あの空に帰るまで   作:銀鈴

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37 森を後に

「あれ、なんで2人ともそんなに驚いてるんですか?」

 

 着替えた俺を見て、固まってしまっている2人にそう問いかけた。

 

「いやよ、妙に慣れてやがるし似合ってるとか、普通驚くだろ」

「おにあい、です、よ?」

 

 その2人の微妙な顔を見てハッと気がついた。そういえば、俺のそういう詳しい事情についてちゃんと説明したのは、お婆さんだけだったか。

 

「一応言っておくと、女装は趣味じゃなくて変装ですからね? ここ最近はアレでしたが、俺って命狙われる立場なので」

 

 その言葉を聞いて、フロックスさんが非常に安心した表情へと変わった。対照的に、なぜかエウリさんには悲しそうな表情をさせてしまった。反省だ。早く話題を変えなければ。

 

「まあこれは良いとして。路線を戻して、これからどうするか話しませんか?」

 

 そう話題を提起しつつ、男っぽい動きにならない様に注意して座る。取らぬ狸の皮算用かもしれないが、俺が王都に帰った場合、再び命を狙われるのは確実だ。ならば、今のうちから変装に慣れておくに越したことはない。寧ろそうしなければ、暗殺されるだけだ。

 

「んー、あー……そうだな。そうすっか」

 

 微妙に割り切れていない様子のフロックスさんがそう言ったことで、漸く話が動き始めた。が、しかし。そこから全く言葉が続かず、気まずい沈黙が場に生じた。

 

「フロックスさんは、どうするんですか?」

 

 俺がなにかを言う前に、その沈黙は意外なことにエウリさんによって破られた。

 

「私たちは、もともとのよていどおり、おうと? にいきます」

 

 目配せがきたので頷いておく。エウリさんがそう考えるのであれば、俺とて異論はない。

 

「けど……」

 

 そこで、エウリさんの言葉が詰まった。でも何が言いたいのかは、俺でも分かる。多分エウリさんとしては付いてきてほしいんだろうけど、フロックスさんの事情やらなんやらを鑑みるに言い出せないと言ったところだろう。

 そんなエウリさんの優しさ?を察したのか、フロックスさんも軽く頭を掻いてから話しだした。

 

「あー……それなぁ。まあ、オレはエウリ達について行くかね?」

 

 そうして語られたのは意外な言葉。俺たちに同行するというものだった。

 

 自己否定ーー驚愕を否定しました

 

 チートで感情を消された俺と違い、ぱぁっと顔を明るくさせたエウリさんを見てフロックスさんは言葉を続ける。

 

「前にも話した気がすっけど、元々オレと婆さんはここで死ぬつもりだったのな?」

 

 それは知っている。その理由も、あの夜本人達から俺は聞いている。

 

「だからとっくに次の長も決めてあるし、元々オレの鍛えていた奴らも付いて行ってる。新天地の場所だって教えてあるし、アイツらはアイツらで上手くやるだろうから心配はいらねぇし、かといってここに留まる意味も墓標ってこと以外にはありゃしねぇ。でもって折角伸びた寿命だ、婆さんの後追いなんてする気もねぇし」

 

 そこで一旦言葉が切られ、ピシリと俺が指差された。

 

「そこてモロハ、お前だ。助けてくれたことにゃ感謝してっけど、代わりに身体が相当おかしなことになってんだろ?」

「……もしかして、聞いてました?」

 

 俺が今体の不調を教えたのはエウリさんのみ。もしかしたらファビオラにもバレてるかもしれないが、今この場にいないから知っているのはエウリさんのみの筈だ。ならば答えは、自ずと絞れてくる。

 

「いや、見てりゃ耳がおかしくなってんのは分かるっての。その話ぶりじゃ、他にも色々あるみてぇだがな」

「追々、話します」

 

 僅かに目を細めたフロックさんにそう言っておく。あの炎の記憶が鮮明なうちに。あの炎に記憶が焚べられるより早く。

 

 自己否定ーー身体の最適化を実行します

 

 こんな風に自動で発動する以上、可能な限り早く伝えねばなるまい。自分以外に、消えるかもしれない自分のことは知っていてもらいたい。

 

「まあ話を戻せばアレだ。俺は暇だしモロハは頼りねえしで、付いてくわな。ま、よろしく頼む」

「よろしくです」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 特に断る理由もないので、その申し出を承諾して握手を交わす。実際のところ、色々と問題は増えることになると思われるが、頭数が1つ増えるだけでやれることの範囲は格段に広くなる。それは、非常に喜ばしいことだ。

 

「っし、決まりだな。で、もう出発すんのか?」

「どうします?」

 

 いつのまにかこの場でのリーダー的な立場に俺はなっていたらしい。ならば、期待に応えねばなるまい。

 

「そうですねぇ……」

 

 そう呟きつつ、軽く現状を整理して考えてみる。エウリさんは、無傷で疲労は軽い。フロックスさんも見た感じ同様、かなり回復している。

 けど、俺はダメだ。血が足りないから貧血状態のままだし、そのせいで全体的に力が出せない。そのうえ、疲労も未だかなり濃く残って後を引いている。さらに追加すると、現在進行形で日に灼かれて体力も魔力も削られ続けている。

 

 最後のは我慢できないこともないが、1人だけ明らかに足手まといだ。種族の差というものもあるのだろうが、歯痒い。

 

「俺がどうしても足手まといなので、今から出発しても多分街には着けないと思います。そう考えると野宿は確実でしょうし、なら無理して強行軍するよりも……」

 

 これが、自分が言っていいことなのか分からない。そんな資格はない気もするし、やらなければならないことな気もする。そう言葉に詰まった俺を見て、エウリさんはくすりと微笑んだ。

 なら、言ってもいいのかな。

 

「その、俺はみんなのお墓とか作りたいです」

 

 死ねば皆仏とは、どこで聞いた言葉だっただろうか? どうにも上手く思い出すことが出来ないが、確かに真理だと心の何かが感じ取った。

 

 良くしてくれた、守ることの出来なかった古樹精霊(ドゥ・ダイーム)の人たち。

 微塵も心が動かないが、ここに攻めてきた人間たち。

 どちらも俺からすれば近しい相手であり、この場で死んだ()()を弔えるのは俺しかいない。なら少しくらいは、我儘を言ってもいいのではないだろうか。

 

「はかって、なんですか?」

 

 だが、返ってきたのは予想外の返事だった。首を傾げそう言うエウリさんは、本当に何を言っているのか分からないといった様子だ。

 

 自己否定ーー驚愕を否定しました

 

「墓ってのはアレだろ? 人間が、死んだ奴を埋めて手を合わせるやつ。うちの種族には、ああいうのはねぇんだよ。例え死んでも、森に還るだけって感じでな」

 

 チートにより感情を消された頭に、フロックスさんのその説明はスルリと滑り込んできた。種が違えば文化も違う、当たり前のことだった。

 

「けどまあ、野晒しのままってのは不憫だしな。手伝うぜ、オレは」

「ありがとうございます」

 

 そう悲しさを浮かべた笑顔で言ったフロックスさんが立ち上がった。それに続いて俺も立ち上がろうとし、フラついたところをエウリさんに支えられた。

 

「エウリはモロハが倒れねぇように手伝ってくれ。オレは、探して連れてくるからよ」

「はい!」

「それとモロハ、穴掘んならオレの元工房のとこが楽だぞ。もう何も残ってねえからな」

「分かりました。ありがとうございます」

「気にすんな」

 

 手を振ってフロックスさんが歩いて行き、再び俺とエウリさんだけが取り残された。暫く無言のまま歩き、工房跡が近くなった頃エウリさんが話しかけてきた。

 

「モロハさん、はかって、なんのいみがあるんですか?」

 

 それを聞いて、微妙に答えが詰まった。

 まず思い浮かんだのが、その人の存在の誇示。だけどこれは、確実に意味が適していない。何せこの知識の源泉が、自分ではないなにかの記憶なのだから。

 もう、かなりどうにかなってしまっているらしい。果たしてどこまでが自分と言えるのだろう?

 

 自己否定ーー妄想を否定しました

 

 思考が脱線していた。やはりそれ以外となると、正しいのか分からないがこれしかない。そう思うものがある。

 

「世間一般じゃなくて、俺個人の意見でもいいですか?」

「もちろんです」

「なら、覚えていたいからですかね」

 

 歩きながら、自分なりの答えを口にした。

 

「おぼえていたいから?」

「はい。元々俺が生きてた世界では、人が死んだら埋葬して、石碑を建て供養するのが普通でした。その人のことを忘れず、供養する心を持ち続けるための碑。それが、俺の知ってるお墓の意味ですかね」

 

 記憶では電子だったり、マンションの様な納骨堂だったりするのもあるが、1番印象強いのは墓石のイメージだから言及は不粋だろう。それにきっと、どれだろうと意味にさほど違いはない筈だ。

 そして、それを補強する大切な理由がもう一つだけある。

 

「後、俺の力って記憶も感情も消えていっちゃうじゃないですか。だから、悲しめる心があるうちに、理由の分かる記憶があるうちに、みんなを覚えているうちに、何か残しておきたかったんです」

 

 多分俺はこれからも、あの青い炎を使うことになる。その度に何かが削れ、何かを忘れ、自分で無くなっていくのは明白だ。そうして完全に『欠月 諸刃』という個我が消え去った時、そこにいるのは俺の形をしただけの別人。恐らくそうなったところで、このチートは働き続けるだろう。そして死ぬまで戦い続ける人形が生まれる

 

 そんなのは、流石に嫌だ。せめて誰か1人でいいから、『欠月 諸刃』という人間がいたということは覚えていて欲しい。エゴなのかもしれないが、自分が消えていく感覚、死ぬ感覚を知った身としてはどうしてもそう思ってしまう。

 

「モロハさんは、きえませんよ」

「あは、はは……」

 

 どうやら本心が見透かされてしまっていたらしい。不意にかけられたそんな言葉に、何か温かいものを感じる自分がいた。

 

「それに、わたしもみんなのこと、おぼえていたいです。ですから、てつだいますよ」

「ありがとうございます」

「どう、いたしまして、です」

 

 そしてその後は全てが順調に進み、昼を超えた頃俺たちは村跡を出発した。

 

 森の中にある拓けた村跡には、新たに2つの大樹が日を浴びて葉を青々と茂らせ、その下には控えめだが花畑が広がっている。

 その花につつまれた場所の中に、名前の刻まれた小さいが綺麗な石碑があることは、3人以外知る者はいない。

 




大樹2本は人と古樹精霊
小さな石碑がお婆さん

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