あの空に帰るまで   作:銀鈴

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02 夜襲

 自己否定ーー判定に失敗しました

 自己否定ーー判定に失敗しました

 自己否定ーー判定に失敗しました

 自己否定ーー判定に失敗しました

 

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 ・

 ・

 

 informationーー自己否定の練度が上昇しました

 自己否定ーー魔法《眠りの檻》を否定しました

 

 

 ふと、急に目が覚めた。

 

「ふぁ……今何時だし」

 

 寝ぼけて働いてない頭を懸命に働かせ、目をこすりながら時計を見る。針が指し示す時間は午前3時、かなり遅い時間だ。

 けれど、頭が働いてくるにつれて異常な事が起こっていると理解が進んでいく。普段ならこの時間、聞こえる音は自然の音とクラスの皆の呼吸音のみ。

 けれど今はなんだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!」

 

 立ち上がり大慌てで窓から外を除き込む。そこには、ここ数日考えていた最悪の想定の1つが広がっていた。

 

 眼下に広がって居たのは異形の群れ。創作物でゴブリンと呼ばれていそうな、小柄な緑の人型が多数。所謂オークと呼称されている化物に近い、豚頭の大柄な人型が十数体。ゴブリンメイジとでも呼べばいいのだろうか、杖の様な棒を持ち光る魔法陣の様なものを展開する緑の異形が3体。そして、それらを従える様に最奥で踏ん反り返る、黒い肌の巨大な豚頭の人型。

 

 そんな群れに、学校は、俺たちは襲われている様だった。

 

「防火扉!」

 

 さっき頭の中に流れたログからして、魔法なんていうファンタジーによって皆は眠らされているのだろう。チートとか言ってた癖に、全員眠ってるとか馬鹿なの!?

 

 そんな罵倒を頭の中で浮かべつつ、なりふり構わず防火扉へと走る。3年生の教室があるのは2階、早くしなければ彼奴らに蹂躙されているのは目に見えている。締めるべき箇所は3箇所、1人では到底間に合うとは思えないが、やるに越したことはない。そこさえ閉められれば、2階は完全に封鎖できるのだから。

 

「せーの!!」

 

 俺は正式な防火扉の締め方なんて知らない。だけど、時折生徒がぶつかって開く事があったのは知っている。だから、全力でショルダータックルをかました。

 

「反対も!」

 

 ギィ…と軋む音を立てて開いた防火扉の反対にもショルダータックル。こちらも無理矢理解錠する。サイレンが鳴り始める中、1箇所目の封鎖が完了した。

 

「次!」

 

 自分に発破をかけながら辿り着いた2箇所目。ここも同様に封鎖する事ができた。やはり誰も起きてこない。そして3箇所目に向かう途中、彼奴らは現れた。

 

「グギィ?」

「ギギャギャ!」

 

 緑色の小柄な……面倒だからゴブリン。そいつらが2体、気持ちの悪い声をあげながらこの階層に侵入してきていた。片方は手に棍棒を1本、もう片方は錆びついたカトラスっぽい剣を持っている。日本の日常では見ることのない、殺しが出来る鈍器だ。

 

 自己否定ーー恐怖を否定しました

 

 このまま後続の侵入を許すか? 否!

 このまま同級生を好きにさせるか? 否!

 俺1人で、どうにか出来るか? それも否だ。

 

 けれど、それでもどうにか出来るのが俺しかいない以上、俺が最低でも時間を稼がないといけない。どうせ、主人公とでも言うべきチーターは存在するんだ。俺は主人公なんて器じゃない、だから主人公が来るまで精々足掻かせてもらう。

 

「はは、なんだこの英雄思考。どうしちゃったんだよ俺」

 

 だけど嗚呼、この助走でついた速度は止まらないし、今だけは不思議と()()()()

 

「らぁッ!!」

「ギィ!?」

「グギェ!?」

 

 片方をショルダータックルで防火扉に叩きつけ、もう片方も反動で同様に防火扉に叩きつける。そしてそのまま、防火扉は閉まりこの階層は封鎖された。

 

「はぁ……はぁ……これdおごっ!?」

 

 そして息切れで気が抜けた瞬間、腹部に今まで感じたことのない痛みと衝撃が走り、勢いよく俺は吹き飛ばされた。背が低いとは言え50kgはある俺が、だ。

 

「おげぇ、げぼっ……」

 

 勢いよく壁に叩きつけられ、口から堪らず吐瀉物を吐き散らす。衝突したのは教室の壁だったらしく砕けたガラス片が降りかかり、腹部の激痛にもう1度腹の中身を吐き出す。今度は血が混じっていた、臓器が傷ついたのだろうか?

 

 自己否定ーー恐怖を否定しました

 

 痛い。いや、それを通り越して熱い。気が狂いそうな熱さに呼び起こされた恐怖が、スキルによって否定された。

 けれど今だに熱さで考えがまとまらない。

 

 自己否定ーー恐怖を否定しました

 

 逃げなきゃ、身体が動かない。

 

 自己否定ーー恐怖を否定しました

 

 死にたくない、身体が動かない。

 

 自己否定ーー恐怖を否定しました

 自己否定ーー恐怖を否定しました

 自己否定ーー恐怖を否定しました

 

「あァァァァッ!!」

 

 自己否定ーー狂気を否定しました

 

 逃げる事は出来ない。怖いと思えない。狂えない。自分のスキルに、無理矢理働かされている。

 

「グギィ!」

「ギギャァ!!」

 

 ゴブリンが2体、下卑た笑みを浮かべながら接近してくる。俺を女とでも勘違いしてるのだろうか? ああ、臭い。吐瀉物の酸っぱい臭いに混じり、年頃の男子なら嗅いだ事のある性臭を何倍にもした様な吐き気を催す臭いが漂ってくる。

 

 自己否定ーー恐怖を否定しました

 

 ガラス片の中で、比較的大きなものを掴み取る。手が切れ血が流れたことを見てか、ゴブリンの嗤いと臭いが悪化した。

 

 自己否定ーー恐怖を否定しました

 

 フラフラな身体をどうにか立ち上がらせる。

 

 自己否定ーー恐怖を否定しました

 

「死ねぇぇッ!!」

 

 Informationーーたび重なる要請を確認

 自己否定ーー恐怖の感情を否定しました

 

 全体重を乗せ、手に持ったガラス片をゴブリンの喉に突き刺した。自分の手が切れて痛むのも()()()()()()。そのまま裂くように引き抜き、ゴブリンの首から真紅の噴水が生まれた。

 

「グゲェ!? ギギャア! ギギャア!」

 

 むせ返る様な血の臭い。半袖の制服が赤く染まっていくのを冷え切った思考で考えていたせいか、目に血が入ったのか暴れるゴブリンの棍棒がこちらに迫っていた。その棍棒を回避しようとし倒れこみ、間に合わず左腕に直撃した。ボキ、という呆気ない音と共に腕が逆方向に折れ曲がった。

 

「あァァァッ!!」

「ギュェ!?」

 

 残りの力全てを込めて、ゴブリンの首をガラス片で突き刺し裂く。ガラスは割れてしまったが、これでどうにか仕留める事が出来た様だ。倒れ込んだゴブリンがビクンビクンと痙攣し動かなくなった。

 

「なんだ、化物だって血は赤いんじゃん」

 

 まだ吹き上がる血の噴水を浴びながら、そんな言葉が口をついて出てきた。けれど、その言葉に██と思えない自分が██。はて? 俺は今、何をどう思ったんだろうか?

 

「うっ、ぐえ、げぼっ……」

 

 そんな疑問が頭をよぎったと同時、スイッチが切れたかの様に痛みがぶり返してくる。死力を振り絞り数歩歩きガラスの散らばる箇所から脱し、限界で倒れこむ。

 その衝撃でまた咳き込み、吐瀉物だか血だか分からなないものを吐き出す。やっぱりチートでハーレムなキャッキャウフフなんてものは幻想だ。馬鹿騒ぎしてた奴らが起きて、それを認識してくれたらいいんだけどな。

 

「って、無理かぁ……」

 

 痛みのせいで、カッコよく気絶する事も出来ない。壊れかけの身体に鞭を打ち、窓のサッシを掴み支えにして立ち上がる。とりあえず、先ずは折れた左腕をどうにかしないと……

 

 自分のものか返り血か分からない血の跡を引きながら、近くの清掃用具入れにたどり着く。そこでどっかりと腰を落とし、ガムテープと掃き箒を取り出す。引っ張ってきたカトラスの様なものを振り下ろし、箒の柄の部分を裁断。激痛を発する腕にそれをガムテープでぐるぐると巻きつけ添え木とする。

 

「後、は……」

 

 ガンガンとカトラスの柄を何度も叩きつけ、モップの柄とモップの部分を接続する場所を破壊。カトラスの柄を捩じ込んで、棍棒で叩き無理矢理嵌め込む。そしてその後、ガムテープで巻いて補強した。即席の槍の完成だ。

 どうせまだまだ来るのだろうし、せめてリーチの長い獲物が欲しい。俺がいつまで動けるのかは知らないが。

 

「ハハッ、早く、来いよ主人公。死んじまうぞ?」

 

 即席の槍を杖代わりにして、踏ん張って立ち上がる。けれどやっぱり歩くのは無理そうで、壁によりかかって息を整える。

 

 自己否定ーー躊躇を否定しました

 

 ちょっと休んだお陰か、痛みが和らいできた気がする。アドレナリンとかβエンドルフィンとか、そういう脳内麻薬的な物でも働いてきたのだろう。血を流しすぎって事はないだろうし、今しばらくは保つだろう。

 

 なんて溜息を吐いていると、ガンガンと近くの防火扉を叩く音が聞こえてきた。他の場所は平気でも、ここは無茶して閉めた上に血の臭いがするからアウトだったのだろう。

 

「はぁ……」

 

 再び溜息を吐いて、即席の槍を引きずりながら防火扉に向かう。ここを破られたらそれこそ終わりだし、それなら死に体の俺が犠牲になって時間を稼いだ方が圧倒的に良い。

 

「だから、なんでこんな英雄的思考なんだよ俺」

 

 こんな極限状態で、おかしくなってしまったのだろう。そう思いつつ、再び気を引き締める。ガラス片も少し持っておこう。何かに役立つかもしれないし。

 

「さて、俺がどうにかなった後は、ちゃんとどうにかしてくださいよ? 主人公様」

 

 そう言葉を吐き捨て、痛みを忘れた身体に力を入れ、防火扉の小さな扉を開く。案の定、そこにいたのはゴブリン。だが先程と違い1匹だ。

 

 自己否定ーー躊躇を否定しました

 

 これくらいなら、もう何とも思わない。

 

「いやぁぁぁっ!!」

「ギェ」

 

 握り締めたガラス片を、勢いよくゴブリンの首筋に叩きつける。今度は、さっきより気持ちが幾分か楽に仕留められた。代わりに、色々とボロボロになっているが。

 

 血を流し痙攣しているゴブリンの死骸を蹴り飛ばし、階段の踊り場まで落とす。まあ、何もないよりはマシ程度の防壁になってくれるだろう。何言ってんだ俺は、やっぱり頭がおかしくなってきてるみたいだ。

 寧ろ、これから死にに行くのと同義の事をするんだから、正気じゃない方がいいのかもしれない。

 

「ははは、今日は死ぬにはいい日だぁ!」

 

 そしてそのまま、俺はここからでも血と臓物が散らばっているのが見える1階へと降りていくのだった。

 

 いつの間にか、警報のサイレンはその音を止めていた。

 




異世界「浮かれたな? 楽しい場所だと思ったな? ならば死ね」

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