「
「えっ」
自己否定ーー動揺を否定しました
また明日なーと手を振るフロックス邸から出発して数分。日が1番強い時間帯な所為で露出してる肌を灼かれる俺に、エウリさんはそんな事を聞いてきた。言うわけにはいかないが、随分と勘が鋭い。もし将来そういう中になる人は、きっと尻に敷かれることになるだろう。
「ちょっと広義の戦闘を、ですね」
「
「今回はフロックスさんに無理矢理って感じでしたので……」
一切間違ったことは言ってない。ついでに言えば、記憶も途中からないので何があったのかは定かではないが。
「
「ですね。魔法と魔術とかの話は、お婆さんに聞けとの事だったので」
「
「えっ」
当然のそんな言葉に、再びそんな声が漏れてしまった。今まで殆どマンツーマンで教えて貰っていたからだろう。そんなのは珍しい事だと考えを訂正する。今までのは、善意と偶然によって助けられていた珍しい事なのだ。
「
そこでエウリさんの言葉は途切れ、すうと大きく深呼吸をした。何だろうかと首を傾げる俺を真っ直ぐに見つめ、意を決した様に口を開いた。
「こ、ですか、ね? ひとの、をとば、ならて、るです」
それは、疑いようもなく人の言葉だった。たどたどしく間違いもあるが、翻訳の魔術が発動する事のなく意味の通じるものだった。
「凄い……因みに、人の言葉はどれ位の間?」
「だいたい、にあげつ、です?」
「俺なんて、6年は違う言葉を習ってるのに覚えられてないんですよ。本当に凄いです」
使う機会なんて地球に戻ることが出来た場合位しかないだろうが、それだけやっていても英語の会話が出来ないのだ。それに比べて、2ヶ月程で軽い会話が出来るようになったらしいエウリさんは、種族が違うとは言え天才と言って過言ではない気がする。
「
「多分術師としての力量も俺より上ですし、ほんとエウリさんは凄いです」
まあ、10日間の詰め込みで魔術を覚えた奴と比べるのは失礼かもしれないが。唯一勝てそうなものと言えば武器を持っての近接戦闘だが、土俵違いも甚だしいので却下である。
「
「俺がここにいる時間はもう少ないですけど、応援しますよ」
「
・
・
・
「なるほどね。それで私のところに来たって訳かい」
歩いていく事数分。到着したお婆さん宅で、俺は思いっきり呆れられていた。急に来るんじゃないという事らしい。最もすぎて何も言い返すことができない。
ここでエウリさんと並んで教えてくれるという事は、あり得ない程の温情だと理解しておかないといけない。
「すみません」
「謝るんじゃないよ。どうせ近々叩き込んでやるつもりではあったんさね。それが早まっただけと諦めるよ」
はぁ……と大きなため息を吐き、お婆さんは言った。だが、やはり違和感が付きまとう。元々教えるつもりだったとは、よそ者に対して親切が過ぎる。
それに、街で遭遇する人たちも基本的に俺とエウリさんには異常に親切なのだ。後者はまだ分かるが、俺に対してその態度は気味が悪い。親切は受け取るが。
「教える前に、ちと確認するよ。あんたが魔術を学んだ期間、使える魔術の数、そして知識。それらが分からん事には、何を教えたらいいのか見当もつかないからね。エウリには退屈かもしれんが、構わないかね?」
「
「そのいきだよ」
そう言ってお婆さんがエウリさんの頭を優しく撫でる。その姿と雰囲気を見れば、エウリさんがどれほど大切にされているのかというのが伺える。本当に、ここは良い場所だ。
その後お婆さんはこちらに向き直り、何かを見透かす様な目で言った。
「そろそろ思い出し終えたかい? なら早く言うんだね。わたしゃ、いつまでも待つ程寛容じゃないよ」
「了解です」
そう俺は返事をし、自分のなさ過ぎる魔術の経験について話していく。魔術を習った期間は10日、使える魔術は強化・再生・閃光・変声の4つ、姫様から学んだままの知識。自分自身で確認しながら最後まで話し終えた時、お婆さんは納得する様に1度だけ頷いた。
「あんたが1番得意な魔術と苦手な魔術、それぞれ1回見せな。それでこれは終わりさね」
その言葉に促され、久々に落ち着いて魔術のスイッチを入れ、俺は魔術を行使する。実はどの魔術も練度に差はほぼないが、強いて言えば強化が得意で閃光が苦手なのだ。
エウリさんはその間、白っぽい葉で出来たノートらしき物に何かをずっと書いていた。その姿に、所々霞みがかってきている
「どうにもあんたは不運体質らしいが、良い師に恵まれたね」
「そうなんですか?」
「恐らく才能がほぼなかった人間の才能を開花させ、基礎中の基礎とは言え魔術を4つも仕込んだんだ。そうそう出来ることじゃあるまいて」
やはり自分に才能は無かったらしい。そんな奴を助け出してくれた姫様には、改めて感謝するしかない。
「そしてこれなら、付いてはこれるだろうね。あんたの師が教えられなかった事を含め、講義してやるから覚えるんだね。質問はいつでも受け付けるよ」
こうして、俺の異世界に来てから初めての座学が始まった。
◇
「そもそも、魔法と魔術の違いとは何か。先ずはここからさな」
最初に、1番知りたかった事が切り出された。
「魔法というものは、私ら魔族や魔獣が使う条理を外れた力の総称さね。竜どもならば飛行やブレス。私ら古樹精霊なら植物を意のままに操る力。人狼なら変身や身体の強化。それらを人は使えないが、私らは生まれた時から自由に操る事ができる」
殺されかけた
「それはつまり、技術などなく無意識に魔力を自覚し働かせ、行使していると言う事に他ならない。かくあれかしと願うだけで、そこに異常が顕現するんさね。勿論、干渉できる事柄に限界はあるがね。曰く奇跡。曰く悪魔の術。曰く異端の象徴。幾度となく名称は変遷し、辿り着いたのが『魔を統べる法』即ち魔法さね」
「魔を統べる法……」
ノート的なものに何かを書いているエウリさんとは違い、筆記用具のない俺は全部覚えるしかない。中々辛い事になりそうだ。
「これに対し魔術……正式名称『異族・魔族特異戦闘術汎用再現術』は、エインズという人間の男が生み出した技術さね。魔法発動に使われる道……便宜上『魔術回路』と呼ばれる物を、人の持つ微量な魔力で擬似的に生成し固定化。そこに魔力を流す事で、訓練次第でどんな魔法も擬似的に使える様になる。そう、どんなものでもだよ。
魔族も魔獣も、基本的に自分の種族がそうであるという以上の魔法は使えない。けれど魔術は、そこを訓練で埋められる特性を持っているんさね」
そこに遊びや夢がないのは、相手を殺すための技術という事なのだと姫様は言っていた。聞く限り、人間は本当に淘汰されてもおかしくない程弱い生き物だった様だし。
「代わりに、詠唱なんていう物があるせいで即座に発動出来ず、回路を励起し続けているといつか拒絶反応で大怪我をする代償を持っている。それに、魔術には製作者からして1つだけ大きな誤算があった」
「誤算……?」
「当時は魔獣と一括りにされていた中、人型の者たちにもそれは使えたんだよ。それが理由で発展してきたのが今の魔族さね」
竜などを始めとした巨大な魔物と違い、人型で小柄な魔族が生き残っていたのはそういう理由らしい。けれど1つ疑問がある。
「ヴァンパイアは、色々と異端で例外だから後回しさね。あいつらについて話すと、日が暮れても足りないからね」
「了解しました」
考えはお見通しの様だ。一応自分の種族に混ざったものだから知りたかったけれど、後回しなら諦めるしかない。どうにも特別な事情があるっぽいし。
「魔術が魔族側に流出した流れがまた面白くてね。エインズの女の好みを、
「いつの時代どの世界でも、ハニートラップは有用って事ですね」
多分、俺にはチートがあるお陰で効果はないだろうが。いや、そもそもハニートラップを仕掛けるだけのメリットがないか。
「そうさな。そして、魔術を公開し当時各個撃破されるだけの荒くれ者を纏め上げたのが、初代魔王ディルガナ様。これによって、私らは狩られるだけじゃなくなったんさね」
「人側の常識じゃ、魔族が全て悪いってなってましたけど、やっぱり人間って屑ですね」
「同族に言われちゃ世話ないね」
だが、一応姫様の考えは違った。多分、王族だから秘せられた真実とかを知っていたのだろう。クーデターを成功させた暁には、友好的や中立の立場を保つ魔族とは友好関係を結びたいと言っていた。叶わぬ理想かも知れないが、付いて行くに値する人だと思う。
「因みに、この話の面白いところはここからでね。エインズを籠絡した
段々と言葉に熱がこもってきた辺りで、エウリさんがピシッと手を挙げた。
「
「む、すまんね。少し若かった頃を思い出していた。さっきの話は、何回か書籍化されてるから持っていくといいよ。確か人語版もあったしね」
そう言って、どこから取り出したのか大きな本を手渡された。チラリと中を覗けば、ちゃんと読める言語で書かれていた。タイトルは『影法師の魔法』……いつか読んで見るのもいいかも知れない。
「話を戻すよ。魔法と魔術の区別は、大体説明した通りさね。ヴァンパイアについては明日話すとして、残り4日、あんたには魔法の使い方をみっちり叩き込んでやる。覚悟するんだね」
「よろしくお願いします!」
現実に引き戻された気持ちのまま、俺は頭を下げた。何回か使っている気がするし、これから4日は死に物狂いで頑張ろう。武術も魔術も、今の俺にはまだまだ足りないのだから。
【嘘告知】
初めは任務だった。魔族を救う使命だけの関係だった。しかし、逢瀬を重ねる度にシャルマはエインズに惹かれていく。
使命と立場、優しさと種族の差に揺れる恋心
果たしてシャルマの選択は──
影法師の恋、大好評発売中!(大嘘)