あの空に帰るまで   作:銀鈴

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46 The last Date in the life②

 少し早めの昼食を終え、見上げた空は相変わらず曇っていた。日に当たらないことは嬉しいが、一般的にはお世辞にも良い天気とは言えまい。

 

「とっても、おいしかったですね!」

「ええ、本当に」

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

 嘘だ。大嘘だ。味なんて分からなかった。変に嗅覚だけ鋭敏なせいで、寧ろ不味いとさえ思ってしまっていた。けれど、そんなことは表に出せない。チートで隠して出させない。そんな反動が原因の些事で、今この雰囲気を壊したくはないから。

 そんなことを思っていると、少し冷たくなってきた風が通り抜けた。どことなく雨の匂いもするし、きっとそろそろ降り始めるのだろう。

 

「そろそろ雨が降ってきそうですけど、どこか行きたいところってありますか?」

「えーっと……」

 

 そう言ってエウリさんはキョロキョロと辺りを見渡し、やがて1つの建物を指差した。それは、この街で王城を除き1番高い建物。

 

「あそこ、いってみたいです!」

「時計塔ですか。展望台も併設されてるみたいだし、良いですね」

 

 最悪、勇者の従者権限で入れてもらうことだって可能だろう。それに、あそこであればシチュエーションも良い。

 

 

 そんな気持ちでたどり着いた時計塔には、一切問題なく入ることが出来た。一瞬係の人が俺の腕を見て顔をしかめたが、王城の奴らと違ってそれだけで終わってくれた。

 

「わあ──!」

 

 そのまま他愛のないことを話しつつ登り、到着した展望台からの景色はかなり良いと言えるものだった。区画整理が徹底され見栄えの良い街並み、ゴチャゴチャとして混沌とした様相を呈している裏町、そして街の広がりを一定範囲で抑えている分厚い壁。そしてその奥に広がる自然。きっと空が晴れていたのならば、もっと爽やかであったのだろう。

 

 そう個人的には残念に思ってしまうが、手摺りから乗り出す様に街を眺めるエウリさんにとっては違うのだろう。本当に、楽しそうに珍しそうに見ている。

 

「るーなさんるーなさん! ひめさまのおうちって、どこですか!」

「ああ、それならあそこら辺ですね」

「さっき、ころっけを食べたのは?」

「それはあの噴水の近くだから、あそこですね」

 

 そうして指差し指差し教えていると、どうしても、打ち明けるという決意が揺らいできてしまう。この暖かい空気に浸かっていたい、この僅かな幸せに浸っていたい、無くなってしまうのが嫌だ、そんな甘く優しい思いが心を犯していく。

 

 自己否定ーー甘えを否定しました

 自己否定ーー妥協を否定しました

 

 けど、誰もそれは許してくれない。自分も、フロックスさんも、このチートも。だから、こんな思いは捨てなくてはいけない。どれだけ大切に思えても、俺がそんなものを持っていちゃダメなのだから。どうせ、人並みの幸せすら手に入らないのだから。

 

 自己否定ーー幸福感を否定しました

 

 だから、今こそ言おう。

 強化の魔術をかけ、辺り一帯を見渡し耳を澄ませる。人影なし、魔力反応なし、呼吸音及び衣摺れ音無し。監視の目も特に感じられない。けれど、念のためだ。

 

「エウリさん、少しの間ボク達の会話が周りに聞こえないようにできますか?」

「はい? いちおう、できますけど……」

 

 そうエウリさんが言ってすぐに、周りから音が消えた。それを確認して、自分にかけ続けていた変声の魔術を解除する。

 

「ありがとうございます。これで、俺として話せる」

 

 言わなければならない。

 

「エウリさん」

 

 言うのだ。

 

「俺は、エウリさんに話さないといけないことがあります」

 

 言った。言ってしまった。もう後戻りはできない。後はもう、坂道を転げ落ちていくだけだ。その先に、なにが待っていたとしても。今まで築いてきたものを全て壊すとしても。

 

「な、なんでしょう?」

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

 妙にエウリさんが期待してしまっているようで、本当に申し訳ない。心が痛む、軋む、けど何もかも曝け出して。それできっと拒絶されていいのだ。それが、俺みたいな人でなしでクソ野郎の末路だ。

 

「俺は、エウリさんのことが好きです。初めて会った時に、一目惚れしました」

「ぁ……」

 

 自己否定ーー羞恥心を否定しました

 

 そう言いきってエウリさんの顔を見れば、とても赤くなっていた。こちらとしても、一世一代の告白だ。きっと俺もそうなっているのだろう。

 

 自己否定ーー羞恥心を否定しました

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

 けど、すぐにこれをぶち壊すような事を言わなければいけない。本当に、最悪だ。最低のクソ野郎だ。

 

「わ、わたしも、モロハさんのことが──」

「でも、俺にそれを受け取る資格はありません」

「え……?」

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

 自分は好きだと言っておいて、相手からの好意は受け取れないと突き放す。嗚呼、自分にヘドが出る。いっそのこと死んでしまえばいいのに、こんな奴。

 

「エウリさんがそう思ってくれているのは、本当に嬉しいです。でも、その気持ちは、もしかしたら俺のチートが原因で受け付けられたものかもしれないんです」

「そんなの、あるわけが──」

「可能性は、とても高いんですよ」

 

 再度、エウリさんの言葉を遮るように言葉を重ねる。

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 自己否定ーー悲しみを否定しました

 

 自分で自分の首を絞めて、更に刃物を突き立てる様な気持ちだが、やるしかないのだ。そう自分で思い込む様にして、最低の言葉を綴っていく。

 

「エウリさんの村が焼けて、お婆さんが亡くなったあの夜。俺は、魔術だけではエウリさんの怪我を治すことは出来ませんでした。だから、使いたくなかったチートに頼った」

 

 あの時薪となって焼却されたのは『蓄積された感情』。それまでに俺は、どれだけエウリさんへの気持ちを自己否定で消されてきた? 1週間、一目惚れした人と同じ時間を過ごしていたのだ。数え切れるわけがないほど、チートに感情を喰われている。

 

「心当たり、ありませんか? 次の日の朝から、前日までと比べて、妙に親しくしてくれましたよね? それが、絶対に感情を炎にして受け取らせることもある力の影響がないって、言えますか?」

 

 自己否定ーー██の感情は消去されています

 自己否定ーー悲しみを否定しました

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

「だから、ダメなんです。俺にはエウリさんの好意を受け取る資格がない。受け取ったら、勇者を使い捨てにしているクソ共と同じになる」

 

 いつのまにか、雨が降り始めていた。魔術結界の中にいる俺たちは濡れることはないが、これからどんどん強くなっていくだろう。

 

$@.u+opkl(どうしてそんなこと)xWb.Ku(言うんですか)?」

 

 古樹精霊の言葉で、震える言葉で、そんな言葉が返ってきた。

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 自己否定ーー悲しみを否定しました

 

 ぽろぽろと涙を零し、エウリさんは言ってた。軋んで、割れて、裂けそうになる心はチートがそうさせてくれない。物理的な痛みじゃなく、心の痛みで壊れてしまいそうだ。

 

「そうとしか、思えないからですよ」

 

 そうじゃなきゃ、俺なんかが好かれるわけがない。それならば辻褄が合う。自分で何だかんだ言い訳を立て、意を決してそう言った。

 

 自己否定ーー幸福を否定しました

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

 視界は滲んで、歪んでよく見ることが出来なかった。

 

PsWZ(そんなに)sgdbFGUIku=fH(私のことが信じられませんか)?」

「いえ、エウリさんのことは心の底から信じてます。でも、これに関しては譲れません。だって、俺を滅茶苦茶にしても、生き残らせてくれた力ですから」

 

 腕が無くなっても、目が無くなっても、何が無くなっても俺を生かし続けてくれた【自己否定】。そちらへの信頼も、実感を伴う分有り余るほどある。

 

0jH/E*XKi=C772(私を信じてくれるって言うなら)QBm/@J3pTcH6(私の気持ちだって信じてよ)!」

 

 エウリさんが泣いたまま詰め寄ってきた。服が濡れ、胸ぐらをどんどんと叩かれる。これで、俺は嫌われた筈だ。軽蔑された筈だ。そうなれば、コネとしての役目も終わって俺は用済みになってくれる筈だ。そう思って自分を殺す。幸せを否定する。自分は幸せになっちゃいけないのだと否定する。そして──

 

 

 

 唇に、何か湿った温かいものが触れた。

 

Dgo%(これでも)98xQ7YpW+(信じてくれませんか)?」

「なん、で」

 

 一瞬だけ広がった森の香りと、どこか甘い香り。つまり、何故か俺はキス、されていた。

 訳がわからない。どうしてこうなった。俺は嫌われるようなことしか言ってなかった筈だ。それなのに、なんでこんな。

 

 自己否定ーー動揺を否定しました

 

6>5(確かに)uUdc5Up$Do1FVyg(最初はモロハさんの言う通りです)

 

 チートがあっても未だ立ち直れていない俺に、ぽつぽつとエウリさんは語り出した。

 

IagurVGr7#iXV(自分の知らない記憶があって)j4c5Up$#s9hm/cT(変にモロハさんを意識させられて)

 sGmsGm(すごくすごく)0oAx2nP/y(気持ち悪かったです)

「なら、なんで」

Z2n.FcA4(色々考えてたのは) c5Up$0%HQB8k7PX(モロハさんだけじゃないんですよ)!」

 

 普段聞くことのないエウリさんの大声に、二の句が紡げなかった。

 

aNjlksN67@/>#(フロックスさんにも相談して)ZunZuntN5(ずっとずっと考えて)mh5<2(向き合って)

 Vs=Pm/MB(それで決めたのに)sOcj(こんなの)T3#Wz(酷いですよ)……」

「えっと、その」

 

 自己否定ーー動揺を否定しました

 

 自分で突き放すと決めたのに、そうすることが出来ない。チートも俺自身も、こういう状況には無力だった。

 

「ちーととかいうわけのわからないちからぬきで、わたしはモロハさんのことがすきなんです!!」

 

「はじめてあったおとこのひとで! やさしくしてくれて! すきっていってくれて! しゅぞくもちがうのにたすけてくれて! わたしをかばってしんじゃったのに、なにもいわないでくれて! じぶんにいいことがないのにファビオラさまととりひきして、フロックスさんをたすけてくれて! ずっとずっとくるしんでて! それなのに、だれにもうちあけないでかかえてて!

 たすけたいって、おもうじゃないですか。きらいになれるわけ、ないじゃないですか!!」

 

 はぁはぁと息を切らして、全てをエウリさんは言い切った。だけど、俺はこれに答える権利があるのだろうか? 良いのだろうか?

 

「いいん、ですか? こんな、どうしようもない奴で。色々欠けてて、心だって壊れてきてるのに……ここにいても、幸せって感じても、いいんですか?」

「いいんです、モロハさんはもう、ずっとがんばってきてるじゃないですか」

 

 そうして、ぎゅっと力強く抱きしめられた。その温かさと、涙の冷たさに、張り詰めていた何かがゆっくりと解けていくのを感じた。

 

 空を覆っていた分厚い鉛色の雲から、一条の光が差し込んで来ていた。

 




全てを知ってて一芝居うったフロックスさんでした。本音でもあったけれど。

ハグするとストレスが1/3に減少して、泣くと更に40%減るらしい。

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