あの空に帰るまで   作:銀鈴

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73 クー█ター : 縺輔>終決█③

 自分(アマリリス)の経験に従って槍を振るう。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率21.32%

 

 アマリリス(自分)の経験に従ってチートを行使する。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率22.41%

 

 自分(アマリリス)の経験に従って魔法を使う。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率23.06%

 

 アマリリス(自分)の経験に従って魔術を使う。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率24.66%

 

 刻一刻と自分が消えて無くなっていくのを感じながら、淡々と力を振るい続ける。なぜなら──なぜなら? 何故だったか。もうよく思い出せない。だけど、それでも、目の前の王を殺せと本能が叫ぶ。もう1人の人格が吼える。俺自身も心が泣いている。

 

 だったらもう、やるしかないだろう。

 

「くく、正体を現したな傀儡めが!」

 

 焼け爛れた記憶によると、どうやらコイツはこの国の王らしい。姫さま……名前なんだっけ? まあいいか。姫さまの倒すべき敵であり、文明社会で俺とエウリさんが平穏に暮らすには殺さなければいけない敵。勇者を使い捨てる外道。勇者とはなんだったか忘れたが、とにかく斃すべきクソ野郎だ。

 

《潰れろ》《止まれ》《死ね》《切断しろ》《圧壊しろ》《自害しろ》《飛び降りろ》《焼け死ね》

 

 振るわれる直剣を青炎を纏う愛槍で切断する。

 放たれた魔術を焔の花弁で相殺する。

 言葉の刃を(怨念)の炎で焼き尽くす。

 

 何か1つアクションを起こすたびに、自分がボロボロと焼け崩れていく。自分であったものが認識できなくなる。ああだけど、その喪失感がもう気にならない。

 

 自己否定ーー喪失感を否定しました

 燃焼回路ーー自己焼却率25.98%

 

 燃え落ち溶け落ち、無残に崩れ去る飛翔が心地よい。ああ、もといた世界での神話にそんなのがあったっけか。もう思い出せない、認識出来ない。何もかもが崩れていく。

 

「ふ、ひ、キヒッ」

 

 それに、漸く復讐できるのだ。ベルを殺したアイツらに。外道に。屑に。ゴミ共に。今度こそ、暴虐と惨虐に塗れた死を叩きつけられるのだ。違う、なんだこの記憶は。俺のではない記憶が溢れてくる。溢れて焼却され消えていく。青と黒の炎に変えられ、花弁となって放出される。

 

「ちぃッ!」

 

 不用意に近づいてきた王に、噛み付いたストーリアで斬撃するが回避されてしまった。それでも薄皮一枚は超えて斬り裂いたようで、ストーリアが涙のように血を零す。

 舐めとる事が出来ないのは悔しいが、男の血なんて飲みたくない。増してやこんなクズの血なんて。姫さまの血はまあ美味しかったが、言ってしまうとエウリさんに怒られそうだから墓まで持って行こう。まあ、1番美味しい血はダントツでエウリさんのものだったが。

 

「最後に、もう1回くらい飲みたかったなぁ」

 

 そんな2度と言えない本音を漏らしながら、(サングィース)の魔法で溢れ出た血を魔力に変える。ロスは燃焼され炎となり、魔力は古樹精霊の魔法を発動させる燃料となる。

 

「厄介な……《吹き飛べ》《燃えろ》」

 

 王の周囲の空中に牡丹の花が咲き、爆散して刃となっている花弁を撒き散らす。足元から木の根が発生し、王を刺し貫かんと迫る。それを不可視の力が散らし、燃やし、迎撃する中(ボク)は吶喊する。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率28.09%

 

 槍を振るう。

 槍が走る。

 槍が裂く。

 花弁が散る。

 炎が咲く。

 

 行動を重ね、確実に力を振るうのだが、それでも王に刃は届かない。殺さなきゃいけないのに/殺してしまいたいのに、痒いところに手が届かないように刃が届かない。殺せない。

 王もチートを発動させる以外の言葉を発さないので追い詰めることは出来ているのだろうが、そこまででしかない。身を削って、燃やして得ている力は、まだその程度のものでしかない。どうせこのまま消えてしまうのに、それは嫌だ。エウリさんとの幸せが無理というなら、せめて何か残したいのに。

 

「もう1つ、焼却する」

 

 自己否定ーー強欲の感情を否定しました

 自己否定ーー強欲の否定により賢明に機能不全が発生

 自己否定ーー賢明の感情を否定しました

 informationーー根幹感情が8つ否定されました

 informationーーボーナスとしてチートの制御能力が解放されます

 

 また1つ、自分の中から大切なものが消えたことを感じる。代わりに、爆発しそうな力の奔流が流れ込んでくる。現に全身の至る所が裂けて血が流れているし、骨が粉砕される音が響いている。それを咥えたストーリアが無理やり癒し、焔の花弁を散らしていく。

 

「モロハ! お前それ以上は!」

 

 自分の鏡像と斬り結びながら叫ぶフロックスさんと目が合った。瞬間、フロックスさんの動きが止まる。それにより、剣戟の動作が乱れる。このままでは、良くない。

 

「《排出》」

 

 花弁の爆発に後押しされて、未練がましく持っていたスペアの槍が鏡像に向けて射出された。それは俺に大きな隙を作り、けれどフロックスさんにも立ち直る時間を与える。

 

「《貰った》!」

 

 現実を捻じ曲げたいのかそんな勝利宣言を告げ、剣を突き込もうとしてくる王を冷ややかな目で見つめる。(ボク)が、こんな隙を作ると分かっているのに、何の対策もしていないわけがないだろうに。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率34.50%

 

「《転移》」

 

 肉の鎧ーーoverflow!

 燃焼回路ーーoverflow!

 魂魄回路ーーoverflow!

 模倣転写ーー転移実行します

 

 転移の反動による熱が焼却され、青と黒の花弁が撒き散らされる。同時に浮遊感に襲われ、自分の位置が王の正面から真上に切り替わった。どうやら転移には無事成功したらしい。それを確認して、花弁が舞う中愛槍を突き出した。

 

「《防げ》!」

 

 魔法陣のような物が5枚出現したが、それら全てを紙のように貫いて愛槍は王に到達する。直撃とまではいかなかったが、左肩を半分ほど抉り取ることに成功した。

 

「クッ、《治れ》!」

「キヒッ」

 

 その噴き出た鮮血を浴びて、血生臭さを纏い(ボク)は、いつのまにか口の端が歪んでいることに気がついた。それに、意味のわからない笑いが溢れ出る。達成感と嗜虐心と吸血欲と戦闘欲と何もかもがごちゃ混ぜになって、どうしようもなく嗤えてくる。

 

「コロ、スゥ!」

 

 ──なんのために?

 

「それはこちらの台詞だ!」

 

 チートで傷を完全に癒した王と斬り結びながら、(ボク)の頭には、そんな考えばかりが駆け巡っていた。

 

 燃焼回路ーー自己焼却率38.01%

 

 そういえば、(ボク)の苗字ってなんだったっけ。

 

 

『勇者の実情』『美味しいご飯』『魔術の修行』『姫さま』『ヘルクト』『師匠』『女装』『握り潰された左腕』『痛い』『やめたい』『お風呂』『苦しい』『染みる』『辛い』『嫌だ』

 

 

 大好きな人の記憶が花弁となって舞い散る中、涙を拭いて私は杖を構える。けれど、私の実力が変わったりしたという訳ではない。心の持ちようと、ディラルヴォーラというこの世界最強種の協力が得られただけ。

 それは、謂わば銃に大砲の弾を込めて撃とうとするような暴挙。私なんかじゃ、未来に届くかもしれないだけの高みを今ここでこなす無理難題。でもそうしなければ届かない高みに、ここにいる全員は達しているのだ。

 

「ちーとって、狡いです」

『案ずるな。我がいる限り、汝に敗北は訪れぬ。

 だが、壊れぬよう気張れよ?』

「もちろんです!」

 

 そう返事をした瞬間、ディラルヴォーラの笑い声と共に無秩序に撒き散らされ続けていた花弁が私に向けて降り注いだ。落ちているものも舞い上がり、記憶の奔流と共によく分からない力を流し込んでくる。

 

 

『壊れかけの馬車』『小さな子供』『プラム村』『吸血鬼』『ファビオラ』『ゾンビ』『子供』『消えた心』『ネクロポリス』『月が綺麗』『昇る紫煙』『壊れる宿』『大きな蝙蝠』『人殺し』『化け物じゃない』『俺が悪い』『俺が殺した』『責任を持て』『命を背負え』『忘れるな』『忘れるな』『忘れるな』『お前は人殺しの屑だ』

 

 

 私がモロハさんと会う前の記憶。詳しく聞かせてもらえなかった記憶。流れ込んできたそれらの記憶と映像を見て、視界が再び涙で滲んだ。

 なんで、ここまでされなきゃいけないのだろう。モロハさんは何も悪くないのに、ただ出来ることを出来るだけやっているだけなのに。それなのに自分を責めて、自分を貶して、何も良いことが起こらない。寧ろ悪いことばかりが連続する。

 

「こんなの……」

『泣いてる暇はないぞ』

「わかってますよ!」

 

 今は、そんな想いに浸ることすら許されない。そして、同時に理解する。こんな余裕のない世界が、息苦しい世界が、自由なんて欠片しかない世界が、自分の愛する人が見ている世界なのだと。

 

 

『苦しい』『辛い』『魔族』『痛い』『折れた』『鮮血』『血が吸われた』『左眼が』『抉られた』『食われた』『狂いたい』『狂えない』『嫌だ』『誰か、助けて』

 

 

 それでいて誰も頼れず、1人でなんとかするしかないなんて、最早地獄以外の何物でもない。それなのに、私には優しくしてくれて……

 

「ブチかましますよ!」

『良い気迫だ!』

 

 想いを振り切り狙うのは、未だ大魔法が激突し合う空間とその奥にいる第一王女。力の収束した杖をその方向に向け、温存していた魔力を使い切る勢いで術を紡ぎあげる。

 

「吹、き、飛、べ、えぇぇぇぇぇ!!」

 

 限界を超えたその魔法が発動した瞬間、反動で構えていた杖が大きく弾かれた。そうして解き放たれた音と風の破壊の嵐。ゴッソリと魔力が持っていかれた所為でペタンと座り込んだ私の前で、かつて見た暴虐が完全に再現された。

 

「か、は……」

 

 壁が崩壊して砂と化す。

 床が崩壊して砂と化す。

 天井が崩壊して砂と化す。

 王城の一角が砂と化して完全に崩壊する。

 

 そんな滅びが訪れた空間の中、何もない空中に第一王女は血塗れの姿で浮かんでいた。血を吐き、全身を赤く染め、それでもまだ生き長らえて浮遊している。

 

「やっと、捉えたわよ」

 

 そんな隙を晒した相手を、マルガさんは逃さなかった。同じく満身創痍ながらも、杖に仕込んであったらしい反りのない片刃の剣を第一王女に突き込んでいた。場所は胸の中央、心臓がある部分。即死ではないが、致命傷であることは間違いない。

 

「な、ん……?」

「教えてあげるわ、クソ姉貴。魔術師ってのはね、近接戦もこなせてなんぼなのよ……コフッ」

 

 風の魔術で空中に立ち、血の塊を吐き捨てながらマルガさんは言う。その間に剣を捻り、手慣れた動作で抜いて血を払う。そして剣を杖の中に納刀し、自らの姉の死体を城の外に向けて蹴り飛ばした。

 

「じゃあね、お姉ちゃん。あなたの事も、私は背負うから」

 

 2色の花弁が、作られた夜空に舞い上がった。

 


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