あの空に帰るまで   作:銀鈴

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04 勇者

 自己否定ーー幻肢痛を否定しました

 自己否定ーー幻肢痛を否定しました

 自己否定ーー幻肢痛を否定しました

 

 一定間隔で頭に流れるメッセージと、全身を苛む激痛が俺の目を覚まさせた。俺が今いる場所が保健室であると辛うじて分かるが、それどころじゃない。

 

「ぁ、が」

 

 全身が痛い。身じろぎしただけで身体が変に軋み、激痛となって全身を余すとこなく蹂躙してくる。その痛みで更に身体が暴れ、地獄の無限ループに陥る。

 そして声を押し殺し暴れ続けた結果、寝かされていたベッドから落下しそうになっている事を感じた。左手でベッドを掴んでどうにかしようとし──左手は何も掴むことなく空を切り、呆気なく落下した。

 

「っ、ぁ」

 

 声が出せない。視界が明滅する。ああ、だけど慣れてきた。よく分からないが慣れてしまった。これなら、少なくとも落ち着いて状況確認が出来る。何せ最後の記憶があれだ。何が起きてるのか、あれからどうなったか、何も分からないのはマズイ。この世界で、それを無視するなんて油断はしちゃいけないと、昨日の夜学んだのだ。

 

「……え?」

 

 そう思いベッドを支えにして立ち上がろうとし、再び左手は空を切りバランスを崩した俺は左肩から落下した。再び走る激痛。それを歯を食いしばり耐え、左腕を見てこの不調の原因がわかった。

 

 自己否定ーー狂気を否定しました

 自己否定ーー混乱を否定しました

 自己否定ーー絶望を否定しました

 

 左腕が、肩口からバッサリと消えていた。痛みによる大混乱で気がつかなかったが、上半身も裸である。そこに見えるのは包帯で、血が滲む肩口を抑えている様に見えた。下はベルトと制服のままで靴も履いたままの様だ。

 このまま立っても、バランスを崩して転ぶだけだろう。そう予測して、上半身を起こしてベッドに寄りかかるだけに留める。

 

「あー、タバコってそういえば鎮痛効果があるんだっけ。排出」

 

 翳した右手から、ポロリとタバコとライターが膝あたりに落下した。右手のみでどうにかタバコを1本咥え、足でライターを抑えて火をつける。……うん。咳き込みはするけど、昨日の夜よりは慣れた様だ。

 

「ん?」

 

 どれくらいの時間か分からないが、そのままボーッとして身体を休めていると、ガラリと扉の開けられる音がした。残念ながら、ベッドを挟みドアには背を向けているので何が来たのかは分からない。ゴブリンだったら俺は死ぬ。けれど、そんな予想はすぐに覆された。

 

「けほっ、けほっ、なんです? この臭いに煙は!」

 

 聞き覚えのあるその声の主は、確実に俺に魔法と思われる治療を施したあいつだろう。一応感謝はするが、警戒を解く理由にはならない。

 

 informationーー設定が更新されました

 informationーー最適化が実行されました

 

 チートも、そんな俺に呼応してか働いてくれた。これで準備は万端だ。焦るように早まった足音が隣で止まるのを聞きつつ、無言でそいつの顔を睨み付ける。

 今ようやく分かったけど、この異世界美少女の背は俺と同じ程度の高さの様だ。詰まりは160cm前後。そして胸は壁である。

 

「何を、しているのですか?」

「腕が勝手に切られて無くなってたことの逃避と、痛みの緩和を。これは自前の痛み止めみたいなものなので、お構いなく。臭ったようですみませんね」

「それは……こちらの判断で、本当にすみません。それに、痛み止めというなら文句はありません。私の腕が、それだけ未熟だったという事なのですから」

 

 異世界美少女が申し訳なさそうにしているが、咥えたタバコはそのままだ。幻肢痛はチートが無効化してくれる様だが、誤魔化さないと痛みがぶり返すだろうからね。

 

「よっこいしょっと」

 

 さっきのチートの説明通り、少し前までと違い体は完璧に言うことを聞いた。うん、バランスを崩す事もなさそうだ。

 ふぅ……と大きく息を吐いて、しっかり異世界美少女の事を見て話しかける。タバコとライターは既にチートに収納済みだ。

 

「この際、貴方やあの時の騎士が何なのかは後で良いです。知りませんし、今のところ興味もありませんから」

「え、あ、はい」

 

 困惑する異世界美少女に、さっきからずっと気になっていた事を伝える。

 

「ですけど、聞きたいことが1つ。俺がああなった後、あの状況はどうなりましたか? こちらの生き残りは? 敵は?」

「は、はい。貴方が気絶した後は、騎士団の皆様が魔物を制圧しました。あの時の魔物は、1匹たりとも残っていません。そして、こちらの損害ですが……」

 

 そこで言い澱み、目を伏して異世界美少女は言う。

 

「貴方が封鎖したと言っていた2階にいた方々は、全員無事です。ですが、3階の方々は生き残りが32名のみで全滅。大人の方々は、1人も生きている方は見つけられませんでした。オークにやられていた方々は……」

「方々は?」

「目が覚め、自分の現状を確認した途端狂ってしまった方が2人、狂って目が覚めたのが1人、もう1人は目を覚ましませんでした。そして、全員がお亡くなりになっています……」

「そうですか……」

 

 はぁ……と、煙を含んだ息を吐き出す。アレだけ頑張って、それだけしか助ける事は出来なかった様だ。

 

「悲しくはないのですか?」

 

 遠くを見つめてボーッとしていた俺に、そんな声がかけられた。悲しいかって聞かれたら、そりゃあ悲しいけど後輩との関わりはかなり薄かったからなぁ……

 

「俺は、あの時点での出来る限りをやりました。それでこの結果というなら、これが俺の限界だったんでしょう。今まで争いの「あ」の字も知らなかったガキが、ここまでやれたんだから御の字ですよ」

「随分と、達観してるのですね」

「諦観してるんですよ」

 

 カッコつけて、諦めてるだけという事を伝える。事実、この物語の主人公ならもっと上手くやったのだろう。俺の様なショボいものでなく、圧倒的なチートで全滅でもして見せたんだろうね。ぺっ。

 

「それでは、省かせて頂いた自己紹介をさせていただきたいと思います」

 

 そんな風に内心やさぐれてると、異世界美少女は俺の前に立ってスカートを摘む……カテーシーだっけ? その挨拶をして、丁寧な語調で言ってきた。声も、心なしかこちらに媚びる様になっている。

 

「私の名は、マルガレーテ・リット・イシスガナ。イシスガナ王国第2王女にして、あなた方勇者を召喚した術者です。どうか、魔族の脅威に怯える我が国を救ってください! 禁断の術である召喚の儀は、送還の方法を魔王に握られているのです!」

 

 ああ、やっぱりそういう奴だったか。

 そう落胆しかけたが、今までの格式張った堅苦しい口調を崩して、元の声で第2王女様は話を続けた。

 

「とまあ、ここまでが他の皆さんに説明した通りの、偽装話です」

「は…?」

「実際に戦争はしてますし、送還の術が魔王に握られている事も、私は術者なのも本当です。ですが実態は兵を減らしたくない父が、王位継承権のない第2王女の私や、拉致まがいの召喚で呼び出した都合よく強い力を持つあなた方を利用してるだけの、クソみたいな制度ですよ」

 

 全くお笑いです、と大きく王女様が溜め息を吐く。心底ウンザリしてるといった様子だ。演技の可能性も否定できないが。禁断の云々の説明がないし。

 

「事実、あなたが寝てた2日の間に王都に送られた勇者の皆様は、隷属化のアクセサリーを装備させられ、都合の良い使い捨ての兵士にされてる事でしょうね。少しの褒美を与えるだけの、こちらに対して不利のない行為で。我が父ながら、控えめに言ってクズです」

 

 今明かされる衝撃の真実……と、いきたいが、はっきりいって信じられない。寧ろ、ここで俺だけに変な情報を植え付けて不和の原因にして排斥する可能性の方が高そうだ。まあ、立場的に止められなかったのもありそうだが。

 

「王女様がそんな汚い言葉で良いんですか? それに、俺には貴女を信用する事が出来ません。何故、俺だけに説明する様な話し方なのですか?」

「別に良いんですよ、公式の場じゃないのですし。貴方だけに説明するのは、都合がいいからです」

 

 反対側のベッドに腰掛け、先程までの王族然とした態度をかけらも見せなくなった王女が続ける。

 

「この世界に期待を持っておらず、勇者の皆様の中で現状を把握しているのは貴方だけでした。何より、1人だけ戦ってたのもグッドです。更に、こちらの勝手な判断とはいえ片腕を切り落とした事も幸いしてますね。我が国は、異種族や不完全な者を病的なまでに嫌ってますので」

「なるほど、確かにそれなら。で、俺を何に利用しようって言うんです?」

 

 短くなったタバコを捨て、足でグリグリと潰しながら俺は聞く。そこが判明しない限り、俺がどうするかは決められない。確実にこの人について行く方がマシなのは分かるけれど。

 

「私、散々利用されたって言うのに、そろそろ政略結婚の駒にされそうなんですよ。この国の為にクソ以下の噂しか聞かない豚王子に充てがわれるなんて、冗談じゃねーよって話です。私は道具じゃねーんだよクソが。だからいっそ、こんな国ごと全てぶち壊そうと思いまして」

 

 ニィッと、少年の様な笑みを浮かべて王女様は言う。自分の欲望に忠実な人って、個人的にはとても信用に値する。

 

「ですけど、私個人が動かせるのは騎士団が1つに暗部が1つ程度。国を転覆させるには圧倒的に戦力が足りません。40代の勇者の中から、マトモな人を引き抜いてこれですよ。そこで、今回の貴方です。異世界人であるあなた方は基礎の能力が足りない代わりに、伸び代は無限大です。私の支援の元、好き勝手に動いて国をメチャクチャにしてください」

「俺は、この通り片腕の無い出来損ないになりましたけど?」

 

 血の滲む肩口を見せつける様に俺は言う。チートのお陰で身体のコントロールこそ元に戻ってるけれど、この身体はもうロクなもんじゃないだろう。

 

「私は、変人として有名ですから。それに、この世界では魔物の生き血を浴びるたびに身体が強化されます。最下級とはいえ、アレだけ血を浴びた貴方ならば問題ない筈です」

「へぇ……」

 

 それはいい事を聞いた。あの血のシャワーは無駄な事じゃないかったらしい。

 

「これで、信用してもらえますか? 貴方のメリットは……そうですね、確約できるのは我が国の基準から見て不自由のない生活と、魔王を討伐した場合の帰還でしょうか?」

 

 そうして王女様は、話を締めた。確約出来る報酬も誇張せず、ちゃんとしてるのがとてもナイスだ。メリットとデメリット、嘘と真実をを色々と考えるに、国に使い潰されるよりはこの王女様に使い潰される方がよっぽど楽しそうだ。

 どうせ使い切ったと思ってた命だ。拝啓別世界にいる父さん母さん、俺は異世界で今も元気です。これからは分かりませんので、もし親不孝な真似をしたとしてもお許しください。

 

「分かりました。

 これまでの無礼な態度、大変失礼しました王女様。この欠月 諸葉、微力ながら力を振るわせていただきたいと思います」

「公式の場以外では、砕けた口調で構いませんよモロハ。そして、私のことも気楽にマルガとお呼びください」

「了解しました、マルガ王女」

 

 そう言って俺は、残った右腕を握手の為に差し出した。一瞬だけマルガ王女は戸惑った様子を見せたが、すぐにあの少年の様な笑みを浮かべて対応してきた。

 

 これが俺の異世界人生を変えるきっかけとなった、廃棄物王女(ダスト・プリンセス)とのファーストコンタクトだった。

 


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