あの空に帰るまで   作:銀鈴

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22 邯鄲之夢

 魔法と魔術の知識を詰め込まれた翌日、意味深じゃないフロックスさんとの戦闘を終えた俺は、再び講義の席に座っていた。今日はエウリさんは薬草集めらしく、マンツーマンの講義となっている。

 

「さて、これから説明するのは、昨日飛ばした吸血鬼(ヴァンパイア)についてさね。恐らく人間にはマトモな情報は伝わっていないから、一から説明してあげるよ」

「よろしくお願いします」

 

 きちんと頭を下げて俺は言った。確かに姫さまのところで学んだ情報は正確じゃないかもしれないし、その道のプロから聞いておくことに損はない。

 

「まず吸血鬼って奴らはね、基本雑魚だよ」

「へ?」

「吸血鬼単体じゃ、私ら古樹精霊にすら届かない力しか持たない弱小種族さね。生まれたての吸血鬼なら、そこらの人の城に詰めてる一兵卒でも殺せるだろうね」

 

 最初から、知識が根底から覆された。それならファビオラの力はなんだったと言うのか。

 

「けれどね、奴らは血を吸う事で変貌する。それが奴らの魔法の効果の1つのさね」

「血を吸うと……ですか」

 

 ならば俺は、やはり雑魚という事なのだろう。けれど、伸び代があるという事は保障された様なものだ。努力が返ってくるのなら、どこまでも修練を積めば良いのみである。

 

「奴らは血を吸うことによって、相手の血の記憶を読み取って取り込むのさね。そうして、取り込んだ力をある程度自由に払える様になる。私らのを吸えば樹木を操れる様に、獣人のを吸えば身体能力が上昇したりね。竜の血を取り込めば、ブレスも吐けると聞くね」

 

 という事は、ファビオラはどれだけの血を取り込んできたのだろうか。もしかすると、勇者の力も使うことが可能なのかもしれない。

 

「そうして吸血鬼は力を付けて、一定の域を超えると進化する。下級(レッサー)中級(ミドル)上級(ハイ)って感じにね。ここら辺を統治するファビオラは、その上をいく唯一の真祖(アンセスター)さね。吸血以外の魔法を使える様になるのは、中級からさな」

 

 という事は、俺は最低中級相当という事らしい。これに関しては、ファビオラに感謝しない事もない。

 

「けどこの法則には例外があってね。上位の吸血鬼が眷属を作る際には、初めから血の記憶が受け継がれ力のある吸血鬼が生まれる。まあ、血の記憶を制御出来ずに自滅する事も多いがね」

「成る程……俺はそのタイプですね」

 

 思い返せば、心当たりが1つある。ここに飛ばされる直前の、霧化としか言えない謎の回避や亜竜の召喚がそれだろう。血を吐いただけで済んだのが僥倖か。

 

「だろうね。見た所あんたは中級から上級の力がある様だけど、何も制御出来ずに下級並しか発揮出来ていないさね。宝の持ち腐れとはよく言ったものだよ」

「ははは……」

 

 自覚はしていたが、他人から明確に指摘されるとまた認識が変わってくる。力に溺れるな、技術に満足するな、自分はまだまだ格下だ。心は多少チートで強くとも、他がクソムシ以下なのだと。

 

「銀や聖別された武器以外で傷つかなくなるのは上級からだが、再生は下級でもあるから安心するといいさね。ま、速度に差は出来るがね」

 

 そうして背後の木の板に、箇条書きで種族特徴が示された。

 

 ・単体では雑魚

 ・血を取り込む事で強くなる

 ・下級、中級、上級、真祖に別れる

 ・魔法が使えるのは中級から

 ・暴走して自滅も多い

 ・特別な武器が必要なのは上級から

 ・再生は全位で共通

 

「吸血鬼を纏めるとこうなるが、何か質問はあるかい?」

「はい。心臓に杭を突き刺すか日光で焼かないと死なないと聞いてますけど、それはどれくらいからですかね?」

「そうさな……日光に関しては、真祖を除いて誰にでも効いた筈だよ。下級なら即消滅、中級なら重症の上力が半減、上級なら力が弱まるくらいさな。心臓に杭なんてのはただの創作だね」

「なら、どうすれば死にますか?」

 

 自分がどれだけの無茶を出来るか、敵として現れた場合にどうするかのどちらにもこの質問の答えは応用できる。

 

「身体の再生限界まで殺す事だね。これから説明する魔法もあって実行することは辛いが、まあ日光とそれ以外には方法がない。だから吸血鬼は厄介なんだよ」

「なるほど、ありがとうございます」

 

 という事は、自分の限界さえ知っていればそこまでは無茶できるという事で良いのだろうか? 良いのだろう。ブレーキが必要ないのなら、最適解にはすぐに辿りつける。

 

「質問はもう内容だね。なら、気になってるだろう吸血鬼の魔法の説明に移らせてもらうよ」

 

 コクリと頷いて話がされるのを待つ。

 

「昨日のおさらいさね。魔法とはどんな技術だったか覚えてるかい?」

「かくあれかしと望むだけで、異常を顕現させる術……であってますか?」

「問題ないよ。付け加えるなら、各種族で使える範囲が違い、種族毎に大体1つの系統に分類出来るくらいさね」

 

 ま、最後のは教えてないがねと言っている辺り、満点を出す気は無かったのだろう。読み取れない自分が甘い、それだけの話だ。

 

「繰り返すけど、私ら古樹精霊は植物、人狼は己の力、竜は龍の力を魔法として操る。なら、吸血鬼はなんだか分かるかね?」

「……夜とかですかね?」

「なんだいそりゃ?」

 

 何を言ってるんだこいつはという目を向けられてしまった。

 

「まあ私も正解させる気は無かったがね。

 吸血鬼の魔法の根底にあるのは、██さね」

「……?」

 

 今、お婆さんはなんて言ったのだろうか?

 

「こいつは吸血鬼の成り立ちに関係している。吸血鬼って種族は、元は人間でね。原初の吸血鬼は魔術の腕が素晴らしいが変人だったせいで、人間どもが同族の癖に██てね。追い詰め重税を敷いて、とことん迫害されたんさね」

「やっぱり人間って屑じゃないですか」

「そうさね。その果てに、如何なる理由かは知らないが、吸血鬼に変生したと聞いた。その時、人間だった時の名前は捨てたともね」

 

 その言い方から察するに、恐らくお婆さんはその原初の吸血鬼と知り合いなんだろう。

 

「話を戻すけど、吸血鬼の魔法はそこの怨みや妬みや嫉みが由来さね。吸血の際に堪え難い快楽を与え傀儡にする魔法、吸血を介し相手の力を写し取る魔法、魔法を宿した目で相手を甚振る術、影や動物など人の根源的██を呼び起こす物を操る魔法、相手に██を与えるモノに自身を変化させる分化の魔法。

 魔族としても異常な5つもの魔法は、全てが元は復讐の為にあるものさね」

「……」

「あんたは何も言わないのかい?」

 

 話を受け止め口を噤んだ俺に、お婆さんはそんな事を聞いてきた。半分は人間という事もあっての配慮だろうか? けれど、答えは決まっている。

 

「何も、言う資格はないです。復讐は個人の問題、良い悪いじゃなくて終えて再出発出来るかです。第三者が口を出していいものじゃないですよ」

「はっ、半世紀も生きてない若造がよく言うよ」

「仮にも勇者ですからね」

 

 それに、恐らく予想通りならその原初の吸血鬼は……

 

「それを理解出来てるなら、ファビオラの奴も文句はないだろうね」

「やっぱり、原初の吸血鬼ってファビオラでしたか。それに、俺を吸血鬼にしたって分かってたんですね」

「あやつとは500年来の朋友よ。入れられた血は半分とはいえ支配されてない上、その魔力を間違える訳がなかろうよ」

 

 ハッと自嘲する様な笑みを浮かべてお婆さんは言った。助けてくれた理由や、ここまで良くしてくれる理由の1つはきっとそれなのかもしれない。

 

「これまでの説明から、時を重ね血を取り込んだ吸血鬼程強いと言うのは分かったね? その点あんたは、ファビオラの血が取り込まれている分他の奴らよりもリードしている。血に飲まれる可能性もあるから、実際はトントンと言えなくもないがね」

「それは仕方がないですね。そもそも、アレに歯向かって、殺し合いをして、死んでないだけで儲けものですから」

 

 実際、あの気紛れがなければ死んでいただろうし。そうなれば、ここに来ることも出来なかった。

 

「よく死んでないねあんた……」

「手首を2つほどもぎ取ってもいますね」

「あんた、実は中々やるね……あの毒薬よりは、まだマシなドーピングアイテムになるだろうね」

 

 関心した様に言われるが、偶然なので何も誇るところはない。

 

「使わない事を祈りますよ」

「それに越した事はないさね」

 

 そうしてさてと一息ついて、お婆さんはこちらに向き直った。

 

「今度は魔術についてさね。あんたが使えるのは、初歩の初歩である魔術が4つのみだったね?」

「はい。魔力が少なかったので、それくらいしかまともに使えなかったので」

 

 一応あの4つには、そんな理由もあったのだ。今は倍近くまで増えている事もあり、常人よりは多く熟練者の平均よりは少ない程になっている。

 だが、タンクが幾ら大きくとも蛇口が小さければ水は中々出ない様に、一度に行使できる量がそう多くないのも変えようのない事実だ。

 

「普通の魔術師ってのはね、使える魔術の10や20はあって然るべきなんさね。初歩の初歩を4つだけじゃ、どうにも格好がつかないだろう? 1つだけ、上級の魔術をあんたに教えてやるよ。魔法は個々の感覚で変わるから教えてやれないしね」

「……はい?」

「折角助けてやった奴がすぐにおっ死んだら寝覚めが悪いし、何よりエウリが悲しむからね。気合を入れな」

「うす。それで、その上級の魔術と言うのは?」

 

 エウリさんを悲しませない為……これほど分かりやすい俺を動かす理由はないだろう。多分、フロックスさん辺りが漏らしたんだろうな。

 

「教えてやる魔術の名は《幻術》吸血鬼の魔力とも親和性が高いから、まあ楽に覚えられる方ではあるさね」

「幻術、ですか?」

 

 それはなんと言うか、一見聞くとそこまで凄そうには思えない。

 

「たかが幻と思って舐めるんじゃないよ。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、不特定多数の相手の五感を騙すのは相応以上の技術が必要さね。どれだけ使えるかはあんた次第だよ」

 

 そんな俺の思考を嘲笑うかの様に、幻術は異常な性能を誇っていた。もしこれを使うことが出来る様になったのなら、確実に力となってくれるだろう。

 

「習得まで、頑張らせていただきます!」

 

 攻撃魔術じゃない辺り、俺らしいといったところか。残り僅かな時間だが、終わりまで頑張っていこうと思う。力不足で知識不足で経験不足で技術不足、俺には研鑽あるのみなのだから。

 

 




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