あの空に帰るまで   作:銀鈴

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65 戦乱の中へ

 最後の晩餐になるかもしれない朝ご飯を終え……いや、なんかおかしい。最後の朝餉か? 肉と野菜とスープというちょっとだけ豪華な食事を終え、俺は今チートを使う準備をしていた。

 なにせ初めて使う能力な上、失敗は許されないのだ。しかもここで失敗したら、何もかもがダメになるかもしれない。緊張するなという方が無理な話だ。

 

 自己否定ーー緊張を否定しました

 

「本当に、行きたい場所を思い浮かべて《転移》って言うだけで良いんですね?」

「は、はい!」

 

 緊張した様子の鎖の勇者に問いかけたが、本当にそれだけでいいらしい。変質してなければの話だが、それだけで王都までの300kmを超える長距離を一瞬で移動できるとは、本当にチートだ。

 ちなみに件の鎖の勇者だが、話し合いの末ここに捨て置くのも後味が悪いので連れて帰ることになった。当人の協力出来ることならしたいという要望も、多少はプラスに働いたと思われる。

 

「それで、行き先は姫様の屋敷の前で良いんですよね。フロックスさん」

「応よ。正式な手順なんて踏んで入ってちゃ、間に合うもんも間に合わねぇかもしんねぇからな」

 

 屋敷内に直接転移しないのは、侵入者になって不必要な警戒をされてしまうからだと言うのは俺でも分かる。

 

 自己否定ーー緊張を否定しました

 

 そうだ。今から俺たちは、高確率で戦場の中に飛び出すのだ。何があっても不思議じゃないし、逆に何もなくても不思議じゃない。心の準備だけは、しっかりとしておかねばならない。

 

「いっしょなら、だいじょうぶです」

「そう、ですね」

 

 知らず震えていた手を、エウリさんが握ってくれた。その笑顔と暖かさに、不安が解けていく。震えが消え、やれるという自信が湧いてくる。ああ、これならなんの問題もない。

 

「行きます」

 

 そう宣言して、驟雨改を取り出した。

 気合い十分。やる気十分。コンディションも最高。ここで失敗する訳がない!

 

 informationーー1300%のエネルギーを充填

 模倣転写ーー起動しました

 模倣転写ーースロット1・2並列起動

 

 黒い火の粉を散らす驟雨改を地面に突き立てる。思い描くのは、あの懐かしい屋敷の手前の道。強く強く、決して間違えるようなことのないように。

 

 模倣転写ーー転移準備開始

 

 地面に突き刺した驟雨改から黒い炎が走り、俺たちを囲むような円を描く。続いて俺には読めない不思議な文字が、地面に炎で次々と刻まれていく。

 

 自己否定ーー狂気を否定しました

 

 脳裏に叩きつけられる無数の意味不明なイメージを、チートが機械的に捌いていく。チートがなければ何1つできない自分に情けなさを覚えること数秒。魔法陣が、完成した。同時に自分の中で、何かパズルのピースの様なものがピッタリ嵌った感覚を感じた。

 

「《転移》!」

 

 模倣転写ーー転移実行します

 

 その感覚に従い、今だというタイミングで目を見開いて叫んだ。

 瞬間、今まで文字として燃えていた黒炎が一気に燃え盛り、周囲の光景を遮断した。更に発生する謎の浮遊感。例えるならば高速のエレベーターに乗っている様な感覚に、エウリさんがきゅっと服の裾を握ってきた。

 

 自己否定ーー雑念を否定しました

 

 一瞬揺らぎそうになった集中を、チートが無理やり再生させた。未熟にも程があると自身に舌打ちしつつ、耐えること約3秒。浮遊感が消失し、燃え盛っていた黒炎が全て弾け飛んだ。

 

「本当に、帰ってこれ──!?」

「こいつは……予想以上にヤベェな」

「ひどい。なんで、こんな……」

『やはり、人間とは愚かだな。数が多いだけで、殆どが愚図の有象無象に過ぎん』

 

 転移が終わり、全員がそんなことを口にした。何故かと思い周りを見渡して……絶句した。

 

 崩壊した街並み。真っ二つに折れた時計塔。めくり上がった大地。燃え盛る業火。凍結した噴水周辺。帯電する空。地割れとその奥から溢れる溶岩。爆心地のような、姫様の屋敷。その他にも、都市としての活動が出来ないくらいに何もかもが崩壊している。更に、至る所から聞こえる戦闘音。

 一言で言うのであれば、王都は地獄と化していた。究極に近いほど言葉は陳腐になるとはどこで聞いた言葉だったか。忘れてしまったが、今の状況はまさしくそれだった。

 

「ゲホッ」

 

 俺も何かを口にしようとした瞬間、代わりに嫌に湿っぽい咳が出た。身体から力が抜け、思わず膝をつく。そうして地面に近づいた視界に見せつけられたのは、割れた石畳に染み込む真紅の液体だった。

 

 自己否定ーー驚愕を否定しました

 

「ゴホッ、ゴホッ」

 

 その状態から更に2度ほど咳き込み、血の塊を吐き出す。そんな俺の異常にいち早く気がついたのは、すぐ近くにいてくれたエウリさんだった。

 

「モロハさん!?」

 

 背中をさすり、治癒魔術を使ってくれるが、効果は芳しくない。自分の中身が、グツグツと煮立って溶け出しそうな感覚が全身を駆け巡っている。

 それでも、だ。今ここで動きを止めたらダメだ。死ぬ以外の未来が見えない。それに、自分のお嫁さんにあまりにもみっともない姿はまだ見せたくない。

 

「多分、俺程度が他人のチートを使ったから、でしょうね。でも、まだ大丈夫です」

 

 驟雨改を一旦地面に刺し、口元を拭ってから再び握る。まだいける、問題ない、自分ならまだ耐えられる。そんなどこから出てきたのかも分からない精神を支えに、無理やり立ち上がる。事が出来ずに、エウリさんに抱きとめられた。

 

「ぜんぜんだめじゃないですか!」

「あはは……」

 

 誤魔化すように笑いながら、今度こそちゃんと両足を踏ん張り地面に立つ。そう、少なくとも姫さまと合流しなければいけない。そんなたらればなんてあり得ないが、姫さまが諦めていたら話にならないからだ。

 

 自己否定ーー想像を否定しました

 

 でもその肝心の姫さまはどこへ行った? 屋敷が潰れている以上の場にいないことは確実。ならばどこへ行く? そんな場所は知らないが、可能性としてあるならば前線か指揮場。魔術師としての姫さまの実力は相当だから前線の可能性もあるが、指揮系統の混乱とかも考えると後者の可能性も……

 

 そんな風に考えを巡らせていると、ピーという甲高い笛の音色が聞こえた。

 

『数は8、勇者が1人いるぞ』

 

 ディラルヴォーラの忠告を聞きつつ笛の音が聞こえた方を見れば、確かに8人の人影とそれを大きく上回る数の石の巨人がこちらに迫ってきていた。

 その内7人は騎士や衛兵のような格好で、最後の1人は体型を隠すようなローブを纏う女性。ローブから覗く女性の顔は、日本人のソレそのものだった。

 

「に、《石劇団》」

 

 それは、事前に聞いていた《石劇団》なるチートのものに他ならなかった。廃材や大地を素材に、無数の巨人を作り出して操作するというチート。操作できる数の限りは100を超えているらしく、更に壊しても壊しても再生するのだという。

 王都に常時いる勇者の中で、最強格と言える勇者がいきなり姿を現したのだった。

 

「エウリはそのバカを治せ、モロハは休んでろ! サゼはオレのサポートだ、いいな!!」

 

 悲鳴を堪えて鎖の勇者が呟いた言葉に、フロックスさんがいち早く反応して駆け出した。戦闘経験は俺なんかの比じゃない以上、従うのが正しいということはわかるのだが……

 

「勇者が相手なら、俺も……」

「だめです! ものすごいねつじゃないですか!」

 

 相手が勇者であるというなら、どんな不測の事態が起きるか分かったものじゃない。だからこそ俺も行きたかったのだが、エウリさんに羽交い締めにされて動けなくなってしまった。

 

「でも……」

「でももへちまもないです! どうしてもたたかいたいなら、わたしをまもってください!」

「わかり、ました……」

 

 鎖の勇者もいるんだ、大丈夫なはずだ。そう自分を無理やり納得させて、大人しくエウリさんの治療を受ける。チートの反動と推測される症状だからか効果は薄いが、ないわけじゃない。

 

 自己否定ーー不甲斐なさを否定しました

 

 遅々として回復しない体調に不満を感じながらも出来る限りで周囲を警戒していると、ディラルヴォーラが告げた。

 

『後方から10、左方から4、右方から6、石人形が来ているぞ。どうする? 英雄よ』

「勿論、倒す」

 

 一度深呼吸して息を整え、愛槍を強く握り込む。その様子に、エウリさんも何かを察したらしい。治療の手を一旦止めて杖を構えた。

 

「てき、ですか?」

「らしいです。援護、お願いしますね」

 

 そう一言告げてから、魔術を全開にして疾走する。今は薬をキメてないが、これくらいならなんとかなるはずだ。そう思い込んで、石の巨人10体に向かって行く。自分より大きな、3mは超えているであろうその巨体。だけど、その程度今更なんだ!

 

「シッ」

 

 チートを纏わせた愛槍で石人形の足を切断し、宙に浮いた胴体を回し蹴りで蹴り飛ばした。2体目の石人形に1体目の胴体が当たり、転倒した2体目が3体目と4体目にぶつかり動きを止めた。

 

「《収納》」

 

 振り下ろされた拳を回避し、石突きで石人形の頭を収納する。排出してそれを捨てつつ、義足を思いっきり叩きつけ胴を切断する。

 

(ルート)!」

 

 それを足止めの妨害としつつ、魔法を使い生やした根で倒した石人形を拘束する。壊しても再生するという話ならば、足止めするのが1番早い。残り5体、それでこちらからの足止めは終わる。

 

(ブランチ)(ブランチ)(ルート)!」

 

 石人形の膝に射出した枝を突き刺し、バランスを崩した石人形2体を拘束。それを踏み台にして跳躍。

 

 肉の鎧ーー部分展開

 

「ゼァッ!」

 

 石人形を唐竹割りに両断し、魔法で拘束。最期の1体に義足の蹴りを入れ、宙返りしながらエウリさんの元へ帰る。

 

「ふぅ……」

 

 肉の鎧ーー解除

 

 大きく息を吐き、先程蹴り壊した石人形を魔法で拘束した。後方部分は終わったのを確認し、走り出そうとしたところで足に蔦か絡まり転倒した。

 

「っ、くぁ」

 

 久しぶりに感じる転倒の痛みに、思わず変な声が漏れた。自分の武器で自分を傷つけるなんて馬鹿なことは起こらなかったが、不意な痛みのせいで集中が途切れてしまった。

 

「めっ、です! のこりぜんぶ、わたしがなんとかしましたから!」

「え……?」

 

 手を借りて起き上がりながら見てみれば、確かに石人形全てに蔦が絡みついて動きを止めていた。流石の手際の良さだ。魔法も魔術も全然ダメな俺とは比べものにならない。

 

「なら、フロックスさんの方に」

「そっちもおわったみたいですよ、ほら」

 

 そう言ってエウリさんが指差した先には、瓦礫の中で何かに縛り上げられたような様子の勇者が転がっていた。衛兵は全員が防具ごと斬られたような大きな傷を負って倒れており、全員が戦闘不能であることは簡単に見て取れた。

 

『気をつけろ、前方から1人力の強い人間が来る』

 

 自己否定ーー雑念を否定しました

 

 そのディラルヴォーラの警告で、途切れていた緊張の糸を貼り直す。ディラルヴォーラが強いと判断したのなら、それは本当に油断できない相手のはずだ。

 今から薬をキメても間に合う気がしないので、全開で飛び出す用意と暗殺する用意だけ整えて魔術の強化を全開にする。

 

「幻よーー」

 

 それから武器を驟雨改からストーリアに持ち替え、幻術でルーナとしての姿へ変化する。いつでも毒を排出できるよう気を張り詰め、スタートの体制を整え注意された方向を見つめる。

 

 自己否定ーー限界を否定しました

 肉の鎧ーー部分展開

 

「下がっててください!」

 

 エウリさんが頷くのを見て、タイミングを計り全力で走り出す。地面を這うように全力で疾走し、チラリと見えた人影に向けて逆手で握ったストーリアを振り上げる。しかしその一撃は、いとも容易く弾かれてしまった。更には追撃として蹴りが放たれ、防御のためにあげた義足ごと蹴り飛ばされてしまった。

 その勢いを殺さないように吹き飛びながら、着地し制動しながら相手を見る。と、その時点で気がついた。

 

「師匠?」

「んだよ、モロハか。まあ丁度良い、あんま時間はねぇが姫さんとこ行くぞ!」

 

 師匠の率いる1部隊と、俺たちは思いがけず合流できたのだった。

 


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