まるで示し合わせたかのように、俺と鈴森は同時に地を蹴った。
激突までの数秒間、思索を巡らせる。
力、鈴森が優位
速さ、俺が優位
武術、不明
魔術、鈴森が優位
チート、鈴森が優位
鈴森を例えるならば重戦車で、俺は1歩兵。正攻法での押し潰しに対して、一芸特化。双方チートが初見殺しで、スタミナの消費も変わりないが俺の方が先に尽きるだろう。幾らお婆さんがいるとはいえ、そこに変わりはない。だが、
「はぁッ!」
「負ける気は、しないな!」
斜めに振り下ろされ袈裟の閃を描く鈴森の剣を、十字を重ねる軌道で弾く。衝撃で腕が痺れるが問題ない、今のである程度は把握した。
逸らす。逸らす。逸らす逸らす逸らす逸らす逸らす。
刃と刃が激突し、火花が散り、けれど1つも直撃がないように全てを受け流す。体を捻り、込める力の強弱を使い分け、師匠たちと比べたら稚拙もいいところの剣を全て、逸らして流していく。
「なんで、当たらない!?」
「お前より、何倍も上手い師匠がいるんでね!」
確かに当たれば斬れる、触れれば壊れる剛剣だが、技術は俺よりないように感じる。それならば、師匠たちに扱かれた俺にとっては、逸らすだけならどうとでもなる。
「ク、ソ、がぁぁぁッ!」
1分なのか10分なのか分からないが、それを繰り返すうちに鈴森に限界がきたらしかった。
俺を防御こと打ち砕こうとしたのか、剣を両手持ちで、大上段に振りかぶる。普通なら隙だらけな構えだが、チートのせいでそれは中和され必殺へと昇華されている。その打ち下ろしは、間違いなく戦局を左右する一閃なのであろう。
だからこそ、崩す事に価値がある。
「《収納》」
打ち上げ衝突させた短剣ごと鈴森の剣を《収納》する。それだけで、鈴森は思いっきりバランスを崩した。上半身が流れ、まるで首を差し出すかの様に。
「
再び手の中に排出した短剣と、魔法で地面から生やした木杭で挟撃する。チートとはいえ、纏っているのはあくまで分厚い肉。フロックスさんが実践していた様に、斬れるし刺さるし焼けはするのだ。再生するだけで。
「《排ゴッ──!?」
そして挟撃が完成する直前、鈴森の腕が出鱈目に振るわれた。俺に直撃したそれは圧倒的な幅とパワーで、こちらの骨を砕き空中に吹き飛ばした。どうしようもないまま回転して空中を飛ばされ、2、3度バウンドして地面に叩きつけられた。
自己否定ーー混乱を否定しました
「ごほっ、ぇほっ」
三肢に精一杯の力を込め立ち上がるが、咳き込んだ口から血が溢れた。吐血ということは、結構重症な気がする。
お婆さんがかけてくれる俺よりも数段上の治癒魔術のお陰で、十二分な回復は得られるがそれは即座にではない。結果、遅々として進まない回復は、痛みこそないがが行動に支障をきたす。そんな状態で追撃されたらどうなるか?
「ぬんッ!」
「ッ!」
当然、逃げることしかできない。
実力が上の万全の相手に対し、一芸特化が負傷を負ってる状態で挑むのは愚策もいいところだ。得物は奪い、仕込みもした。だがそんな小細工では倒せないからこそ、強者と呼ばれるのだ。何から何まで上手く嵌らないと磨り潰される、一芸特化の雑魚とは違うのだ。
「ちょこまかと!」
「それしかできないもんでね!」
振り下ろされる拳を避け、時に回り込んで斬撃するがやはり攻撃が通らない。そのまま攻撃を受ければどうなるかは、ひび割れた地面が証明している。かといって短剣を手放せば、俺の技量では即座に武器が砕かれるのは明白。奪った直剣では、使い慣れない分その可能性は益々高まる。
「はぁ……はぁ……」
「最初の威勢はどうした欠月!」
そして、迎撃ではなく回避を続け反撃までしていれば、自ずとスタミナは削られていく。それは、ここまで走り続け戦闘を続けてきた俺にとって致命的なことだ。
自己否定ーー頭痛を否定しました
自己否定ーー眠気を否定しました
自己否定ーー吐き気を否定しました
それに、頭が痛い。眠気が鎌首を
「そらそらぁッ!」
「ふっ……」
息を荒く吐き、最低限の動きで回避しながら切り刻んでいく。その度に俺の速度ば下がり、反比例する様に鈴森の速度は加速していく。
「ははっ、剣を取られたのは予想外だが、さっきから
「いやだ、ね!」
拳を躱し、跳ね上げ振り下ろし横に薙いで連続して剣閃を刻んでいく。その浅い傷はすぐになかったことにされている様だが、これでいい。大きく後ろに飛び、お婆さんに合図を送る。
「婆使いの荒いこったね!」
「はぁ、はぁ、ぇほっけほっ」
鈴森を炎が包み、その隙に荒くなった息を整える。後どれくらいで、仕込みが完全に効果を発揮するのだろうか。仕込みが気づかれてはいないだろうか。
自己否定ーー悲観を否定しました
そうだ、悲観的な考えを持っている場合ではない。任せてもらった以上、やらねばならないのだ。残り少ない血袋のストックを吸い捨てながら、息も切れ切れにお婆さんに質問する。
「お婆さん、血を増やす魔法とか魔術ってありません?」
「あるにはあるが、今すぐは無理さね。私がミスして死にたいならしてやるが、どうだい?」
「はは、遠慮します」
言って駄目元だったが、結局意味がなかった。このままやるしかないらしい。弱者らしく、精一杯足掻いてやろうじゃないか。
「邪魔だァ!」
そう叫び炎の中から飛び出してきた鈴森に、再び斬撃を重ねる。その際至近で状態を確認する。炎に曝されたにしては汗もなく、火傷も焦げもない。その割に音も光も通過しているし、恐らく空気もある程度シャットしつつ通過している。という事は、鈴森のチートはある程度は予想通りという事だ。
「お前とは、良い友達に……というか、テンプレ知ってるお前なら回避出来てるかもとは思ったんだけど、な!」
「お前が何言ってるのか、全く分かんねえよ!」
最大速度からの急制動。時にその逆を起こして錯覚を誘導し、体力の代わりに回避率を上げていく。そこに直線だけでなく曲線の動きも加え、無駄な足掻きをしている様に見せて時間を稼ぐ。さっきの発言からして、もうすぐのはずだ。
「……カハッ!?」
自己否定ーー混乱を否定しました
だが、終わりは唐突に訪れた。
吸い込んだ空気が熱い。忘れそうになっているが、あくまで俺は火災の中で斬り合っているのだ。かけてもらっていた魔術が消えれば、満足に息をすることすら怪しくなる。
そして何より、魔術が途切れたということはエウリさんに何かがあったということ。その二重の出来事が、動き続けていた俺の足を止めてしまった。
「捕らえたぞ!」
「しまっ──」
正面からの打撃が直撃し、軽く意識が飛んだ。だが、燃え盛る壁に衝突した衝撃で意識が回復する。
自己否定ーー混乱を否定しました
「──!」
耳に届いた誰かの声に従い立ち上がろうとした瞬間、浮遊感が訪れた。どうやら胸倉を掴んで持ち上げられているらしい。右腕を動かそうとしたところ、もう一方の手ではたき落とされてしまった。
「念のため、聞いておく。投降する気はあるか?」
そう問いかけてくる鈴森の向こう側に、何故か魔術や魔法を使おうとしないお婆さんの姿が見えた。
自己否定ーー██は既に消去されています
理解はできないが、助けが来ないのは理解できた。だけどまあ、ここをここまで壊した挙句大勢を傷つけた鈴森を許すことは不可能だ。だから言わなければならない。
「あるわけないだろ、ばーか」
声を出す事すらキツイが、無理やりに言葉を作る。そして欠けた奥歯を鈴森の顔面に向けて
「そうか、ならサヨナラだな」
痛みに露骨に顔を顰めた鈴森が、そんなことを言い放った。だけど、十分に仕込みが成功したことが証明された。
自己否定ーー慢心を否定しました
だからこそ、油断も慢心もなく反撃といこう。満身創痍だが、どうせ痛覚は無い。勝てば官軍の精神でやってやろうじゃないか。
「なあ鈴森。同郷なんだから、最後に一言くらい言わせてくれないか?」
「辞世の句か? いいぞ、3分くらいは待ってやるよ」
そうだ、もう時間は残っていないのだ。何があったのかは知らないけれど、エウリさんを助けに行かないといけない。絶対に、何があっても絶対にだ。
それらしく目を瞑り、最低限息を吸い込んで呪文を紡いだ。
「光よーー!」
目を瞑った俺の目の前で、ストロボのフラッシュを何倍にもしたかの様な閃光が弾けた。
「──ぁぁああああッ!?!?!?」
そして鈴森が絶叫し、俺の胸元を掴んでいた手を離した。目を閉じていた俺でさえも右目の視界は効かないのだ、気化した感覚を敏感にさせる毒薬を吸い込み続けていた鈴森には相当堪えるだろう。
鈴森のチートは物理現象の大体を遮断していたようだが、空気も光も音も貫通していた。ならば、それを利用するだけのことだ。斬撃の度に僅かずつ《排出》して壁の中に打ち込んでいた劇薬を、火事や魔法の熱で気化させ摂取させる。その作戦が、漸く十分な意味を発揮した。
「風よーー」
左の魔力だけが見える目で視界を確保しながら、魔力を練って魔術を発動させる。……と言っても、魔力の塊である人が白い影として認識できるくらいだが。ぶっちゃけ地形などは、魔力がぐちゃぐちゃに流れてるせいで全く確認できない。
まあそれはいいとして、同じく過敏になっている鈴森の聴覚に、魔術で調節した超高音の爆音を叩きつけた。
「お婆さん!」
「なるほどね。あの馬鹿みたいな戦い方は、これが理由かね!」
魔力が流れ、白い何かが厳重に鈴森の四肢や胴を拘束した。再生する《肉の壁》を締め付け断裂させ、その白い何かは遂に本来の肉体を完全に拘束した。
同時にかけてくれた回復魔術が身体を癒す。未だ致命傷すれすれだが、触ってみた感じこれは木の根らしい。
「《排出》」
鈴森に半ば馬乗り状態になり、久方ぶりに愛槍を手に取った。しかし穂先は普段と逆にし、ブヨブヨした肉の塊にいつでも突き刺さる様に待機する。
自己否定ーー友情を否定しました
「ま、待ってくれ欠月!」
「《収納》」
振り上げた愛槍を、思いっきり振り下ろした。チートにより突き刺した部分の《肉の壁》が消失し、穂先が何か硬いものにぶつかった。ああ、そういえばこいつ鎧なんか着てたっけ。
自己否定ーー友情を否定しました
「さっき俺は待ってやっただろ!」
「《収納》」
再度、振り上げた愛槍を思いっきり振り下ろす。チートにより、今度は槍に接触した鎧が収納された。
自己否定ーー友情を否定しました
そのことになんの感慨を抱くこともなく、もう一度槍を振り上げる。
informationーー度重なる要請を確認
informationーー友情の感情を否定しました
ぽっかりと、心の中から何かが消え去った。同時に、鈴森に対する感情が一気に冷めた。嗚呼、なんで俺はこんな奴なんかと問答していたんだろうか。馬鹿じゃないのか。
「待っ──」
「《収納》」
ゴッソリと、恐らく心臓辺りの肉を抉り取った。
「《収納》」
首元。
「《収納》《収納》《収納》《収納》」
「もう止めな」
そして四肢を《収納》した辺りで、肩にお婆さんの手が置かれた。同時に、息が楽になる。多分、魔術を掛け直して貰えたのだろう。
「それ以上やったら、人の道から外れることになるさね。只でさえ、もう人様に見せられる顔をしてないよ」
「そうですかね?」
そう言った自分の声は、予想以上に震えていた。まだ右目では何も見えないが、きっとそれを指摘されたのだろう。更に、湿気を感じて拭ってみれば涙が流れていた。確かに、見せられる顔はしていないか。
「まあ、別にいいです。俺のことなんて。エウリさんを、助けに行かないと」
「そんな身体じゃ無茶さね。傷は治してやれるが、もう限界だろう?」
まだやれる。
そう答えようとした矢先の事だった。
「
「防ぎな!」
何条もの細く青白い閃光が、辺り一帯を蹂躙した。
因みにお婆さんは魔術の発動妨害と火災の延焼拡大防止と主人公のサポートをしてるので、働いてないわけじゃないです。