あの空に帰るまで   作:銀鈴

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60 竜殺しvs竜殺し

 全力で疾走しつつ驟雨改を構えながら、迫る勇者を出来る限り分析する。

 武装は剣。けれどさっきのコピーの勇者が持っていた物よりも長く、刃は細く、柄が長い。所謂片手半剣(バスタードソード)だと思われ、魔力が通っているのを見るに恐らくなにかの魔導具。

 防具は要所要所に金属があるが、それ以外は何かしらの革。チートなしでも、断出ないことはないだろう。けれど金属部分となると、これも何かしらの魔導具のようだし難しそうだ。

 次にチート。これは確実に《竜殺し》で、ついさっき《収納》を纏えば問題ないとわかったから無視。

 最後に顔、見た覚えはあるけど思い出せない。どっちにしろ殺すからどうでもいい。

 

「ゼァッ!!」

 

 下段から振り上げられた剣を左腕があった場所を通過させることで回避し、竜殺しの勇者が後ろに置いてきた敵目がけて突撃する。数は3、男男女で前者2人が戦士風で女性が魔術師風。優先するのは戦士!

 

「このっ」

「《収納》」

 

 おっさんの振り下ろした剣を、手甲で受け収納して破砕。返す動きで槍を突き出し、胸に突き当て心臓を収納。問答無用で絶命させる。

 

 自己否定ーー慢心を否定しました

 

「1つ」

 

 その死体を蹴り飛ばして方向を変えつつ、次の相手に向けて飛ぶ。吹き出た血が温かい。牙が疼く、気が昂ぶる。ニヤリと口の端が歪むのを自覚しつつ、もう1人のおっさんの胸目がけて槍を突き出す。

 

「はっ、その程度の攻撃で──」

「《収納》」

 

 胸当てに力の乗っていない驟雨改は止められてしまったが、そんなもの知るかと収納で心臓を抉り取る。

 

 自己否定ーー慢心を否定しました

 

「2つ」

 

 そして最後の、魔術師と思われる女性に突撃しようとして──背後に殺気と魔力の流れを感じ、攻撃を中断して女性を通り抜けた。

 

「隙だらけだっ!!」

「なん、で?」

 

 その結果、背後から強襲しようとしていたコピーの勇者が振り下ろした剣は、バッサリとその女性を斬り裂いた。女性はどう見ても致命傷で、もう助かる見込みはないだろう。内臓見えちゃってるし。

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

「そんな、違う、俺は、違う!」

 

 下半身から流れていた血は止まり、再生こそしていないが健在だったコピーの勇者が慟哭する。なんでなんで、違う違うと喚くばかりで治療行為をしようともしない。やる気があるのだろうか、コイツは。

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

 見ているだけで不愉快なので首を刎ねた。奇襲するにしても、もう少し後にしておけば良かったのに。でも一応コイツのチートは使えそうだし収納して、後で血を……だから、俺はまだ人間だ。

 ああもう、俺だって同じじゃないか。迷って迷って決められない、不愉快だと思ったコイツとなんら変わりないじゃないか。

 

「テメェッ!!」

「らぁっ!!」

 

 そんな苛立ちを乗せて、振り下ろされた竜殺しの剣に驟雨改を叩きつける。剣に纏わりつく竜殺しのチートと愛槍が纏う収納のチートが拮抗して、ディラルヴォーラと戦った時飽きるほど聞いた空間の絶叫が響いた。

 結果、2人とも大きく弾き飛ばされ、数歩分の距離を開かされて静止する。いつ仕掛けるか、そもそも俺の義足はチートに耐えられるのか。そんな疑問が浮いては消える殺戮の気配の中、竜殺しの勇者が口を開いた。

 

「よう、人殺しの英雄サマ。元気そうで何より」

「そもそも誰だよお前」

 

 自己否定ーー怒りを否定しました

 

 あからさまな挑発だった故に、チートが働いて感情が沈静化された。だから俺には別に何も思うところはないが、相手は違ったらしい。憤怒の形相に顔を歪めで言葉を吐き出した。

 

「はは、忘れた! 忘れたときたかこの人殺しは!! 荒木だ。俺の名前は、荒木竜一だ。テメェが助けなかった後輩の恨み、今ここで果たさせてもらうぞ!!」

 

 そう言って、荒木が魔術の補助全開で斬りかかってきた。その動きは、愚直な斬り下ろし。けれどそれは、愚直だからと言って見切り易いというものではなく、ある種精練された雰囲気の感じる一刀だった。

 無言で力を込め、片手半剣の側面を愛槍で打撃する。鈍い金属音と空間の絶叫が轟き、剣の軌道が大きく横に逸れた。けれど荒木は、その流れる動きのままこちらに向けて蹴りを放ってきた。

 

 informationーー5%のエネルギーを充填

 

 それに対し、弾かれている愛槍の動きに逆らわずチートによる強化を入れた義足での蹴りを放つ。

 

「らぁっ!!」

 

 数秒間だけ拮抗したチートは、今回は俺が勝ったらしい。義足に生えた白い棘のパーツが荒木のブーツを、肉を引き裂いた。これで一先ずの決着が着いた──かに思えた。

 

「まだだぁ!」

 

 諦めてたまるかと言わんばかりに、ドクドクと血が流れる足で荒木が地面を踏みしめ、こちらに向けて全力の突きを放ってきた。躱せない。躱せないが、問題ない。

 

 informationーー5%のエネルギーを放出

 

 解放された黒炎が、剣の側面を強かに打ち付けた。それにより軌道が再び逸らされ、剣は何も存在しない左肩を貫いた。

 

「《収納》」

 

 カウンターとして、愛槍を収納しつつストーリアを片手で引き抜き、その動きのまま荒木の左手を斬りつける。小手を切り裂き、肉を切断し、骨でその動きが止まる。けれどそれで十分だ。左腕は、俺のチートの範囲に入った。

 

「《収の──!?」

 

 そしてチートを発動させる直前、魔力の嵐が吹き荒れた。否、魔力のではなく実態を持った嵐が超近距離で炸裂した。風の刃が吹き荒れ、()()()()全身を切り刻んでいく。そして最後に爆発した大気の壁のようなものが衝撃となって打ち付けられ、ベキと何かがへし折れる音とともにお互いを吹き飛ばした。

 

「か、ごほっ──」

 

 無様に地面をゴロゴロと転がりながら、肺から吐き出されてしまった酸素を求めて必死に口を開いて息を吸い込む。吸い込もうとしたのだが……息が、殆ど吸い込むことが出来なかった。

 

 自己否定ーー動揺を否定しました

 自己否定ーー混乱を否定しました

 

「ゲホッ」

 

 その代わりに口から血の塊が吐き出される。痛みがないからわからない上ガバガバ知識だが、恐らく折れた肋骨が肺に刺さったのだろう。骨折は俺の魔術じゃ即座に治しきれない為、重大なダメージであるといえよう。でも、

 

「《収納》」

 

 傷口から指を突っ込み、折れた肋骨に触れてチートで収納、傷の原因を排除する。そらから治癒の魔術で肺を塞ぎ、血は魔力として吸収してしまおう。これで、まあ一先ずは問題なしだ。

 

 強化の魔術に回す魔力を強め、無理やり全身に力を巡らして足を踏み出す。目指す先は、直前までの俺と同じように倒れ込んでいる竜殺しの勇者。その無防備な頭に義足を振り下ろす直前、勇者は転がってそれを避けた。

 こめかみ辺りを切り裂けはしたが、それ止まりで反撃の剣が襲いかかってきた。それをチートを纏わせた槍の石突きを地面に突き立て受け止め、互いのチートの反発を利用して距離を稼ぐ。

 

 そして互いの武装である槍と剣を構え直し、再び相対する。これで仕切り直し、これでリスタート。けれどこの時点で、判定してることが1つあった。

 

「チッ、やるじゃねえか人殺し」

「そっちこそ、竜殺し」

 

 俺が知ってる勇者の中で、多分こいつが一番地力が強い。

 自分のチートに驕らず、剣は基本に忠実で安定しており、チート能力自体も今の俺にとっては致命的。魔法少女の勇者のような、能力のゴリ押しとはまた別の脅威だった。

 

「起きろーーカドモス」

 

 いつ弾けるかわからない緊迫した空気の中、荒木かそう告げて片手半剣の柄を捻った。瞬間、悍ましい竜殺しの気配が倍以上に膨れ上がった。同時に荒木の全身を巡る魔力量も増大し、明らかな強化がなされる。

 

 自己否定ーー雑念を否定しました

 

 魔導具。そう気づいた時には既に、荒木がすぐ目の前で片手半剣を振り上げていた。反撃、間に合わない。防御、押し切られる。

 

「──ッ!!」

 

 informationーー5%のエネルギーを放出

 

 自分の動きのみでは回避できないと判断して、黒炎を放出した反動で自分の体を横に吹き飛ばす。本来なら牽制の1つでも入れたいところだが、今は逃げるのが優先だ。アレからは何か、絶対に触れてはいけない感じの気配がする。

 そうして状況を分析しているうちに、再び荒木がすぐ目の前にまで迫っていた。今度の攻撃は、俺から見て左下から下段からの振り上げ。

 

 informationーー雑念を否定しました

 informationーー10%のエネルギーを充填

 

 鋭く速く堅実な、ブゥンと唸るその一刀を紙一重で躱し、チートと魔術で強化された筋力で以って全力で突きを放った。普通であれば確実に突きは命中し相手を抉る一撃。けれどそれは、甲高い音を立てて弾かれてしまった。

 そう、弾かれたのだ。ディラルヴォーラにも通った一撃が。そんなことは“人として”あり得ない。つまりこれは──

 

「チートか!」

「漸く気づいたか間抜け!」

 

 剣のガードによる打撃で吹き飛ばされた。胸当てのお陰でどうにか突き刺さってはいないが、また骨が折れたかヒビが入った感じがする。今回は収納して無事でいられる場所ではない。だから吹き飛ばされ転がりながら、魔力を回して無理に再生を促す。

 

 自己否定ーー動揺を否定しました

 自己否定ーー雑念を否定しました

 

 左脚で追撃を蹴り上げ、逃げるように距離を取りながら体感で分かった情報を整理する。

 

 まず《竜殺し》のチート。その効果は恐らく、『竜に対する絶対優位』だ。自分の攻撃は相手の防御を無視して貫通し、相手からの攻撃は竜であるという一点が存在しているだけで通用しなくなる。

 故に向こうの攻撃は当たったら俺は死ぬだろうし、竜の素材で作られたもの……つまり驟雨では荒木を絶対に傷つける事が出来ない。いや、俺のチートが競り勝てばいけるかもしれないが……薄い望みだろう。

 

 次にカドモスとかいうあの片手半剣。魔導具だとは予想していたが……あれは、違う。アレはもう、呪いの剣と言って過言じゃない。よく見れば、アレに流れる魔力には濁った黒が混ざっているのだ。ディラルヴォーラのものを見れなかったから定かではないが、アレは恐らく竜の魂。それを燃料として使()()()()()()()、竜の膂力を人の身に降ろしている。そんな物を使い続けて正気でいられる訳がないが、それをチートでシャットダウンしていると推測できる。

 

 最後に着ている鎧一色。最初はアレが身体能力の強化に関するものかと思っていたが、実態は真逆だ。あの鎧は、身体が吹き飛ばないように抑え込んでいる。同時に力の集中する場所の調整なども行なっている、拘束具兼サポーターのようなものと見て間違いないだろう。

 

 まとめるとこうだ。

 何匹か分の竜の膂力と再生を持ち、人の剣技を使い、チートで竜に関することに対して何もかもに優位を保てる存在。それが竜殺しの勇者、荒木竜一という人間だった。

 

「チッ」

 

 跳ねるように起き上がり、荒木から逃げるように更に距離を取った。足を止め、追撃がないことを確認して舌打ちしながら、驟雨を収納しストーリアを引き抜く。剣道三倍段という言葉もある通り恐らく驟雨を使う方が有利なのだろうが、攻撃が通じないのであればそもそも意味がない。

 そんな俺の姿を見て、油断なく剣を構えた荒木が嗤う。

 

「はっ、そんな陳腐な武器で何ができる」

「なんでも」

 

 思えば、このストーリアとも長い付き合いだ。使っている物の中でも、恐らく驟雨と同じくらい長い。手に馴染むそれを握り、信頼して祝詞を謳い上げる。

 

闇夜を払え、黒の竪琴

 いざ開幕せよ、英雄譚(ストーリア)

 

 最終セーフティ解除 超過駆動形態へ移行

 

 

 リィンと戦場に鈴の音が鳴り響き、ストーリアが淡い光を纏う。自分に伝播するその力がぐちゃぐちゃになった身体を癒していくのを感じながら、逆手でストーリアを構えて無言で言葉を告げる。

 

 そして、とても静かに第2回戦は始まった。

 


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