「にしても、勇者ってのは随分と権限があるもんなんだな。まさか街に入るのに、ボディーチェックの1つも無えとはな」
「俺たち勇者は、使い捨ての特攻兵器ですからね。幾ら道具を使って洗脳してるって言っても、気づかれて反乱でもされたら堪りませんし」
誰に先導される訳でもなく王都の中を歩きながら、俺たちはそんなことを話していた。エウリさんとは、一足で飛び込める距離を保つがそれ以上は近寄らずにいる。未だに、大切だけど距離を掴みかねているのだ。
「でも、なんでとりついでもらったのに、ひとがこないんでしょう?」
「伝えられてないんじゃないですかね? その方が都合が良いですし」
満身創痍で帰還した勇者だったが、傷は深く主人の元に帰ることが出来ず敢えなく死亡。多少無理はあるが、俺を排除するには都合のいい話だ。
「むぅ、ならきをつけないとですね!」
「ですね」
自己否定ーー罪悪感を否定しました
軋む心を抑え込み、どうにか作り笑いを浮かべて答える。好意と罪悪感で心が砕けそうだ。
なんてことを話している間に、見覚えのある屋敷にたどり着いた。けれど、何か空気感が違う。例えるならば、臨戦態勢の様な気配が屋敷から漂っているのだ。嫌な予感がして包帯を外せば、左目には異常な密度で屋敷を覆う魔力の流れが見て取れた。
「おいモロハ」
「みたいですね。人も、いなくなってますし」
「え?」
周りを見たわせば、既に目視の範囲内には人っ子一人存在していなかった。俺は槍を構えて、フロックスさんは木刀を創り出して臨戦態勢に移行する。そんな俺たちを見て、僅かに遅れてエウリさんも杖を構えた。
自己否定ーー慢心を否定しました
自己否定ーー油断を否定しました
「《排出》《収納》」
愛槍の鞘に噛みつき、ドーピングしながら鞘を収納する。同時にコートを収納脚甲と腕甲も排出し、臨戦態勢を整えた。薬によって無理やり鋭敏化した感覚が、湧き上がる闘気の様なものが放たれているのに気付かせた。どうせここまで来たのだから、意味のない幻術は解除しておく。
「エウリ、もっと下がってろ。下手したら、巻き添えで死ぬぞ」
「え」
「お願いしますエウリさん。師匠相手じゃ、守りきる自信がありません」
屋敷から出て来たのは、片手剣を構えたヘルクトさんだった。鎧も着てるし、殺り合う気は満々だろう。
自己否定ーー動揺を否定しました
自己否定ーー雑念を否定しました
「さて、モロハ。魔族を連れ込むたぁ、いい度胸してるじゃねえか。ことと次第によっちゃあ、斬り殺すぞ」
「瀕死の俺を助けてくれた恩人で、その村がクソ勇者に滅ぼされて、その生き残りって言ってもダメですか」
「ああ、駄目だ」
瞬間、師匠の姿が掻き消えた。けれど、僅かに走る魔力の軌跡だけは目で追うことができる。
肉の鎧ーーstart-up
「ガッ!?」
「モロハ!」
チートと魔術の二重の強化で跳ね上げた槍ごと、勢いよく俺は吹き飛ばされた。咄嗟にチートで覆えたのは腕だけだったので、地面をバウンドし、転がり、壁に叩きつけられた時には腕以外を酷く痛めつけていた。力が、上手く入らない。
自己否定ーー動揺を否定しました
「カ、ハッ……」
「モロハさん!」
呼吸を整え、驟雨を支えに立ち上がった時、エウリさんが回復魔術を掛けてくれた。それにより少しだけ力の入り具合がマシになり、ああこれなら無茶が出来る。
「全開!」
チートで全身を覆い、魔術も全開にして突撃する。左目を見開き、高速で打ち合う2人の戦場に突撃する。チートを全開で動けるのは10分あるかないか程度だけど、これなら!
「幻よ!」
自己否定ーー吐き気を否定しました
自己否定ーー頭痛を否定しました
フロックスさんが弾かれ距離を取られたのに合わせ、5人分の幻術と共に斬りかかる。俺が今痛みを感じないからできる、処理能力を限界まで使った荒技だ。鼻から流れる血で鉄臭いが問題ない!
「術の構成が甘ぇ、それに致命的に速度が足りてねぇぞ!」
幻影が全て秒と保たずに斬り裂かれ、俺自身にも斬撃がきた。これは、駄目だ。斬り裂かれる。
「《収納》!」
俺の全力の斬り下ろしと、師匠の横薙ぎ気味の斬り上げが衝突する。その寸前、チートの力を槍に纏わせる。これなら!
「そいつがお前の、チートかぁっ!!」
剣と槍が拮抗した数瞬だけガラス同士が擦れる様な音が響き、直後砕ける音に変化した。チートが、相殺された?
自己否定ーー動揺を否定しました
「だが未熟!」
「あ、がぁっ!」
自己否定ーー焦りを否定しました
さらに、単純な力で打ち負けた。全力の魔術行使のお陰で槍は無事だが、槍は弾かれ胴体がガラ空きになってしまった。これでは、殺してくれと言っている様なものだ。
「
振るわれた剣を、空中に咲いた花が受け止めた。エウリさんの魔法だ。無論すぐに力負けし花は崩壊したが、稼いだその一瞬は万金に値する。
「伸縮機構──!」
「オレを忘れんじゃねえ!」
伸ばした石突きで床を叩き反動で脱出し、入れ違いにフロックスさんが斬りかかる。連携というにはお粗末だが、この際そんなことはどうでもいい。
「モロハさん、これ、どういうことですか?」
「さあ。俺の予想が間違ってたか、それとも。なんにしろ、ダメなら死んでもエウリさんは逃がします」
もしここでエウリさんを死なせてしまったら? もし俺は生き残ったとしても、自責の念に堪えられない。死ぬか、自己否定で自分を消してしまう。
自己否定ーー自責の念を否定しました
どうやら後者しかないようだ。
「チィッ」
「察するに、本来の戦い方じゃねえな? その腕と、剣もだな。出し惜しみか!」
「ハッ、どっちも無くしちまったもんでな!」
自己否定ーー嫌悪感を否定しました
自分自身に悪態を吐きつつ見れば、師匠とフロックスが打ち合う度に木刀が欠けていっている。多分、師匠の剣は相当な業物なのだろう。恐らくはそれに加え、さらに姫さまによって強化されている。
「そりゃあ惜しいな、剣が軽いぞ!」
「くっ」
一応、チートの炎は僅かに残っている。凡そ一合分あるかないかだが、いっそ使ってしまえば──
そう踏み切りかけた時、ポンと手を叩く音がした。
「はい、そこまで」
そしてそんな言葉と共に、そういう感覚に疎い俺ですら分かる魔力の波動が駆け抜けた。誰もが一瞬動きを止め、フロックスさんから距離をとった師匠が剣を納めた。
自己否定ーー安心を否定しました
「いいんですかい? 姫さん」
「ええ。どうやらモロハも本物の様だし、2人にも害意は無かったわ」
俺もフロックスさんも未だ警戒を辞めておらず、エウリさんもいつでも魔術や魔法を使える様杖を握りしめている。そんな中で話すには、異質な会話だった。
自己否定ーー猜疑心を否定しますか?
無論いいえだ。しかし、ということはつまり……
「俺たちを試していたってことでいいんですかね? 姫さま」
「そうよ。送り出した部下が半分吸血鬼になって、中立の立場にいるとはいえ魔族を連れ帰ってきたのよ? 先ずは洗脳か偽物と疑うに決まってるじゃない」
ニコリと笑みを浮かべながら、姫さまがそう言った。もう、そこまでバレているのか。ここで拒絶された場合は、腹をくくるしかない。
「でも、もういいわ。理由はさっき言った通りね。私、マルガレーテ第2王女は貴女達を歓迎するわ、
ウインク付きで差し出された手に、直前までの戦闘の雰囲気は完全に霧散したのだった。
◇
それから少し時間が経ち、俺は地下の訓練場に立っていた。否、正確には俺と師匠だけがこの空間にいた。
「『ここから先は女の子だけの話よ』だとさ。姫さん、もうそんな歳でもねぇだろうにな」
「殺されたいんですか師匠?」
唐突に紡がれたそんな言葉に慌てて注意を入れる。見逃しは同罪なのだ。まあ、それはどうでもいい。
「2人を連れて行きましたけど、何か変なこととかしないでしょうね。フロックスさんがいるから、大事には至らないと思いますが」
「ったりめぇだ。姫さんがんなことする奴なら、とっくに見限って斬り捨ててるっての。大方、ここで過ごすにあたっての注意とかだろうよ」
「それならいいです」
確かに、俺には説明できないことだし、そういうことを説明してもらうなら同性の方が色々都合が良いだろう。もしそうでなかったら──
「そういやお前、ここを出た時とはまるで別人みてぇに強くなってんな」
そんな俺の思考を中断させる様に師匠がそう言った。確かに、随分と変わったと思う。見た目も、中身も。
自己否定ーー悲しみを否定しました
「文字通り、死線を潜ってきましたから」
「その目もか?」
「ええ、まあ。ファビオラって吸血鬼に抉られました。髪もまあ、俺のチートの関係です」
自己否定ーー罪悪感を否定しました
最低限これだけ言っておけば、変に疑われることもないだろう。俺の弱点というか、弱みを知ってるのはあの2人だけでいいのだ。後はまあ、姫さまには報告しないとダメかもしれないが。
「よく生きてたな、お前」
「遊ばれてましたから。それに、今となっては俺も半分吸血鬼ですし」
自己否定ーー驕りを否定しました
左目を開いて、その
「気にすんな。うちにも混ざりもんは結構な人数いるしな」
自己否定ーー安心を否定しました
そうやって、師匠に背中を叩かれた……筈だ。身体がぐらついたから間違いないが、残念ながら感覚がない。まだ薬が効いてるらしい。
「それに、あんな力出せるんだからいいじゃねえか。お前自体が軽いからなんとかなったが焦ったぞ。ちょっと見せてみろ」
「ちょっ」
話しているうちに、バッと服の袖が捲られた。そうして露出されるのは、細く傷だらけなボロボロの腕。多少筋肉は増えているが、傷痕の方が圧倒的に多い。
「……強化魔術の暴走か。それも1度や2度じゃない、常習犯だな?」
「分かるもんなんですか?」
「戦闘の傷でも拷問の傷でもない、内側から裂けたような傷痕ばっかりだ。それを無理やり治したのは治癒の魔術。平然と使ってるところから見るに、薬だな?」
「はは、全部お見通しですか」
「ったりめぇだ。俺が何年戦ってきたと思ってる」
自己否定ーー油断を否定しました
苦笑いしつつ、袖を引っ張って下げる。こんな腕、あまり見せていたいものでもない。
「これで、なんでお前が古樹精霊なんつー奴らと関係があるのか分かったわ。薬の提供先かなんかだろ?」
「いえ。俺が使ってるのは拾った拷問薬なので。本当に、偶然瀕死の俺を助けてくれただけですよ」
「そうか」
そう言って、深く頷くだけで師匠はやめてくれた。今まで気にしていなかったが、多分ご禁制の品とかそういう類のものに含まれるのだろう。
そんなことを思いながら、師匠から距離を取る。
「何があったのかを詳しく話したくはないですけど、師匠ならこれでわかってくれますよね?」
近くにあった木槍を取り、切っ先を師匠に向けた。相手にされないレベルでボロボロに負けるだろうが、何を経験してきたのかは察してくれるだろう。そんな信頼はある。
「ハッ、言うようになったじゃねえか」
「胸をお借りします」
肉の鎧ーーstart-up
そうやって、人知れず地下で激突が始まった。