あの空に帰るまで   作:銀鈴

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前、暗すぎて読む気にならないと苦情が入ったので
今回の話重暗いよ!








38 野営

『鬼! 悪魔! 人を裏切ったロクでなし! なんであんたなんかに、私は、わたしはぁぁぁあっ!!」

 

 自分以外何もない暗闇の中、そんな怨嗟の声が響き渡る。目を凝らせば、蠢く肉塊が内側から血に塗れた手が伸ばされ、しかし伸びきる前に微塵に切断されていく。女性の声、あの女子勇者の最後の姿だ。そうして刻まれる度に、はっきりとしていた叫びや悲鳴が濁っていき、最後に断末魔の絶叫を上げて消滅した。

 

『なあ欠月、なんで俺を殺したんだよ』

 

 如何にも毒に侵されているといった風な、青黒い斑点を浮かべた顔がそんな事を言った。

 

『俺たち、██じゃなかったのかよ。同じ勇者じゃなかったのかよ」

 

 そんな声を出す間にも、暗闇に浮かび上がった鈴森の肉体は、煙を上げ腐臭を撒き散らし、ぐずぐずに崩れていく。

 

『もし、殺すにしてもよぉ、こんな死に方は、あんまりダぁ……』

 

 全身が出来損ないのヘドロの様に溶けていく中、最後に鈴森の口は『オ前ヲ呪ッテヤル』と動いていた。

 

『ネエ、ナンで私を殺シたノ?』

 

 足元に転がってきた眼窩にぽっかりと黒い穴を開けた女性の生首がそんな事を言った。その姿は、変わり果てているが転移系の能力を持った勇者だった。

 

『ワタシはまダ、1人も殺しテなかっタんだヨ? なのニ何で? 何デ? なンで? ナンで? なんデ? ナンデ? 私は殺されなくちゃいケなカッタの?』

 

 ぐるぐる、ぐるぐる足元を転がり続けるそれから、ドロドロとした感情が溢れ出していく。

 

『最後に殺すなら、初めカラ見捨てれば良カッタのに』

 

 それっきりそれは、闇の中に潜って消えていった。

 

『ねえ勇者さま、なんデ助けテクレナカッたんデスか?』

 

 次に聞こえたのは、そんな年端もいかぬ少女の声だった。声の方向を見れば、胸部を大きく陥没させた青白い顔の少女がこちらに歩いてきていた。この子は、プラム村の子だ。

 

『私、まだ人間だっタのニ、ずっト助ケが来てくレルト思って待ってダノニ』

 

 言葉の直後、突如真後ろに気配が出現した。その気配は俺の耳元で、

 

『ア゛ァ、ソウイエ゛バオ兄チャン、モウ人ジャナインダッタネ』

 

 同じくプラム村の男の子を思い起こさせる、濁りきった屍人の声でそう呟いた。次の瞬間、足に僅かな感覚が走った。何かと思い見れば、それは小さな子供の手。それが幾つも幾つも、纏わり付いてしがみつき、恐ろしい力で下へ下へ引っ張っていく。

 振りほどこうと動かした右腕は、骨の手が絡みつき動きを封じた。ならばと思った右足は、かつての左腕の様に念入りにミンチにされていた。この時点で漸く、意識に痛みが追いついた。

 

「ッ──!?!?!?」

 

 最早言葉に出来ない、声にもならない悲鳴を挙げる。そんな状況の中、気がつけば自分は倒れ込んでいた。凍えるように熱くて寒い、粘り気のある泥のような物体の中に沈み、落ち、吸い込まれていく。そんな中浮かび上がる髑髏が笑う、嗤う、嘲笑(わら)う、ワラウ。

 ケタケタカタカタと白い骨が音を打ち鳴らしながら、口々に言うのだ。

 

『死んでしまえ』『地獄に落ちろ』『出来損ないが』『勇者風情が』『魔族に落ちた畜生めが』

『『『『『俺たちと同じところまで、堕ちてこい』』』』』

 

 そしてそのまま、何もかもが溶け落ち忘れていく感覚を味わい、消え落ちそうになり──

 

「ッ!! はぁ、はぁ……夢、か」

 

 目が、覚めた。

 

 自己否定ーー悪夢を否定しました

 自己否定ーー動揺を否定しました

 

 チートが慌てて心を落ち着かせる中慌てて見渡せば、そこにあったのはただの日常だった。寝る前と何ら変わりのない、野営中の光景。煌々と燃える焚き火に、気持ちよさそうに眠るエウリさん、差し込む月光に、何かを作っているフロックスさん。変わっているのは、俺だけのようだ。

 このままでは何もできないので、耳に強化をかけ一応聴覚を確保しておく。

 

「どうしたモロハ? 火の番はまだ……ははん、ヤな夢でも見たな?」

 

 手の動きを止め、こちらを見てフロックスさんは言った。こういうのを見透かせるのは、やはり年の功ってやつなのだろうか。

 

「あんまり子ども扱いしないでと言いたいところですけど、その通りです。ちょっとした悪夢を見てました」

 

 内容を伝えはしないが。ああ、けれど問題は今ので眠気が綺麗さっぱりなくなってしまったことだ。もう暫く、眠れそうにない。

 

「一服、失礼しますね」

 

 包まっていた毛布を取り、エウリさんからなるべく離れ《排出》したタバコにライターで火をつけた。こんなことをするのは、いつ振りだろうか? そんな疑問を頭に浮かべつつ、立ち昇る紫煙をぼーっと見つめる。

 いつだったか、これは精神を安定させる効果があると聞いた。不味いし、身体に悪いのは知っているが、その効果は確からしかった。

 

「それ、確かタバコとかいうやつだろ? 良くねえ噂ばっか聞くんだけどよ、良く吸うのか?」

「いいえ。今みたいに、どうしようもなく心が駄目になった時だけですかね」

 

 それにしても一本だけだ。常識からしても、味からしても、チートの煩さからしても、それ以上吸う意味は存在しない。……良く考えれば、前は何もなかったのに今はチートがタバコに反応している。こいつも、進化してるのか。空恐ろしい話だ。

 

「そうか、ならいいんだ」

 

 パキッと焚き火が弾けた。それきり特に会話という会話もなく、フロックスさんは製作に戻り、俺も紫煙の昇る空とそこに浮かぶ月を眺める。そのまま少し経ち、タバコの火を足で踏み消した頃のことだった。

 

「よっこいせっと。ほれ」

 

 そんな呟きとともにフロックスさんが立ち上がった。そして満足気な顔で、木にもたれかかっていた俺に何かを放った。

 

「わっ」

 

 なんとかキャッチしたそれは、緩い弧を描く金属に3本の2cm程の金属柱が揺れる謎のアイテムだった。見た目は完璧に金属なのに、なぜか木のような暖かみがある。

 

「モロハは魔道具って知ってるか?」

 

 それをまじまじと見つめていた俺に、フロックスさんが問いかけた。

 魔道具。確かそれは、この世界に来てから習った覚えがある。魔石と呼ばれる魔力の宿った宝石か、或いは魔力を溜め込む性質の何かを電池として、一定の魔術を発動させる道具。そんな定義だった筈だ。

 

「一応、概要くらいなら」

「そうかそうか、なら話が早い。それ左耳に着けて、強化の魔術切ってみろ」

「え?」

 

 疑問に思いつつも、受け取ったそれを左耳に装着する。すると僅かに締まる感覚がして、落ちないように固定されたようだった。少しそれに驚きつつも、とりあえず耳に回していた強化の魔術を切る。普段ならそれで音が遠くなるのだが──

 

「どうよ、聴こえてるだろ?」

「は、い……」

 

 自分で行う強化と比べると精細さは欠いているが、それでも十分に音を聞くことが出来ていた。それに、自分の魔力が消費されている感覚が全くない。これは、小さいが素晴らしいことだ。

 

「一番弟子の両耳が不自由なんて、仮にも師として嫌だからな。助けてくれた報酬とでも思って受け取ってくれ」

「ありがとう、ございます」

 

 下げた頭につられて、金属柱がコツンと小さな音を鳴らした。金属っぽかったのに、そういう音が鳴らないのは何故だろうか。不思議に思って軽く触っていると、隣にフロックスさんがどっかりと座って話し始めた。

 

「それはモロハの驟雨にやったのと同じ技術だな。まあ、こっちの方がちょいと植物寄りになってるがな。だから金属の硬さなのにしなり易く、温まりやすく冷えにくい。古樹精霊の秘術だが、まあオレしか使える奴はいねぇし問題ねぇさ」

 

 呵々と笑うフロックスさんだが、それでいいのだろうかとは思う。非常にありがたく受け取るけれど。

 

「因みにそれの稼働時間は、魔力フルチャージで大体1日だ。予めある程度貯めねぇとダメだが、まあ問題ねえだろ」

 

 髪をわしゃわしゃとされるのを受け入れながら、軽く目を閉じる。気持ちいいというか、誰かの暖かさは本当に心に刺さる。染み込む。

 そうしていると、ふわぁと大きな欠伸が聞こえた。目尻に涙の浮かぶフロックスさんは、どう見ても眠そうだ。

 

「火の番、変わります?」

「あー……んじゃ、頼むわ。それ作ってたからか、眠くてな……」

 

 そうしてもぞもぞと動き、フロックスさんは俺が使っていた毛布に包まった。それを見届け、月光を浴びてぼーっとしていると毛布からひょこっと顔が出て言ってきた。

 

「寝てるからって、襲うんじゃねぇぞ? まあ、オレは構わねえけどよ」

「しませんよ、そんな失礼なこと」

「ははっ、それなら安心だ」

 

 そのすぐ後から、規則正しい寝息が聞こえてきた。パキッと焚き火が弾けた。こうしていると、夜もただ静かなだけではないことに気がつく。虫の声、獣の足音、気配に息遣い、焚き火の音に、魔の気配。何もかもが入り乱れ、渾然としている。

 そんな雰囲気も、少し冷える空気も好きだと思うのは、やはり俺が半分吸血鬼という夜の住人になっているからだろうか。

 

 自己否定ーー不安を否定しました

 

「まあ、いっかそれくらい」

 

 焚き火に枯れ枝を投げ込みつつ、そんな独り言を呟く。色々失ったのは確かだが、得たものも多いのだ。

 そんな考えを浮かべたままなんとなく掲げた手が、焚き火による赤光かそれとも先程の悪夢のせいか、真っ赤に染まって見えた。水に包まれている様な感覚と、ドロリとした血が流れる様な幻覚が見えて──

 

 自己否定ーー妄想を否定しました

 

 即座にそれは消え失せた。

 

 壊れてきている。それが今の俺に、1番似合う言葉だろう。幾らこのチートが心を消したところで、その穴は埋まらないし経験も消えはしない。感情が消えたとしても、感触は消えはしない。

 

 要は、殺しすぎたのだ。戦や殺戮なんて知りもしないガキが、心を消して戦わせるチートの恩恵に肖って無理やり行動を起こす。そんな行為は続かない。破綻は、目に見えている。

 エウリさんという存在がいてくれるお陰で、俺は崩壊を免れている様なものなのだ。だから、ある程度依存心を持ってしまうのも、仕方がないといえば仕方がない。

 

 自己否定ーー怠惰を否定しました

 

 けれど、それではダメだと自分でもわかっている。けれどこの暖かく甘い空気は、忘れてしまった地球での日常を思い起こさせて……

 

「ダメだな、これ」

 

 無理やり、そんな思考を断ち切った。そしてそれを継続する為に、やらないと決めていた2本目を口に咥えて火をつける。

 

「長い夜に、なりそうだなぁ」

 

 月は未だに天高く昇っている。そこに誘われ、ゆらゆらと揺れる紫煙を見ながら、そう俺はぼやいたのだった。パキパキと、焚き火の弾ける音が鳴っていた。

 




モロハくんちゃんのトラウマ全部載せ回でした




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