あの空に帰るまで   作:銀鈴

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25 スベテヲモヤセ

「モロハさん!」

 

 エウリさんと休む事なく全力疾走する事体感で30分強。夜の闇を煌々と照らし出す炎が近づいてきた頃、そんなエウリさんの声が轟いた。

 

「下に!」

 

 泣きそうな声に気を引き締めて見渡すと、前方50mは向こうだが4つの人影が確認できた。

 その内2人は、いつか会った古樹精霊の親子。けれどその姿は記憶と違い火傷や裂傷でボロボロで、足を引きずる子供を親が庇いながら走っている。

 残りの2人は、全身に鎧を纏いハルバードの様な槍を持った兵士2人組。時折放たれる魔法を物ともせず反撃の魔法を放ち、2人をいたぶる様に追い立てている。しかも追い立てる人間2人は、あわよくばを狙っている目をしていることが見てとれる。女装したままスラム街に紛れ込んだ時、浮浪者が俺に向けていた目と全くの同質だ。

 

「下衆がっ……」

 

 不快、不快、不快。恩人達が焼かれているかもしれないというだけで胸糞悪いというのに、こんなものまで見せられてしまってはどうにかなってしまいそうだ。不愉快極まりない。

 

 自己否定ーー憤怒を否定しました

 自己否定ーー激情を否定しました

 

 強制的に落ちたかされた精神に舌打ちしつつ、強化を全身に回し直し、魔法でしなる枝を足場として出現させる。そして俺は、エウリさんを置き去りにして飛んだ。

 

 落下による加速と強化された脚力、枝のしなりが全て複合された速度は、ものの数秒で俺を地表に導く。その僅かな間に、斜めに落下する姿勢から槍を振り抜いた反動で体勢を整えた。そして、両足と突いた驟雨の石突きが地面を抉り、砂埃を上げながら俺は兵士達の目前に着地する。

 

 自己否定ーー罪悪感を否定しました

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 自己否定ーー同情を否定しました

 

「貴様! 何もn」

「シッ!」

 

 殺す

 ただそれだけの意思を込めて、兵士に接近し、手首を返して槍を跳ね上げた。ただそれだけで、何かを言いかけた兵士Aの首を愛槍は跳ね飛ばした。

 

「曲者!」

 

 吹き上がる血の噴水に、漸く兵士Bは敵襲だと気がついた様だ。だが遅い、あまりにも遅い。師匠にも、フロックスさんにも比べる事が烏滸がましい程反応がトロい。

 

 故に殺す

 

 跳ね上げた槍が持つ力に振り回される様に、その遠心力に身を任せ身体を回す。無茶な動きだが、こんなものは後で魔術で治癒できるから関係ない。そうして回した身体のうち、ピンと伸ばした足が狙い通り相手の首に届いた。ならばする事はただ1つ。

 

「《収納》」

 

 そう呟くだけで、相手の首元から目の当たりまでが、球状にくり抜かれた。相手が人間である限り、これで確実に殺したと確信できる。しっかりと制動した後槍を振り抜き、邪魔な頭部は近くの茂みに《排出》で投げ捨てた。いつかはこれで肥料にでもなるだろう。

 

 生暖かい鮮血のシャワーを浴びながら振り返ると、既に着地したエウリさんが2人の治療を始めていた。けれど治療されている2人は、どちらもとても険しい表情をしていた。

 邪魔な死体を蹴り飛ばして血が跳ねないように倒しながら、その話に耳を傾ける。

 

「エウリの馬鹿! なんで戻ってきたの!」

 

 気が抜けたのか、気を失ったらしい娘さんに変わってお母さんが怒鳴った。手に淡い光を灯し、魔術で傷を癒すエウリさんは、泣きそうな顔になりながらも答える。

 

WGY0$&GdzmE(みんなを見捨てられる訳)=YqzrNp-9(ないじゃないですか)!!」

 

 そんなエウリさんの絶叫に、お母さんも怒るに怒れない様だった。そして、くしゃりと優しくエウリさんの頭を撫でた。

 

「それじゃあ、仕方ないね。旅のお方、貴方もそうなのかい?」

「ええ。同族だからこそ許せま……いいえ、不愉快なんです。恩人の方々が蹂躙されるなんて、見過ごせるわけありません」

 

 自己否定ーー激情を否定しました

 自己否定ーー吸血衝動を否定しました

 

 失いかけた正気が、チートによって引き戻された。それでも歯は、ギリと嫌な擦れる音を立てるほど強く食いしばられている。

 

「止めても、無駄みたいだね。なら行くといいよ。流石のフロックスでも、勇者3人は荷が重いだろうからね……」

「ッ!」

 

 3人という数字が、重くのしかかる。俺みたいな中途半端なチートではない、物語の様なチートを持つ勇者が3人だ。幾らフロックスさんと雖も……そんな、嫌な想像が頭をよぎる。

 

 自然と槍を握る手に籠る力が強くなった。けれどそんな俺の手を、エウリさんが優しく包んでくれた。

 

「ダメですエウリさん、血で汚れます」

「いい、です。モロハさんの、苦しみ、少しでも、分ける、です」

「あはは、ありがとうございます」

 

 エウリさんに離れてもらい、全身を軽く振って血を払う。

 本来はこんなにまったりとしていたくないのだが、ここに来るまで残り3割にまで減った魔力の回復時間だと割り切る。半吸血鬼という体質のお陰か、血を浴びるだけで回復したのだ。

 

「いいねぇ、若いっていうのは」

「ち、違う、ます!」

 

 ワタワタと慌てて、頬を染めて否定するエウリさんを横目に、俺は先程倒した死体に近づく。

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

 槍を仕舞い、仕方がないと割り切って、その首筋に八重歯を突き立てた。途端に口の中に広がる鉄錆の味と匂い。それを美味しいと感じてしまう自分に吐き気と気持ち悪さを覚えつつも、魔力と血を共に吸い上げていく。

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

 心なしか萎んだように見える1人目を茂みに投げ捨て、もう一体からも吸血する。そうだ、俺は助けるって決めたんだ。その為にはなんでも利用するとも。だったら、これくらい耐えなくてどうする!

 

「ぷふっ」

 

 そうして2人目の処理を終えた時には、魔力は7割ほどまで回復してくれていた。これならまだ暫く保つだろう。そんな事を考えつつ振り返ると、エウリさんとお母さんから微妙な目で見られていた。

 

「幻滅しました?」

「別に、ない、です」

「そういえば、吸血鬼だったねあんたは。それならしょうがないだろうね。ま、時と場合は選んで欲しかったけどね」

「時間がないので」

 

 口元を拭ってから、再度排出した驟雨を握りしめて俺は言う。こんな死ぬほどやりたくないことまでやって、間に合わなかったなんて事になったら死んでも死に切れない。

 

「なら、早く行きな。隠れるだけなら、もうここなら問題なくできるしね」

「不安はありますけど……分かりました。先を急がせてもらいます」

「2人とも、どうか、無事、で!」

 

 お辞儀をしてから、腕が潰れるイメージで魔術回路を再起動。脚のみに強化を回して、再び俺たちは村へと駆け出した。

 

 

 血の匂いがする。

 焼ける植物の匂いがする。

 腐臭にも似た、人死の匂いが立ち込める。

 狂気の匂い。

 凶事の匂い。

 鬼の匂い。

 

 昼間まで平和だったこの場所は、炎の壁が舞い踊る阿鼻叫喚の地獄と化していた。足を踏み入れる事が出来たこの村は、あの自然の面影など欠片も残さぬほど炎が蹂躙し尽くしていた。

 

「エウリさん、空気を生み出す魔術とかってあります?」

「ある、ます。何故?」

「すぐに俺たちを囲むように発動してください。じゃないと、多分気がついたら死にます」

「分かる、ました!」

 

 多分異世界でも、一酸化炭素中毒などは発生するだろう。そこら辺の事は詳しくないが、火災現場ではよくある事と記憶している。ならば、対策しておくに越したことはない。

 

 そして、エウリさんがその魔術を発動してくれるまでの間に、強化も回して全力で耳を澄ませる。敵味方の場所の特定、これがなければただ無意味に村を走り回って間に合わない事態が必ず発生する。それだけは避けなければならない。今度こそ、守ると誓ったのだから。

 

 チリッと、後頭部に熱が走った。

 

 脳がパンクしそうな勢いで、様々な音が聞こえてくる。

 

 炎が燃え盛る音。

 

 木が弾ける音。

 

 魔法による風音。

 

 家が崩れる音。

 

 砂を噛むブーツの足音。

 

 ……見つけた。人数は分からないが、多いのだけは分かる。

 

「見つけました。エウリさん、大丈夫ですか?」

「はい!」

「なら、行きます!」

 

 そう告げて、俺は全力で駆け出した。この村の形は覚えている。足音が聞こえるのは、次の通りを曲がった所!

 

「ハハハ! 一丁前にガキを守って死にやがったぜコイツ!」

「何言ってんだよお前、このガキだって俺たちよか年上だぜ?」

「うお、マジかよ? ロリババアって奴か? 好事家に売りつけりゃ、相当な金になるんじゃねぇの?」

「違えねぇ!」

 

 そこで俺が見たのは、見てしまったのは、クソみたいな光景だった。

 

 自己否定ーー憤怒を否定しました

 自己否定ーー憤怒を否定しました

 自己否定ーー憤怒を否定しました

 自己否定ーー憤怒を否定しました

 自己否定ーー憤怒を否定しました

 

 見覚えのある女性が、あのハルバードの様な武器で喉を貫かれ、磔にされていた。頭にあるピンクの大きな花は、生気を失って萎れている。全身に刻まれた無残な傷と、光を失った目がその命の灯火が掻き消えている事をこれ以上なく明確に示していた。

 

 自己否定ーー憤怒を否定しました

 自己否定ーー憤怒を否定しました

 

 そしてその足元には、奇跡的に無傷な女の子が蹲っていた。そしてそれを囲む様に、鎧を纏った人間が6人存在しギャハハと下品な笑い声を上げていた。

 

「でもどうせこいつら、魔族なんでしょう? そんなの買う奴がいるんで?」

「いるんだよ。それで金儲けしたら、ここの全員を高級娼館に連れてってやるよ」

「ひゅ〜、隊長太っ腹〜!!」

 

 ああ、駄目だもう。自己否定が鳴り止まないが、そんなの知ったことか。人数差が圧倒的だけど、そんなの知ったことか。こいつらは、こいつらだけは殺す。

 

 こいつらにも家族がいる? そんなの知るか、殺したいから殺す。

 教えが悪いから仕方ない? そんなの知るか、殺したいから殺す。

 命令されたから仕方ない? そんなの知るか、殺したいから殺す。

 種族が違うから仕方ない? そんなの知るか、殺したいから殺す。

 

「幻よーー」

 

 冷静に自分の姿を幻術で隠し最大速で接近。

 先程と同じ様に、全力で槍を跳ね上げて首を飛ばした。

 繰り返す様にに蹴り飛ばし、チートで首元を消しとばした。

 

「なっ」

「敵襲ッ!!」

 

 口を開くなんて愚策は侵さない。

 崩れた体勢を震脚し整えて、そのまま背中からタックルして1人を吹き飛ばした。壊れた建造物に胸を貫かれるのを確認した。

 

「何処だ! 何処にいる!!」

「馬鹿者が、魔術か魔法だ! 魔法祓いを早く使え!」

 

 なんだかゴミがよく分からない事を喚いているが無視する。

 射出した石突きで動きを無理矢理止め、そのままの構えで突進した。金属鎧を抉り抜いたその死体を、隊長と呼ばれていた人間に向けて吹き飛ばした。

 

「ぐっ、な、貴様ぁ!」

(ソーン)拘束(バインド)

 

 踏みつけた足を起点に魔法を発動。隊長と呼ばれた人間の足元から荊の蔓が出現し、足を絡めとり後ろ手に腕を縛り上げた。このままじゃ不安も不安なので、邪魔な死体を殴り飛ばしてから愛槍で隊長の武器も弾き飛ばす。そして、槍を用いた全力の足払いで転倒させた。

 

 ここまで僅か2分程。隊長の胸元を踏みつけ、首筋に槍の刃を当てながら、漸く俺は幻術を解除する。

 

「な、貴様は!!」

「黙れよクズ」

 

 頭に感じる熱のままに、言葉が口から溢れ出した。まるで()()()()()()()の言葉の様だが、本心と変わりはないので違和感は黙殺する。ついでに喉を踏みつけて黙らす。

 そして、その体勢のまま、へたり込んでいた女の子に言う。

 

「早くあっちへ逃げて。エウリさんが待ってるから」

 

 そう指差した方向に、へたり込んでいた女の子は走って行った。

 それを確認してから、喉から足をどかした。汚い咳に無性に腹がたつ。

 

「この部隊を率いてる勇者3人の名前と、この作戦の参加人数を答えろ。じゃなければ殺す」

「ひっ……ひは、誰がお前なんかに教えるものか! 棄てられた勇者風情が!!」

「あっそ」

 

 槍を引き、片腕を切り飛ばした。回復魔術で止血だけはしておく。

 

「ひ、ぎ、がぁぁぁぁぁ!?」

「これでお前も、俺と同じだ。答えてくれれば、左腕は切らないで生きて王都に帰してあげるんだけど?」

「は、ははは! ヴァカめが!」

「で?」

 

 槍を引き、もう片方も切断した。同じく止血。

 

「あ、がぎ、ぐぇ」

「煩えんだよさっきから」

 

 再び喉を踏みつけ、無駄に叫ばない様にした。

 

「で、答えるの答えないの? 肯定なら一回瞬きして」

 

 数秒返答を待つと、一度瞬きがされた。それを確認し、喉から俺は足をどかした。すると再度汚い咳を何度かした後、隊長は喋り始めた。

 

「部隊の総人数は、100、人。その内、50名は、化け物みたいな魔族に、殺された。さらに30名が、魔法で殺された。残りの20人は、4部隊に分かれて、討伐中だ」

 

 そう考えると、俺が殺したのは8人だから残りは12と勇者の3人という事になる。ああ、早急に始末しないと。

 

「勇者の名は、言えない。知らないんだ! 本当だ!」

「あっそ。教えてくれてありがとうね、隊長さん」

「ああ、言った! 俺は言ったぞ! 帰してくれるんだよな! 本当だよな!」

 

 地面に倒れたままの隊長が、そんな事を喚き散らした。

 

「残念だけど、それ嘘だから」

「は?」

 

 収納で頭を消しとばして投げ捨てる。

 そう、棄てられたとはいえ俺の立場はあくまで、姫様子飼いの勇者なのだ。そんな奴が『魔族と協力して人間に敵対していた』という状況を見られたらどうなるか。そんなのは想像するに固くない。ああそうだ、だからこそ俺が取るべき選択は──

 

(みなごろし)だ」

 

 密かにそんな決意を固めた俺の視界内で、またも大きな火柱が夜を焼いて立ち昇った。

 


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