あの空に帰るまで   作:銀鈴

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※ただし相手の


31 チート

 咄嗟に展開した魔法の花による防壁と、お婆さんが展開した魔術の結界、その表面を数条の光線が焼き払った。直後、光線の照射された先が全て大爆発を引き起こした。

 

 自己否定ーー精神疲労を否定しました

 自己否定ーー疲労感を否定しました

 

 意識を覆ってた霞が晴らされ、意識が戦闘モードに移行する。

 重い身体を相槍を支えに立ち上がらせ、一度深呼吸をして呼吸を整える。そうして警戒を再開させた俺の耳に、バキバキという木材が砕ける音と、ブゥゥゥンという得体の知れない不気味な音が届いた。そしてその音は、段々こちらに近づいてきている。そしてその原因は、数秒もせずに目の前に現れた。

 

「死になさい、魔族!」

「ざっけんな!」

 

 ふりふりとした装飾の追加された高校の制服を身に纏い、光を伴って空を飛ぶ女子勇者が例の光条を乱射する。そしてそれをフロックスさんが片腕で捌きつづけている。その背には、血で赤く染まった左肩を押さえ苦悶の表情を浮かべるエウリさんの姿があった。

 

 自己否定ーー激情を否定しました

 自己否定ーー憤怒を否定しました

 自己否定ーー激怒を否定しました

 自己否定ーー怒りを否定しました

 

「待ちなモロハ!」

 

 お婆さんの制止も、チートによる沈静化も感情が張り切った。

 際限なく溢れ出る激情のままに、地面に平行に身を倒し落ちるような疾走を開始した。

 

(ヘデラ)

 

 自分の体の耐久度を度外視した強化で走りつつ、魔法で生み出した蔦を動きの鈍い三肢に巻きつける。そして、自分の動きの上から追加で力を加えて叩きつける。

 

(ルート)(ルート)(ルート)

 

 裸足だった両脚を覆った蔦が一部硬化しグリップを発揮して、地面からせり上がった木の根を駆け上る力をくれた。そうして飛び出した空中、そこには狙い通り女子勇者の姿がある。だがその顔は情けないものではなく、寧ろ何かに目覚めたかの様な覚悟が決まった

 

「マジカル・シュートォ!」

(フロス)

 

 左肩部から咲かせた大輪の白い花が魔法としての防壁となり、光条を防いで爆発した。そして散る花弁の中を突っ切って、俺は無理やりの突撃をかました。

 

「もっぺん死ね!」

 

 そうして叫びを上げて、全霊の力を込めた愛槍を横に薙いで斬撃した。

 

《サセナイヨ》

 

 恐らく俺の最高の一撃は、しかし光って喋る何かに阻まれた。白く発光する握り拳程度の球。それから展開された精緻な紋様が描かれた陣が、斬撃を完璧に受け止めていた。

 種別としては魔術の防壁だろうか? よく分からないナニカが斬撃を殺しきり、結果打撃へと置換した。殺傷力を殺した一撃にされ、受け止められていた。

 

「《収納》! らぁっ!」

 

 気合い一閃。馬鹿力でそのまま愛槍を振り抜いた。切断が出来なくても、チートで《収納》が出来なくても、力押しは通用する。余裕綽々といった様子の女子勇者に、殺意をぶつけて地面に叩き落とした。

 

「伸びろ!」

 

 反動で回転する体の動きを、射出した石突きで後方の根を打撃して停止させる。同時に逆手に無理やり持ち替え、しなる柄と射出の反動を利用して墜落させた女子勇者を穿つべく追撃する。

 

《ムダダヨ》

 

 しかしこれも、謎の障壁に阻まれた。穂先と陣が火花を散らして数秒拮抗したが、敢え無く弾かれてしまった。そしてその衝撃で、俺自身も軽く吹き飛ばされ地面を転がった。

 

「ッ、クソ」

 

 悪態を吐きながら、長さを戻した愛槍を支えに立ち上がる。そんな俺の隣に、フロックスさんが並び立った。その背にはエウリさんの姿はなく、血の跡だけが残っている。

 隙になるとは分かっているが振り向いて確認すると、エウリさんはお婆さんに背負われてぐったりとしていた。

 

「おいモロハ。あいつ、倒したんじゃなかったのかよ」

「確かに心臓を抉ったはずです」

 

 その時の感触も、女子勇者の苦痛の叫びも何もかもが頭にこびりついている。それを間違えるはずもない。なのになぜ蘇っている? チートか? いや、魔法少女の名前からしてそんな能力があるはずが……

 

「そんなの、簡単よ」

 

 そんなこちらの疑問に答えるかのように、瓦礫が吹き飛ぶ中から声が届いた。

 

「魔法少女はね、負けたとしても覚醒するのよ!」

 

 そして、女子勇者が高らかに宣言すると共に左目の視界が真っ白に染まった。否、それは莫大な魔力を映しただけのもの。現に右眼でも、光る粒子が瓦礫の中に収束していく光景が見える。

 

「チッ!」

(フロス)!」

「吹き飛びなさい!」

 

 後方からお婆さんによる結界が展開され、フロックスさんが俺の作り出した根を斬り落とし壁として、俺が更にそこから幾多もの花を咲かせて防壁を展開し──

 

「マズっ」

 

 それら全てを焼き尽くす極太の光条が全員を灼いたのだった。

 

 ◇

 

「あ……れ?」

 

 鼻を擽る何かの焼け焦げた匂いに、私は意識を取り戻した。気を失う前は、確かみんなを逃がそうとしていたはず。けど確か、女の勇者が……

 

《テキセイハンノウ、ショウメツ。カッタヨ、カッタヨ》

 

 疑問を浮かべたまま起き上がった私の目に映し出さたのは、凄惨な光景だった。

 

 光の球を従えた女子勇者から自分の手前まで、大きく地面が抉れている。

 その溝の先頭には、至る所を炭化させ仰向けに倒れている人影。左腕の肘から先がないが、頭に僅かに残った小さな赤い花からフロックスさんだと判別出来た。

 その次に倒れているのは、見覚えのある老体。ただでさえ生気の枯れてきていたお婆様が、力を使い果たしたかのように地に沈んでいた。

 そして目の前に、槍を地面に突き立て膝をついたモロハさんの姿があった。

 

「モロハさ……え?」

 

 何があったのかは分からない。だからこそ、自分を気にかけてくれていた男の子に手を伸ばし──なんの抵抗もなくその身体が、バタンと地面に倒れた。

 

 よく注視してみれば分かった筈だ。

 3人とも、生きていれば必ず発せられる魔力の波動が全くない事に。地面の跡から、夥しい量の魔力の残滓が感じ取れる事に。私ただ1人だけが、不思議なほど怪我を負っていない事に。

 

「アハ、アッハハハハハヒ! あーおっかしい!!」

 

 呆然とする私の耳に、そんな嗤い声が届いた。

 

「私たちの英雄が、そんなゴミ屑を庇って死ぬなんてね。とんだ笑いものよ!!」

 

 お腹を抱えて馬鹿みたいに笑う、憎たらしいけど可愛い衣装を纏った勇者。私の肩を撃ち抜いた勇者が、全てを馬鹿にする笑いをぶちまけていた。

 

「みんなを、みんなを、馬鹿にするなーー!!」

 

 立ち上がった私は、人語ではなく私達の言葉で叫んだ。そうして、限界まで魔法を使い勇者に攻撃する。どうせにげても追いつかれる、だったら隙だらけの今なら!!

 

《ムダダヨ、テキエイホソク》

 

 紛れもなく全力全開、私の全てをかけた攻撃は全て呆気なく防がれた。喋るよく分からない光の球が、よく分からない魔術障壁を展開し、何もかも防いでしまった。

 木の根も、枝も、幹も、毒液も、毒花粉も、葉っぱも、全てが弾かれ地に落ちた。隙なんて、最初からなかったのだ。どうとでもこちらを料理できるから気にしてすらいなかっただけなのだ。

 

「あら、まだ羽虫が1匹残っていたのね?」

「お願い!!」

 

 無造作に放たれた光条は、私が必死に展開した5枚の花の防壁を軽く貫通して、容赦無く私を撃ち抜いた。

 

「ぁ、い、あぁぁッ!?」

 

 左肩に続き、今度は右の太もも。傷口は焼け焦げているからか血は流れず、けれどどうしようもない痛みが全身を駆け巡った。口から悲鳴が漏れ、地面に倒れ込んでしまう。

 

「そういえば、欠月君にされた事をやり返してなかったわね」

 

 細い光条が、左の太ももに小さな5つの穴を開けた。身体を丸めて、杖を抱えてどうにか逃げ出そうとして──

 

「毒なんて小賢しい真似使って!」

 

 握っていた杖が爆発した。破片が飛んで、腕や胸から血が流れる。目に血が入って来て片方の視界が効かなくなった。

 

「あんたの大切なもの、ぐっちゃぐちゃにしてやるわ! アハハハハハッ!!」

 

 それでもなんとか立ち上がろうとして、踏み出した足の甲が撃ち抜かれた。再び地面に倒れ込んで、左肩を強打してまた苦悶の声を上げてしまう。

 

「ねえ、どんな気持ち?」

 

 涙と痛みで声も出せず倒れる私の胸ぐらを掴み、目を合わせられてそんな問いが投げかけられた。

 

「守られてただけで、自分を守ってくれてた人たちを殺して、自分も何も出来ずに殺されるのってどんな気持ちぃ!?」

「ぇぐ、ぐす」

 

 反抗したいのに、勇者の言葉に言い返すことが出来なかった。実際にそうだし、情けない。さっきだって、怒りのままに攻撃しなかったら、もしかしたら逃げられたかもしれない。

 

「何泣いてんのよ!」

 

 尋常じゃなく強い力で、地面に叩きつけられた。肺から空気が吐き出され、地面にバウンドした勢いで私は転がっていく。けれどすぐに、何かにぶつかって私の動きは止まった。

 

「……ぁ」

 

 私の動きを止めたのは、物言わぬ亡骸となったモロハさんだった。未だに槍を握り続けてるその姿を見て、再び涙が滲み出てくる。

 

「ごめん、な、い」

 

 私がモロハさんの最初に言ってた通りにしたら、2人だけは生き残れたのかもしれない。なのに私が無理を言ったから、みんなが死ぬ事になってしまったのかもしれない。だけど私にはもう、謝ることしか出来ないのだ。

 

「ごめ、なさぃ」

 

 口を開くたびに胸が痛い。心が痛い。

 折角助けてもらった命を捨て石にして、馬鹿なんて言葉じゃ足りないほど私は馬鹿だ。溢れる涙をどうすることもできず、すすり泣く私の耳に絶望の足音が届く。

 

「そんなに申し訳ないなら、これで殺してあげるわ」

 

 そう言って引き抜いたモロハさんの槍を、勇者が大上段に振りかぶった。あの槍は、元々上物だった槍をフロックスさんが改造したオーダーメイドの傑作だ。あれならば、恐らく私なんて簡単に両断する事が出来るだろう。

 

「これで、終わりよ!!」

 

 そうして勢いよく槍が振り下ろされる。その穂先の鈍い鋼の光を見て、私は目を閉じたのだった。

 




チート
《魔法少女》
効果
寿命を消費して変身
変身中1回死亡無効
ピンチ時覚醒
サポーター召喚
魔術適性超強化

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