あの空に帰るまで   作:銀鈴

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55 黒崩咆ディラルヴォーラ Ⅳ

「『闇夜を払え、黒の竪琴

  いざ開幕せよ、英雄譚(ストーリア)』」

 

 詠唱が終わると共に鳴った、リィンという静謐な鈴の音。最初1つだった音が2つに、2つだった音が4つに、16に、最後には256の重なりとなって響いた。

 不思議と心の動きを沈静化、極めて正常な状態に落ち着かせるその音に、戦場の動きが一時的に停止した。竜も、人も、魔族も、霊魂も、何もかもがその音を聞いて行動を止めた。

 

 そんな残響が残る中、左眼に俺のチートとは別の日本語の文字が投影された。

 

 

 護剣ストーリア 起動完了

 前担い手の魂を確認ーー第1セーフティ解除

 前担い手の血族証明完了ーー第2セーフティ解除

 現担い手の覚悟を確認ーー第3セーフティ解除

 護剣ストーリア 初期起動

 詠唱確認、通常駆動より超過駆動へと移行します

 

 

 もう一度鈴の音が鳴り響き、握った短剣がぼんやりとした淡い緑の光を纏った。温かみというか優しさを感じるその光は、握る手から全身に伝播し傷を急速に癒していく。

 

 

 移行失敗しました

 自己診断開始……刀身の89%が喪失──再生不可

 通常駆動【不壊】駆動率99%……正常駆動中

 超過駆動【祝福】破損率69%……完全起動不能

 破損刀身及び、修復不能スキルの残骸に対するリソースを放棄、超過駆動の再生へと転用します

 

 

 3度目の鈴の音が、戦場に鳴り響く。その頃には、致命傷寸前だった俺の傷は既に完治していた。自分の短剣が記憶で見たあの片手剣と同一の物であると判明した時点で分かっていたことだが、明らかにコレは時代錯誤遺物(オーパーツ)だった。

 それは、刀身がバラバラの金属片に解けて空中に展開し、場所を入れ替えながら、それでも展開前と寸分違わぬ刀身へと再生したことからも明らかだった。

 

 

 超過駆動【祝福】破損率50%まで回復

 超過駆動形態への移行可能

 魔力吸収・体力回復機能が消失しました

 精神安定・自己再生・単純強化・精密駆動・コンディション維持の機能の出力が50%低下しました

 最終セーフティ《What's your name?》

 

 

「諸刃。欠月 諸刃だ」

 

 

 ーー承認ーー

 最終セーフティ解除 超過駆動形態へ移行

 どうかこの力が、未来永劫あなた達を守れますように

 

 

 そして、4度目の鈴の音が戦場に鳴り響いた。どこか鎮魂の意味を感じられた音の残響が響く中、冷え切った頭でディラルヴォーラを見つめる。

 

「行くぞ」

 

 そう自分に宣言し足を踏み出した時、異常に気がついた。普段の自分の最高速より、倍近く今の俺の動きは速かった。しかしそれでもバランスを崩すことなく、違和感だけを残して身体を動かすことが出来ていた。

 

 自己否定ーー慢心を否定しました

 自己否定ーー全能感を否定しました

 魂魄回路ーーSearch

 魂魄回路ーーmulch lock-on

 魂魄回路ーーExecute

 自己否定ーー死の実感を否定しました

 

 自らのチートが俺の油断を消し、死者の魂の群れを突っ切って、それら全てを昇天させながらディラルヴォーラに迫る。そうして距離を8割ほど詰めたところで、漸くディラルヴォーラが動いた。

 

『ガァッ!!』

 

 展開されたブレードによる、こちらを確実に殺すための薙ぎ払い。横に避けるのは論外。姿勢を低くして走る俺が更にしゃがもうが跳ぼうが回避できないように、1枚目から3枚目まで全てのブレードが僅かに位置をずらして迫ってくる。

 だからこそ、付け入る隙が1つだけあった。

 

 informationーー70%のエネルギーを充填

 

「アアァァァァッ!!」

 

 絶叫しながら、3色4種の力を纏ったストーリアを1枚目のブレードに叩きつけた。僅か1秒にも満たない交錯。それの後に、ガラスが砕け散るような音を鳴らしブレードが破砕された。

 そうして発生した巨大な破片と残る2枚を回避するため、俺は地面に向けて飛び込んだ。自分のすぐ近くを刃が通り過ぎたことを空気の流れで確認し、そこから無理やり身体を捻って制動する。

 

 informationーー5%のエネルギーを放出

 informationーーエネルギー残量92%

 

 義足の爪で地面を掴み、そこから黒い炎のみを放出して加速する。ストーリアを順手に持ち替え狙うのは、ガラ空きとなっている脇。大にく跳躍しそこを狙う中、ディラルヴォーラが笑みを浮かべるのを見た。

 

『────』

 

 だが、その咆哮が放たれる直前、エウリさんの消音結界がディラルヴォーラの顔を覆った。恐らく数秒で砕けてしまう、竜相手には脆い結界。けれどその数秒が、今は限りなく価値のあるものだった。

 

 魂魄回路ーーcomplete

 自己否定ーー死の実感を否定しました

 informationーー300%のエネルギーを充填

 

 発狂しそうになる心をチートが抑え、ストーリアの切っ先が僅かにディラルヴォーラの肌に埋まった。そしてそこを起点に、黒い炎の大爆発が起きた。

 

「これで、同じだなッ!」

 

 結果、右腕が根元から吹き飛んだ。薙ぎ払いの速度はそのままに、空中を回転しながら飛んで行く腕を見て、気がつけばそんなことを口にしていた。

 

『そうだなァ、英雄!!』

 

 そう嬉しそうに叫びつつ、ディラルヴォーラが魔力尾を俺に向けて叩きつけてくる。空中にいるせいで、満足な身動きができない俺に。

 

 魂魄回路ーーcomplete

 自己否定ーー死の実感を否定しました

 informationーー100%のエネルギーを放出

 

 それに黒い炎を解放してぶち当てる。双方実体がないものの衝突であるが、空間に爆音を響かせた。今だけは、どれだけ死を叩きつけられても自分が消える感覚は無かった。

 

 そして、体勢が崩れた反動でディラルヴォーラが右腕での薙ぎ払いを放ってきた。未だ俺がいる場所は空中。普通ならば何も出来ず、両断されて死を迎えるだろう。

 

 informationーー1%のエネルギーを放出

 

 けど、ここで終わるわけにはいかないのだ。僅かに黒い炎を放出し、その反動で身体を動かした。回転する己が身体は刃軌道から僅かに逸れ、

 

「シッ!」

 

 剛爪の間を通り抜け、人でいう手の甲の部分に何度も短剣を突き立て漸く静止した。けれど、こんな場所で静止したところですぐに動きに引っ張られてしまう。当然俺もそうなり、静止した場所から吹き飛ばされた。肘の関節部に向けて。

 

 魂魄回路ーーcomplete

 自己否定ーー死の実感を否定しました

 informationーー300%のエネルギーを放出

 

 そして再び、僅かに刺さった切っ先から黒い炎の大爆発を起こした。それは肘から先を吹き飛ばしたがが、代償とでもいうかのように、痛みを薬で消しているはずなのに割れるような頭痛に襲われた。

 

「ア、ギィッ……」

『ハハハハハハハハハハハハッ!!!!!』

 

 思わず頭を抑えようとして、手からストーリアが溢れ落ちる。なんとか義足の指で掴み取ったが、直後暴風が吹き荒れた。その正体は、例の膨大な魔力で無理やり形成された風のトンネル。

 

「──ッ!?」

 

 それに巻き込まれた瞬間、息が出来なくなった。そして眼に違和感が生まれ、音が消失した。

 直後、エウリさんの魔術と思われる風のベールが俺を包み込んだ。それでかなり楽になったことから、真空か何かだったんじゃないかと思われる。そんな中で、恐ろしい勢いでディラルヴォーラの顎門が迫ってきていた。

 

『これでトドメだ、英雄!』

「ま だ だ ぁぁァァッ!!」

 

 魂魄回路ーーcomplete

 自己否定ーー死の実感を否定しました

 informationーー100%のエネルギーを充填

 

 驟雨を手の中に排出。伸縮機構で伸びきったままの愛槍を、突き込んだ。竜の牙と、愛槍が衝突する。今日だけで幾度聞いたか分からない空間の絶叫が轟き、牙と愛槍の伸びた柄が同時に折れた。

 

 それらが空中で回転する中、俺は地面にディラルヴォーラは空中に着地する。そして、再び風のトンネルが形成された。

 

『最早打つ手は無かろう!』

 

 ディラルヴォーラのいう通りだった。

 確かに俺にはもう、武装がない。驟雨は空で回転中。スペアの槍ではチートの負荷に耐えられない。ストーリアを拾うのは間に合わない。

 

 万事休すかと思われた時、俺に向けて飛んできた飛翔体を掴み取った。何ごとかと目線を落とすと、そこにあったのは見慣れた木刀だった。血が染み込み、新鮮な血がぶち撒けられた木刀。フロックスさんの持つ愛刀は、俺に使えという意思を伝えているようだった。

 

 魂魄回路ーーcomplete

 自己否定ーー死の実感を否定しました

 informationーー200%のエネルギーを放出

 

封印解除(シールパージ)ッ!!」

 

 そして、黒い炎を纏った木刀が突き上げられ、地上から天へと巨大な太刀が突き上げた。けれど、使い手が本人ではないからだろう。出現した刀身は、本来の10分の1程度の大きさしかない。

 しかしそれでも、刀はディラルヴォーラの全長を超える長さであり、その胸板を貫くのに十分な太さを持っていた。例え剣がからっきしな俺でも、突くという槍と類似する動きであれば、それを実行できた。

 

 顎をすり抜け、防護を突き破り、ディラルヴォーラの腰に刃が突き立っていた。それが、この攻撃の結果だった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息が切れ、頭痛に襲われ、限界に達していた俺は木刀を取り落す。そうして木刀が地面に落ちるまでの間に、巨大化していた刃は元の大きさに戻っていた。不思議なものだ。

 

 自己否定ーー疑問を否定しました

 

 刃という柱にして杭が抜けたのならば、必然的にそれに刺さっていた物は落下する。戦闘の余韻に浸り動けずにいた俺に向けて、ディラルヴォーラが落下した。そしてその事実を認識していたとしても、緊張の糸が切れた俺には立っていることが限界だった。

 

 自己否定ーー諦めを否定しました

 

 ああ、このままじゃ死ぬなぁ。そんな予感は、直後覆された。

 俺を囲うよう四方に地面を突き破り生えた4本の巨大樹。それが互いに枝を伸ばし、葉を茂らせ、蔦を張って、花を咲かせ、落ちてきた2つの巨体を受け止め軌道を変えて地面に下ろしたのだ。

 それは丁度、俺とディラルヴォーラの顔が向かい合うような形となった。この規模でこの精密さであれば、きっとこれをやったのはエウリさんだろう。刀を飛ばしたのはフロックスさんで、嗚呼本当に感謝しかない。

 

『ク、クク、クハハハ』

 

 念のため義足で保持していたストーリアを拾い、逆手に持って警戒していると、目の前からそんな笑い声が聞こえた。

 

 自己否定ーー油断を否定しました

 

 まだ何かするのかと思い気を引き締めかけたが、満足したような笑みを浮かべているのを見て腕を下ろした。

 

『やはり英雄とは、我が伝え聞いた(まこと)の英雄とは、こうで、なくてはなぁ……』

「まだ喋れたんですか……」

 

 両腕は無く下半身もなく、胴と首、顔だけの状態になってもまだ喋れることに驚きや呆れを通り越して疲れを感じた。どこまで生命力が強いんだ竜は。

 

『安心するが良い、我が命の灯火は間もなく尽きる』

「じゃないと、割に合いませんよ」

 

 同じことをもう一度やれと言われても出来る気がさらさらしないし、2度とやりたいとも思えない。竜と戦うなんてもう懲り懲りだ。

 

『汝らであれば、10戦えば4は勝ちを拾えるだろう。今更何を言うか』

「6死んでる時点で割に合わないです」

『そうかそうか……』

 

 なんでディラルヴォーラが嬉しそうなのかは知らないが、まあ襲われることはもうないと思われる。

 

『我を打倒せし者とは、もう少し語らいたいものであったが……どうにも、予想以上に時間は少ないようだ。我を殺したと言うのに、なんの褒美も与えなかったとあれば、竜としての名が廃る。もう少し近くに寄れ、英雄よ』

「はぁ」

 

 ぐったりとした様子のディラルヴォーラがそう言うので、歩くのも億劫ではあるが近くに寄った。すると、その隻眼でこちらを睨め回したディラルヴォーラが、俺の義足に噛み付いた。

 

『案ずるな、害する意図などない。すぐに終わる』

 

 慌てて振りほどこうとした俺にそんな声がかけられ、その通りすぐに義足は吐き出された。しかし、吐き出された義足には変化があった。

 爪はより鋭く邪魔にならない程度に大きく。脹脛側に牙の様な棘が。今まで黒単色だった義足に、白というか象牙色のパーツがそれぞれ追加されていた。

 

『我が宝物庫への鍵だ。汝一代限りの物だ、決して使い方を誤るでないぞ』

「また、えらいもんを託されましたね。了解です」

 

 俺には、正直荷が重い物を託されてしまった。

 けれど、悪くない。そうは思えた。

 

『戯れに召喚され、呪いを植え付けられ、腹いせに全てを壊してやったが……英雄に討たれるとはな。あまりにも退屈な日々であったが故忘れていたが、なんど経験しようと、この素晴らしさは失われるものではない』

 

 自己否定ーー驚愕を否定しました

 

 今、ディラルヴォーラはなんと言った。聞き逃してはならない言葉が、さりげなく発せられた気がするのだが。

 

『英雄と鎬を削り、討ち果たされる。やはりこれに勝る快楽はない』

「え、は?」

『ああ、英雄よ。汝らの名を聞くのを忘れていた。名乗るが良い』

 

 自己否定ーー混乱を否定しました

 

「モロハ。姓は欠月、名が諸刃です。尻尾を切り落としたのがフロックス、魔術で支援してくれていたのがエウリです」

『確と、記憶した。モロハに、フロックスに、エウリか。ク、ククク、これが我を討ち果たした英雄の名か!』

 

 大きく笑い声をあげながら、ディラルヴォーラは極めて楽しそうにそう言った。そして、真っ直ぐ俺に眼を向けて言葉を続ける。

 

『察するに、エウリとやらは汝の番いだな』

「まあ、ちょっと表現が生々しいですけどね」

『我が名に於いて、汝らの前途を祝福しよう。どうやら汝は、難儀な星の下にあるようだからな』

 

 こちらの反論を何処吹く風と受け流して、そんな言葉が紡がれた。同時に、フワリと暖かいものに包まれたような感じがした。よく分からないが、祝福なのだから悪いものではなさそうだ。

 

『では、然らばだ英雄達よ。

 嗚呼、此度の竜生は、良い、ものであった』

 

 それっきり、ディラルヴォーラが動くことはなくなった。

 そして俺にも、限界がきた。

 

「は、駄目だこりゃ」

 

 ディラルヴォーラの瞼を下ろした辺りで、鞘に戻しておいたストーリアから光が消え、俺の身体からも力が全て抜けたのだ。

 先達の遺物と気合、それだけで今の今まで立っていたのだろう。身体に傷は無くとも、心はもう疲弊しきっていた。視界は暗くなり始め、音も遠くなっていく。

 

「おや、すみ」

 

 気を失う前に俺が口にした最後の言葉は、誰に向けて言ったのか分からない反射的な言葉だった。

 

『アリガトウ』『オツカレ』『ヨクヤッテクレタ』『イマイマシイリュウヲ』『アリガトウ』『カタキヲトッテクレテ』『オツカレサマ』『オヤスミ』

 

 意識が落ちきる前に見えたのは、こちらに手を振る霊魂と、告げられる感謝の言葉だった。別に、あんたらの為に戦ったわけじゃ、ない。

 


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