あの空に帰るまで   作:銀鈴

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26 サイカイノヨル

 燃え盛る炎に囲まれる中、少し離れた場所で連続して火柱が上がる。幸いにも方向はエウリさん達とは真逆だが、微かに肉の焼け焦げる臭いが伝わってくる。そのことから容易に想像できる事態の不快さに、思わず顔が歪んだ。

 

「違う、今はそうじゃない」

 

 殺す、殺すんだ。命を奪うのだ。そうしなければ、そうしなければ戻って来た意味がない。助けようとした誓いを違えてしまう。みんな死んでしまう。全てがご破算になってしまう。そして何より、大切な人が悲しむ。だから、切り替えたままにしろ。

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 自己否定ーー同情を否定しました

 

「そうだ、これでいい」

 

 異様にクリアにされた頭が、状況を打破するために回転しだす。先程の火柱の場所を思い出せ。今すぐ行って首を刎ねなければいけないのだから。

 

「きゃぁぁぁ!?」

 

 一度深呼吸を入れて気を引き締め直した時、そんな聞きなれた声の悲鳴が耳に届いた。そして立ち上がる火柱。そう、確かあちらはエウリさんがいた方向ではなかったか?

 

「力よ」

 

 度を越した強化の反動で足が砕けるのも厭わず、回復を併用しつつ俺は全力で疾走する。つい先程来た道を一息で逆走し、カーブで靴を片方ダメにしながら加速する。

 ほんの数瞬後に見えたのは、地面にできた人型の黒い染みとその隣で腰を抜かしたエウリさんの姿。そして、その奥で赤い宝石が先端についた杖を構えるフードを被ったローブを纏った人の姿だった。

 

「炎よ、収束しーー」

 

 自己否定ーー憤怒を否定しました

 

 杖をエウリさんに向け呪文を詠唱し始めたその人物に、槍を構えて最高速度で突進する。振り切れそうになる感情に押し流されて幻術を忘れてしまった事に気付いた時には、彼我の距離は一足分もない程まで縮まってしまっていた。

 

「ひっ、壁よ!」

「ぜぁッ!」

 

 そして俺の渾身の一撃は、咄嗟に発動された魔術と思われる土壁に防がれてしまった。更に反動で腕が痺れて握りが緩み、驟雨は吹き飛んでいってしまった。だが代わりに土壁は砕くことができ、その破片は魔術師のフードを吹き飛ばした。

 

「欠月、君?」

 

 フードの下から露わになったのは、黒い髪に厳密には違うが黒い目に平たいパーツ。色々な感情がごちゃ混ぜになった様な、日本人の女性の顔だった。まあ、()()()()()()()()()()()()()()

 

「エウリさん、下がって。後、槍を探してくれるとありがたいです」

「は、はい!」

 

 魔術師の問いかけを無視し、先ずはエウリさんを撤退させる。そして、スペアの槍を取り出して正対した。腕の痺れはもう薄い。驟雨じゃないのは不安だが、これでも最低限は戦えるだろう。

 槍を一振りしてそれを確かめている俺に、酷く狼狽した様子の日本人女性魔術師(仮)は問いかけてきた。

 

「欠月君、3-Cの欠月君よね!?」

「それが? そもそも誰ですかあなたは」

 

 雑に返答しながら、日本人魔術師の姿と魔力の流れを観察する。先程までの火柱の原因は恐らくこいつだ。けれどそうだとすれば、エウリさんとは真逆の方向にいた事に辻褄が合わない。それが、恐らくこいつのチートという事なのだろう。

 

「わ、私は3-Aの三森よ。死んじゃったって聞いてたけど、生きていたのね!」

「ああ、そういう事になってるんですね」

 

 俺が出撃してからもう、多分1月は経っていた筈だ。その間1回も報告がなく、あの燃え尽きた村に視察が入れば死んだという事にされていても不思議ではないだろう。

 出来れば、もうちょっとは情報を引き出したい。いや、隷属化のなんとかがあるっていう話があったっけ。なら、不用意な事を言ったら不味い可能性もあるか。

 

「こんな化け物どもの村にいるなんて辛かったでしょ? 今度は、私が助けてあげるから!」

「どうやってです?」

「私のチートはね《瞬間移動》っていって、長い距離を一瞬で移動できるの!」

 

 問いかけに対する返答を聞きつつ、魔術を発動させる準備を整える。それにしても瞬間移動か、極めて危険と言っていいだろう。何かに勘付かれて報告なんてされたりしたら堪ったもんじゃない。

 

幻よーー

 

 幻術で数瞬前までの俺と同じ場所に、同じ体勢同じ姿の幻覚を設置。足音と気配を殺して無防備に話を続ける三森? とやらの背後に回り込んだ。

 チリチリと、後頭部に熱が灯る感じがした。

 

「だから、こっちに来たばっかりの頃、助けてくれた事の代わりに──」

「《収納》」

 

 そのまま無造作に槍を突き出し、ローブごと貫いてチートで抉り取った。胸部と一部首がなくなった事で、あまり血が溢れることも無くアッサリと首が落ちた。その顔に恐怖や苦痛の色は一切なく、気がついたら死んだという表現出来そうなものだった。

 

「ちっ」

 

 想像通りなら、何人も何人も、こいつがこの村の人たちを焼き殺したのだろう。無論単独犯ではないが、きっとそれは間違っちゃいない。加えて、エウリさんを殺そうとしていた。だからこそ、八つ裂きにしてやりたかったが……同郷のよしみという事で納得しておこう。

 

 自己否定ーー不快感を否定しました

 

 チリチリと疼く様な感覚がする後頭部を、槍から手を離して掻き毟る。ああ、イライラする。

 

「モロハさん、戻り、ます、した」

 

 燃え盛る建物の中に死体を投げ入れていると、そんな声が聞こえた。振り返ると、両手で驟雨を抱えたエウリさんが戻ってきてくれていた。先ほど慌てて逃げてもらった時には確認できなかったが、どうやら怪我などはしていないようだ。

 

「さっきはすみません。怪我はないですか?」

 

 スペアの槍を仕舞い、代わりに驟雨を受け取った驟雨を手に収める。やっぱり、こちらの方が手に馴染む。それこそ、異様と言って良いほどに。

 

「はい。でも、モロハさんこそ、平気、です?」

「はい?」

「だって、泣く、してる……ああもう!

 Dt#3u6%€(だってモロハさん)kR=3qzur+HD(泣いてるじゃないですか)!」

 

 不自由な人語ではなく、流暢な古樹精霊の言葉で、エウリさんがそう言い放った。

 

「え?」

 

 疑問に思い目を拭ってみれば、乾きかけた血とは別に暖かい液体に触れることが出来た。確かに俺は泣いているのだろう。その理由が、1つも思いつきはしないのだが。火事の煙も、エウリさんの魔術のお陰で届いていないのだし。

 

「すみません、泣いてる場合じゃありませんでしたよね。探して助けないと、そして邪魔する人を……」

 

 殺さなきゃ。そう言おうとした瞬間、パシンという小さな音が響いた。そして頬に鈍い痛みが走る。数瞬遅れて、自分が叩かれたという事を認識した。

 

BFbD0IhE(そうじゃないです)! jb40pUIL*Ofx$A6(私とかみんなの事だけじゃなくて)

 M8*(もっと)M8*mt_=4cK*Sxvr(もっと自分を見てあげてください)!!」

「自分をって、何がです?」

 

 自分を見ろと言われても、何が何だか分からない。自分の怪我の状況とか、そこら辺は全部認識しているつもりなのだが。

 

tnD1-h6GgohrZ3D.$(私はみんなと違って若くて馬鹿だから)qtgrXSrMi&6+OvC(上手く察せられてないですけど)

 Up*4e7(さっきの人は)A1*oQ0zj-QXQx7-T(きっと特別な種類の人なんでしょう)?」

「確かに俺を含めてもう234……いえ、233人しかいない同郷の人でしたね」

 

 もっとも、他にも死んでる人はいるかもしれないが。しかもこの数字は、俺が400人近くの人間を見殺しにしてしまっているという事実も示している。確かに最善を尽くしたのかもしれないが、1階に行くくらいなら3階に登って防火扉を閉めることも出来た筈なのだ。舌打ちするのを堪えて唇を噛む、尖った八重歯が食い込んで血が滲むが丁度いい。自分なんかには、これからで相応しい。

 

 そう自虐する俺を、魔族特有の人外の膂力でエウリさんが抱き寄せた。そして、子供をあやす様に優しく頭を撫で始めた。

 

「何、を……?」

qCQ#1WNrUeDL/T8(そんな相手を自分の手で殺めて)uGTLkH(悲しくない訳)PbIEAsKcLM(辛くない訳ないんです)Lwbd2KAfhdy#l=(私たちの事を思ってくれるのは)dIF58x0(嬉しいですけど)@lv9aoe(それはダメです)

 Dt#mi3u6%€(だって今のモロハさん)AKtCfQgG&&xzq(死んだ様な眼をしてますもん)

「そう、でしたか」

 

 自分でも存外、追い詰められていたという事なのだろうか? 一気にこんな事に巻き込まれたせいか、思考も行動もおかしくなってきていたと言えるのではないか? 思い返せば、()()()()()()()()()()()も多々あった筈だ。

 

「なら、この戦いが終わったら、少し話を聞いてくれますか? あんまり楽しいものではないですし、愚痴みたいになっちゃうかもしれませんけど」

(はい)-VoMV2dS&fIVYO(それくらいならお安い御用です)

 

 自己否定ーー性欲を否定しました

 

 微妙に気が緩んでしまったこともあって、体勢もあって妙なことを意識してしまった。チートがその感情は消してくれたが、精神状態がこのままというのは些かまずい。

 

 急いでエウリさんから離れ、頭を振ってリセットをかける。こちらはそういうのが真っ盛りな時期なのだ、仕方がないとはいえ忘れておいてしまいたい。

 

「よかった、bcct3u6%€2%4icd@(いつものモロハさんに戻りましたね)

「そうですか。なら、今度こそちゃんとやらないとですね」

 

 残存敵戦力は勇者2、その他一般兵12。見つけ次第どうにかして、お世話になった古樹精霊の人たちを助ける。そして、今もなお戦っているであろうフロックスさんに加勢する。

 チリチリと疼いていた後頭部の熱が、灼けつく様な痛みに変わったが些細なことだ。殺戮するだけの人形じゃなく、あくまで俺らしく何かを解決しなければいけない筈だ。

 

 そう決意した瞬間の出来事だった。

 

「か、は」

「へばるんじゃないよフロックス!」

 

 通りを1つ挟んだ向こう側。ボロボロの人影が2つ、家屋を砕きながら吹き飛ばされてきた。

 

 自己否定ーー動揺を否定しました

 

「ッー!」

 

 叫びそうになったエウリさんの口を押さえ、冷静に幻術を行使する。俺だって、チートがなければ叫んでいただろう。何故ならば──

 

「ありがとよ、婆さん。つってもまあ、ジリ貧だがな」

 

 吹き飛ばされて来た片方は、全身に切り傷を負い、頭の花を数個散らしたフロックスさん。元々着てていたのであろう軽鎧は、一部は千切れ飛び、一部は融解し、断裂している。両手に握る木刀も、刃こぼれが目立っている。

 

「ハッ、よく言うよ若僧が。そら、次が来たよ!」

「応よ!」

 

 フロックスさんが、飛来した炎の矢を木刀で弾き飛ばした。

 

 もう1人は、質素な木の杖を持ったお婆さん。こちらもまた、ローブには焦げ跡があり、貫通痕があり、口元には血が滲んでいる。

 俺にとっては天上の人の様な実力を持つ2人が揃ってああなっていると言う事に、戦慄を覚えざるを得ない。だが俺には、もう1つ驚愕する要素があった。

 

「なんだよ、こいつら……化け物かよ」

「大丈夫よ、鈴森くん。この人達、かなり消耗してるから!」

 

 瓦礫を踏み越え現れたのは、煌めく鎧を纏った鈴森と、鮮やかな服で着飾った名も知らぬ日本人の女の子……但し見覚えはあるので恐らくクラスメイト。片や鈍い金属の光沢を放つ西洋剣を構え、片や宝玉の嵌った杖を持つ2人だったのだから。

 




チート
《瞬間移動》
効果
所謂ルーラ。50km内ならどこでも自由に瞬間的に移動することが出来る。

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