あの空に帰るまで   作:銀鈴

8 / 81
08 術技

 日本の銭湯風の風呂に浸かり、泥の様にこんこんと眠った翌朝。

 修行という事で、太陽の出てない時間に起こされるのは問題ない。そのまま街を走らされるのも分かる。朝ご飯も、非常に美味しいので文句は一切ない。

 

「ですけど、なんで俺が女装しなくちゃいけないんですか……」

 

 肩の長さ程まである整った藍の長髪、日本人である事がよく分かるブラウンの瞳。そこに薄いピンクがベースとなったドレスを着て、履いているのは編み上げブーツ。それが今の俺の格好だった。「声が少し高くなる」とかいう魔法を姫様にかけられてる事もあり、どうにも落ちつかない。

 怒るほどの体力はないけれど、愚痴を言うくらいは構わないだろう。香水を付けられたし、品質がいいのかカツラは全然落ちないし、無駄にサラッサラだし。

 

「あら、似合っているしいいのじゃないかしら?」

「俺男なんですよ…?」

「別にいいじゃないの」

 

 そう言うマルガ姫の顔は、どこからどう見ても愉悦に歪んでいる。俺をこんなにして楽しんでいる事は明白だ。命を救われている以上何も文句は言えないし、理由は色々あるけれど!!

 

「師匠もなんとか言って下さいよ!」

 

 一人称を変える気は無いが、ヘルクトさんに対する呼び方は変える事にした。一々名前を呼んで付いていくのは雛鳥みたいだし、かと言って他の呼び方と言ったらそれしか思いつかなかったのだ。

 

「どっからどう見ても女だな。脱がねえ限り男とバレる事はねえだろうし、片腕がないくらい気になんねぇな!」

「そういう事じゃないんですよバーカバーカ師匠のバーカ!!」

「やべえ、何か目覚めそうだ」

 

 ゾクゾクっとしている師匠をジト目で見ながら、残っているパンをスープに浸して口に運ぶ。相変わらずとても美味しい。

 

「それに片腕の男だと忌避されても、女性ならそうではないでしょう? 男のまま出歩いて何かされるくらいなら、多少の恥辱に耐えて女装して出歩いた方が良いのではなくて?」

「くっ……」

 

 正論すぎて、何も言い返せない。

 確かに師匠に連れられて走り込みから帰ってきた時、忌避されると言うよりは同情する目が向けられていた。走ってる時の半袖にスカートとかいう最悪の格好で、片腕が強調されていたからという事もあるだろうが。

 

「ああ、それと。この後私の部屋に来なさい。最低限の魔術を教えてあげるわ。天才であるこの私がね!」

「何から何まで、ありがとうございます」

「使える人材を育成するのに、手間は惜しまないわ」

 

 折角手ずから拾ってきた人材を、何もせず放置して死なせるのは……という事だろう。どうにも勇者っていう存在は、かなりの伸び代があるらしいし。俺にもあるのかは知らない。

 

「姫さんの魔術の講義が終わったら俺の番だな。槍は専門じゃねえが、少しは教えてやる」

「今度は足、折らないで下さいね?」

「ハッハッハ」

「笑い事じゃないんですけど!?」

 

 この束の間の平和も、続くのは後9日。それまでに幾らか技術をモノにしない限り、恐らく俺は戦場で死ぬのだろう。嫌だとも言ってられないし。

 

「ほんと、ままならないなぁ……」

 

 

「早速、魔術の講義を始めるわ」

「はい!」

 

 食後、案内された場所は()()()。寝室じゃないのは予想通りだが、まさかホルマリン漬けみたいに生物のパーツが保管されている場所だとは思わなかった。

 

「まあ、私も忙しいし教えられるのは初歩の初歩ね」

 

 その言葉に俺は無言で頷く。それを確認して、姫様は話を続けた。

 

「魔術とは、力ある言葉によって世界に語りかけ、己の内にある力を起点に力を行使する術よ。使える力の限界は個人によって違い、使えない者も勿論いるわ」

 

 それが、あの聞き取れない言葉という事なのだろう。俺にもその才能とやらが、欠片でもあれば良いのだが。

 

「本来なら時間をかけて、自分の内の力を自覚する為の修行をするのだけれど、今は時間がないわ。これを飲みなさい」

 

 姫様が棚から抜き取り、こちらに放ってきた試験管をキャッチする。非常に毒々しい蛍光グリーンの液体で試験管は満たされており、正直な意見非常に飲みたくない。

 

「それを飲めば、自分の内の力がある場合強制的に自覚出来るし、ないならクソ不味いだけの液体よ」

「な、なるほど……」

 

 自己否定ーー食欲を否定しました

 自己否定ーー躊躇を否定しました

 

 まあ、うん。その程度の物ならば、躊躇う必要はないだろう。

 覚悟を決め、鼻を摘まみ試験管の中身を飲み干す。筆舌に尽くしがたい悍ましい味に味覚を破壊されながら、自分の中で何か変な力がドクンと脈打ったのを感じた。続いて、全身に焼け付く様な痛みが走った。これくらいならまあ、耐えられるが。

 

「気が付いたわね? それが内の力、魔力よ。取り敢えず今日1日、その力を意識して忘れないようにしておきなさい」

「はい!」

 

 自覚出来る量は、ハッキリ言って多くもなく少なくもない微妙なラインだった。予想通りだったけれど、俺は魔法使いタイプでもないらしい。

 

「魔力は意識してないと沈み、すぐに呼び起こす事は難しいわ。自覚出来ている今のうちに、貴方達の言葉を借りるならトリガーとなる何かを決めておくと良いわ」

「成る程、そういうものなんですね」

 

 要するに、イメージとしては某元エロゲの魔術と言う事で良いのだろう。俺にお似合いのイメージ……握り潰された左腕だろうな。うん、とてもしっくり来る。

 

「決まったようね。それじゃあ、これから本格的な物を教えるわ」

 

 小さく頷いていた俺を見て、満足そうに姫様が話し始める。

 

「今頃王城では攻撃魔術を教えてる所だろうけど、あんな派手なだけで、維持難易度の高い上に燃費も悪いものは教えないわ」

「夢がないですね……攻撃魔術」

「当たり前よ。生き物を殺すために発展した技術だもの。夢なんて物が関係してくるのは、個人が趣味で開発している物か戦略級の物だけね」

 

 こちらを咎める様に姫様が言ってくる。言われてみれば、夢なんて物が介在する余地は無いか。武術も魔術も、あくまで殺す技術。1人で戦略級とかいう夢なら兎も角、それ以外は意味がないという事か。

 

「故に、私が教える魔術は強化・再生・閃光、序でに変声の4つだけよ。白兵戦じゃ、これだけ使えれば問題ないはずだからね」

 

 最後の1つは絶対に趣味だろう。そうツッコミを入れたいけれど、教えを請う立場な以上文句を言う事は出来ない。

 なんて思った瞬間、何かの力を感じ全身から力が抜けた。

 

「え?」

 

 そう口をついて出た疑問の声も、完全に女の子の方になってしまっている。更に、疑問に思って硬直している俺の左眼が見えなくなった。えっ、本当なにこれ。

 

「再生だけは難易度も高いし勘弁してあげるけど、強化・閃光・変声の魔術は初歩の初歩よ。今から詠唱は教えてあげるから、1発で成功させなさい」

「成る程、それでこの身体の不調ですか」

「分かってるじゃない。理解の早い弟子は好きよ?」

 

 そう言う割に姫様の口元は愉悦に歪んでいる。絶対に俺で遊んでいる。教える方法も中々にスパルタ気味だし、前途が多難な気がしてならないなぁ……これ。

 

 

 時間が回る事数時間。丁度午後と言える時間帯に俺は、昨日と同じ訓練場に足を運んでいた。けれど全身を虚脱感が包み、ハッキリ言って体調は非常に悪い。

 散々魔術を使わされた所為で、魔力欠乏という症状に陥っているらしい。十分な休養で魔力は回復するらしいけど、多分無理ゲーだ。

 

「随分と姫さんに扱かれたみたいだが、大丈夫か?」

「ええ、さっきみたいに髪を掴んで引き回されるのに比べたら、幾分かマシです」

 

 少しだけ槍の扱い方を教わり、戦闘が始まって間もなくそれだ。姫様の安定化の所為で桁違いの耐久性がある上、壊れない限り外れないらしいこのカツラ。その長い髪を掴んで壁に吹き飛ばされたのだ。さっき強化の魔術を学んでいなければ、首が折れてた気しかしない。

 

「文句が言えるんなら大丈夫だな。もう1度来い」

「シッ!」

 

 昨日と変わり、仕舞ってある得物と同じ2mあるかないか程の長さの木槍を持ち、再び吶喊する。そうやって放つ遠心力も乗せた叩きつける様な攻撃を、軽く捌きながら師匠は言う。

 

「繰り返しになるが、槍ってのは突く為のもんだと思ってるやつが大半だが、実際はそうでもねえ。確かに突きの威力は凄まじいが、叩く方が圧倒的に多い」

 

 自己否定ーー躊躇を否定しました

 

「力よ来たれ!」

 

 止められ、跳ね上げられた穂先をどうにか引き戻す。そのまま全身に走る痛みを無視して槍の中段から石突までを強化、振るわれた木剣に当て吹き飛ばされて距離を取る。

 

「ぜぁっ!」

「しかもお前は隻腕だ。こういう大技は、殺される為の隙を作るに等しい」

 

 握る位置を変え、しならせ叩きつける様に振り下ろした槍は、アッサリと躱され踏まれ槍ごと封じられてしまった。けれど俺だって、このままやられるんじゃ訓練の意味がない。自分の能力を全部使ってこそだ。物語の主人公がよくやるその場で思いついた奥義なんて、現実じゃあり得ないしロクな物でもない。

 

「《収納》《排出》そらぁ!」

 

 手の内から槍が消失し、次の瞬間には万全の状態で俺の手に戻って来た。チートに収納して、手の内に排出するだけの事をするのに数秒。遅すぎて笑いそうになる。

 考えながらも身体を動かし、捻りを入れた突きを繰り出す。両手の物には遥かに劣る威力、けれど威力も速度もリーチも1番ある!

 

「ま、お前はそれがある分十分に使えるわな」

 

 けれどそんな一撃も、横にした木剣で防がれてしまった。金属の壁にでもぶち当たったかの様な感覚で、思わず木槍を落としてしまった。

 

「無傷で止められた上に、武器を落としたので失格ですけどね」

「そうでもねえぞ? まだ始めて1日なんだ、十分及第点だと思うぞ」

「はは、ご冗談を」

 

 苦笑いを浮かべて、もう限界だと尻餅をつく。街を走り、魔術を学び、武術を学ぶとかいう事をしている所為で、幾らなんでも体力が尽きかけている。

 やらなきゃ死ぬ、Do or Die。その事は十二分に理解しているとは言え、実行出来るかと言ったら別なのだ。

 

「お、限界か?」

「限界ですよ……吐いてないのが不思議なくらいです」

「なら今日は辞めだな。姫さんも俺も、付きっきりで教えてはいるが暇って訳でもねえ」

 

 そう言い神妙に頷く師匠を見て、気が抜けて大きな溜め息が出てしまう。少しはゆっくり休む時間が出来るかもしれない。

 

「だから1っ風呂浴びた後、婆さんに頼んで歴史とかを教えて貰いな。いつまでも無知って訳にはいかねえだろ」

「……はい」

 

 どうやら、未だに終わる事はなかったらしい。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。