綺麗な木目調の廊下を抜け、階段を下って出た外には、とても綺麗な光景が広がっていた。
「凄い、綺麗だ……」
「
そう言ってエウリさんは振り向き、自慢するように手を大きく広げる。だが、それもこのファンタジーな光景を見れば分かるというものだ。
この街は、まさに森と一体化していた。地面は雑草こそ抜かれているものの、木の根などは放置され自然のままの姿を保ち、それ故に天を覆う鬱蒼と生い茂る葉は生き生きとしていた。漂う空気は慣れた森の中そのものの清らかさを保ち、しかしそこに生活の匂いが混ざっている。木漏れ日が露出した肌を焼くが、もうそこまで気にしないで済むくらいには慣れてきた。
「
「それもそうですね」
案内してもらってる手前、ずっと止まってる訳にはいかない。そう判断し直すが遅かったようで、小さな手が俺の手を握り先導し始めた。
自己否定ーー羞恥心を否定しました
一応俺は、これでも健全な年頃の男子である。手を解くなんて事はせず、なされるがままに案内されていく。そうして着いたのは、村長宅らしい古木の隣にある捻じ曲がった大木をくり抜かれて作られた店だった。
「
到着するなり、扉をドンドンと叩きエウリさんが大声で呼びかけた。しばらくしてガチャリと扉は開かれ、奥から頭に小さな赤い花を飾った女性が現れた。今まで眠っていたのだろうか、目を擦る女性からは如何にも不愉快だという雰囲気が放たれている。
「
「
「
その時点でこちらに気がついたのか、目を細めてこちらを睨め回してくる。あんまり気分良いものじゃないけど、とりあえず一礼を返しておく。
「さっさと手を離して得物を出しな、人間」
「一応、これでも半分吸血鬼です」
「あっそ」
俺は、鞘……いや、シースって言うんだったっけ? どちらでも良いが、刃を収めたままの短剣を手渡す。さっき抜いた時、微妙に乾いた血が見えてたし、これは整備してもらわないといけないだろう。
「で、
「それはこちらに《排出》」
「うぉッ!?」」
とても驚いた様子のフロックスさん?に、いつも通り出現した槍を手渡す。渡すのは、1番酷使してきた自作槍を姫様が強化してくれた最初の槍。プラム村での諸々でかなり傷んでいるのは分かっていたが、修理も整備もろくに出来ていなかったからだ。
「今のを問い詰めはしないが……この槍、随分と酷い状態じゃねえか。しかもえらい特殊な構造してるし、よくこんなので戦ってこれたなお前」
「あはは……」
まあ、元がモップの柄にゴブリンの持っていた曲刀を突き刺しただけだから仕方がない。
「いいぜ、燃えてきた。明日だ」
「はい?」
「明日までにこの槍は、オレの持てる限りの全部を使って鍛えてやる! 首を洗って待ってろよ!」
そう言って、フロックスさん?は扉を閉じて引き篭もってしまった。一瞬だったから反応が遅れたというか、首を洗ってだと使いかたがおかしい気がするとか色々あるけど、なんか凄い人だったな……
「
「えっと、まあちょっとした手品みたいなものです。物騒な物しか今は持ってないので、お見せは出来ませんけど」
「
せめて花か何かがあれば良かったのだが、手首とかライターとか槍や劇薬などの危険物しか入っていない。だから、あまり見せたくはない。まあ、これは血生臭さを日常に持ち込みたくない俺のエゴだが。
「
「なら防具屋さんへ」
「
今度は手を引かれる事なく、隣に立ってゆっくりと歩いていく。相変わらず凄い景色だが、無言は気まずいのでちょっと疑問に思ったことを聞いてみる。
「そういえば、皆さん案外人の言葉がわかるんですね」
「
「ひゃくごじゅっ!?」
さっきの人は、どう見ても20代程度にしか見えなかった。それなのに150年とは流石の異世界、流石の異種族である。となると、もしやエウリさんもかなりの年上だったりするのだろうか?
「
「いえ、エウリさんが謝ることじゃないですよ。他の言語って凄く覚え難いですし、逆に同じ歳だから安心出来ます」
「
まさしく花が咲く様な笑顔が返ってきた。やっぱり、こういうのにはどうにも弱い。恥ずかしくなって顔を少し逸らしてしまう。
そして、そんな情けないことをしている間に防具屋に到着してしまった。こちらは先程と違い店は開いており、入店すると普通に対応してくれた。そして特に特別な事もなく、俺の手に合う様に拾い物の手甲を調整してもらうことが出来た。いや、お金がかからなかった事は不思議か。
そうして防具屋から出た時、大きな音が自分の腹から聞こえた。考えてみれば、最低丸一日は何も食べていない。1度意識してしまえば早いもので、すぐに莫大量の飢餓感が襲ってきた。
自己否定ーー吸血衝動を否定しました
自己否定ーー判定に失敗しました
自己否定ーー吸血衝動を否定しました
「
「なんか、すみません」
「
嬉しそうにエウリさんは言うけれど、俺は内心かなり驚いていた。なんというか、言ってしまえば
「
「成る程……勉強になります」
「
そして俺は、再び先導されて歩いていく。エウリさんの後ろ姿に、特に警戒する事もなくついて行く自分は、思った以上に気が緩んでしまって……いや、緊張は解けているらしい。
相変わらず大木と同化したお店で、王都にいた時より豪華な食事を終えた。その後、森林浴的にこの村の中を散策した。漸く魔力が自由に使えるくらいには回復してきたと感じた辺りで、歩調を落として隣に来たエウリさんが問いかけてきた。
「
「えっ」
自己否定ーー動揺を否定しました
不意に投げかけられた質問に、俺は答えを出すことが出来なかった。そういえば、俺は何のためにここまで戦ってきたのだろうか?
「俺の戦う理由……何なんでしょう?」
「
「『元の世界に戻りたいから』って言われればそうですし、『助けてくれた人への恩返し』と言われればそうでもあります。もっと簡単に言えば『死にたくないから』でもあって、『友人を助けたいから』というのも少しはあります。
けど、どれも確実にこれって“芯”には足りないんです。散々戦って、殺して、逆に見殺しにして、傷ついて、無茶をして命を削って……なのに、改めて聞かれてみたら分かりません。情けないですよね」
空を見上げた顔に射し込んだ木漏れ日、それに目を細めつつ自嘲気味に答える。言葉にしてみて改めて分かった、やはり自分は中途半端で駄目な人間だ。
だから俺は、
自己否定ーー
自分の事が
█主no自█を
心の底から、きら──
否█shi█し──
「
自己否定ーー判定に失敗しました
どこか遠くに、薄くなって消えそうだった自分の意識が、その一言で戻ってきた。今のは、なんだ? 今まで、失敗することこそあれ明確に確認出来ていたチートが、訳のわからない結果を吐き出した。しかも察するに今のはッ!!
自己否定ーー記録を否定しました
自己否定ーー違和感を否定しました
自己否定ーー懐疑点を否定しました
まあ、
「そう思わないって、どうしてでしょう?」
「
「帰りたいから?」
1つ目の理由ならともかく、他の理由では全く見当もつかない。何をどうしたら、帰りたいなんて理由に繋がるのだろうか?
「
「2つ目は?」
「
…………
「なら、3つ目は?」
「
「じゃあ、最後は?」
「
そう力説するエウリさんの姿は、とても楽しそうで、とても可愛らしくて。見惚れてしまう程、綺麗だった。今、俺の中に渦巻くこの感情は、ともすれば“恋”と呼ばれるものかもしれない。考えてみれば、もしかしたら一目惚れだったのかもしれない。
「
「です、かね。エウリさんがそう言うなら、分かりました」
そうして俺は、恐らくこの世界に来て初めて、心の底から本心で笑う事が出来たのだった。
期限まで後、6日
これはもう、実質デートなのでは?