あの空に帰るまで   作:銀鈴

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15 古樹精霊

 自己否定ーー判定に失敗しました

 informationーー練度・経験が不足しています

 informationーー迅速な取得を要求します

 

 頭を、槍か剣で思いっきり打たれた様な感覚が走った。まだあの薬が効いているのか痛みはなく、けれど反射的に身体が弓なりに反った。

 

「あがッ!?」

 

 ギシリと軋む音が聞こえ、急激に覚醒した意識が様々な情報を意識に乱暴に叩きつけてくる。むせ返る様な緑の香り、左眼は光の乱舞を映し出し、右眼は見たこともない様式の……まるで樹洞の中の様な内装を映し出している。けれど、身体はピクリとも動かない。動かせる精々が、指や目などだ。

 

 いいやそうじゃない。

 

 そもそもなんで俺は()()()()()? それならなんで身体が動かない? 武器は、装備はどうなった? ここは何処だ? いいや、そもそも俺は四体満足なのか? 身体がほぼ動かないのは、そもそも致命傷で動かす事が出来ないからなのでは?

 不安が不安を呼び、ぐるぐるぐるぐると頭の中を嫌な考えが巡り埋め尽くしていく。なのに██という感情だけは行き着かず、靄がかかった感情だけが膨れ上がる。

 

 自己否定ーー混乱を否定しました

 自己否定ーー狂乱を否定しました

 自己否定ーー判定に失敗しました

 

 それが爆発する寸前、チートが消しとばしていった。

 もう慣れたとはいえ、未だにこの強制賢者タイムの様な気分は良い気がしない。何度も助けられていることは事実だが。

 

「癒しよ来たれ」

 

 幸い、魔力はある程度回復してくれていた。それが分かれば、先ずは再生を試すのが道理だろう。そう自己完結して、目を瞑り全身に効果を広げていく。ベッド的な場所に寝かされてる様だし、少しは落ち着いて作業できる。

 

「……駄目か」

 

 魔力が一気に消費され、即座に枯渇寸前にまで残量が減ってしまった。それでも尚、身体を上手く動かす事が出来ない。

 となれば、これは明らかな失敗だ。逃げ出すことも出来ない中、派手に魔力を使ってしまった。これでもう、意識があるのは悟られてしまっただろう。

 

 現に、こちらに足音が近づいて来ているのが聞こえる。人数は多くはない様だが、まな板の鯉同然の俺はその程度の危険としか見られていないのだろう。

 

「……はぁ」

 

 全身から力を抜き、完全に脱力する。もうなる様になれと思い、せめて相手の姿だけでも拝もうと首を無理して捻る。

 

『M.=LY7ya8!!』

 

 通路の奥から現れた人物は、小柄な少女だった。目と目が合い、始めに感じた事は「可愛いな」という余りにも場違いな事だった。

 

 萌葱色の長髪に、琥珀の様な瞳。髪に飾られた大きな薄黄色の花はよく似合っており、花の蕾を思わせるドレス風のワンピースともマッチしている。その顔は非常に整っており、背は……結構低めに見える。

 だが、特筆すべき事はそこではない。

 その裸足の小さな足には木の根っこの様なものが巻き付いており、服の袖は若葉が生えて形成されている。喋る言葉は魔術の言語とも、日本語やこの世界の人語とも乖離している。

 そして俺は、そんな特徴が当てはまる魔族に1つ心当たりがある。

 

古樹精霊(ドゥ・ダイーム)……」

 

 地球では、ドリアードやアルラウネと表せるだろう種族だ。特徴としては確か、長大な寿命とそれに伴う熟達した魔法技術。極めて人と同じ姿で、同様の特徴を持つ森妖精(エルフ)との違いは、四肢にある植物の名残りと()()()()()()()()()()という点。そして、魔族にしては希少な中立派だという事。

 

『oO/s2ni1?』

 

 目の前の少女が何かを言いながら可愛らしく小首を傾げているが、やはり言葉はわからない。だが、まあなんとなく考えは分かる。目が合ってるのに、こっちがなんの反応も示さないから不思議なのだろう。

 

「あー、通じます?」

『/*?』

「Do you understand the words?」

『K6dAr、58GwN……』

 

 悲しそうに目を伏せられ、フルフルと横に首を振られてしまった。やはり言葉は通じない様だ。日本語とギリギリ英語、後分かる言語なんて一部のドイツ語とオンドゥル語くらいしかないし、意思の疎通は不可能と見た方が良いかもしれない。

 

『@ー……、MK.dQ16z/nrQ1Yj=EcH#p3』

 

 少し考える様にした後、そう言いって少女は何処かへパタパタと走って行ってしまった。そういえば、男を攫って繁殖とか書いてあったっけ。男の苗床エンドとか何それ新しい。幸い痛みは麻痺してるから、舌を噛み千切ってでも回避するけど。

 

『──+NBsmKkGj%6D/c8=C』

『_*/€。U.OPL+hsOoC5D』

 

 首の向きを戻し、身体を動かそうと四苦八苦する事少し。そんな会話の様な音が聞こえてきた。足音とかを含め考えるに、恐らく2人になっている。

 

『$°!』

『CK、7e$ye.dnR』

 

 そんな会話?をしながら現れたのは、なんというか、植物的な意味で枯れた印象の人だった。結構なお年を召していると思われる。

 色々な話を聞きたいが、改めて言葉が通じないとか不便ったらありはしない。こういう時こそ、チート(自己否定)にどうにかしてもらいたいものである。

 

 informationーー効果対象外です

 

 駄目らしい。

 寝かされているらしい俺をジッと観察した後、その老古樹精霊の人は口を開いた。

 

「ふむ、多分言語はこれかね?」

 

 そうして発せられたのは、流暢な言語だった。日本語なのかこの世界の言語なのかは不明だが、俺が理解できるものという事が重要だ。

 

「魔力の質からして人かと思ったけど、違った様だね。となると、吸血鬼か……わたしゃ、こっちは得意じゃないんだがねぇ」

「いえ、こっちで合ってます」

「なんだい、分かってるんなら早く返事をするんだね」

 

 そう言ってお婆さんは、少女を手で制して1人でこちらに近づいて来た。そして、こちらを見下ろしながら話し始めた。

 

「人様が話しに来たのに、起き上がりもしないのかい?」

「すみません、身体が動かないので」

「ほう?」

 

 興味深げな表情をしたお婆さんが、俺に被せられた毛布の様なものを剥ぎ取った。無論服を纏ってる感覚はある。それは良いとして、お婆さんの顔が一瞬歪んだ。けれどそれはすぐに消え、残っている右腕を持ち上げられた。

 

「えっと、何を?」

 

 そう呟いた瞬間、自分の掌から枝が生えるのを見た。明らかに突き破ってるし、血も出ているのに全く痛みはない。不思議だ。というか、血を吸われる感覚を何とも思えない俺も相当異常になっている気がする。

 

「あんた、元奴隷か何かかい?」

「いえ? 別にそういう訳ではありませんでしたけれど、何かあったんですか?」

 

 確かに片目片腕がない状態で動けない奴なんて、そういう風に見られても不思議ではないと思うけれど。

 

「……まあいい。詳しい事は、治療の後に聞かせて貰う。EuY、Ukb1I@=ym=! 5TC*1O+Qbd_q!」

『$°!』

 

 返事をして、少女はまた何処かへと走って行ってしまった。正直、何が起きているのか訳がわからない。

 

「まあ、助けてはやるから大人しくしてるんだね」

「事情はよく分かりませんが、宜しくお願いします」

 

 そんなこんなで、よく分からないままよく分からない事が始まったのだった。まあ、殺されそうにはないから良いのかな?

 

 

「飲みな」

「ありがとうございます」

 

 この部屋は明るいが日が差し込んでない上、時計も存在しないから、あれからどれくらい経ったのかは分からない。けれど今、俺は満足とまでは言えないが身体を動かせる様になっていた。お婆さんから薬湯の様なものを受け取り、飲んでいる事がいい証拠である。

 

「最大限の治療はしたが、どうだい? 調子は」

「動ける様になったので、本当に感謝しています」

 

 未だに槍を振り回す程の力は入らないとは言え、動くだけなら何ともないくらいには回復した。左目の半透明の流れは未だ見えるあたり、完治したのか覚醒()したのか判別つかないが。それはそうとして、今元気なのはあの瀉血的ものや、今も俺の隣にある点滴の様なものによる治療のお陰だ。

 点滴とはおかしな気もするが、ウツボカズラの様な植物の底から伸びた蔦が左肩に巻き付いて薬を供給してるのだからそうとしか言いようがない。

 

「それは重畳。なら、こっちも始めさせてもらうとするかね」

 

 ベッドに腰掛けた俺の対面に座っているお婆さんが、目を細めてそう言った。こっちも聞きたい事は有り余る程にあるし、恩も出来たし断る事は出来ない。

 そんな事を考えている間の沈黙を肯定と受け取ったのか、ゆっくりとお婆さんは話を始めた。少女の方は、結構前に眠たげな表情をして帰って行った。

 

「あんた、自分の置かれてる状況を何処まで把握している?」

「正直に言うと、何も」

 

 死んだと思ったら身体が動かない状態で目が覚めて、治療して貰った程度の認識しかない。ちゃんとした会話を推測ありきで進めるのもどうかと思うし。

 

「だと思ったよ、全く。1から説明してやるから、耳かっぽじってよく聞きな」

「え、あ、はい」

 

 呆れた様な大きなため息を吐からながら言われると、微妙に反応に困る。聞くしかないというのは分かってるけれど。

 

「あんたはね、一昨日の昼いきなり降ってきたんだよ。この隠れ里の結界を突破して、血塗れで瀕死の()()がね」

「ははぁ」

 

 つまり、俺は現時点で人族として認識されてないという事だ。半分は人間だった筈なんだけどなぁ……

 

「それでも大騒ぎだったってのに、エウリが大騒ぎして呼びに来てみたら、全身を劇毒に侵されてるじゃないか」

「劇毒?」

「案の定知らなかった様だね。ワイバーンの毒、拷問に使われる毒、痛み止めの過剰投与……よく生きてたもんだよ」

「あはは……」

 

 最後の2つは、自分の意思で使ったものだから笑えない。あの量で自殺レベルだったとは思いもしなかった。次は、水で薄めて使うとかにしよう。それとあの子、エウリって言うんだ。

 

「曖昧な返事ばかりで、そっちからは何もないのかい?」

「あ、そうですね」

 

 だけど素性を最初に言ったら、問答無用で殺されそうで困る。こちらに敵対の意思は無いし、逆に何かされて姫様の足枷になるのも非常に困る。けど隠し事は気に入らないし、元勇者って事は最後に明かそう。

 

「まず俺は、一応半分は人間じゃなくて吸血鬼です。まだまだ半人前も良いところですが、半吸血鬼(ダンピール)ってやつですね」

「成る程、結界を抜けたのはそう言う訳かい」

 

 半分の半人前だから実質1/4かもしれない。そんな馬鹿な考えはどこかへ放り投げ、こちらの話を続ける。

 

「腕は過去魔物に壊された時に切断して、目は最近抉り出されました」

「よくもまあ、そんな状態で1人で何かをしようと思ったもんだい。死んじゃ世話ないけどね」

「対抗手段がなかったもので」

 

 薬で一歩間違えば死んでたとか、ついさっき聞いた事だし。

 さて、ここからが勝負どころだ。一歩間違えばどころか、問答無用で殺される事を念頭に置いておかないといけない。

 

「それで、名前は何なんだい?」

「俺の名前は、欠月 諸刃。姓が欠月、名前が諸刃です」

 

 そして一呼吸置いてから、俺は告げた。

 

「俺の立場としては、見捨てられ捨て駒にされている身ではありますが、今回王国で召喚された勇者の1人です」

 

 瞬間、俺の喉元に鋭利な枝が突きつけられた。

 




適当な文字になっていた部分

目が覚めたんですね!!
どうかしましたか?
はい?
すみません、分かりません
んー……、これはお婆様を呼んでこないと駄目みたいですね
──でも、何て言ってるのか分からなくて
成る程ね。それで私を呼んだって訳かい
はい!
全く、年寄り使いが荒いよ
エウリ、蔵から薬を持って来な! 5番から10番まで全部だ!

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