消えることない約束   作:勝家

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第4話 恋をする

レストランを後にし、2人は春の月明りに照らされる夜道を並んで歩いた。

「今日は本当に楽しかった。実は前からあのレストランに来たかったんやよ。何か懐かしい感じがして。でも1人ではちょっと入りにくいなあって思っとってね。」

「懐かしいか。俺も今朝三葉の訛りを聞いた時、なぜか懐かしい感じがしたんだよな。ずっと前に聞いたことがあるような。」

「瀧くん。私ね、高2ころだったかな、1人で東京に来たことがあるんやよ。きっとその時見た景色をなんとなく覚えてたんやね。瀧くんに初めて会った気がしなかったのも、もしかしたら私たち、気づかないうちに会ってたのかもしれんよ。」

 

 

瀧は不思議な感覚に見舞われた。

「……くん、……えて、ない?」

「………だれ?」

「あっ……」

「………の、……まえは?」

「……は。……なまえは、……」

 一瞬昔の記憶が頭によぎった。あれは確か、まだ中学生の時、電車の中で……

 

「…きくん? 瀧くん? どうしたん? 急にぼーっとして」

 三葉の声で、瀧は我に返った。結局思い出せなかった。思い出そうとするとまるで靄がかかったように記憶が遠くなる。もう何を思い出そうとしていたかもはっきりしなくなっていた。

「いや、なんでもない。そういえば俺も高2ころに岐阜県の糸守ってところに行ったことがあるんだよ。」

「え!? そうなん!? 私、実は糸守の出身なんよ。」

 「へえ」という相槌も出なかった。三葉が糸守出身という事実に妙に納得してしまう自分がいるのだ。まるで「そんなこと前から知ってるよ」とでも言いたげな、ていうか前からっていつからだよ。

「そ、そうだったんだ。じゃあ、その…あまり思い出したくないよな?」

「ううん、大丈夫。だけど瀧くんが高2のころというと……5年前? あの彗星災害の3年後やない。行っても何も無かったんやないの?」

「うん、俺も何であの時急に糸守に行こうと思ったのかよくわからないんだ。ただ、あのころ俺は糸守の彗星災害にすごい興味を持ってた。ってごめん。不謹慎だよな。」

「そんなこと思っとらんよ。でも瀧くんに糸守の風景を見せたかったな。すごく自然にあふれたいいところだったんやよ。」

 

 

駅までの道のり、三葉の糸守での思い出話は尽きなかった。帰りの総武線は混雑していて、乗り込むと瀧と三葉の距離は今まで以上に近くなる。その上、幸か不幸か向かい合わせのまま密着してしまったから大変である。腹の辺りに感じる柔らかい感触を瀧は意識せずにはいられなかった。ーーこれって…アレだよな…、三葉の……ってダメだダメだ。無心になれ俺ーー三葉もこの状況を理解しているのか、少し顔を赤らめ、無言で俯いている。たった数駅間が、果てしなく長く感じられた。 

電車のドアが閉まり、電車が動きだした後もホームで手を振ってくれる三葉を見て、瀧は内心喜びを噛みしめる。やばい、俺今けっこう幸せかも。社会人になって一人暮らしを始めた新居に着くまで、俺は幾度となく三葉の顔を思い出し口元を緩ませた。

 

 

「ただいまー」

「お帰りー、お姉ちゃん。」

「四葉、夕飯はもう食べた?」

「食べたよ。お姉ちゃんは外で食べてきたんでしょ…」

 そう言って姉の顔を見た四葉は目を丸くした。そこにいたのは、四葉が知る宮水三葉ではなかった。いや、正確に言えば、こんなにも幸せそうな姉を四葉は見たことがなかった。もともと三葉は身内の欲目を横においても美人である。それでも、これほどまでに姉の笑顔に見とれたのは初めてだった。

「これは、もしかしたら……」

 そもそも、三葉が夕飯を外食で済ますというのも珍しいことなのだ。四葉はニタリと笑い、三葉に尋ねる。

「お姉ちゃん、今日何かいいことあったん?」

「え!? ああ、うん。まあね。」

「もしかして、男?」

「ふぇ!? ええっと……別に彼氏とかやないから…」

 四葉はいたずらっぽい笑みを浮かべる。彼女はもともと感の鋭い少女で、何より、17年間彼女とともに生活してきた妹である。そして、花のJKということで、人の色恋沙汰は大好物だ。そんな四葉が男の話題を振って明らかに動揺する姉を見て、その真意を見抜くのは容易なことだった。

「ふーん、なーんだ。」

と誤魔化しながら、これから面白くなりそうやわあとほくそ笑む四葉であった。

 

 

三葉は自室のベッドで横になりながら、今日1日の出来事の余韻に浸っていた。朝、電車の中で偶然目が合い、お互い町中を走り回って、そして出会った。会社では気が付けば瀧のことを考えており、お誘いを受けたときは舞い上がりそうになった。そしてつい先ほどまで一緒にいた瀧のぬくもりを今も感じている。三葉自身もわかっている。妹の手前誤魔化したものの、三葉は瀧に恋をしている。それこそ、もし彼氏になったら……なんて。三葉はいったん冷静になろうと妄想に終止符を打った。そういえば、さっきは恐ろしくて聞けなかった。瀧くんはどんな人が好みなのかな? 瀧くんは彼女いるのかな? 瀧くん、顔立ちは整っているし、でも少しあどけなさが残るかわいい系でけっこうモテそうやもんなあ。そんなことを考えると無性に悲しくなってきた。あれ? なんか前にもこんな気持ちになったことがあるような…。私子供のころこんなに好きになった人なんておったかな? なぜだかふと東京に1人で行ったことが思い出された。

「まあいいや。今は瀧くんがおるんやし。」

 

 

瀧は自宅に戻るとスーツを脱ぎ、まっすぐ風呂場へ向かった。とにかく頭からシャワーを思いっ切り浴びて感情を落ち着かせようと思い立ったのだ。三葉との夕食を経て、瀧はもう彼女を異性として意識せずにはいられなかった。もちろん三葉が美人で瀧の好みのドストライクだからということもあるのだが、それ以上に瀧は、彼女をずっと探し求めていたような、ずっと探していた初恋の人にやっと再会できたとでも言うべきか、自分でも説明不可能な不思議な気持ちになっていた。とにかく今の瀧はおおよそ三葉のことしか考えられない。そんな彼女とあれほどくっついていたわけである。瀧にとっては色々初めてのことが多すぎて今は冷静になりたかった。風呂をあがり、瀧はまっすぐ自室へ向かう。今日はもう寝よう…。ベッドに入っても三葉のコロコロ変わる表情の1つひとつが思い出され、なかなか寝付けない瀧であった。

 

 

翌日、会社での昼休みの時間、瀧は橘多喜生から昨日のことについて追及されていた。

「…それで、結局夕飯一緒に食べたよ」

「おお! よかったな瀧。それで、その子の写真は?」

「は!? んなもんねえよ。」

「お前、見せてくれるって約束しただろ?」

「俺はした覚えねえわ!」

実際、昨日は多喜生の言葉なんてすっかり忘れていて三葉の写真など持っていなかった。まあ仮に持っていても三葉の顔を見せびらかすことはしたくなかったのだが。

「それで、デートにはもちろん誘ったんだよな?」

「……それが……」

 今の瀧の1番の悩みはまさにこのことだ。昨日三葉をデートに誘わなかったことを今更になって瀧は後悔していた。昨日の楽しい雰囲気の時に誘えばよかった…。一晩経つとまた勇気が出なくなる。ヘタレな自分を瀧は呪った。そもそも、あの容姿で柔らかい雰囲気をもつ三葉を男が放っておくわけがない。もしかしたら彼氏がいるのではないか。いや、きっといるだろう。だとすると、昨日のはあくまで社交辞令みたいなものなのか。こういった経験が皆無の瀧は今、究極の草食思考に陥っていた。

「お前なあ。2人きりの食事をOKしてくれたんだから、百歩譲って告白はまだ早いにしろ、デートに誘うくらいなら問題ないだろ。というか早く誘え。その子がそんなに美人となると他の男がどんどん寄って来るぞ。そっちの方がまずいんじゃないか?」

 本当にこいつは、こういう話では核心を突いてくる。

「…それもそうだな。なんか勇気出てきた。三葉に嫌われるのは嫌だけど、何もせずに他の男に奪られるのはもっと嫌だ。」

「お前、そういうセリフは自然と出てくるんだな。それにしても、三葉ちゃんっていうのか。今度こそ写真見せろよ。」

 多喜生の指摘に瀧は赤くなった。

「おい、今度も約束はしねえからな。」

 

 

 その日の夜、三葉は上機嫌で帰宅した。瀧から今週末2人で出かけないかという、要するにデートの誘いがあったのだ。瀧にしてみれば、多喜生のアドバイスの末に一世一代の勇気を出して送ったメッセージだったのだが、当の三葉はこれを断るはずもなく、二つ返事で了承した。『楽しみにしてるね』と一言添えて。その後、瀧から『新宿駅は人が多いから、集合は四ツ谷駅にしないか』という提案が来た。ーー瀧くんとどこか行けるなら、集合場所なんてどこでもええんやよーーそんなことを思いつつ、「了解」のスタンプを押す。ひどく緩んだふにゃふにゃな笑顔で。

「四葉。私、今週の日曜日の昼間家にいないから、お昼ご飯自分でお願いね。」

「なんで? 仕事休みやろ?」

「ええっと…会社の友達とランチの約束してて…」

 四葉の性格からして、デートのことを話したら激しい追及を受けるに決まっている。そう思った三葉はとっさにでまかせを言った。

 「絶対男だ。」と四葉のカンが冴える。お姉ちゃんにもようやく春が来たんやねと心の中でつぶやく。

「何時ごろ家出るの?」

「10時頃には出ようと思ってるけど。」

「場所は?」

「四ツ谷駅…って、ちょっと四葉。まさか変なこと考えてるんじゃないでしょうね?」

「まさか。何でお姉ちゃんがお友達とランチに行くのに、四葉が変なこと考える必要があるん? もしかして、実はやましいこと隠しているとか?」

 四葉はいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。

「そ、そんなわけないやろ。」

「あはは。冗談やよ。それより、私もその日、部活で家にいないから。」

「え、日曜日なのに?」

「う、うん。日曜練習。大会が近いからって。」

 実際はその日に練習は無い。四葉の真意は1つ、姉のデートを尾行するつもりである。いや、さすがに尾行まではしないにせよ、ここ何年も浮いた話のなかった姉を惚れさせた男とはいったいどれほどの人物なのかを自分の目で確かめてみたかった。

「日曜日が楽しみ」

 それぞれの思惑を胸に秘め笑う宮水姉妹であった。

 




再会を果たしたばかりの2人。次回はいよいよ初デート。お楽しみに。次話投稿遅くなり申し訳ありません。

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