あの空に帰るまで   作:銀鈴

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33 チートⅢ

 衝突した光と炎が削りあいを始めた直後、魔力を振り絞る俺は気がついた。気がついてしまった。この一瞬での火力は互角だが、すぐに押し切られてしまう。

 

 自己否定ーー動揺を否定しました

 

 理由は単純に、魔力の総量の差だ。向こうが多く、こちらが少ない。たったそれだけの単純な話。消耗具合だチートの差だ才能の差だ言い訳はできるが、どうあってもこちらの力が足りていない。

 

 或いは、俺がこの技を再現しきることが出来ていたのならば話はまた違っただろう。多く見積もって1割程度の再現率ではなく、せめて3割あれば魔力の砲撃を斬滅……いや、俺の場合は焼き尽くせた筈だ。

 

 だがそんな後悔も後の祭り。現実は犬死にでしかない。犠牲を払って蘇って、ただ僅かな時間を稼いだだけの出来損ないでしかない。

 

 自己否定ーー諦めを否定しました

 

 けれど、今俺が諦めていい訳がない。後ろにエウリさんがいて、お婆さんがいて、フロックスさんがいる現状で投げ出していい訳がない。

 であれば、俺が取れる手段はただ1つ。もう一度、あのチート(燃焼回路)を稼働させる。また俺の何かが焼却されるのだろうが、惚れた人を助けられるのなら惜しくはない。

 

「燃焼回路、起ど──」

『待つがいい、我が眷属よ』

 

 チートを起動する直前、突如頭にそんな声が響いた。抵抗出来ない訳ではないが、その言葉は何故か胸にストンと落ちてチートを使うのを止めてしまった。

 

『随分と懐かしい技に、初々しい気持ちも観させてもろうた。故に、業腹じゃろうが許せ。仕留めさせてもらうぞ?』

 

 そんな宣言が頭に響いた瞬間、今まで村雨と拮抗していた魔力砲撃がグラリと揺らいだ。そして段々と光の出力は低下し、青い炎に焼却されてゆく。そして最後に、小さな火の粉を残して2つの技は相殺された。

 

「……ッ、ハァ、ハァ……げほっ、ゴホッ」

 

 膝をつき、倒れそうになる身体を愛槍で支え、荒い息を整える。霞む視界の中、女子勇者がいた筈の場所をどうにか睨みつける。しかしそこに女子勇者の姿はなく、代わりに赤黒い何かが撒き散らされたクレーターと、その中心に暗赤色の長い棒が突き立っていた。

 

 自己否定ーー魅了を否定しました

 

 否、それは棒ではなく槍。しかも、見るだけで意識が吸い込まれそうになる恐ろしい槍だった。チートが否定してくれなかったら、取り込まれていたと直感できる。

 

「やはり、我が槍による魅了も弾くか」

 

 そんな音を響かせつつ、槍の隣に血煙が湧き出した。濃度を指数関数的に倍増させながら、その血煙は人型を取り圧を増していく。それに空からコウモリの群れが群がって、1人の魔族が姿を現した。

 

「ファビ、オラ!」

 

 自己否定ーー激情を否定しました

 

 立ち上がろうと力を込めた足が、自己否定と共に折れて体勢が崩れた。そして同時に咳き込んだ口から血が溢れる。思った以上に、体にガタがきているらしい。

 

 自己否定ーー疲労感を否定しました

 

 だが、チートがそれを誤魔化してくれた。救援と見ていいのだろうが、安心はできない。そういう警戒を込めて睨みつけつつ、万が一の為の覚悟も決めておく。

 漸く危機を乗り越えたのに、ここで潰されるなんてのは許容出来ない。そう覚悟すると、不思議と体にある程度の力が戻ってくる。

 

「くふ、反骨心はあるようじゃのう。そのまま聞くがよい」

 

 魔術回路を再起動し、全身に強化を回す。これで最低限のアクションは起こせるはずだ。

 

「今回は、純粋に知己の救援に来ただけじゃ。そうかっかするでないわ。儂を不遜にも呼び出したのは、他でもないモロハであろう?」

「実際に来るとは、思ってませんでしたけどね」

 

 使える手は何でも使うつもりで呼び出したが、応じて来てくれるとは思っていなかった。来ても精々、冷やかしだろうとも。だから、俺としては保険程度にしか──いや、正直に言えば呼び出したこと自体忘れていた。

 

「呵々、不敬よな。儂を誰と心得える」

 

 息が苦しくなる程のプレッシャーが放たれ、嫌な汗が全身から噴き出した。奥歯を噛み締めてそれに耐え、声を無理やり絞り出す。

 

「親身にしてくれたお婆さんの、婆友ですかね」

「なんじゃ、その評価は。儂はまだピッチピチじゃ!」

「ガッ……」

 

 ファビオラが地団駄を踏み、その衝撃で支えにしていた槍ごと俺の身体は空を舞った。そして地面を転がり、女子勇者の砲撃で抉れた地面の淵にまで来てしまった。

 思わず出た咳と共に血が吐き出され、薬のドーピングが切れてきたのか全身に鈍い痛みが僅かに戻ってきた。

 

「無様よな」

 

 それは今の自分の行動に対してなのか、それとも今の俺の状態に対してなのか。前者の考えを巡らせた時に凍える殺意を感じたので、後者ということにしておく。

 

「名誉の負傷って、やつですよ」

「よくもまあ吠えるのう」

 

 精一杯の嫌味を口にしたが、年季の違いかなんとも思われてはいない様だった。そのことに内心舌打ちしつつ立ち上がろうとする俺を見て、ニヤリと笑みを浮かべてファビオラはある言葉を口にした。

 

「じゃが、あまり儂ばかりを構う訳にもいくまい。ほれ、そこの3人が死にかけてるではないか」

「──ッ!」

 

 自己否定ーー動揺を否定しました

 

 その言葉に、ゾッと血の気が引いた。その怖気に後押しされて、限界を超えた身体に鞭を打って自身のスペア槍で作ったスロープを滑り降りる。

 

「失礼します」

 

 溝の壁に背を預けるエウリさんには、既に意識がない様だった。一言謝ってから首筋に手を当てると、脈こそあるものの弱い気がした。魔力が薄れ漸く戻った左の視界で見れば、確実に魔力が弱まっていくのが確認できた。

 更に、確認したお婆さんの魔力は無い同然まで弱まっており、フロックスさんも同様の状態だった。

 

「癒しよーー」

 

 自己否定ーー想像を否定しました

 

 チートによって雑念が振り払われ、動揺することなく魔術を行使することが出来た。しかし、翳した手のひらから放たれ、エウリさんの全身を覆う光は酷く弱々しい。魔力を振り絞っても、俺ではエウリさん1人の怪我を治す事すら出来ない様だった。

 

 自分の少ない魔力量が恨めしい。拙い技量が怨めしい。チートなんかに頼らざるを得ない自分に、本当に反吐が出る。

 

「燃焼回路、起動!」

 

 燃焼回路ーー起動完了

 informationーー蓄積された否定を装填

 燃焼回路ーー変換効率 : 悪

 informationーー効率は検討外

 informationーー即座のエネルギーを要求

 燃焼回路ーー了解

 燃焼回路ーー蓄積否定分の感情を焼却します

 

「あ、が、ぐぅゥ……」

 

 体が内側から焼き尽くされる激痛に耐え、チートが発動し終わるのを待つ。あくまで細かな感情であるお陰か、自分の中の何かが焼け落ちる感覚がないことに僅かに安堵も出来る。その余裕が、千切れ飛びそうになる正気をどうにか保っていた。

 

 燃焼回路ーー焼却が完了しました

 燃焼回路ーー焼却を終了します

 燃焼回路ーー100%のエネルギーを充填

 

「癒しよ!」

 

 ほぼ底をついた魔力の代わりに青い炎が溢れ、薄く広がりエウリさんを覆って行く。先程までの苛烈さとは打って変わって、この炎は熱いよりも暖かい感じだ。そしてそれが傷口に集まり、僅かな跡も残さず再生させて行く。

 

「ほう、その女子(おなご)の事となると、周りが見えなくなるか。人はかくも不思議なものよのぅ」

 

 自己否定ーー緊張を否定しました

 

 耳元で呟かれたそんな声を無視して、チート魔術を行使する。マジマジと観察されているが、それは仕方のないことだと割り切った。どうせ今の俺では、指先1つであしらわれるだけなのは目に見えているのだから。

 

「確か、『恋は盲目』であったかの?」

「意味が違いますよ」

 

 笑うファビオラを無視し魔術を使い続け、チートによるブーストが途切れた時にはエウリさんの傷は全て塞がっていた。あくまで、見える範囲ではあるが。

 

「見事なものよの、ちーととは。やはり我らの常識を容易く覆しよる」

「ズルとか不正行為って、意味ですからね!」

 

 この発言からして、エウリさんの危機は去ったということだろう。口は言わないけど、安心させてもらったことに感謝する。

 首を振ってその気持ちを振り払い、お婆さん達の方に向かおうとした時のことだった。指鳴りの音が聞こえ、体の動きが金縛りにあったかの様に止まってしまった。

 

「何、を!」

「『何を』か。決まっておろう? 汝の無謀を止めただけじゃ」

 

 威圧感を纏い、こちらを見るファビオラがそんなことを口にした。

 

「先程の炎、己の何かを捧げて力を得る類の力と見た。じゃが、今の貴様では己全てを薪にしたところで、あの2人は救えぬよ。まるで対価として釣り合わぬ故な」

 

 つまり、諦めて絶望しろとでも言うのだろうか。それとも、今回は残念だったが次は頑張れとでも? そんなのは受け入れられない。そんな、エウリさんが悲しむ様なことは──

 

「自分が死ぬことが、あの女子を悲しませるとは考えんのかえ?」

「成る程。心、読めるんですね」

 

 自己否定ーー動揺を否定しました

 

 ならば話は早い。そんな事、一度たりとも考えたことはなかった。確かに少しは悲しませるかもしれないが、それはあの2人が死ぬよりは圧倒的に小さなものの筈だ。

 

「戯けが。確かに悲しみは、汝の想像通りの大きさであろうよ。じゃがな、汝が代価として犠牲になったと知れば、罪悪感と後悔で容易く狂おうぞ。心という物の弱さは、他ならぬ汝が知っておろう?」

 

 確かにそうだ。人の心なんて、容易く壊れてしまう。【自己否定】なんてチートが作用している以上、それは分かりきっている。俺が()()()()()()()()()のがその証明だ。

 

「なら、どうしろって言うんですか!」

「簡単なことよ」

 

 怒りを込めて睨みつける俺を楽しげに見つめつつ、槍を持ったファビオラが言い放った。

 

「儂に助けを乞うが良い。さすれば、力を貸してやろうではないか」

 

 そして、俺にかけられていた拘束が解除された。

 正直、不愉快極まるがやるしかない。助けとして呼んだ時に、そう決めた筈だ。

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

 こういう時、本当にこのチートはありがたい。作られた平静の精神で膝をつき、助命の嘆願を口にしようとした時のことだった。

 

「いいえ、貴方がそんな事をする必要はないわ」

 

 そんな、聞こえるはずのない声が耳に届いた。

 早急に槍を掴み振り向いて、エウリさんを庇うように立つ。そうして見上げた先には、血塗れの女子勇者が光を携え浮遊していたのだった。

 


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