消えることない約束   作:勝家

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第9話 遥か昔から知るその声に

 

 

 三葉は余裕をもって出社し、同僚に挨拶して自分のデスクについた。と言っても、頭の中は昨日のことでいっぱいだ。私たちついに恋人同士になったんやぁ。

「おはよう、宮水さん。昨日の企画書のことなんだけど…」

昨日の余韻に浸っている中、いきなり声をかけられてハッとする。朝一番で話しかけてきたのは同僚の望月だ。

「お、おはよう望月君。たぶん午前中にはまとまると思うから。」

「さすが、宮水さん仕事早いなあ。なんか手伝うことある?」

「ううん、大丈夫。」

「そう、じゃあまた後でね。」

望月は三葉や理沙の同期の1人、少し軽薄な雰囲気がするものの、端正な顔立ちと社交的な性格で女子社員からは結構人気がある。入社したての頃は、よく食事とか誘われて正直鬱陶しいと思っていたこともあったが、最近はそんなこともなく、むしろ同じプロジェクトを進める仲間として信頼を置いている。今三葉たちのチームは、今年度から進めてきた企画の大詰めを迎えているのだ。

「おはようみっちゃん。今日は早いのね。」

「いつもは遅いみたいな言い方止めてよ。おはよう理沙。」

「ずいぶんいい顔してるわね。ここのところ急に明るくなったと思ってたけど、今日は特別。いいことでもあった? あっ、もしかして例の彼氏さんとうまくいったとか?」

「その…晴れて恋人になりました。」

三葉は小声で報告した。

「やったじゃない。まあ、うちの女子社員の中でも1、2位を争う人気の三葉さんに告白されて断る男はいないでしょうけど。」

「そんなでもないって。それに向こうから告白してくれたの。」

「わあ、熱々じゃない。これはうちの男どもが聞いたら泣くわ。」

「そんな大げさな。」

「知らないの? みっちゃんここのところ笑顔を見せることが多くなったせいか、男性社員からの人気が再燃してるのよ。」

「もともとたいしたことないって。でも、もうどっちでもええんやけどね。」

「そう言うと思った。みっちゃん今すごく幸せそうだから。はあ…私にもそろそろいい出会いないかなあ。まあ今はそれよりも仕事ね。今の企画のプレゼン再来週だもんね。」

「そうやね。頑張ろ。」

再来週のプレゼンは三葉や理沙、望月たちのチームの企画を通すための関門だ。三葉はデスクに向かいパソコンの電源を入れた。今日も社会人としての1日が始まる。

 

 

瀧は帰宅すると、明日の出立に備えて泊りの準備を始めた。この後、三葉の家で1泊し、明日は一緒に出発することになった。今日は定時に帰ることはできず、家に帰ると7時を回っていた。2泊3日分の衣服、そして御神体へも行くということで、山登りを意識した長袖と長ズボン、その他日用品を詰め、瀧は三葉の家へと向かった。

 

 

「ただいまー」

「…おじゃましまーす。」

三葉と最寄り駅で待ち合わせ、瀧は宮水家へやってきた。

「あ、おかえりー、お姉ちゃん。いらっしゃい、瀧さん。」

妹の四葉の声に出迎えられる。中に入るのはこれが初めて。2DKで、整理整頓の行き届いた部屋からは宮水姉妹の性格がうかがえる。

「そんなにきれいじゃないけど、ゆっくりしていってね。」

 宮水家では毎日の食事当番が決まっているらしい。今日は四葉の日らしく、2人が帰ってきたタイミングを見計らって台所に向かっていった。瀧も何か手伝おうとしたが、「気を使わなくてもいいんやよ。お昼も作ってもらっちゃったし。」と三葉に呼び止められた。しかし、瀧とて男である。彼女の前でいい格好したいわけではないが、彼女の妹1人に家事を任せ、自分1人が幸せな時間を過ごすことを彼のプライドが許さなかった。

「四葉、何か手伝うことあるか?」

「大丈夫ですよー。ゆっくりしていてください。」

「俺が1品増やすよ。簡単な野菜炒めでも。」

「え、でも…いいんですか? じゃあ、あの、お願いしてもいいですか?」

宮水家の料理当番制は糸守にいたときからである。四葉も小学生のころから料理はしているし、高3になって料理のバリエーションはずいぶんと増えた。しかし、毎日の献立を考えるのが意外に面倒くさいうえ、基本的に四葉は三葉の見様見真似で料理をしてきたため、どうしてもメニューが似通う。気が付けば2日に1回は同じようなものが食卓に並んでいるということも間々あるのだ。1品増えるだけでも食卓は一気に賑やかになる。瀧の申し出は四葉にとってとてもありがたいものだ。そして、瀧の手際の良さに四葉は思わず目を見張った。彼女の背中に注がれる凄まじい嫉妬の眼差しにも気付かずに。

 

 

 宮水姉妹の夕食は和食が定番らしい。というのも、三葉も四葉も基本的に和食しか作れないからである。野菜炒めは簡単で、瀧が一人暮らしを始めてすぐに覚えた料理の1つ。和食にも合うと思い作ったが、これが宮水姉妹には大好評だった。

「瀧さんすごいんやね。強いだけじゃなくて料理も作れちゃうなんて。」

「強い? ああ、四葉の正拳を止めたときか。あれは偶然だよ。それに料理って言ったって和食はほとんど作れないから。」

「昨日作ってくれた鶏肉のトマト煮もすごくおいしかったんやよ。四葉にも食べさせてあげたかったなあ。」

三葉はいじわるっぽくそう言った。四葉もそれを感じ取ったのか一瞬身震いしたように見えた。

「それにしても、四葉は瀧くんとずいぶん楽しそうに料理しとったねえ。」

「な、なんやさ。かわいい妹に嫉妬ですかあ? お姉ちゃん。」

「あら、言うようになったやない、四葉。」

三葉を怒らせると怖いのかもしれない。少なくとも喧嘩したら絶対に勝てない。瀧は本能的にそう感じ、黙々と食事に集中した。

 食事が終わり、三葉に先に風呂を勧めて瀧は夕食の後片付けをしていた。すると、自室に戻ったはずの四葉が割り込んできた。

「洗い物は任せてよ。四葉も受験生だし、勉強大変なんだろ。」

「勉強は瀧さんがお姉ちゃんと仲良く旅行行ってる間にたっぷりしますから。」

「じゃあ、手伝ってくれるのか?」

「もちろん。」

2人でやれば速さは2倍。3人分の洗い物はすぐに終わり、2人はキッチンの椅子に腰かけた。四葉が徐に口を開く。

「瀧さん、お姉ちゃんとは…どうですか?」

「どうですか?って…。まあ順調だと思うけど。」

「お姉ちゃんは、瀧さんと出会ってからすごく明るくなったんです。それまではずっとどこか暗い感じで。彗星の事故のときからずっと。もちろん人前では気丈に振舞ってたけど、時々すごく思いつめたような顔してて…。」

「…彗星のあとからか。四葉は、俺と三葉がどうやって出会ったか知ってるよな?」

「ええ、聞きました。にわかには信じられない話やったけど。」

「そう。はたから聞いたら変な話だ。だけど、俺と三葉は出会う前からつながっていたと、俺はそう思うんだ。そして、それを解くカギが糸守にあると思う。」

「な、何言ってるんですか瀧さん。そんなこと急に言われても。」

「こんなこと急に言われても困るよな。でも、俺たちは糸守の、宮水家の御神体にも行ってくる。もちろん常識的に考えて何もない可能性の方が高い。だけど、このまま有耶無耶にもしたくないんだ。」

四葉は瀧の顔をじっと見る。そして笑顔で言った。

「私は、正直瀧さんの話はおかしいと思う。だけど瀧さんのことは信じてますから。瀧さんとお姉ちゃんが出会う前にどうであれ、今のお姉ちゃんがあんなに幸せそうなんやから。知ってると思うけど、お姉ちゃん会社ですごく人気あるんですよ。それなのにこの8年間彼氏の1人も作らなかった。そんなお姉ちゃんが瀧さんを選んで、そして瀧さんはお姉ちゃんを笑顔にしてくれた。私は、2人はすごくお似合いだと思ってますから。」

「四葉…。ありがとう。」

やはり四葉は三葉の妹だ。姉のことをよく見てきて、そしてずっと姉の背中を追ってきたのだろう。四葉の言葉は瀧にとって、これ以上ない祝福の言葉だった。

「それに、お姉ちゃんが酔ったときも、昨日一緒に寝たときも、瀧さん手出さなかったですからね。」

「な、おい、四葉!」

「どうしたん? 瀧くん、大声出して。」

気が付くと風呂上がりの三葉が立っていた。

「別に、何でもないですよねえ。」

「もしかして四葉、瀧くんに変なこと言ったんやないの?」

三葉の言葉を聞き終わる前に四葉はそそくさと自室に戻っていった。戻り際に

「あ、今日瀧さんお姉ちゃんの部屋で寝るんでしょ。いい加減そろそろいいですからね。」

「こら! 四葉!」

そんなこと言われたらいやでも意識してしまう。やはりこの女子高生侮りがたし。だが、瀧はもう自分の中の獣を抑え込む術を知っている。明日は早い。瀧は三葉を抱きしめ、早々に眠りについた。

 

 

「新幹線なんて久しぶりだな。」

「私は長い休みの時にちょくちょく帰ってたから、そうでもないかな。」

8時半東京発の新幹線に無事乗車し、コンビニで買った朝食を食べながら、2人はこれから向かう地に思いをはせる。

「なあ、三葉の親父さんって、どんな人なんだ?」

「うーん…、ものすごく頑固…かなあ。」

「あ、あんまりうまくいってないんだったよな。」

「ええよ、気を遣わんでも。高校生の頃は正直苦手だった。すごく厳しくて。でも彗星の事故のあと、少しずつだけど距離は近づいていてると思う。」

これから会うということで、やはり三葉の父親のことは気になる。話を聞く限りかなり厳格そうな父親だ。どうやって挨拶したらよいものか…。朝早かったせいか2人はいつの間にか眠ってしまったようで、気が付くと目的地への到着を告げるアナウンスが流れていた。

 ローカル線に乗り換え30分、長旅の末、現在の三葉の実家に到着した。ここにきて緊張は頂点だったが、インターフォン越しに聞こえる声に不思議と瀧は落ち着きを覚えた。三葉に続いて家に入ると三葉のおばあちゃんが出迎えてくれた。90歳と聞いていたが、年齢よりはるかに若々しい。

「ただいま、おばあちゃん。こちらがこの前話した瀧くん。」

「こ、こんにちは。三葉さんとお付き合いさせてもらっている立花瀧といいます。」

「よう来たね。まあそう固くなりなさんな。おあがり。」

おばあちゃんに案内され、客間に通された。「お茶でも入れるから」と三葉はキッチンに行ってしまい、瀧は三葉の祖母、宮水一葉と2人きりになった。

「緊張しとるのか?」

不意な一言に、瀧はビクッとした。今まで受けたどの企業面接よりも緊張するっつーの。

「それは…はい。彼女の家に来て、彼女のおばあちゃんを前にしていますから。」

「そないに身構えなくてもええ。わしは三葉の付き合いにとやかく言うつもりはないからの。」

何だろう。このおばあちゃんはおそらく優しい人だ。だがそれだけじゃない。言葉に重みがあるというか、こちらの心を見透かされるような、そんな感じがする。そしてそれ以上に、この人といると感じる言葉に言い表せないような安心感は何なのだろう。緊張はもちろんしている。だが、居心地が悪いかと聞かれれば少し違う気がした。

 その後三葉も加わり、2人が出会ったときのことなどを一葉に説明した。瀧も説明を補うように会話に参加した。一葉はときおり笑顔を浮かべながら聞いていた。

 

 

 ――ピンポーン――

「誰やろうね。お父さんは今日帰ってこないって言ってたし。」

インターフォンを覗き込んで三葉は驚いた表情を浮かべる。

「ヤッホー三葉!」

「え!? サヤちん!? てっしーも!?」

「おう、来たで。大丈夫や。おばあさんには話通してある。」

かくして瀧は勅使河原夫妻と初の対面を果たした。2人の姿を目にし、瀧は不思議な感覚に見舞われた。この感覚、忘れるはずもない。三葉と初めて出会ったときにそっくりだ。顔に覚えは無いが、前にどこかで会ったことがあるような、そういう感覚だ。

「おばあちゃん! 2人が来ること知ってたん?」

「三葉が帰ってくる少し前に電話があったんやさ。驚かせたいから黙っといてくれとな。」

「もう、てっしーもサヤちんも言ってよー。」

「まあ固いことは気にすんなや。それより、君が噂の「たきくん」やな。」

急に勅使河原夫妻の視線の的になり、瀧は我に返った。

「そうやよ。この前サヤちんには話したけど。」

「立花瀧といいます。よろしくお願いします。」

「話は早耶香から聞いとる。俺は勅使河原克彦や。よろしくな。」

「勅使河原早耶香です。私たち三葉の幼馴染なんよ。よろしくね、瀧君。」

「あの…変なこと聞いていいですか? えっと…てっ、克彦さんと、早耶香さん、俺…お2人どこかで会ったことがあるような気がするんですが…。」

瀧は思い切って聞いてみた。三葉に会ったときと同じ感覚を覚えたということは、何かあるのかもしれない。それにしても、なんか名前で呼ぶの違和感あるなあ…。

「うーん…いや、俺はお前の顔見たのは初めてだと思うわ。」

「私は、顔は知ってたけどね。三葉に写真見せてもらったし。」

「でも不思議やなあ。瀧に名前で呼ばれるんはなんか違和感があるんや。あと敬語使われるのもな。」

「初対面で違和感もなにもあるか。」

早耶香が横で突っ込みを入れる。その通りだ。俺たちが感じているのは、ツッコミどころ満載の摩訶不思議な感覚なのだ。瀧はこの場にいる4人の顔を順々に見比べた。

 




はい、糸守探訪編第1話です。でも常識的に考えて付き合って1か月も経たないうちに親に紹介したりはしないですよね。さて、次話ではいよいよご神体を目指します。お楽しみに。

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