あの空に帰るまで   作:銀鈴

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54 黒崩咆ディラルヴォーラ Ⅲ

『さらばだ英雄よ。せめてもの手向けとして、我が誇りを以って汝を送ろう』

 

 そうして息が吸い込まれ、咆哮が放たれる直前のことだった。ぐんと視界の明度が落ち、時間の流れがゆっくりになった様に感じた。いや、寧ろ止まっているに近い。

 これがかの有名な走馬灯なのだろうか。そんな呑気な考えが頭に浮かんだ瞬間、文字が、爆発した。

 

 informationーー宿主の重大な危機を確認

 informationーー生存確率計算中

 informationーー予測生存確率確定 0%

 informationーー状況打開策の検討開始

 informationーー検討中

 

 これ、は。確か前にも、あった筈だ。

 燃え落ち、焼け焦げている記憶を必死に手繰れば……見つけた。あの夜だ。俺が死んだ、あの夜にも同じことが起きた。

 

 informationーー打開可能案を1つ確認

 informationーー実行には練度が圧倒的に不足

 informationーー宿主に実行許可を申請

 自己否定ーー却下判定

 自己否定ーー宿主の思考速度は極めて鈍足

 informationーー承認

 informationーー宿主生存の為強制実行を開始

 

 また、自分から何かが消える。そんな予感を他所に、勝手に、チートが暴走を始めた。

 

 自己否定ーー嗅覚を一部昇華しました

 informationーー再生不可部位検索 完了

 自己否定ーー右腎臓を昇華しました

 自己否定ーー肋骨を一対昇華しました

 informationーー最適化を実行しました

 

 遂に内臓とかにまで、チートは手を出し始めたらしい。どうにか止めようとするが、頭の回りが異常に遅い。いや、きっとそれだけチートも切羽詰まっているのだ。

 

 自己否定ーー砲術の才能を昇華しました

 自己否定ーー槌術の才能を昇華しました

 自己否定ーー暗器術の才能を昇華しました

 informationーー現在習得中の魔術を確認

 informationーー****にアクセス中

 informationーー当該魔術のツリーを取得

 自己否定ーー魔術の才能を8割昇華しました

 自己否定ーー斧術の才能を昇華しました

 自己否定ーー双剣術の才能を昇華しました

 自己否定ーー聖剣術の才能を昇華しました

 

 燃焼回路が解放されたあの時と違って、文字列が増えれば増えるほど、全身に凍りつくような冷気が纏わりついていく。

 

 informationーー自己否定の練度が上昇しました

 informationーー自己否定の練度が上昇しました

 informationーー自己否定の練度が上昇しました

 informationーー自己否定の練度が上昇しました

 informationーー容量の拡充に成功。████改め、魂魄回路を転写します

 

 その暗い青色の文字を見た瞬間、文字通り世界が切り変わった。

 

 魂魄回路ーーAccess

 

『タスケテ』『イタイ』『ナンデ』『ココドコ』『カエリタイ』『ドウシテ』『フザケルナ』『コワイ』『クライ』『ナンデ』

 

 失聴した筈の右耳から、ノイズ混じりだがそんな声が聞こえてきた。何故かそれは、この地で死んだ人間・魔族のものだと瞬時に理解した。理解できてしまった。

 

 自己否定ーー狂気を否定しました

 自己否定ーー驚愕を否定しました

 

 同時に、今まで魔力しか見えなかった左眼に別のモノが映り込み始めた。それは、青白い影。どれもが人型で、けれど何かが欠損している影だった。それが、視界を埋め尽くすように現れた。

 

 自己否定ーー狂気を否定しました

 自己否定ーー驚愕を否定しました

 

 そして、その全員が漏れなく俺を見つめていた。その事実に気づき、息が苦しくなった。チートによる精神防御がなければ、多分この時点で俺は何も出来なくなっている。

 

 informationーーエネルギー源確認

 informationーー状況打開条件を満たしています。実行しますか?

 informationーー【警告】実行した場合、精神の一部が過負荷に耐え切れず消失します

 informationーー推定消失割合 5%

 

 本来なら、自分を殺すようなことはしたくない。けれど今、ここで死ぬよりは。俺だけじゃなく、2人も殺してしまうような攻撃を防げるなら。

 

 是非もなし

 

 魂魄回路ーーSearch

 魂魄回路ーーmulch lock-on

 魂魄回路ーーExecute

 

 そして──死が溢れた。

 身体が輪切りになった。踏み潰された。縦に裂かれた。食い千切られた。ボロ屑のように吹き飛んで死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死死死死死死死死。

 

 自己否定ーー発狂を否定しました

 informationーー発狂精神、霊魂残滓、残留思念を装填

 燃焼回路ーー焼却を開始します

 

 新しいチートの意味が、今になってようやく分かった。これは、最悪だ。

 死んだ者の魂が見えるのは良い。どうせ俺は片目だけだから。

 死者の声が聞こえるのだって良い。気が狂いそうになるが、チートでその可能性は0であるから。

 そうして彷徨える魂を、何処かへ消し去ってやれるのだって悪くはないだろう。独り善がりだが、それでも何もしてやれず悪霊にでもなってしまったら後悔以外残らない。

 その際、青い炎と同質のエネルギーを貰えることも、今の俺にとっては有り難いとしか言いようがない。

 

 けれど、その経過が最悪としか言うほかなかった。

 

 暴走するチートが無差別にロックオンした、約200人分の魂。その今際の際の全てが、コンマ数秒の内に残らず全て圧縮されて、脳に叩き込まれたのだ。自分が生きているのか、それとも死んでいるのか、一切が分からなくなるような地獄が訪れた。

 

 自己否定ーー死の実感を否定しました

 

 けれどそれも、チートが消してくれた。薄氷の上に立つような感覚だが、まだ俺は生きている。だったら、ぶちかますしかない。凄まじい吐き気がするけれど、その程度知ったことか。

 

 魂魄回路ーーcomplete

 燃焼回路ーー焼却が完了しました

 informationーー焼却・魂魄により虚無が出現

 informationーー人格崩壊の可能性大

 informationーー精神補填候補検索開始

 informationーー既に×××××の魂の融合を確認

 informationーー阿頼耶識よりダウンロード開始

 

「ぶっころす」

 

 そして時間の流れが元に戻り、青と黒の炎が爆発した。

 

『なっ!?』

 

 それは、トドメを刺さんと息を吸い込んでいたディラルヴォーラに直撃した。無論ダメージは皆無に等しいが、それでも喉に炎を吸い込めば焼け爛れ、1度行動を中断せざるを得ない。

 

 informationーーエネルギーの類似性を確認

 informationーーエネルギー放出を個別管理権限を残し、informationでの代用を可能に変質します。完了しました

 

 喉を焼かれたディラルヴォーラが一歩だけ後退し、数秒だけ時間を稼ぐことが出来た。それだけあれば、十分に行動することができる。

 

 肉の鎧ーー部分展開

 informationーー5%のエネルギーを装填

 

 治癒魔術はそのままに、砕けた全身にチートの鎧を纏う。普段は無色透明であるそれは、今に限っては青と黒の炎に彩られていた。けれど、これでは勝てない。まだ何もかもが足りない。

 

『は、はは! そうか、そうかそうか! 未だ諦めていなかったか、英雄よ!』

「《排出》」

 

 だから、人間であることをもう少しだけ止めよう。

 この世界には魔族がいる。人と同じ姿だが、別の種として分類される種族が沢山いる。だから、完全な異形でもならない限り、自分は人だ。人なのだ。ちょっと鱗が生えるのはどうかと思うが。

 

(サングィース)

 

 だから、排出した女性の腕(ファビオラの腕)巨大な眼(竜の右眼)に魔法を使った。

 

 自己否定ーー他我の侵食を否定しました

 

 尋常であれば自己を見失いそうな情報の奔流に襲われるが、こちとら今は精神が死と生の狭間にいるようなもの。受け流すだけなら、簡単だった。

 結果、残り僅かな人間の部分が大部分、吸血鬼と竜に置換された。お陰で、最低限骨は繋がった。芯が治った分、身体の動かしやすさは格段に増した。

 

『グルラァッ!!』

「シッ!」

 

 informationーー50%のエネルギーを充填

 informationーーエネルギー残量145%

 

 青と黒の炎を纏った短剣と、ディラルヴォーラの剛爪が激突した。

 そして今度こそ、打ち負けることなく拮抗した。

 だが、拮抗だ。ここまでやって尚、拮抗するだけで押し切ることが出来ない。ディラルヴォーラを超える為のあと一手が、どうしようもなく不足していた。

 

『善い、善い、善いぞ英雄よ! もっとだ、もっと我を愉しませよ!!』

 

 こちらが息も絶え絶えに反撃しているのに対し、あちらはまだ会話をする余裕があるようだった。刻一刻と減っていくエネルギー残量を見つつ、その現実に舌打ちする。

 殴り、躱し、斬りつけ、蹴る。驟雨を取り出す隙もない中、ふと視界にノイズが走った。そして、英雄の記憶が再生される。

 

 

 自分の周囲を取り囲む、十数名の勇者がいた。その誰しもが顔を憤怒に染めている。

 その原因は明らかだ。自分の足下に転がっている、かつて人間であったものの残骸。一部の同情の余地もなく、徹底的に苦しみを与えて殺したそれを、未だ怒りのままに踏み躙っていること。それ以外には考えられない。

 

『殺せ! アイツの仇だ!』

『█が、██だ』

 

 自分を殺せと喚き散らすゴミ屑共に、際限のない怒りが湧いてくるのを感じた。己のこと以外何も考えず、命の尊さなど知らぬと踏み躙り、自己愛に酔うゴミ屑が、散々生き物を殺し尽くしてきたクセに、何をもって仲間の命を奪われただけで憤る。

 

『██らだ█て、████を、█の█を、殺した██うがァァ!!』

 

 そうして抜き放ったのは、いつかの幸せだった時間に訪れた者からの贈り物。大切な友人が、幸せを祈って残した剣。それをこんなことに使うのは気が引けたが、己の手に槍がない以上仕方がなかった。

 

 ああそうだ、思えば自分が我が家を離れなければいけなくなった理由も勇者だった。無差別な乱獲、虐殺とも言える行為の果てに、己が領域を追い出され狂乱した森の主。それの討伐に出た所為で、自分はここを離れることになってしまっていた。生命の感謝なく、何もかもを殺し尽くした勇者の所為だ。

 

闇◾️を◾️え、黒◾️竪◾️

 █ざ開◾️◾️よ、英雄譚(◾️◾️ーリ◾️)

 

 そして、虐殺の英雄譚が幕を開けた。

 

 

『どうした、英雄!』

「ガッ──!」

 

 再生された記憶に気を取られすぎて、モロに剛爪を受けてしまった。左の肩口から右の脇腹にかけて3条の深い爪痕が走り、血が吹き出た。ちらりと覗けば、内臓が顔を出している部分もある。

 

「ゴブッ」

 

 せり上がってきた血を吐き出しながら、魔族と竜種の再生力と魔術による回復で止血して、思いっきり横に跳んだ。

 直前まで自分がいた場所を剛腕が突っ切り、奥にあった大樹をへし折った。それにより倒れた大樹は、ディラルヴォーラの魔術により空中で輪切りになった。

 

『そらそらそらそらソラァッ!!』

 

 そしてその質量兵器を、驚くべきことにこちらへ発射してきた。その数はもう、数えることすら億劫だ。けれど、傷が治っていない以上回避はできない。ならばやれることは1つだけ。

 

 informationーー70%のエネルギーを放出

 informationーーエネルギー残量70%

 

 純粋な破壊力として、青と黒の炎を解放した。飛来する木材全てを焼き消さんと放ったそれは、流石のディラルヴォーラをして危険を感じたらしい。こちらへの攻撃を止め、大きく後ろに飛び退った。

 

 けれど、今死にかけた原因になった記憶のお陰で突破口が見えた。あくまで、あの片手剣と俺の短剣が同一の物であることか前提だが。

 

「俺はエウリさんを、フロックスさんを助けたい。だから、力を貸してくれ。アマにぃ」

 

 そして最大の問題は、剣の力を解放するのに必要らしい詠唱が分からないことだ。だから、本来の持ち主であったであろう英雄に呼び掛ける。都合が良い話だが、大切な人たちを助ける為に力を貸してくれと頭を下げる。

 

 そんな想いが通じたのか、俺の内側から何かをナビゲートするような意思を感じた。それに最大限の感謝の意を伝えつつ、逆手に持った短剣を水平に構える。

 

 そして、自らの内側から響く声と共に、言葉を紡いだ。

 

「『闇夜を払え、黒の竪琴

  いざ開幕せよ、英雄譚(ストーリア)』」

 

 リィンと、静謐な鈴のような音が響き渡った。

 




モロハくんちゃんの現状
肉体 : 人間10% 吸血鬼85% 竜5%
精神 : 諸刃58% ×××××42%
記憶 : 39%焼却


【解放4】魂魄回路
 死者の魂を五感で知覚できるようになる。また、昇天させることが可能になる。その際、死者の記憶の一部が共有化され、相応の量のエネルギーを取得する。しかし使い続けるのであれば廃人になるか、全てを意思で捩じ伏せる覚悟が必要。

【削除済み】
 かつてこの力を所持していた68代目勇者██ ██は、生者の世界と重ねて見えてしまう死者の世界に耐えることが出来ず、己の手で目を抉り耳を潰した。しかしそれでも死者の魂は視界から消えず、死者の声は耳にこびり付き、死の臭いは鼻腔を犯し続けた。
 結果その勇者は、気を狂わせた。そして最後に償いとして当時王都で彷徨っていた全ての魂魄を昇天させ、その際得た力で王都を消し飛ばそうとしたところを当時の勇者のリーダー格に殺害された。
【削除済み】

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