あの空に帰るまで   作:銀鈴

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「もういいです、死んでください」

 

 その敵対宣言の後、先に攻撃に移ったのは女子勇者だった。こちらが1歩を踏み出すより早く、全くのノーモーションから火球が5つ連続して飛来した。バスケットボール大のそれらは、頭部・胴・腕に1つずつ、足に2つ狙いを定めている。彼我の距離は10mもないので、一瞬でも判断をミスしたら丸焼けになって死ぬだろう。

 

 自己否定ーー焦りを否定しました

 

「ッ!」

 

 地面に愛槍の石突きを突き立て、念じて伸長させる。二段階に渡り射出された槍に捕まって横移動。即座に槍を元の長さに戻し、全力の疾走を開始する。そうして漸く1歩目を踏み出した時、既に終わりかけている魔術の詠唱が耳に届いた。

 

「我が敵を射抜け、十字の輝きよ」

 

 ゾワリと、背筋に嫌な予感が走った。急かすような後頭部の熱にも押され、崩れ落ちた家の残骸に槍を突っ込む。

 

「《収納》!」

 

 そうして床板だったのだろう大きな一枚板を収納した。そのまま疾走を再開しながら、予感に従って愛槍を前に突き出す。それと相手の詠唱が終わりを迎えるのとは、全くと言っていいほど同時だった。

 

「ーー十字光矢(クルス・アロー)!」

「《排出》!」

 

 突き出した槍の先端から、自分の身体を隠すように排出する。そして即座にそれは爆発して砕け散った。目を瞑りその破片を突っ切って加速すると、その向こう側では女子勇者が驚愕した様子でこちらを見ていた。しかしそれはすぐに消え、再び火球が連続して放たれる。雑な狙いのそれをジグザグに走って回避し、魔術の弾幕を掻い潜って1歩1歩確実に進んでいく。

 

 こうしていると、よくある魔術師は接近戦に弱いという話が全てただの想像であったと実感できる。確かに勇者とかいうチートな塊を除けばこんな使い手は少ないと思うが、魔力が尽きない限りどの距離でも戦えるとかおかしいだろう。まず接近させないせいで俺のような近接武器持ちは殺せるし、火力が段違いな上固い防御力を持つため弓兵も厳しい。不条理には不条理をぶつけるんだと言わんばかりの勢いだ。いや、教わった成り立ちからすると正にその通りだったか。

 

 自己否定ーー雑念を否定しました

 

「チッ」

 

 ほんの少し目の前のことからズレてしまった思考を、チートが無理やり引きずり戻す。間一髪のタイミングで火球を回避し、足の負荷を無視して落ちた速度を最高速に戻す。そうだ、無駄なことを考えたら、問答無用で死ぬのだ。

 

「私は、ずっと考えてたのよ」

 

 一気に弾幕の密度が増し近づけなくなった俺に、そんな言葉が投げかけられた。

 

「確かに王都に来たあの日、欠月君の体調は悪いと言って然るべきものだったと思うわ。でも、突然消えたことに対する説明に納得いかなかったの」

(ブランチ)!」

 

 再び発動されようとした十字光矢なる魔術を、少ない魔力を振り絞って射出した枝で防ぐ。着弾時に即座に爆発……レーザーか何かなのだろうか?

 

 自己否定ーー疑問を否定しました

 

 いや、どうせ魔術だ。地球の法則がどこまで通用するのかは知らないし、気にする意味はない。

 

「長旅が祟って体調を崩して倒れてしまい、第2王女が引き取った。懸命の治療により体調を回復させたが、階段から転落して死亡。あからさまに怪しすぎるじゃない」

 

 淡々と語りながらも、弾幕の勢いは一切衰えることはない。聞かせようとしてるのか殺そうとしてるのか、そして話の内容からも気持ちの悪い矛盾のような……おかしさを感じる。

 

「それで、私は色々な文献を読ませてもらったの。そうすると第2王女は、異端だったり常人では近づかない薄気味悪いものに平気で近寄って、何かと理由をつけて自分の物にするっていうじゃない」

 

 いつか、姫様は性根の悪い輩(マスコミ)に悪評を垂れ流されていると聞いた覚えがある。大方悪い側面だけを誇張して書いていたのだろうが、事実がそうであるのがまたタチが悪い。

 俺のような訳ありで隻腕の奴の身柄を引き取ったり、師匠の様に貴族の誰もが爪弾きにする元荒くれ者を近衛にしたり、俺にこちらの世界のアレコレを教えてくれたお婆さんも元は最底辺の奴隷だったらしい。そんな一物を抱えている者たちが、姫様の元には集まっている。故に、世間がつけた渾名は──

 

「それで、ついた渾名は廃棄物王女(ダスト・プリンセス)。そんな奴に捕まったら、どうなってしまうか容易く想像できるわ」

 

 そう、そんな渾名がつけられてしまっている。

 突如火球から放射型に変わった炎を、後方に大きく跳躍して回避しながらそんな事を考える。着地して息を整え、俺は閉ざしていた口を開く。

 

「どんな想像ですか」

「そうね。等価交換といったところかしら?」

 

 攻撃が止み、一瞬の静けさが戻った空気の中、そんな的はずれもいいところの発言がされた。はぁ? と首を傾げるが、よほど自信があるのか説明は続く。

 

「勇者という貴重な存在の身柄を魔族に提供するかわりに、魔族特有の禁忌の技術を輸入する。飛躍した考えになるけれど、きっと第2王女は、それを以って王国を転覆させる気よ!」

 

 過程は完璧に間違っているが、結論として間違っていないのは勇者として補正か何かが働いているのだろうか?

 

「随分な妄想ですね。流石に飛躍が過ぎますよ」

「そうかしら? 間違ってないと思っていたのだけれど」

「ええ、間違いです。俺がここにいる経緯も、全然違いますし」

 

 姫様の計画、自分自身の身の安全、そしてエウリさん。最初は生きることしか考えられなかったというのに、守るべきものが増えたものだ。

 

「それなら、真実を教えてはくれないかしら?」

「王様に暗に死ねと言われた。そしてその部下の指示で、死地に送り出された。それだけですよ」

 

 端的に、全ての原因を告げる。色々明言はしていないので、ただの被害妄想で片付けることが出来る様に保険はかけた。そんな曖昧な真実でも、女子勇者を動揺させるには十分だったらしい。

 

「え、嘘。……違う。ええ、ええ違うわ!」

 

 錯乱しかけた様に見えたが、()()()()()()()急速に冷静さを取り戻してこちらを指差した。外から見る俺は、もしかしたらこういう気持ち悪さを放っているのかもしれないな。

 

「あなたは捕まってから、そう思う様に洗脳されてるのよ! だから私が助けてあげるわ! 《魔法少女》のスキルを持つ私が!」

「都合の良い解釈しかしないんですね」

 

 ある意味、いくつか感情を失っているらしい俺もそうなのかもしれない。そう思うと、されているらしい洗脳と《自己否定》はなんら変わる事がない物なのかもしれない。

 そう言って手を差し伸べてくる女子勇者は、自信に満ちた顔をしている。間違っても、断られる事がないと確信している様に。

 

「そう、分かり合うことはできないのね」

「ですね」

 

 彼女は杖を構え、俺は槍を構える。

 戦闘の再開が確定したが、この状況は不味い。遮蔽物もないし、盾とできる物も収納されていない。始まったら、一瞬で勝負は決まるだろう。

 

「幻よ!」

十字光矢(クルス・アロー)!」

 

 幻覚を左に、自分の身体を右に投げ出す様に転がった。結果、十字の光は幻術の俺を貫き、俺本体の脇腹も大きく抉り取った。

 

「ガッ……」

 

 軽く転倒しながらも、魔力を回し傷を止血する。イタズラに魔力を消費するより、痛みがないのだからこうした方が合理的だ。

 そんな事をしているうちに幻術は破壊され、圧倒的に俺が不利な状況に逆戻りした。そして、今度こそ十字の閃光が胸元で爆発を引き起こした。

 

「ぇあ、が……」

 

 そうして、どうにもならず俺は家の残骸に叩きつけられた。胸を覆っていた、師匠からのプレゼントであった装甲が砕けて外れた。

 

「ま、だ」

 

 槍を握る手に満足な力が入らない。疑問に思って下を向けば、から血に濡れた木片が突き出ていた。加えて言えば、足にも折れた木が突き刺さっていた。ああ、満足に動けないわけだ。

 そんな無様な姿の俺に近寄った女子勇者が、再び俺に手を差し伸べて言った。

 

「痛いでしょう。苦しいでしょう。動けないでしょう。それを助けられるのは、私だけよ。だからお願い、どうか私に助けさせて」

「そう、ですね」

 

 確かにそうだ。どこぞの奇妙な冒険漫画ではないが、現実は非情だ。たとえエウリさんが駆けつけてくれようと、この状況は打開できるものではない。

 

「それじゃあその前に、1つだけ質問をして良いですか?」

「ええ、勿論よ!」

「この村に火をつけてこんなにしたのは、貴方ともう1人でいいんですか?」

「そうよ! こんな村、焼却するに限るわ!」

 

 …………

 

「でも、それがどうかしたのかしら?」

「そうですね……」

 

 チートで身体に突き刺さった木の破片を《収納》する。手と足に近い場所にあるのだ、効果の範囲内である。

 

「なら、死ぬのは貴方です」

「この!」

 

 死に体である上ろくに力の入っていない右腕を、魔術の強化によって無理やり振り上げた。濡れた俺の腕ははたき落とされてしまったが、ほぼ伸び放題だった爪が女子勇者の腕に傷を付けた。

 

「い、あああああああああああ!!!!!??」

 

 そして、女子勇者の絶叫が炎の夜に響き渡った。ああそうだろう、何せ感度が1,000倍だ。ちょっとした傷を負っただけで、普通に発狂してしまう筈だ。

 ゆらりと立ち上がりながら、そんな事を考える。思いの外、上手くいった。止血も終えたし、そう、思いの外上手くいった。

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

 憐れんだりはしない。殺すと決めたし、ここを壊した犯人を許す必要もない。それにそうだな……意趣返しも、悪くないかもしれない。

 

「痛いでしょう。苦しいでしょう。動けないでしょう。それを助けられるのは、俺だけです」

「ひいっ……」

 

 涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにした女子勇者が、地面を這って逃げていく。

 

 ……胸糞悪い。こんな事、言うべきではなかった。

 

「何を、私に、私に何をしたのよ!?」

「そう聞かれて、敵に情報を明かす馬鹿はいませんよ。勇者以外は」

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 

 多分冷え切った目で俺は言う。胸の中のムカムカは消えないが、少しはマシになった。

 

「ならどうして、と゛う゛し゛て゛!!」

「最初に、殺すって言ったじゃないですか」

「あくま、あ゛く゛ま゛、貴方は人間じゃない悪魔よ!!」

「そうですね。もう、そうなってるかもしれません」

 

 下手な感情はきっとチートに消される。キメた薬で痛みは感じず、人外の知覚を得ている。だめ押しとして、半分人間ではない。悪魔に成り果てるのも、そう遠くはないのかもしれない。

 

「この、人殺し!」

「甘んじて受け入れます。それでは」

 

 胸元に槍を突き入れ、収納で抉り取った。これで確実に、命は奪った筈だ。ドサリと倒れた音を聞き、振り返りもせずに立ち去る。

 

「後、何人だっけ……?」

 

 収納したままだった誰かの部品を咥えて血を吸いながら、そんな事を頭に思い浮かべる。分からない。分からないが、支障はない。

 

「残るは、勇者1人。それで、解放されるんだ」

 

 そうしたらそう、約束通りエウリさんと話をしよう。初めて、俺が大切にしたいと思えた人。

 

「待ってろよ鈴森……」

 

 そして少しくらい、甘えても……いいかもしれない。

 

 そんな事を考えながら、槍を持ってフラフラと俺は歩き出した。

 




チート
《魔法少女》
効果
???

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