あの空に帰るまで   作:銀鈴

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41 王都

 出来る限り人のいる街に寄らない様に、面倒ごとに巻き込まれないよう森の中を進んで1週間と少し。街を出発してから平穏無事に、何事もなく俺たちは王都へ到着した。

 数回鹿や猪の様な魔物に襲われはしたが、今のメンバーで負けるはずもなく食料となっただけだった。

 

「にしても、随分な行列だな。祭りでもやってんのか?」

「俺も9日しかいなかったので、ちょっと分かりません」

 

 王都を囲む高く分厚い壁、その四方にある入り口。俺たちのいる北側の入り口では、500人程の行列が出来ていたのだ。理由がないとおかしなレベルのその人数に、恐らくかなりの長時間待たされることになる。

 

「かべがしろくて、おおきくて、すごいです。それに、これるなんておもってません、でした」

「俺も、まさか生きて帰ってくるとは思ってませんでしたよ」

 

 実際一度死んだのだから、生きて帰ってきたとは言い難いかもしれないが。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

 問題は、これからかなりの時間待たされなくてはいけないということだ。片腕のない俺とフロックスさんに対する忌避と嫌悪の目、エウリさんに向けられる情欲や獣欲の類が込められた目、どちらも吐き気がするほど気持ちが悪い。

 一応変装を解き眼帯も包帯に変えた俺が槍を担いでいるからこれで済んでいるが、いつ手を出されるかわかったもんじゃないここには長居したくないのが本音だ。一応、槍の穂先は鞘に納めているから下手な怪我の心配はない。

 

「そんで、ここからどうすんだよ?」

「まあ、待つしかないでしょうね。俺が門番を脅して入るのも出来ますけど、ちょっと印象的に悪いですし」

「そうですか……ひまに、なりますね」

 

 そして、ここで俺たちの様に比較的冷静に待っていられる者は限りなく少ない。

 ここまで長く待たされるとは思っていなかったであろう商人。荒くれ者である冒険者。所謂平民と呼ばれる普通の人々。誰もがイラつき、それを発散する為か所々で小競り合いや喧嘩が起こっている。

 

 自己否定ーー不快感を否定しました

 

「けどよ、このまま待ってたとしたら日が暮れるぜ?」

「その場合、もう一泊でしょうね……」

 

 その場合、今もくまが濃いようだがもう一晩寝ずに過ごす。フロックスさんなら不埒な輩は寝てても撃退出来るだろうけど、エウリさんは心配だから。

 

 それに、普通の人間と違って1日追加されようが大きな問題がないことも影響している。2人は無論心情的にダメだが、俺は最悪血を一滴でも舐めておけば倒れはしない事が判明したし。事実、今日も血と干し肉しか食べてない。

 そのせいで、身体は元気なのだが半吸血鬼としての本性が出てきていてマズイ。日光に当たっている手の甲が赤く日焼けし、エウリさんやフロックスさん、他の待機中の女性がひどく美味しそうに……正確には血が美味しそうで堪らない。

 

 自己否定ーー吸血衝動を否定しました

 自己否定ーー眠気を否定しました

 

 僅かに意識が逸れた時、暇な時間は終わりを告げた。

 

「おい、そこのガキ。ちょっとこっち来て酌しろよ。そんな“欠け”共といるより良い思いさせてやんぜ」

「へ?」

 

 自己否定ーー不快感を否定しました

 

 髭面の皮の鎧と剣を持った壮年の男性が、赤ら顔で話しかけてきた。しかしその対象はエウリさんで、手には酒の香りがする革袋を持っている。もしかしなくても酔っている。

 

「いやです。あなたなんかに、なにかをするりゆうはありません」

「ちっ、“欠け”の奴らと一緒にいると不運になるってのも知んねぇのか? 悪いことは言わねえから来いっての」

「べつにそんなこと、ありませんでした。ですので、いやです」

 

 その誘いをキッパリと断り、エウリさんがフロックスさんのすぐ近くに移動した。明らかに嫌そうな顔をしており、こうまでされたら普通は手を引くだろう。

 

 自己否定ーー不快感を否定しました

 

 けれどやはり、酔いというものはそれを容易く忘れさせてしまうものらしい。

 

「冒険者の内じゃ確かな迷信なんだよ! いいから早くこっちに──」

 

 伸ばされた冒険者の手を、2人が魔法を使う前に掴んで止めた。筋肉質のそれは普段の俺では止められるものではないが、強化の魔術込みであれば問題ない。

 

「嫌がってるのは分かるでしょう? 大人なら、それくらい察して辞めませんか」

「テメェこそ、手を離せよ“欠け”風情が。テメェらは同族同士で乳繰り合ってればいいんだよ! 俺らの世界に入ってくるんじゃねぇ!」

 

 唾を飛ばしながら、髭面の冒険者が俺を蹴り飛ばそうと丸太の様に太い足を振りかぶる。狙いは胴体から左肩。欠損部分を攻撃して、どうにかしようという魂胆だろう。

 

 肉の鎧ーーstart-up

 

 蹴りを、新たに手に入れたチートが真っ向から受け止めた。まるでタイヤを蹴った様な鈍い音が響き、蹴りが止まる。鈴森が使っていたチートより薄くなった代わりに纏うものが贅肉から筋肉になったチートと、強化の魔術が吹き飛ばしも防止した結果だ。

 

 自己否定ーー不快感を否定しました

 

 ああ、それにしても。さっきの言は気にくわない。

 

「別に俺のことをどう言おうが構いませんけど、そんな汚い手であの子に触れるな」

 

 ぐしゃりと肉を潰す音が鳴り、直後くぐもったベキという音が鳴った。力を入れ過ぎたらしい。手首のあたりから、髭面冒険者の腕を折ってしまった様だ。幾らイライラしてるとはいえ、やり過ぎてしまった。こうなったらもう騒ぎになるのは免れないだろう。

 

 自己否定ーー怒りを否定しました

 

 叫び声を上げてのたうち回る冒険者を無視して謝ろうと振り向けば、フロックスさんは『やっちまえ』と口パクで言っていた。しかもサムズアップ付き。エウリさんも嬉しそうに見てくれているが、正直心が痛い。本格的な検証は姫さまの所に着いてからだけど、恐らくあの仮定は事実だろうし。サムズアップを返して返事をしておく。

 

 閑話休題

 

 何故か野次馬も結構集まってきたし、やるしかないのだろう。であれば、もういっそ極めて派手に騒いで衛兵を呼び、勇者としての特権でゴリ押しするのが1番早い道か。

 自分の中で折り合いをつけ、驟雨を手に立ち上がり冒険者を挑発する。

 

「たとえ善意だとしても、さっきのあなたは迷惑なんですよ。それにこれであなたも見下していた“欠け”とやらと同じになりましたけど、それでもさっきと同じこと言いますか? それとも、自分だけ特別扱いで列に戻りますか? どちらにしろ、滑稽極まりないですね」

「この、クソガキが」

 

 鼻で笑いながらそう挑発する。血を流す腕を抑え、血走った目でこちらを睨む冒険者を見る限り、あと一押しで戦闘になるだろう。そうすれば、俺が勝とうが負けようが騒ぎになって衛兵がやってくる。そうなれば、あまりやりたくはないが身分のゴリ押しか脅迫かで押し通ることが出来る。

 

「ああそれとも? その腰の剣でも抜きますか? まあそれがお飾りじゃなければの話ですけど。あ、そっか、“欠け”になったから振れませんでしたね、すみません」

 

 態々武器を見せつける様に、相手を見下す様に注意しながら2度目の挑発をする。これで恐らく、火がついた。

 

「そこまで言うならやってやらぁ! 死にやがれクソガキがぁぁっ!!」

 

 剣を抜き走って近づいてくる冒険者だが、酔っているのがかなりマイナスに働いている。魔力が上手く回っておらず、使っているであろう強化の魔術の掛かりが悪い。利き腕を潰したからか、剣のバランスが悪い。足も何処か素面と比べると十全に動いてはいない。

 そんな状態で誰かに挑むなど、無謀もいいところだ。それは当然、俺に対してであっても。

 

 雑な横薙ぎに振られた剣をしゃがんで回避し、魔術とチートで強化された拳を鳩尾に叩き込んだ。傍目からは線の細い子供の攻撃にしか見えないだろうが、実際の手応えは違った。硬質なものが折れる感触と共に、冒険者が派手に吹き飛んだ。皮の鎧が無ければ、多分貫通していたと思う。

 

 自己否定ーー狂乱を否定しました

 自己否定ーー激情を否定しました

 

「癒しよーー」

 

 激痛に耐えながら、コートの下、砕けた拳と、無理な力の行使でズタズタに裂け血を流す腕を回復させる。そして汚すのは嫌なので、腕を伝う血を《収納》しておく。

 手をグーパー動かして動作を確認しつつ派手に吹き飛んだ冒険者の方を見れば、髭面冒険者は血や吐瀉物を痙攣しながらリバースしていた。音も見た目も非常に汚い。

 

 肉の鎧ーーsleep

 

 野次馬の指笛などが鳴り響く中、フロックスさんとハイタッチする。無駄に疲れるチートも解除しているので、見た目相応のパチンという小さな音だけが響いた。

 

「よっし良くやったモロハ。スカッとしたぜ!」

「代わりに腕がぶっ壊れましたけどね」

「だいじょうぶ、ですか?」

「一応治したし、動くので大丈夫です」

「みせてください!」

 

 手を動かして見せたが、信じてくれないのかエウリさんに袖口を捲られてしまった。日光に当たり赤くなっていく腕を、エウリさんがぺたぺたと触る。それからとても心配してくれていることが伝わってきて……心が軋む。

 

「よかった、だいじょうぶです」

「ありがとう、ございます」

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

 チートの助けも借りて、なんとか普段通りに受け答えをする。ここ数日、ずっとこうだ。微妙にフロックスさんには違和感を気取られてる様な気がするから、いつか話さないといけないだろう。

 

「おい貴様ら、何をしている!」

 

 そんなことをしている間に、ガシャガシャと音を鳴らして衛兵の人たちがやってきた。2人組の片方は髭面冒険者の手当てをするためかそちらに向かい、もう片方はこちらに向かって歩いてくる。

 

「幻よーー」

 

 まだ遠くにいる兵士に気づかれる前に、自分が女装した姿であるルーナの幻影を魔術でこっそり生み出しておく。短時間であれば、視覚・気配・魔力の3つくらいは騙せるくらいには、魔術の制御は出来るようになったのだ。

 

 そして、俺の前に立った兵士が何かを言いかけ──俺の顔を見て、ひっと息を飲んだ。

 

「ゆっ、勇者……」

「ええ、途中で死んだことにされてると聞き及びましたけど。無事帰ってきました」

 

 にこりと微笑んでそう言うと、兵士はジリと後ずさった。ふむふむ、これなら、多分行けるか。

 

「俺の主人(あるじ)である第2王女マルガレーテ・リット・イシスガナ殿下に取り次いでもらえますか? 勇者としての特権で、俺と後ろの仲間()()を、優先的に街に入れさせて貰いたいのですが」

「わ、分かった。今は誰もいないから、貴族専用のレーンから入れ。連絡は入れてやるから、もうこんな騒ぎは起こさないでくれ」

 

 どうやら、目論見は上手くいったらしい。ここからが一番暗殺に注意しなければいけない時間ではあるが、今は1人じゃないのだ。2人には事前に俺の立場は説明してるし、どうとでもなる。

 

 初めて、この勇者というクソみたいな称号に感謝した。

 


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