やかし、まるまると太るまで育て上げたその後に。
無情に、ただ俺は為す術もなく、食べられてしまうかもしれない。
人外に敵うはずもなく、抵抗虚しく食される可能性は十二分にある。
「えぇ、聞いてましたよ? ですので、等価交換です。これから寝床・食事その他諸々を保証します。ので、今日のネタを提供して――」
「断る」
「あら、つれないですねぇ」
つれる、つれないの問題じゃない。
その等価交換さえ、所詮は口約束。
破ろうと思えばいつでも破れて、破った暁には、漏れなく俺に死のプレゼント。
全く、寒気がする。
ネタの提供、と言っていたが、小説家か漫画家か、あるいは雑誌や新聞の記者か。
手には夕焼けを思わせる色の
首からは、ごく普通のカメラがぶら下がっている。
これらの
「記者、か?」
「おぉ、正解です。鋭いですねぇ。今日はネタが集まらない。貴方はこれから住む環境が欲しい。互いに得があります。悪くない話なのでは?」
「…………」
正直、否定はできない。
怪しい好意の裏に本当に何もなければ、快く首を何度も縦に振りたいくらいだ。
けれども、命の保証がないということに関して、異常な不安に駆られる。
第一、俺が迷い込んだことに対して疑問を感じないのだろうか。
「あと、その血。早めにどうにかしたいでしょう?」
「……っ!」
一時だけ忘れていた絶望感に、一気に苛まれる。
自らの手を見ると、確かに血濡れているのだ。
自分の服には、べっとりとその痕跡が、まるで忘れるな、というように深く残されている。
目つきの悪い自分の目で、体を見回す。
お腹の辺りに多く血が付着していて、他の場所にも細かくだが飛んでいる。
きっとこの灰色がかった髪も、少しは血塗られているのだろう。
「貴方、傷はないようですね。妖怪に襲われたわけでもない。貴方が妖怪を返り討ちにするほどの能力や怪力を持っているとも思えない。つまり――いや、止めにしましょうか、こんな話」
妖怪。その存在を、不思議に思いながらも、目の前の少女を見ると無自覚に信じている自分がいた。
しかし、それよりも。
鋭く光った、細められた彼女の瞳。
一度は吸い込まれそう、とは考えたその眼に、恐怖にも似た別の何かを感じる。
慧眼。恐らく、それに似ているのだろう。
「よ~し、じゃあ、行きましょう! 沈黙は肯定とも言いますし、善は急げとも言います。いやぁ、本当に助かりましたよ」
俺にさらに近寄りながら、座ったままの俺の襟首を掴もうとする。
ただ歩くだけなら、そんなことはしない。
拘束したいのならば、すぐにそうすればいい。
一番あり得るのは、俺を飛んで運ぶことだろう。
そして、さっき感じた不可解な感覚が、消えた。
……なるほど。俺と、少し『似ている』のか。そう、思う。
俺は思い切り、その伸ばされた手を払った。
勢い良く、軽快な音が、この山に反響して消える。
「おい、その口調をやめろ。騙せるとでも思ったかよ? 頭悪そうなフリしているんだろうが、俺に『騙し』は通用しない」
「へぇ、すごいですね。確かに口調は合わせますが、今は素ですよ?」
調子良く言う、目の前の人外。
素だと言っているが、俺には妙な居心地の悪さが感じられた。
こう、噛み合わない歯車を無理矢理に回しているような。そんな掴み辛い感覚だ。
にも関わらず、錆びついた理由がわからないのだから、
「それにその血。このままだと、獣型の妖怪が嗅ぎつけて、本当に襲われますよ?」
「……それならそれで構わない」
「そんな冷たいこと言わないでくださいよ~、ほら、行きますよ」
再び伸ばされた腕を、もう一度払う。
こんなにも、俺に固執する理由がわからない。
ネタの提供なんて、精々今日限りのことだ。
これからの安住と、割に合わないのは明白。となれば、それ以外に何かメリットが向こうにある。
彼女曰く、『等価交換』。それが俺には、『等価』とは思えなかった。
いつもの通り、信じない。
疑って、疑って、隙あらば逆に騙せ。
それだけが、俺の知りえる生きる方法だ。
「行かねぇって言ってるだろ」
「ったく、その目つき、不敬ですよ? 私以外にしたら――あっ、妖怪!」
彼女の鋭い警戒の声が飛ぶ。
目線の先は、俺の丁度真後ろ。
自分の中で、かなりの音量で警鐘が鳴った。
反射でそちらを振り向いた、その瞬間。
さらにその後ろ。つまり、さっきまで向いていた方向から、空気を裂く音が小さく聞こえた。
またさらにその直後、俺の後頸部に、衝撃が走った。
意識は薄れ、強制の微睡みへと放り投げられる。
それが彼女の異様な速さの手刀だと、遅れて気付いた。
「本当に……こういうときは、素直に甘えた方が得ですよ? 手荒になりましたが、特には何も危害は加えませんよ」
瞼が、重くなってくる。
視界全ての色は消え失せ、モノクロの世界に入ったみたいだ。
モノトーンの世界の中、ついに俺の意識は闇へと堕ちた。
ありがとうございました!
色々と謎めいた要素を残しつつ、進めていきますぜ。
今まで、感想で「~はないんですか? とか、~の要素はどういうこと?」とか送られたことが多々ありました。
嬉しい限りなのですが、それが物語に関係したりしてわざと隠している要素かもしれません。
そういうときは、ネタバレの都合上、感想の返信でお答えできないので、予めご了承を。
ネタバレにならないなら、一つの疑問点に対する回答として返信しますので(*´ω`*)
長くなって申し訳ないのですが、最後に一つ。
有名な話ですが、手刀、意外と危険です。後遺症が残ったり、最悪の場合死に至ることもあります。
遊びでも、決して真似しないようにお願いします(´;ω;`)
ではでは!