あの空に帰るまで   作:銀鈴

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39 街へ

「─い、おい、起きろモロハ」

「ん……なんです?」

 

 槍を抱き、浅い眠りに就いていた俺が起こされたのは、まだ日も登って間もない頃だった。よもや再び熟睡が出来ない状態になろうとは思わなかったが、この場合は特をしたと受け取っておく。

 

 自己否定ーー眠気を否定しました

 

「みて、ください」

 

 頭を軽く振ってチートと共に眠気を払い、目ヤニを落とす。そうして確保した視界には、驚くべき光景が映っていた。

 

「あれ、は……」

 

 場所としては、間違いなく俺を殺しかけた騎士が出てきた街で間違いない。遠く離れた場所ではあるが、あそこが視認できる範囲で野宿をしていたとなると恐ろしいにも程がある。

 

 しかし、様子があの時とは違かった。街を守る城門は内側から吹き飛ぶ様にこじ開けられ、街壁も所々が砕け散っている。且つ、こんな早い時間であるというのに炊事の煙1つ立ち上がっていない。明らかな、異常事態だ。

 

「モロハはあれ、気がついてたか?」

「いえ、月明かりと種族的な特徴で見えるって言っても、あの距離となると流石に……」

「そうか、わりぃ」

 

 必要な意見は交わせたので、手早くフロックスさんとの話を打ち切った。そして、エウリさんに話しかける。こういうのの判断は、戦士気質の俺とかフロックスさんより、エウリさんの方が判別に軍配が上がるだろう。年の功とか含めても。

 

「エウリさんは、アレをどう見ます?」

「たぶん、ほろんでるとおもいます。きょうりょくななにかが、あばれた……とか、ですかね?」

 

 首を傾げて言うエウリさんの言葉で、1つ心当たりのようなものを思い出した。

 

『援軍は磨り潰す故、安心するとよい。決して自己を見失うでないぞ? 哀れな神の傀儡よ』

 

 希望的観測ではあるが、もしかしたらファビオラが言っていたのはこの事ではないのだろうか。後半は……今は、考えないことにしておく。

 

 自己否定ーー希望的観測を否定しました

 

 冷静に考えて見ても、未熟とはいえチート持ちである俺を難なく殺せる様な人物を緊急出動させることが出来る街だったのだ。そんじょそこらの魔物程度にやられるとは思えない。それをあそこまで徹底的に破壊出来るとなると、

 

「……やっぱりファビオラ、かな?」

「ん? あの人がどうかしたのか?」

「実はですね──」

 

 そうして、俺の予想を含め洗いざらい知っていることを話した。信じられないか疑われると思っていたが、思ったより簡単に2人は納得した。理由を聞いてみたが、まあやりかねないからということだった。

 

「で、どうすんだ?」

「どうすんだ、とは?」

 

 ひとしきり話し合った後、フロックスさんがそう問題を投げてきた。主語がないから、流石に判別をつけにくい。

 

「だから、あの街に行くかってことで……待てよ?」

 

 そっちかと納得しかけたところで、フロックスさんがこちらを手で制した。多分、何か自分で言ってて問題があったのだろう。

 

「なあモロハにエウリ、お前って身分証か何か持ってねえか?」

「ない、ですよ?」

「俺も……ないですね」

 

 自分で作った記憶もないし、何かを貰った覚えもない。金ならまあ……奪ったものが結構あるのだが。

 

「あー……だったら、街に行くのは確定だな」

「なんで、です?」

「何種類かあるが、身分証作らねえとでかい街には入れねえからな?」

 

 ポケットから何か金属製のカードのような物を取り出して言ってくれたが、生憎とそれに書かれている文字を読むことは出来なかった。が、話の流れからそれが身分証なのだろう。

 ついでに、俺以外の勇者であれば顔パスで街に入ることは可能だと思われる。普通であれば、扱いがほぼ特攻兵器ゆえにそれくらいの権力を持たされているのだそうだ。

 

 自己否定ーー怒りを否定しました

 

「それじゃあ、補給も兼ねて行くとしましょう」

 

 チートのお陰で凪いだ心で、俺はそう言ったのだった。

 

 

 それから歩くこと1時間程。特になにか妨害などもなく、俺たちは壊れた城門に辿り着いていた。

 

「うっ……」

「これは酷い、ですね」

「ったく」

 

 その門から覗くことの出来た街の惨状は、赤だった。死体や肉片などは1つ足りとも見当たらない代わりに、様々な場所が血の赤に染まっている。木材や石材が散乱し、瓦礫と化した建物が血で化粧をしているようで、非常に悪趣味と言えるだろう。

 そんな光景に、僅かに心が高鳴った自分が嫌だった。むせ返るような血の生臭い臭いが美味しそうに感じられるのが嫌だった。自分はまだ人間だ、そう自分を定義して血が出るほど拳を握り締める。

 

「ま、ギルドが残ってるからいいだろ。行くぞ2人とも」

 

 まだ乾ききってもいない血塗られた道を、フロックスさんの先導で歩いていく。その一切迷いのない歩みに疑問が浮かび、何となく問いかけた。

 

「フロックスさんは、ここを知ってるんですか?」

「応。100年くらい前に、ここのギルドで働いてたからな」

「マジすか」

「当時は交流があったからなー」

 

 ぶっきらぼうにそう言って歩き出す背中を見ていると、ちょんちょんと傍から手を引かれた。何事かとみれば、エウリさんがナイショだよとでも言いたげな表情をしていた。頷き耳を差し出せば、小さな声で教えてくれた。

 

「じつは、わたしのむらのたべものも、このまちからしいれてたんです」

 

 曰く、50年ほど前から街と村との交流は断絶していたが、一部の奇特な魔族に悪感情を持たない商人が取引をしてくれていたのだという。無論、人間側にバレたら即死刑だ。黙認していた一族郎党……なんてこともあり得るだろう。その名もない商人には、畏敬の念を抱かざるを得ない。

 

「あと、いまギルドがわがものがお? でつかってる『たいぷらいたぁ?』も、フロックスさんがかいはつしたものなんですよ」

「偉人ですね」

「こらお前ら、全部聞こえてるからな」

 

 半分ほど振り返って言ったフロックスさんの頬は僅かに朱に染まっており、満更でもなさそうだ。それを見て、少しだけ面白くてエウリさんと2人でくすりと笑ってしまう。

 

「ふん」

 

 そんなことをしている間に、フロックスさんはぷいとそっぽを向いて歩き出してしまった。はぐれたら堪らないと後を追う中、手と手がぶつかって、どちらからということもなく自然に繋がれた。

 

 そうして小走りで駆けること数分。他の建造物より僅かに大きい建物の前で、フロックスさんは足を止めた。合わせてこちらも足を止めると、そこからは濃密な死臭が漂って来ていた。

 

「ここが、そのギルドですか?」

「そうだ──って、お前ら。よくこんな場所でいちゃつけるよな」

「「え?」」

 

 ジト目の先にあるのは、恋人繋ぎでこそないがしっかりと繋がれた手。全く意識していなかったそれを急に意識させられ、なんだか恥ずかしくなって手が離される。

 エウリさんもそれは同様のようで、なんとなく目を合わせずらい空気になってしまった。俺が未だ女装したままなので、見た目は少々百合百合しいだろうが。

 

「まあ、オレ何も言わねえさ。行くぞ」

「……はい」

 

 なんとも言えない空気感のまま、ドアを開けたフロックスさんの後に続いた。そこに広がっていたのは、惨劇の場だった。光を灯していたであろう道具は砕け散り、テーブルや椅子はへし折られ、唯一形を保っているカウンターも血で染まっている。

 

 驚くことにこれら全てに魔力が通っていた痕跡があり、左の視界で全てを見ることが出来ていた。だが右の視界はかなり薄暗く、普通の人であればかなり見え辛いだろう。

 

「ああもう、暗いなここ。◼️◼️◼️」

 

 何語か呟いたフロックスさんは、魔術で作られたと思われる魔力の塊である光の球を浮かべ、奥に向かってズンズンと進んで行く。2階に上がり、豪奢だったと思われる砕かれた扉を抜け、ようやくそこで で止まった。そしてこちらに振り返り、堂々とこちらに手を差し出して言った。

 

「ようこそ、ギルドマスターの部屋に。本来は入れねえが、一応オレは元ここのギルドマスターだからな。何代経ったか知らねえけど、その権限で入れてやる」

「ありがとう、ございます?」

「むりしないでくださいよ、フロックスさん」

 

 お礼を言ったのはいいものの、なんで態々こんな場所に連れてこられたのかが分からない。なんだろうかとエウリさんと共に首を傾げている間にも状況は進む。

 

 今朝見せてもらった金属板を無事だった机に翳し、開いた引き出しから同じ様な金属板を取り出した。しかしその色は、フロックスさんの持つ金ではなく鈍い銅色。昔読んだことがある気がする何かの記憶を辿るに、何か身分の違いがあるのだろう。

 

「エウリは読み書きは出来るよな、ならこれ読んで書いといてくれ」

「はい!」

 

 そんな考えごとをしている間に、何か文字が書かれた紙と記入する用と思われる紙がエウリさんに手渡されていた。多分登録に必要な情報を書くのだろう。

 

「で、モロハは確か書けはしないんだよな」

「ええ。話は出来ますし、ある程度は読めるんですけどね」

 

 読みに関しても、日本語で例えるなら平仮名と片仮名、簡単な漢字と数字を読めるくらいでしかない。難しい文法なんて出てきたら、一巻の終わりでもある。

 

「じゃあオレが代筆するから質問に答えろよー。身分証発行に必要だからな」

「分かりました」

 

 そうやって聞かれた質問は、予想以上に少ないものだった。名前・年齢・性別・得意な武器の、たった4つだけで終わりらしかった。それを、下の階にある水晶玉が起点となった魔道具に打ち込めば登録完了らしい。

 

「あ、ちょっといいですかフロックスさん」

「ん? 何か忘れてたか?」

「いえ、ちょっと……その、俺のこの姿での身分証も偽装しておかないとと思いまして」

 

 折角の変装だというのに、身分証が原因でそれがバレちゃ意味がない。説明しなくてもそれは分かってもらえたようで、もう一度同じ質問が繰り返される。

 

「名前はどうすんだ?」

「あー……ルーナで」

 

 欠月だし、女の子っぽい名前にするにはそれで十分だろう。今まで王都にいた時も、確かそう名乗っていたはずだ。

 

「年齢は?」

「何歳に見えます? フロックスさんから見て、妥当だと思える年齢で」

「じゃ、16と」

「得意な武器はどうする」

「適当に魔術で」

「へいへい」

 

 そうして完成した3枚の書類と無地の銅プレートを持って、フロックスさんが言った。

 

「多少時間かかっから地図探しといてくれ。必要だろ?」

「はーい」

 

 そうして薄暗い空間に取り残されて、男女で何も起こらない訳がなく。なんてことはなく、無言の空間が訪れる。フロックスさんが居なくなったことで話しかけ辛い空気が加速して──

 

 自己否定ーー羞恥心を否定しました

 

「さっきは、なんかすみません」

「い、いえ、わたしことそかってにてをつないじゃって……」

「そんなこと言っても、元はといえば俺に問題があって……」

 

 わたわたと弁明するも、話は一向に進まない。互いに微妙に赤い顔て黙ってしまう。うん、いいや。ちゃんとしよう。

 

「地図、探しません?」

「そうです、ね!」

 

 どうにか誤魔化して過ごすこと数分、どうにか地図は見つけることができたのだった。後は、補給をしたら出発だ。

 

 今更ながら、地図って多分機密情報だよね……精神衛生上悪いし、気にしないでおこう。読めないし。

 




急に変わった態度
もしかして→何かの影響

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