消えることない約束   作:勝家

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第7話 どっから話すかな

 

「どうだ瀧、ようやく手に入れた仕事はもう慣れたか?」

「まあな。なんとかやってるよ。」

「瀧はそんなに就活手こずってたのか。」

「そうなんだよ。俺らはホントに心配したんだから。」

「半分面白がってたじゃねーか。」

「残りの半分はちゃんと心配してたって。」

 瀧は今、高校時代からの親友の藤井司と高木真太、そして同僚の橘多喜生と居酒屋にいる。週末にゴールデンウィークを控えた4月の最終週。瀧たちも入社してそろそろ1か月、久しぶりに飲みにでも行かないかと司から誘いがあり、せっかくだからと多喜生を誘った。もともと社交性に富む多喜生は2人ともすぐに意気投合し、飲み始めて30分ほどで瀧は弄られる標的にされていた。

「そういえば、瀧はまだ彼女作らないのか?」

 司が爆弾を投げつける。

「べ、別に。お前らに関係ないだろ。」

「何言ってんだよ瀧。俺にはこの前彼女の写真見せてくれたじゃん。」

「お、おい……あれは…」

 投げられた爆弾の導火線に多喜生が火をつけた。

「まじかよ瀧! あれだけ浮いた話の無かったお前が。」

「写真あるんだろ。見せてくれよ。」

「俺この前見たけど、かわいいんだこれが。」

「まじで!? めっちゃ見たいわ!」

「お前らなあ。」

 三葉がかわいいと褒められるとなんだかくすぐったい。まだ彼女ではないにしろ、自分は三葉のかわいい部分をもっと知っている、そんな優越感にも似た感情が沸き起こるからだ。その一方で、彼女のかわいい部分をこれ以上見せたくないという独占欲もある。22年生きてきてこんな感情が生まれたのは初めてで、瀧はこのジレンマと戦っている。そうした葛藤の終着点はいつも自己嫌悪だった。三葉のことでこんな悩み方しかできない自分が恥ずかしかった。この負の連鎖から抜け出すにはどうしたらいいのだろうか…。

「まじかよお前! よくこんなかわいい子をゲットしたなあ。」

「瀧にはもったいないんじゃないか。」

「あのな、一応言っておくけどまだ彼女じゃないんだからな。」

「何言ってんだよ。もう十分そういう関係だろうが。」

「でも、こんなにかわいい子が今まで彼氏の1人もいないって不自然だろ。年上って言ってたし、もしかしたら美人局だったりしてな。」

「……司、今のは冗談には受け取れない…!」

「いや…わ、悪い、瀧。」

「……あ、いや、俺こそごめん。」

「まあまあ、こうして久しぶりに会ったんだし、今は飲もーぜ。」

 一瞬固まった空気を、真太が持ち前の明るさでフォローする。瀧は内心彼に感謝した。くそっ、情けねえ。なにこんなことで腹立ててんだよ。なに焦ってんだ俺は。「瀧にはもったいない」という司の何気ない一言がチクチク胸に刺さる。それは瀧が心の底で認めてしまっているからに他ならない。三葉は今年社会人4年目と言っていた。対する俺は新社会人だ。例えば同じ会社に勤めていたとして、普通に考えて、美人で清楚な人気の先輩に俺みたいな新人が相手にしてもらえるわけがない。彼女の周りには俺より経済的にも人間的にも余裕のある男がたくさんいるはずだ。思考が一気にブルーになっていく。その時、瀧のスマホが1件の着信を告げた。

 

 

「サヤちん、改めて結婚おめでとう!」

「この前も聞いたに。でもありがとう三葉。」

「結婚式ちゃんと呼んでね。」

「当たり前やさ。」

 ゴールデンウィークを目前に控えた火曜日の夜、三葉は今幼馴染の名取早耶香改め勅使河原早耶香の家にお邪魔している。夕食後お茶を飲みながらの気の置けない幼馴染との会話は、それは楽しい時間だった。仕事終わりに三葉から押し掛けたのだが、来てよかったと改めて思う。名取早耶香は近々籍を入れることが決まっている。お相手はこれまた2人の幼馴染、勅使河原克彦だ。3人とも幼いころからともに糸守で育った仲で、こうして東京に出て大学を卒業してからも親交がある。8年前の糸守の彗星災害後、早耶香と克彦の2人は岐阜市内の高校に転入した。本当は3人で東京に出ることを望んだのだが、2人は親からの許可が下りなかったというわけだ。三葉と離れ2人になったことでめでたく付き合い始めたという事実もあるのだが。

「今日テッシーはまだ帰っとらんの?」

「うん、まだ仕事やって。」

「残念。テッシーに惚気るサヤちん、見たかったのになあ。」

「な…そんなことせんよ!」

 早耶香は少し顔を赤くして否定する。ーーこの2人とうとうくっついたんやなあーー三葉は感慨にふける。早耶香が高校時代から克彦に好意を寄せていることに三葉は気づいていた。だからこそ、あの手この手で2人をくっつけようとしていた自分が懐かしい。しかし、結果的に2人が付き合い始めたのは三葉が東京に越した後であり、そう思うと少し淋しい気もする。もっとも祝福や応援の気持ちの方がはるかに大きいのだが。

「そういう三葉も、いい加減いい人おらんの? 東京なんてかっこいい人ばっかりやないの。」

「そ、そのことなんやけど……。」

 早耶香は予想外の答えに唖然とした。友人の目から見ても三葉はかなりの美人である。高校時代は家や親のこともあって男子が寄ってくるということはあまりなかったが、彼女に好意を持っていた男子はきっといただろう。三葉と同じ大学に合格し、東京に出てしばらくぶりに会ったとき、彼女はさらに大人びて、美しくなっていて驚いた。当然彼女に言い寄る男もたくさん見てきた。彼氏を作ろうと思えばいつでも作れたのだ。しかし、彼女はそういった類の話は全て断っていた。理由を聞いたこともあったが、そんな気分になれないと言うばかりで正直よく分からなかった。もしかしたら彼氏とかに興味が無いのかな、とさえ思った。そんな調子の彼女であるから、もはや早耶香は興味を通り越して心配すらしていた。しかし、今日の三葉は違った。頬を染めながら、急に「実は……」なんて言い出すのだから驚いてしまうのも無理はない。

「ええ!? あの三葉に彼氏ぃ!?」

「ちょっと、聞いといて驚くなんて失礼やな。」

「だってだって、あれだけ頑なに彼氏作らなかったあんたが…どういう風の吹き回しよ?」

「待って! まだ彼氏じゃないんよ。出会ってまだ2週間くらいやし、デートもまだ1回しか行っとらんし。」

「ええ!? そんな会って間もない男にべた惚れだなんて、三葉大丈夫なん?」

「べ、べた惚れって……。でも、なんていうか…うーん…瀧くんとは初めて会ったはずなのにそんな感じがしなくて…。最初に会った時も、偶然目が合って、そしたらもう無我夢中で瀧くんのこと走って探しちゃったくらいで、そしたら瀧くんも私と同じで…って、ごめん、言ってること変やよね。」

そう言って三葉は笑った。早耶香も初めて見るくらいにとびきり美しい笑顔だった。ーー三葉がこんなに幸せそうな顔しとるんや、心配はいらないんやろなーーなんだか自分のことみたいに嬉しくなった。

「三葉をこんなに惚気させるやなんて、ぜひその「瀧くん」の写真見せてよ。」

「ええ? まあええけど。」

 恥ずかしがりながらスマホのアルバムから写真を探す三葉。

「へえ、けっこうイケメンやん。ちょっと学生っぽいね。もしかして年下?」

「うん。今年新社会人なんよ。」

「まさか三葉が年下好きとは……って、ええええ!?」

 写真をスクロールしていくと1枚の写真が早耶香の目に飛び込んできた。2人が抱きしめ合っている写真。思わず言葉を失う。

「ああ! それは四葉の盗撮で…!」

 三葉は慌ててスマホを取り上げる。あの日の別れ際の一部始終はすべて四葉に目撃され、写真まで撮られていた。あの後四葉から送られてきた写真を消さずにいた三葉も三葉なのだが。

「も、もしかして、もうキスとか…その…そういうことも?」

「あほ! まだ彼氏でもないんやよ。そんなこと……。」

 そう言いかけてますます赤面する三葉。何を考えているかは想像に難くない。

「これはだいぶ末期やな…。いったいどんな男なん? 「瀧くん」は。」

「え、えっと…かっこよくて、でもその中に可愛さもあって、優しくて……でも、それだけじゃなくて、なんかこう、ずっと前から好きだったような、好きになるべくして好きになったみたいな、もしかしたら運命の人なのかも。」

頬を染めながら「瀧くん」のことを語る三葉。ちょっと悔しいけど、同性から見てもかわいいと思う。

「運命の人ねえ。昔のあんたやったらそんなオカルトじみたこと絶対に言わんかったのに。あ、でも一時期三葉がおかしくなったことあったなあ。たしか高2のころ…彗星が降る前後やなかった?」

「…彗星……。」

そう言うと三葉は急に黙ってしまった。虚空を見つめ、次の瞬間、彼女の目つきが変わったように見えた。

「…三葉、どうしたん? 急に黙って。」

「……サヤちん。私やっぱり…ちゃんと思いを伝えようと思う。」

ブフッと飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

「え? どうしたん? ずいぶん急やね。いや、そうすればいいと思うけど。」

「うん、仕事の後に会う約束しようかと。でも…大丈夫かな、私…。」

「私はその 「瀧くん」について何も知らんもん。でも三葉やったら大丈夫やろ。三葉に告白されて断る男なんてこの世におらんわ。その「瀧くん」もずいぶん幸せものやなあ。」

「そんな、サヤちん、これ真面目な話やさ。怖くてまだ彼女おるかも聞けてないんよ。」

「あほ! 彼女おるやつが彼女以外をデートに誘うわけないやろ。それに、あの写真…。」

「ああ、もう、言わんといてえ。」

 普段はきちっとしていて基本的に抜け目がない三葉なのだが、時折見せるこういう一面が彼女の魅力でもあると早耶香は思う。でも、あのとき以来、彼女はまるで人が変わったみたいにぼおーっとしていることが多くなった。そしてさっきの「彗星」って言葉を聞いた時、一瞬見せたあの表情、あの災害のときと同じ目をしていた……。

「ありがとうサヤちん。今日サヤちんと話せてよかった。」

「なんやさ、急に。私お礼言われるようなことしてないに。」

「ううん。なんだか、少し自信が持てた気がする。今日はありがとう。私そろそろ帰るね。テッシーにもよろしく言っといて。」

「あ、もう帰るん? まあ、またいつでも来ない。」

勅使河原家を後にする三葉に早耶香は一声、

「頑張るんやよ、三葉。」

三葉はふり返って笑った。さっきも見せたあの美しい笑顔で。

 

 

 週の真ん中水曜日。別段特別な日ではないが、瀧は早起きし、念入りに顔を洗い、ひげをそり、歯を磨いた。夕べの司たちとの飲みの最中に届いた三葉からのメッセージ。今週末は3連休を使って実家に帰ると聞いていたので、会えないことを覚悟していたのだが、トーク履歴には、『明日ちょっとでいいから会えないかな?』の文字。続けて『大事な話があるから』と送信されていた。もちろん瀧には三葉の誘いを断る理由などあるわけがない。しかし大事な話とは何だろう。もしかしたら、別れ話…。いや、そもそもまだ付き合ってもいないか。とにかく、夕べは司たちより早く居酒屋を後にし、家に帰ると風呂に入って早々に床に就いた。

 

 

 翌日、急いだ甲斐あって定時少しすぎに自分の仕事は片付いた。瀧が務める職場の雰囲気は緩やかで、上司が帰るまで残業するなどといった風潮は無い。「お先に失礼します。」と瀧が挨拶すると、「おう、お疲れ」とさも当然のように返事が返ってくる。「例の「三葉ちゃん」か?」といじってくる多喜生を軽くあしらい、瀧は急いで職場を後にした。なぜ瀧がこんなにも急いでいるのか、それは、今日この後、三葉が瀧の家に来ることになったからだ。昨夜、いつも通り待ち合わせ場所を提示したのだが、三葉は瀧の家に来たいと言い出した。三葉がうちに来たことは無い。正直複雑な気持ちだった。三葉が来るとなれば、部屋の片づけ、夕飯の支度などやることは山積みだ。だがそれ以上に、三葉と2人で夜を過ごして果たして自分の理性がもつだろうか、それが最大の懸案事項だ。ただ、せっかく三葉が自分の部屋に来たいと言っている。この機会を逃したらきっと次は無い。瀧は、『会社出たら連絡して。夕飯御馳走するから。』と送った。

 家に帰ると慌てて部屋の片づけに入った。特に今日三葉が寝る寝室兼自室(自分はソファーに寝るつもりだった)は念入りに。掃除が一段落し、風呂を沸かしていると、ピロリンとスマホが鳴る。メッセージを確認し、瀧は三葉を迎えに駅まで向かった。

 

 

「ちょっと汚いけど、ゆっくりしていって。」

「全然そんなことないよ。おじゃまします。」

「お風呂沸いてるから、お先にどうぞ。俺はその間に夕飯の支度しとくから。」

「そんな、私も手伝うよ。」

「今日は疲れてるだろ。こんな日ぐらい気を遣わせてよ。」

「うん、じゃあお言葉に甘えて。」

 

 

 とにかく平常心で…と自分に言い聞かせながら、トマト缶や鶏肉、ブロッコリーなどを鍋に放り込んでいく。今夜作るのは、バイト時代にシェフが作っていたスープをアレンジした鶏肉のトマト煮込みだ。

「お風呂もらったよ。」

三葉の声に返事をして瀧はキッチンから顔を出す。湯上りで少し火照った顔の三葉。瀧の顔も彼女に負けないぐらい赤くなっていた。

 

 

「すごい! 瀧くん。私こんな凝った料理作れないよ。」

「いや、案外簡単に作れるよ。それより、お味の方は…?」

「すごくおいしい。瀧くんと結婚する女の人は幸せやろうね。」

…おい、ずいぶん直球だな。想像の斜め上をいく三葉の褒め言葉に動揺を隠せない。

 食後の紅茶を飲みながら、2人はソファーに並んで座る。三葉は夕飯の時とは打って変わって急に無言になってしまった。膝の上に置かれた三葉の左手。握りたいと思ったときにはすでに瀧の右手が動いていた。しかし、瀧の理性が危険信号を放つ。ふと我に返って、瀧は慌てて話を切り出す。

「そういえば、大事な話って何なんだ?」

「あ、え、えっと…そうやよね。」

三葉は深呼吸をしたのち言葉をつないだ。

「どこから、話そうかな」




さて急展開の第7話でした。サヤちんや司、高木との会話は書いていて楽しかったです。次回、2人は想いを伝え合えるのか。読んでいただければ幸いです。

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