あの空に帰るまで   作:銀鈴

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61 竜殺しvs竜殺し②

 異物が接続される。全身の力が賦活される。俺の才能では決して手が届かない高みに、強制的に引き上げられる。

 

 自己否定ーー慢心を否定しました

 自己否定ーー全能感を否定しました

 

 それによるなんでもできるような全能感をチートが否定し、冷静にさせられた頭で突撃する。姿勢は低く、地面すれすれを飛ぶように走る。これであの風の魔術以外の攻撃の軌道は絞れるから、今なら回避ができる。

 

「シッ!」

 

 地面に触れそうなほど低い軌道から、今まさに振り上げられんとする片手半剣が見えた。このまま直進した場合、確実に両断される。だから──

 

(ブランチ)

 

 informationーー0.1%のエネルギーを放出

 

 右脚で思い切り踏み込み、上に飛んだ。そしてそのまま黒炎の反動を利用し空中で身体を回転させ、魔法で生み出した枝に着地。

 

 informationーー0.1%のエネルギーを放出

 

 さらにそこから、荒木の背後となる場所に展開したもう1つの枝に跳躍、着地。枝の反発も利用して、防具のない無防備な頭目がけて強襲した。

 

「ギッ」

 

 けれどその攻撃は、頭を逸らすことで薄皮一枚を裂くだけに留まってしまった。そしてその傷もすぐに塞がってしまうが、体勢を崩すことには成功した。

 

 informationーー0.1%のエネルギーを放出

 

 空中でストーリアを振り切った勢いに任せ、身体を右回転させながら前転させ地面に着地。無茶苦茶な動きに付いてこれず壊れた身体を、無理やりストーリアが異音と共に回復させる。

 

「死ね」

 

 そしてストーリアを順手に持ち替え、突き上げるように全体重を乗せた突きを放った。相手は剣を振り上げ首を逸らした状態、今なら一撃が入れられる。そう思った直後、左眼が膨大な魔力の流れを捉えた。

 

「爆ぜろ!」

 

 そして荒木のそんな言葉と共に、あの嵐が炸裂した。けれど、なんでそんなものを避ける必要があるのか。別に今は、ストーリアの効果が切れるまでは死なない限り死ねないのだ。

 

 自己否定ーー██の感情は消去されています

 自己否定ーー██の感情は消去されています

 自己否定ーー██の感情は消去されています

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。死なないなら、戦闘続行が不可能にならないのであれば、止まる必要なんてどこにもない。そして今から使おうとしている手段も、例え同郷の人間だろうがこちらを殺そうとするのだから使わない手はない。

 

「なっ」

 

 嵐を突っ切り、効果範囲をぶっちぎり、全身をボロボロに刻まれながらも吶喊に成功した。突き出したストーリアはまるで化け物を見るような表情をしていた荒木の頬に突き刺さり、反対側に突き抜けた。

 けれど、荒木もただでやられるわけにはいかないと思ったらしい。なんと歯でストーリアに噛み付いて、そこでその動きを止めていた。あわよくばこのまま首を掻っ切ろうとしていたが、それはどうやら不可能になったらしい。

 

 でも、そんなの知ったことか。

 

 ディラルヴォーラには、あの巨体故に効くと思えなかったから使わなかった。ついさっきまでは、こんなものを使う余裕はなかった。だが、今なら使える。

 

「《排出》」

 

 目視は出来ないが、チートによりストーリアの刃を通して、荒木の口の中に蛍光グリーンとピンクの液体を排出した。その薬効は、()()()()()()。しかも、その濃縮率は双方1000倍を超えている。

 

 確かに俺も使っている感度上昇は有用な薬だ。だがそれは、痛覚を消している前提でのこと。それがなかったら、痛みを激増させるだけの劇薬だ。それをなんのストッパー(痛覚遮断)もなく、一滴舐めただけで立てなくなる程の媚薬と合わせて服毒したら?

 

「あ、く、ぁ……!?」

 

 当然、もう立つことすらままならない。自分で使っておきながら解毒薬も持っていない為、止めることもできない。だからもう、『そこにいるだけで絶頂する』なんて地獄から荒木を助けることは、時間を除いた誰にも出来ない。

 

 顎の力が緩むのを確認し、技と傷口を切り裂くようにストーリアを引き抜いた。

 

 荒木が、脂汗を吹き出し片手半剣を取り落とした。

 

「あ゛あ゛あぁぁぁ!!?」

 

 次いで思わず膝をついた衝撃が何倍にも増幅されて激痛となり、絶叫が響く。さらにその絶叫で発生した喉の痛みが増幅される。耐え切れず倒れ込んだ衝撃が増幅される。転がった痛みが、頬に食い込む小石の痛みが、地面を叩いた手に返ってきた衝撃が、目に刺す太陽光の光が、巻き上げた砂が目に入った痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが、何もかもが増幅に増幅を重ねて荒木を襲う。

 

 それに追い打ちをかけるように、全く同時に媚薬の効果が発揮される。身体が熱くなり、汗を掻き、よく分からない快楽の波が襲いかかる。それの効果を、感度増幅薬が跳ね上げる。その結果は、イカ臭い臭いとアンモニア臭、地面に広がる染みを見れば明らかだ。

 

「決着だな。まあ、聞こえてるかは知らないけど」

 

 ストーリア表面の血と涎を収納排出のプロセスを通して排除し、その切っ先を地面に俯せで倒れ伏して痙攣するだけとなった荒木に告げる。念のため片手半剣は、左足で遠くへ蹴り飛ばしておいた。

 

 だがこれは、別に何も誇れる勝利じゃない。ただ授かった力に頼って、受け継いだ力に頼って、自分の力なんて殆ど関与しない勝利だ。

 

 自己否定ーー達成感を否定しました

 自己否定ーー慢心を否定しました

 自己否定ーー不快感を否定しました

 

 だからただ、結果だけを無機質に告げる。もっとも聞こえたかどうかは、激痛の快楽の緩急が付いた海に溺れて正気を保っていられたかによるのだが。

 

「せめて、早く殺してやるよ」

 

 そう言って俺は、荒木を踏みつけ固定する。それだけの行為でビクンと反応したが、まあ動かないならそれでいい。と、ここまでしてストーリアじゃ長さが足りないことに思い至った。

 

 自己否定ーーうっかりを否定しました

 

 まあ、誰に見られている訳でもないからいいだろう。そう思いストーリアを鞘に収め、残り3本となっているスペアの槍を取りだした。逆手にそれを持ち、先ずは心臓に狙いを定める。

 

 informationーー10%のエネルギーを充填

 

「じゃあな」

 

 そして、最大限の黒炎を纏わせ貫いた。肉の焦げる嫌な臭いが鼻に付くが、無視して槍を引き抜いた。

 

 informationーー10%のエネルギーを充填

 

 次に頭部を貫いた。これでもう、魔法少女の勇者みたいなチートでもない限り蘇ることはないだろう。

 地球の伝承上で有名な竜殺しである……名前は、なんだったか。忘れたが、その死因は確か背中を槍で突かれたことだった気がする。だからまあ、竜殺しらしい最後だったんじゃないだろうか。

 

 自己否定ーー感傷を否定しました

 

 まあ、もういいかそんなこと。

 目の前の死体から意識を切り離し、離れた場所で行われている戦闘に意識を向ける。途端に、発動していたストーリアの効果が消滅したのを感じた。途端に全身に掛かる脱力感に、思わず膝をつく。傷が開いたりすることはないようだが、再発動する様子もない。

 

 自己否定ーー期待を否定しました

 

 まあ、あまり頼ってもいけないということなのだろう。排出した驟雨改を杖代わりに立ち上がり、次の戦場に目を向けた。人が入り乱れ過ぎていて、魔法での攻撃は俺の場合悪手。何か出来るとしたら、駆けつけて斬る以外のことはないように思える。

 

 だったら、やるしかない。1度決めたら貫き通す、当たり前だ。自分が壊れて動けなくなるまで、進んで進んで貫き通すのが英雄として相応しい……待て、英雄として?

 

 あまりにも自然に浮かんだその言葉に、今までのものとは違い強烈な違和感を感じた。これは明らかに、俺でもアマにぃの持つ感情じゃない。直感に従って驟雨改を見れば、左眼には見慣れた愛槍を覆い尽くすように昏く輝く魂(仮定)がこびり付いていた。

 

 魂魄回路ーーSearch

 魂魄回路ーーlock-on

 

『待て、英雄モロハよ』

 

 チートがその魂を昇天させる直前、右耳にのみその声が聞こえた。物理的な聴覚は消えた右耳にのみ聞こえたということは、間違いない。ディラルヴォーラだ。

 

「何の用です?」

『何、1つ手を貸してやろうと思うてな』

 

 その言葉に疑問と不信が浮かんだ。何故今でてきたのか、何故協力を申し出てきたのか、何故が積み重なり1つ足りとも信用できない。けれど、一応話くらいはと思いチートの発動は止めておく。

 

『信じられぬといった様子だな』

「当たり前じゃないですか。寧ろ、何を信じろと」

『カカッ、違いない!』

 

 そのまま笑い始めたディラルヴォーラに殺意が湧いた。こっちは時間がないのだ、話すならさっさと話して欲しい。そんなこちらの苛立ちを感じ取ったのか、ディラルヴォーラが溜め息をつき話し始めた。

 

『気が短い奴め。本来であれば、我も100年ほど眠り蘇った後汝を冷やかそうと考えていた。既に我を殺し、我が彼岸で広めた故竜の中で有名になった汝をな』

「マジか」

 

 思ったよりやらかしてくれてやがったコイツ。今すぐ消してやろうか……?

 

 自己否定ーー殺意を否定しました

 

『だが、そうも言っていられないことが起きてな』

「なんですそれ」

『汝がたった今殺した、我ら竜の天敵よ。正確に言えば、奴の持っていた剣だ』

「あの剣が、何か?」

『彼の剣は、我ら上位竜が蘇りを待つ場所を始めとし、死した竜の魂を強制的にこちらの世に引き摺り込み、磨り潰す道具でな。そんなものを使われては、汝の物語が見れぬではないか。故に、潰しにきた』

 

 なるほど、そういうことか。であれば、こちらに現れたことは納得できる。そう思ってあの剣を見れば、カドモスと呼ばれた剣は既に大半が細かい粒子となって崩れ去っていた。手が早い。

 

「なら、なんで驟雨に宿()()()()んですか」

『彼の剣の仕組みに乗りこの世界に来たは良いが、思った以上に彼の剣による縛りが頑丈でな。縛りから逃れ、本体を壊すことで帰るための力まで使ってしまった。

 どうしたものかと彷徨っていれば、丁度よく汝の槍に我が頭蓋が使われているではないか。そうなれば、力が戻るまで特等席で見物するしかあるまいて』

「えぇ……」

 

 とことん自分本位で、極めて“らしい”と言えるその言葉に、思わず呆れてそんな言葉が出てしまった。

 

 自己否定ーー呆れを否定しました

 

 それで緩んでしまった気を引き締め直す。今も2人は戦っているのだ。俺だけが休んでいるわけにはいかない。

 

『無論、ただとは言わん。行為には対価があって然るべきだ。誇り高き竜として、そこを曲げることなどあり得ん。我は汝の物語を特等席で見物するが、汝が死んでしまってはつまらぬ。故に、我が力を貸そうではないか。

 我は愉悦を、汝は力を。良い契約ではないか』

「そう、ですね。たしかに、願っても無い機会です」

 

 先の荒木との戦いで、自分の力が全く足りないというのを痛感したばかりだ。何かを成すための力が増えるのは、歓迎できる。だがやはり、信頼という一点で不安が残る。いっそ消してしまえばいいのではという考えが渦巻いている。

 

『古の竜に誓って、ここに契約を建てる。これで良いだろう、竜に伝わる約定を交わす際の最上級の宣言だ』

「もし破ったらどうなるんですか」

『約定を交わした者の魂が消滅する』

「……分かりました」

 

 そうなのであれば、そう簡単に破られることはないだろう。嘘という可能性もあるが、そうなったらそうなっただ。それに、竜の世界で有名になってしまっているのなら、事情に詳しい者がいた方が色々と心強い。

 

「契約、しましょう」

『良かろう! 汝が我を楽しませる限り、我は汝の刃とならん!』

 

 瞬間、驟雨改が命を吹き込まれたように脈打った。同時に左眼が、ディラルヴォーラの魂が愛槍に浸透して一体化したのを確認した。

 

『ククク、では幕開けの一撃といこう。槍を構えよ!』

 

 コクと頷き、敵集団に向けて愛槍の切っ先を向けた。その愛槍が、黒く輝く魔力を纏い始めた。どうやらディラルヴォーラは、ご機嫌でノリノリらしい。

 

『狙いを外すのは、フロックスとエウリだけで良いな?』

「いえ、勇者も残してください。聞かなきゃならないことがあります」

『心得た』

 

 直後、魔力の高まりが最高潮に達した。敵である時は恐ろしい黒く輝く魔力の光が、今は心強い。そして一言、ディラルヴォーラが告げた。

 

『消し飛べ、人間』

 

 その直後、辺り一面に人間だったものが散らばった。忘れることの出来ないディラルヴォーラの咆哮が右耳からのみ聞こえ、それの直撃を受けた人間が全て爆散した。

 

『カカカ、我が英雄よ。どうだ、後悔はしないだろう?』

「ええ。ちょっと、予想よりヤバいとは思いましたけど」

 

 そう言いながら見つめる先では、呆然としていた勇者が2人の魔法で縛られ行動不能に追い込まれていた。

 

『それは重畳。では、早く汝が番いを迎えに行け。そして存分に睦合うが良い。闘争と栄光、伴侶と幸福、それこそが輝かしい英雄譚の本懐だろう!』

「言われなくても」

 

 そう言って俺は、愛槍を持ったまま赤い絨毯が敷かれたような地面を踏みしめ2人の元へ向かっていった。

 

 自己否定ーー不快感を否定しました

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 informationーー個体名【黒崩咆ディラルヴォーラ】と、魔術回路の一部が同調しました

 informationーー個体名【黒崩咆ディラルヴォーラ】とのパスの切除に失敗しました

 informationーー個体名【黒崩咆ディラルヴォーラ】とのパスが固定化されました。以降の干渉は不可能となります

 




《竜殺し》
 殺傷性 : EX 防御性 : EX 維持性 : EX
 操作性 : D 干渉性 : EX
 範囲 : E

 殺傷性・防御性・干渉性は対竜という条件下に限ってEX(プラス)判定。効果は竜に対する絶対優位。チートで中和されない限り、何があっても竜に対する優位を保ち続けられる。
 竜の素材がその武器に一欠片でも含まれていたらこちらを傷つけることはなくなり、防具に一欠片でま含まれていたらこちらを阻むことはなくなり、相手が竜であればその魔法はこちらに届くことはない。
 ただ、それだけの能力

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