あの空に帰るまで   作:銀鈴

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29 血色の獣

 キンキンと、金属音が連続する

 幾度となく爆発音が轟く。

 気合の声と呪文の詠唱が混ざり合い、更に戦闘の趣を濃くしていく。

 

「しゃらぁッ!」

「はぁぁッ!」

 

 嵐の様な剣戟と魔術の衝突は、まるで1つの嵐の様な様相を呈している。炎が散らされ、残骸が舞い、されどその中心で起こる戦闘は一層激しさを増していく。

 

「いい加減、諦めてください!」

「するか阿保が!」

 

 振り下ろされた未だ破損のない直剣を、刃こぼれだらけの木刀で勢いを殺し、折れた木刀で完全に受け流す。そんな体勢から顎を狙ってしなる脚を振り上げ、勇者が回避した場所に婆さんの魔術が襲いかかる。しかし、蹴りは空中で勢いを失い止められ、魔術は魔力の圧で薙ぎ払われてしまった。

 交戦直後からこんな千日手、一方的に削り殺されるだけの戦況に腹が立つ。背後の魔術師が消えたお陰で多少はマシになったが、疲労は消えねえしスタミナも底が見えてきた。

 

 だがそれでも、愛弟子とエウリの為に死力を振り絞る。あいつらが逃げ切るまで、悟られずに戦い続ける。2人とも、寿命の残ってないオレとは違って死なせるには惜しい。

 

「こちとらなぁ、何もしてねぇってのに虐殺されてんだ。諦めて死ぬ馬鹿がどこにいるんだよ人間サマぁ!」

「ぐっ……」

 

 虚空から射出した木杭がナニカに突き刺さり、その空間を侵食する様に枝を伸ばし始める。これは良くないと勇者にも分かったのか、その部分を切除されてしまった。木杭の内側から2回り程小さい木杭が射出されたが、謎の空間に阻まれた。

 

 巫山戯るなと言いたい。なんなんだその出鱈目は。刺突も斬撃も打撃も魔法も魔術も、何でもかんでも防ぎやがる。その癖向こうはなんでもし放題とか、クソすぎる。

 

「しゃオラァッ!」

 

 全力と遠心力を乗せて斬撃するが、何かに阻まれる。斬った感じ何かの肉みたいだが、わっけわかんねぇ。向こうの後衛がいなくなったのは、その点僥倖としか言いようがない。

 

「婆さん!」

「分かってるよ。消し飛びな」

「させるか!」

 

 加えて婆さんの魔法も、無茶苦茶な魔力の放出で半分近くは吹き飛ばされる。モロハを除けば初めて勇者を相手にしたが、理不尽にも程がある。これでこの世界に来てから1月とかなんだよクソが。これまでのオレらの努力なんて、勇者サマの前には何の意味もないってか。

 

「フロックス!」

「わぁってるよ!」

 

 怒りに囚われ無駄に踏み込みかけた1歩が、婆さんの声のお陰で最低限に留まる。折れた木刀を持った左手で打撃するが、それが間違いだった。

 

「ここにきてかよっ!」

 

 弾かれるのではなく、ズブリとナニカに腕が突き刺さった。生暖かい何かに包まれ、勢いを殺され腕が抜けなくなった。それどころか、圧倒的な力で締め付けられる所為で痛みを発している。

 

「貰った!」

 

 そして、そんな状態では満足に力は振るえない。よって受け流す間も無く、力任せの剛剣が振り下ろされる。それは明らかにオレを真っ二つにする軌道だ。

 いくら魔族と言っても、一部を除き実態は人間とそう変わりはないのだ。斬られれば、刺されれば、撃たれれば死ぬ。なら、どうせ残り少ない命なのだから、使い切ってやろうじゃないか。

 

「婆さん!」

「あいよ!」

 

 右の木刀で、左の前腕辺りを斬りとばして退避する。そのタイミングで婆さんの治癒と麻酔の魔術がかかった。これでもう左腕は使い物にならないが、時間稼ぎなら片腕でも出来る。

 

「さあ来いよ勇者! このオレを殺すまで、手前らはこの村から出れねぇと知れ!!」

 

 ぜぇはぁと荒い呼吸を続ける勇者の目が、明らかに苛立った。理由は知んねぇが、気を引きつけられるんならそれで良い。

 

 一瞬だけ戦場が静止し、突撃の寸前ソイツは現れた。

 

 地面から跳ね上がる様な軌道の槍が謎の空間を引き裂き、勇者の腕を軽く掠めた。そして次の瞬間、耳がおかしくなる様な大音量でソイツは叫んだ。

 

「鈴森ぃぃぃぃッ!!」

 

 全身を赤黒い血で染めた、女の様に華奢な隻腕の人影。濃すぎる血の臭いを纏い、伸び放題な髪の毛から血を滴らせ、榛の目には冷たい殺意とよく分からない何かが渾然と入り乱れている。そして手に持つ槍は、見間違えようもなくオレが鍛えた一品。

 

「どうして戻って来やがった、モロハァッ!」

 

 突如乱入してきたソイツは、送り出した筈の愛弟子だった。

 

 

 移動し続ける戦場に追いついた時には、既に戦況は悪い方向に傾いてしまっていた。全員が極めて消耗しているのは良いとして、フロックスさんの左腕が一部存在していなかった。俺の様に丸々全てではないが、あれではもう──

 

 自己否定ーー憤怒を否定しました

 

 色々とあった師の姿を見て激情に囚われかけるが、チートが冷静さを引き戻す。まずはそう、冷静に戦況を分析しろ。未だ存在のバレていない俺ができる最善手を見つけ出せ。

 

「さあ来いよ勇者! このオレを殺すまで、手前らはこの村から出れねぇと知れ!!」

 

 そんな事を考えている間に、フロックスさんがそんな啖呵を切った。最後まで戦い続ける、そんな意思が見てとれる。それに反応して、ほぼ無傷の鈴森が纏う気配が変わった。

 

「仕掛けるなら、今か」

 

 そう思って幻術を解除した瞬間、お婆さんと目が合った。すぐに誰にも悟らせない様にか普段通りに戻った様だが、流石にバレてしまった様だ。

 

 自己否定ーー羞恥心を否定しました

 自己否定ーー友情を否定しました

 

 冷静さを取り戻し、呼吸を整える。そして、俺は身を低くして疾走を開始した。気配を殺して、真後ろからの突撃。しかし鈴森は、それに対応してきた。直感に従い《収納》し続ける槍が跳ね上がった途端、振り向いた鈴森が全力の回避行動を取ったのだ。それにより腕を掠める事はできたが、斬りとばす事は出来なかった。

 

「風よーー」 

 

 そしてその体勢のまま《変声》の魔術を使用。声の大きさを調整できる限界まで上げ、ある程度持たせられる指方向性を鈴森にフルで向けて叫んだ。

 

「──────!!」

 

 そして、音が消えた。否、正確には鼓膜が自分の声で破けた。その衝撃で魔術が僅かに乱れてしまったが、フロックスさん達の様子を見るにそこまで声は漏れなかった様だ。

 

 informationーー聴覚が一時的に消失

 informationーー再生を提言

 

 壊れた喉と鼓膜に再生の魔術を掛け、驟雨を構え直す。視線の先目と耳から血を流す鈴森は、膝をつき剣を支えにどうにか立ち上がろうとしているが暫く時間は稼げそうだ。

 

「どうして戻って来やがった、モロハぁッ!」

 

 漸く回復した聴覚に、フロックスさんのそんな怒声が届いた。確かに俺は叱られねばならないだろう。意思を察して、最善手も見つけていたのに戻ってきたのだから。でも、

 

「こんな事になると知ってて! 放って逃げられる訳ないでしょうが!! それに、好きな人のお願い1つ叶えられなくて、何が男か!!」

 

 自己否定ーー後悔を否定しました

 自己否定ーー羞恥心を否定しました

 

 女装がよく似合う様な体つきだが、これでも俺は男なのだ。最善手をなかった事にして手に入れた惚れた女の子のお願い、それを叶えられないのは男じゃない。

 

「言う様になったじゃないかい。腕はまだまだの様だけどね」

「はは、手厳しいですね」

「私が抑えてるうちに、とっとと方針決めな!」

「はい!」

 

 自己否定ーー慢心を否定しました

 

 お婆さんの声に返答しながら、震える手で何かを飲み込んだ鈴森に対し警戒を続ける。炎に包まれ、凍らされ、暴れる木の根に襲われているが何故か倒せていると確信できないのだ。

 

「それよりもフロックスさんは、隠れてもらってるエウリさんの所へ。多分兵士は全員殺しましたけど、何があるかわかりませんから」

「なっ、お前エウリ連れて来てんのか! ざっけんじゃねぇぞ!」

「あの場所に置いてくる方が危険でした!」

 

 隣で武器を構えつつ怒鳴ったフロックスさんに、俺も怒鳴り返す。事実、あの場所にエウリさんを置いてくる事ほど怖い事はない。何があるか全く予想出来ないのは致命的すぎる。

 

「チッ、何処だ」

「多分移動してると思うので、お店のあった通り沿いの何処かです」

 

 エウリさんの事だ、きっと誰かを助けたりする為に動いているだろう。まだ逃げ遅れた人は沢山いる筈なのだから。

 

「婆さんがいるから大丈夫だとは思うけどよ、あいつ、相当ずりぃぞ。チートって言ったか? それがバケモンだ」

「大丈夫ですよ、フロックスさん。俺だってあいつの同類、捨てられたとはいえ勇者ですから」

「ははっ、それもそうだな……なら、任せた」

「任されます」

 

 優しく俺の肩を叩き、フロックスさんは風切り音を残して去って行った。これで、エウリさんの安全は確約された様なものだ。俺も、心置きなく戦える。

 タイミングよく、魔術の絨毯爆撃が内側から爆ぜた。その中心にいるのは、勿論鈴森。しかし先程までと違って無傷ではなく、ボロボロと言える様な姿にまで追い込まれている。

 

「医者として言っておくけどね、それに頼りすぎたら、死ぬよ」

「承知してます。でも、今は死ぬ気で行かないとですから」

 

 荒い息のまま、鈴森が突進してくる。その速度は軽く俺を超え、質量的にも負けているので正面から衝突したら押し負けるだろう。

 

「作戦は?」

「正面突破!」

 

 だけど、それではいけないのだ。微かに残る記憶の中鈴森が自慢していたチートの名前は《肉の壁》。効果のほどはよく分からないが、圧殺という文字が頭に浮かぶ。変に小細工を弄したら、戦車の如くそれを悉く轢き潰してくる事だろう。ならば、正面からやりあった方が勝率が高い。

 

「ぜぁぁッ!!」

 

 槍では、未熟で非力な俺の腕では断ち切られる。そう判断して、仕舞った槍の代わりに逆手で引き抜いた短剣で迎撃する。激しい金属音と共に双方の武器が衝突し、お互いの顔が認識できる距離まで接近した。

 そこまでして漸く、鈴森は俺の正体に気がついた様だった。全霊の力を込めながら、困惑の色が強い声で話しかけられる。

 

「なんで、欠月がそっちにいる!」

「愛ですよ」

「今は、巫山戯てる場合じゃないんだよ!」

「真実なんだけど、ね!」

 

 いきなり増大した鈴森の力をまともに受ける必要もないので、受け流し左肩を通過させてバランスを崩す。そこに反撃を入れようとしたが、何か弾力のあるものが胴体に直撃し吹き飛ばされてしまった。

 

「お婆さん!」

「言われずとも」

 

 体勢を整える俺の目の前で、氷の塊が鈴森に直撃した。覗き見していた耐久性をみるに、さしてダメージにはなっていないだろうが今は有り難い。

 

 先程の生暖かいその温度とダルンとした感触。あれを例えるならばそう、人肌だ。それも中年の腹の様な皮下脂肪タップリな感じの。そこまでくれば、名前を知っていることもありあいつのチートは察することができる。

 

「らぁッ!」

 

 そんな気合の声と共に、内側から氷塊が爆散した。息こそ荒れているが、それ以外の負傷は回復した鈴森が姿を現した。再生の魔術、敵に回すと果てしなく面倒だ。だが、対処する手段がない訳でもない。

 

「さて、第2ラウンドといこうぜ鈴森」

 

 鈴森のチートのカラクリは、大方名前の通り肉の壁を作るものだろう。それも多分透明な。意味不明な斥力とやらではないなら俺のチートで突破出来る。そして、一撃でも与えたら俺の勝ちだ。

 

 そうして双方が武器を構え、決戦の火蓋が切って落とされた。

 




チート
《肉の壁》
効果
空気・音・光は通す重さのない肉の壁を纏う
任意にパージと再発生が可能
厚さは30cmで保有者のみ壁を無視できる

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