あの空に帰るまで   作:銀鈴

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34 チートⅣ

「いいえ、貴方がそんな事をする必要はないわ」

 

 見上げた先に浮遊するのは、ファビオラに殺された筈の女子勇者。全身が血に濡れているが、確実に生きている。そしてこちらを見下ろす事数秒、裂ける様な笑みを浮かべて叫んだ。

 

「だって魔族は全員、私が殺すからねぇぇぇっ!!」

《コロコロ、コロコロ》《コロコロ、コロコロ》

 

 しかも、ただでさえ厄介だったクヴィとやらが、2体に増えている。どうしようもないその現実に、逃走手段を探し始めた時だった。

 

「なんじゃ、五月蝿い虫じゃのう」

「ピギュッ」

 

 ファビオラが女子勇者に手を向け、軽く拳を握った。それだけで、女子勇者が空中で潰れた。2つの光の球ごと、なんの誇張もなく、ぐしゃりと潰れて血と肉片に骨が飛び散った。

 

「ふむ、これで」

「マだ、ヨ」

 

 ファビオラの言葉を遮り、酷く濁った声が聞こえた。その声の元は、たった今地面に落ちた肉塊。正確には、肉塊の内側から生えている肌色の腕。

 

「マダ、まだヨ魔族ゥゥゥ!!」

 

 右腕が生え、左腕が生え、そこから身体を引きずり出す様にして女子勇者が再生した。全身グッショリと血に濡れて、血の滴る服を纏ったその姿はどこか自分と重なった。

 

 自己否定ーー既視感を否定しました

 

「煩わしいわ!」

 

 声と共に風が吹き抜け、女子勇者が賽の目上に切断された。

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

 流石にこみ上げる吐き気を、チートが否定した。だが、幾らなんでもこれを見て平静でいられる程俺は人を辞めてない。

 

ダ、ょ……まダ、

「ちっ、不死身系のちーととやらか」

 

 ファビオラが舌打ちし、露骨に嫌そうな顔をした。そしてこちらを見て、冷めた目で呟く。

 

「これが、力を履き違えた勇者の末路よ。汝は、努このようになるでないぞ」

「ハッ」

 

 その事に対し、俺は鼻で笑って対応する。俺のチートは、そんなに都合の良い力じゃない。頼り続けたら、きっとそんな事を考える自分すら無くなる。

 

「自覚があるなら良い」

「魔族ぅぅ!!」

「貴様は狗とでも遊んでおれ」

「ひぎぅ!?」

 

 飛翔して飛び掛かってきた女子勇者に、ファビオラの影から飛び出した巨大な金色の獣が食らいついた。背中に数多の剣の様な物が生えたその狼は、女子勇者が再生する度に食らいついて動きを止めている。

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

「では、約定を果たそうぞ」

 

 女子勇者の悲鳴と肉の咀嚼音をBGMに、どこからか現れた銀色の狼の背に腰掛けたファビオラからそんな言葉が投げかけられた。

 

「どちらを生かし、どちらを殺すか。儂の関係など考慮せず、正直に選ぶがよい。それとも、儂の提案を蹴りどちらも殺すかえ? その場合、そこな女子(おなご)はどう思うかのう?」

「ぐっ……」

 

 どの提案も、正直地獄を見ることは明らかだ。どちらか片方を望もうが、諦めようが俺は非難の対象となる。けれど諦めると、それも非難の対象となる。

 だがこれは全て、全て全て、力が及ばなかった自分の罪だ。受け入れねばならないし、逃げ出してはならないし、目を背けてもいけない。背負い続けねばならない十字架だ。

 

「どうした? 最早時間は残されておらぬぞ?」

 

 例えばフロックスさんを選んだとしよう。その場合予想されるのは『なんでオレを助けた』という返答。俺に教えてくれたのが嘘でなければ、フロックスさんの命は残り5年。『オレより婆さんを選ぶのが正解だっただろうよ』と言われて関係が途切れておかしくない。

 例えばお婆さんを選んだとしよう。その場合も予想されるのは『よくもまあ、老い先短い私なんかを選んだね』という苦言。確実に関係は悪くなるだろうし、この場合も俺と古樹精霊(ドゥ・ダイーム)の人達との関係は途切れるだろう。

 

「寿命の心配はせんでよい。どちらも人間並みの寿命は保証するぞえ」

 

 全体が崩れ去る。そうなると、反応の予測が出来ない。ただ分かるのは、この機会を不意にしてはいけないということ。

 なら、どっちを望む? 俺の心情は? 復活した片方の心情は? エウリさんの気持ちは? どちらを選んだ方が、傷跡を残さない?

 

 自己否定ーー焦燥感を否定しました

 自己否定ーー吐き気を否定しました

 

 そんな保身に走った考えを、チートが否定した。同時に冷静にさせられた頭が回る言葉で再び白熱していく。ぐるぐる、ぐるぐると言葉が回り、気持ちが混ざり、頭が混沌とし吐き気となって排出される。

 

「残り3分」

 

 加えて時間制限がそれを加速させる。こんな時、エウリさんが起きていてくれれば。そう思うも、こんな事を背負わせられるかと即座に否定する。

 そうだ。ある意味、そう考える事だった出来るのだ。ならば、俺の一存で選ぶことだって──

 

「逃げるのかえ?」

 

 その言葉に、直前まで巡らせていた考えを否定する。

 そうだ、これでは逃げだ。エウリさんを言い訳に、自分の行為を正当化しているだけだ。それでは駄目だ、駄目なのだ。けれど、それならばどうする? どうするのが正解だ?

 

「残り2分」

 

 考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。どうすればいい? 何が正解だ? どれを選べば良い? 嫌だ。無理だ。違う、それは言っては駄目だ。だけどやっぱり無理だ。

 俺みたいな平和ボケしていたガキに、誰かの一生を背負うなんてことは重すぎる。自分のことさえ背負いきれずに捨てているのに、そんな重荷は耐えられない。

 

「残り1分」

 

 頭を抱え蹲り、もう嫌だと目を瞑った時、ドクンと()()が脈打った。それはまるで『大丈夫だ』と言っているかのようで、駄目な俺を安心させるようで。俺にはそれが、どこか嘘をついている様に思えた。

 

 半吸血鬼だからだろうか、なんとなくその考えがわかるのだ。まるで、『自分なんかを』とでも言いたげな気持ちが伝わってくる。自分はそれで良いとしても、なんだかそれは酷く不愉快だった。俺がそれを口にする権利がないとわかっていても、覆しようのない気持ちだった。

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

「締めじゃ。疾く決めよ」

「フロックスさんを、お願いします」

 

 跪き今俺が出来る最大限の気持ちを込めて頭を下げる。しかしそんな俺の頭を、脚が踏みつけ地面へと縛り付けた。そして、グリグリと靴の底が擦り付けられた。

 

「よかろ。往け、鳥よ」

 

 そんな状態のまま、ファビオラが何かを呼び出した。チラリと見えたのは、橙の炎を纏った鳥。倒れるフロックスさんに止まったその鳥は、炎を散らして消えていく。

 だが、この状態が納得いかない。なぜ要求通りにしたと言うのに、こんな事をさせられねばならないのか。

 

「これは自らを尊重せぬ者への罰じゃ。不服と思うのであれば改善するのじゃな。我が眷属に、その様な思想の者は不要であるぞ」

 

 別に俺はあんたの眷属じゃない。そう声を大にして言いたいが、助けてもらった以上口を出すことができない。生殺与奪を握られてる様な状況で、そんな無謀は許されない。

 

「よく分かっておるではないか。思案は自由故、考えは許そうではないか」

「それはそれは、どうやら寛大な心をお持ちになられておりますようで」

「この状況で、よくそうも口が回るのう」

 

 自己否定ーー雑念を否定しました

 

 そうこちらを嘲る様な口調で言い、軽く俺を蹴り飛ばした。なす術もなく転がされて見上げる先で、銀狼の背からファビオラが立ち上がる。

 

「くくっ、考えるのをやめたか。よい、それでこそ勇者じゃ。そこな紛い物と違うてな」

 

 こちらを一瞥しファビオラが向かう先には、うぞうぞと蠢く肉塊が存在している。再生する度金狼に食い千切られるそれこそが、名も知らぬ女子勇者の成れの果てだ。

 その歩みを進める途中で、ふとファビオラが動きを止めた。そして目を細め、とても小さな声で呟いた。

 

「そうか、それがヌシの考えか。ナーヌスラ」

 

 そして目を伏せ、次の瞬間に巨大な狼たちは血の煙へと分解されファビオラの影に消えていった。訳もわからず見続ける俺を見て、ファビオラが言う。

 

「このまま去ろうと思っておったが、先達として汝に1つ知恵を授けてやろうぞ」

「はい?」

 

 そんな突然の言葉に呆然としているうちに、ファビオラは片腕で肉塊を掴み上げた。最初の頃と違い再生速度が極めて下がった肉塊を、冷めた目で見つめながら諭すようにファビオラが言う。

 

「汝は食事としての吸血しか出来ぬようであったからな。魔法としての吸血を、儂自らが実演してやろう」

 

 笑みを浮かべるファビオラがそう言った途端、魔力が動き蠢く肉塊を取り囲んだ。所々楔の様に鋭い形をした魔力が肉塊に突き刺さり、元が人であったことを考えると非常に……見ていて気持ちが悪い。

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

(サングィース)

 

 そんな単語が聞こえた瞬間、掴まれていた肉塊は即座に干物の様になってしまった。しかし俺の左眼には、莫大な魔力の流れがファビオラに向かって動きているのか確認できる。

 

「これが……」

「そうじゃ、これが魔法としての吸血。接触した相手の何もかもを吸い取る、吸血鬼として基本の魔法じゃ。まあ、儂ほど巧みな者はおらぬがな」

 

 ポイと手に持った何分の1にも小さくなってしまった肉塊を放り投げ、恍惚とした笑みを浮かべてファビオラは続ける。

 

「この魔法はな、汝ら勇者のちーとすら我が身に宿すのじゃ。相性や許容限界はあるがの」

「この、チートめ」

「よく言われるわ」

 

 今になってお婆さんの言っていた、吸血鬼は最弱だが最強だという言葉の意味がわかった。どう考えても、勝ち目が見えない。どうやら真実らしいこの言葉は、ファビオラが100を超えるチートを所持しているという事を証明しているに他ならないからだ。

 

「では、これからも儂を飽きさせるでないぞ? モロハよ。でなければ、汝を生かした意味がない故な」

「死なないように、善処します」

 

 それしか俺に言うことはできない。何せ明日の我が身も分からないこの状況、下手な約束を結ぶのは間違いだ。

 

「良い。では今は眠るがよい」

 

 そうファビオラがこちらに手を向けた瞬間、抗い難い強烈な眠気が俺を襲った。

 

 自己否定ーー判定に失敗しました

 自己否定ーー判定に失敗しました

 自己否定ーー判定に失敗しました

 

「援軍は磨り潰す故、安心するとよい。決して自己を見失うでないぞ? 哀れな神の傀儡よ」

 

 最後に何か聞こえた気がしたが、チートでも対抗しきれなかった俺は意識を保つ事が出来ず聞き取る事が出来なかったのだった。

 


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