あの空に帰るまで   作:銀鈴

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43 王都③

 目が覚めた時には、既に時間は昼を回っていた。

 

「それで、気絶して倒れるまで鍛錬してた? 馬鹿だなぁ、モロハ」

「そうです! しんぱいさせないでください!」

 

 居た頃が懐かしく感じる屋敷の自室。俺はそこで、2人からお叱りを受けていた。しかも全身に力が入らずベッドに寝かされたままだというのだから決まりが悪い。

 だが気絶したのは、第2のチートである肉の鎧の反動だ。師匠とやり合うには使うしかなく、けれど最後まで体力を吸い尽くされて終わってしまった。

 

「すみません、つい」

「謝んなくたって構わねぇよ。それより、一撃くらいは入れたんだろうな?」

「チートも魔術も魔法も全部使ってですけどね。自分の弱さに嫌気がさしますよ」

 

 対する師匠は最低限の魔術と剣のみという、目も当てられない結果だ。少しは強くなった、少しはエウリさんを守れるようになったと思っていたが、間違いだったらしい。

 

「モロハは全力だったんだろ? ならいいんだよ。何度凹もうが沈もうが、立ち上がったらそれで勝ちだ」

「そう言ってもらえれば、幸いです」

 

 そう言いながらどうにか起き上がると、遠慮がちにエウリさんが聞いてきた。

 

「そういえば、わたしたちはごはんたべちゃったんですけど、モロハさんはどうしますか? いちおうざいりょうは、ひとりぶんのこってるらしいですけど」

「血でも啜ってれば保つので、大丈夫ですね。晩までは問題ないですし、今は正直ロクに食べられそうにないです」

 

 例えるならばフルマラソンを走った直後……いや、気絶していたらしいから少しは回復しているか。そんな状態で何か食べ物を出されても、食えるわけがない。

 

「モロハ、人間としていいのか? それで」

「正直、今俺がどれくらい人間なのかも分かりませんしね」

 

 両親の顔すら、もう焼け落ちて思い出すことができるか怪しい。今思い出せる最古の記憶が、小学校の卒業式……しかも歯抜けのそれだ。白状すると、今の“俺”が姫さまに拾われた当初の“俺”であるという自信もない。

 頼らざるを得ないうえ勝手に発動するとはいえ、チートに頼り過ぎた結果がこれだ。最早笑えてくる。

 

「そうか。オレからはまだ、モロハは人間に見えるぜ」

「わたしも、そうみえる、ます!」

 

 フロックスさんに僅かに遅れて、エウリさんもそう言ってくれた。ただそれだけで安心してしまうあたり、自分の依存具合が見えてくる。微妙に言葉が間違ってるのすら……ああ自分が本当に、情けない。

 

 自己否定ーー自虐を否定しました

 

「王女サマはどう見える? さっきからそこにいるのはバレてっからな。盗み聞きってのは、良くねぇんじゃねぇの?」

「あら、私としてはタイミングを伺っていただけなのだけれど」

 

 そう返事があり、扉を開けて姫さまが部屋に入ってきた。手には何やら大きなバッグを持っている。多分本職ではない姫さまのそれすら見抜けないあたり、自分に活を入れなおさないといけない。

 

「姫さま……」

 

 その瞬間、魔力の流れが全身を襲った。少々無理をして身体を起こし姫さまを睨みつけたのだが、あらの一言でサラリと受け流されてしまった。

 

「ザッと探った感じ、6割くらいは吸血鬼になってるわね。後戻りは出来ないけれど、別に人間の括りでいいんじゃないかしら?」

「ったく、理屈臭ぇなぁ。そうならそうと、前置きなく言やぁいいのに」

 

 そうして少しだけ、何もなかった自分の部屋が騒がしくなった。それによって気が抜けた俺の手を、エウリさんが優しく握ってくれた。

 

 自己否定ーー自己嫌悪を否定しました

 

 自分の気持ちを押し殺してそれに心を委ねていると、コホンと姫さまが咳払いをした。そうして生み出された一瞬の空隙に、部屋を包んでいた空気がガラリと変貌した。和気藹々としていたものが、ピリッとした緊張感の走る空間へと変化した。

 

「さて、時間がないから手短にいくわよ。

 モロハ、貴方にとって良い報告と悪い報告があるわ。どちらを先に聞きたいかしら?」

「悪い方からお願いします」

 

 その問いに、俺は即座にそう答えた。どうせ希望なんて無いのだから、初めから希望のない話を聞いておく方が楽に決まってる。

 そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、薄い笑みを浮かべた姫さまがゆっくりと話し始めた。

 

「そう、なら悪い報告から。

 まずはモロハ、貴方の次の戦地が決まったわ。方向としては貴方がつい最近までいた古樹精霊の村があった場所と同じ、けれどもっと奥地の最前線よ」

「そんなっ!」

「大丈夫ですよ、エウリさん。続けてください姫さま」

 

 どうせそんなことだろうと思っていた。だから別に、何とも思わない。チートが発動しなかったことが、その最たる証明だろう。そんな風に割り切れてる辺り、もう既に正気ではない、か。

 

「ええ。それじゃあ次にいくわね。

 貴方に結構高位の勲章が授与されるそうよ。勇者3人が死した地を制圧し、殲滅して帰還した勇者云々ってね。事実とは真逆のことで讃えさせ貴方の心を抉り、暗殺もし易くなるクソみたいな手段ね」

「式典とかあるなら、そこでも注意しないと殺されますね」

「それなら出席は断ったから問題ないわ。『重傷と過度の疲労により動くこともままならない為』とか適当な理由を付けてね」

 

 それなら、多少は安心しても良さそうだ。武装できる場所で襲撃されるのであれば、今まで通り対応すれば勝ち目はある。

 

「最後に、私の政略結婚の日程が凡そ決まったわ。つまり、ドカンとぶちかまして現状をぶっ壊してやる日程もね」

「……何時なんですか?」

「6ヶ月、つまりは大体半年後よ。だからそれまでに、貴方は帰って来なさい。これが、私が貴方にする最初の命令よ」

「拝命致します、でいいですか?」

「ふっ、上出来よ」

 

 どこか戯けた芝居掛かったやり取りをしている俺たちを見て、フロックスさんが必死に笑いを堪えていた。

 

 自己否定ーー羞恥心を否定しました

 自己否定ーー笑いを否定しました

 

 この会話が始まって初のチートがこれとか、何か納得がいかない。もう少し、かっこいい感じの発動はなかったのだろうか。

 

 自己否定ーー後悔を否定しました

 

 切り替えよう。そうしないと、暫くチートが発動し続ける予感がする。

 

「それじゃあ、良い報告って?」

「そうね。先ずはさっきの出席キャンセルが1つ。次に、それが理由で20日ほど貴方に休暇が与えられたわ。女装して、別人として気を楽にしているといいわ」

 

 それに関しては、本当に良かったと思う。今のまま何かアクションを起こせと言われても、何も上手くいく自信がないし。

 そう自己評価を下していると、姫さまが足元に置いていたバッグを持ち上げた。そしてテーブルの上に置いたバッグが開かれ、現れた物は目を疑うものだった。

 

「そしてこれが、メインの良い報告よ」

 

 それは腕だった。

 大きさは線の細い少年か、それとも普通の少女ほど。

 長さは左腕の肩から指先まで。

 しかし、明らかな異様でもあった。

 所々に金属製のパイプが見え、同様に魔法や魔術由来の物と思われる透き通ったパーツが存在している。

 総評としては、それは異世界テイスト溢れる義手であった。

 

「うちお抱えの職人に造らせた義手よ。いつまでもモロハが隻腕じゃと思って造らせてたんだけど……何よ、その腕」

「左腕がどうかしてるんですか?」

 

 元々腕があったはずの場所を見て、やはり何もないことを確認して問いかける。

 

「うーん……例えば、最上位の魔術であれば指くらいなら生やしたり、切断された腕をくっつけることが出来ることは知ってるわよね?」

「それはまあ、一応」

 

 自分が使える魔術では傷を塞ぐのが限界ではあるが。それが一体どうしたというのだろうか。

 

「それらが身体を治すのには、霊体……まあ、簡単に言えば魂みたいなものが必要なの。肉体と霊体は重なって存在していて、それがなくなると2度と再生が出来なくなってしまうわ。ここまでが前知識よ」

「はぁ」

 

 自己否定ーー諦めを否定しました

 

 まあ、なんとなくは分かった。どこかで聞いたことがあるような、お婆さんから聞いたような、そんな感じがする。そういうものとして今は理解しておけば良いだろう。

 

「普通、強力な呪詛でもないと霊体は傷つけられないのよ。でも、モロハの左腕の霊体は完璧に消滅してるわ。それがないからには、再生の余地も無いし、義手の操作も出来ないわね。馬鹿じゃないのかしら」

「なるほど……でも、俺のチートの反動ですから諦めます」

 

 確か蘇生した時、色々なものが消えた筈だ。その中に確か、左腕に関する何かも入っていたと記憶している。命と引き換えと考えれば安いものだが、いざ無いとなると僅かに寂しいものだ。

 

「でも、折角の義手を無駄にも出来ませんし、フロックスさんにあげられませんかね?」

「は? なんでそこでオレが出てくるんだ?」

 

 心底疑問に思っているようなフロックスさんに、自分の右腕を……そして持ち上げた義手を見せながら言う。そして立ち上がり、義手をぐっとフロックスさんに押し付ける。

 

「だって、俺とほぼ同じ体格してるじゃないですか」

「そりゃあそうだが……」

「それに、またフロックスさんには本気で扱いて貰いたいですから」

 

 そしてなにより、フロックスさんが師匠に負けたというのが何か気に食わなかった。その理由が腕がないこと、腕がなくなった理由は勇者……つまりは同郷の奴がしでかしたこと。そう考えてしまえば、それ以外の選択肢はないも同然だった。

 

「それで大丈夫ですかね? 姫さま」

「元々貴方の腕だし構わないわ。取り付けと調整に1日は時間を取られると思うけれど」

「腕が戻るんなら、1日くらいなんともねぇよ。早速明日にでも頼むわ」

 

 というか今、さりげなく元々俺の腕とかいう単語が聞こえて来たのだが。そっか……あのぐちゃぐちゃになった腕が元か。

 そう感心する俺の耳元で「その間、エウリを頼むぞ」と小さく言葉が囁かれた。勿論だ、俺は今そのためにいるのだから。

 

「オレは明日動けねえだろうし、明日は2人で観光でもしてこいよ。変装してりゃあ、バレねぇんだろ?」

「いいん、ですか?」

「たりめぇよ。なあモロハ」

「ええ、喜んで」

 

 まだ手足がカクカクとしているので格好はつかないが、ちゃんと態度で表した。ああ、けど、心が痛む。軋む。悲鳴をあげる。嬉しいが苦しい、そんな1日になりそうだ。

 

「なら、今日はゆっくりと休むといいわ。

 ああ、そういえば忘れてたわね。おかえりなさい、モロハ」

「ええ、遅くなりましたが……ただいま戻りました」

 

 こうして、王都帰還1日目の時間は過ぎていったのだった。

 


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