あの空に帰るまで   作:銀鈴

13 / 81
13 冒険

 雨を避けるように、壊れた建物の破片という狭い空間に槍を抱えて体育座りでどうにか潜り込んだ。そのまま、起きているのか寝ているのか分からないまま過ごす事数時間。気がつけば夜の間ザーザーと降り続けていた雨は止み、岩の様な雲は消え去り朝の光が辺りを包み込んでいた。

 

 溜め息を吐きながら這い出て、その後軽い運動として槍を振り回して身体を動かしていく。演武は基本なのだ。何故かかなり調子が良い身体も、丁度よく応えてくれて本当に有難い。

 

「さて。昨日の続きだな」

 

 十数分それを続け、良い汗をかいたところで止める。

 そして槍を仕舞い、握り潰された左腕のイメージでスイッチを入れる。そのまま軽く身体に魔力を流しながら、泥濘んだ地面を歩く事数分。昨日と何ら変化のない宝物庫と思しきあの場所に、俺は戻って来ていた。

 

 全身に身体が壊れる倍率の強化を掛け、一息に部屋内部を俯瞰できる場所へと登る。そうして見た部屋の中は、異様に綺麗な状態になっていた。

 

「綺麗さっぱり無くなってる、か」

 

 如何なる原理か天井が抉り取られた部屋の筈が、内部に雨の跡は無く、貴族村長の死体もその痕跡も一切残っていなかった。けれど置いてある武具や道具類は、俺が物色した分を除き全て綺麗な状態に保たれている。どう見ても、明らかな異常である。

 

「まあ、探し易いからいいか」

 

 危険だという事は忘れない。けれど、探し物がし易い事は確かなので原因の追求はしない。今はそれで良いのだ。そもそも、物を見つけたらすぐにここを出立するのだから。

 

 汚れたシーツを脱ぎ捨て、飾られていた質素な茶色っぽい外套を代わりに羽織る。ついでに昨日は血を被っていた使い込まれた黒い手甲も、右手の物だけ拝借する。手や指の動きを遮らず、手首から肘辺りにのみ設置された装甲は軽く硬く、サイズは微妙にズレているが問題はない。縛り付けておけば、役割は果たしてくれるだろう。

 

 今更だが、ここにある俺が着れる様なものは大抵女物だ。そしてそれらが自慢する様に飾られている事、昨日の地下牢。そこから予想されるに、ここの村長はやはり腐った人物だったのだと推測できる。反吐がでる。

 

 自己否定ーー嫌悪感を否定しました

 

「こっちが先決だよな」

 

 気持ちが切り替えられた事で、落ち着きすぎている頭で探し物を続行する。得体の知れない液体群、キノコ、謎の粉、オモチャ(意味深)……全く、ロクな物がない。子供の宝箱の様に、置いてある物は極めて無節操だ。もしかすると、実際にそういう部屋だったのかも知れない。

 そんな下らない想像を巡らしながら物色する事数分、倒れた衣装ケースの下からお目当の物を見つける事が出来た。これなら俺でも背負える。

 

 見つけたのは、所謂ワンショルダータイプのバッグ。元々地球で俺が使っていた物も十分な耐久性はあるのだが、今はこういう物でないと背負えないから不便だ。

 だが、肝心の水筒の役割を果たせる物が見つからない。かと言って、そこまで広くはない収納の範囲を水で埋めたくはない。干からびて死ぬのは御免なので、どうにか欲しいのだけれど……

 

「やっぱり無いか」

 

 そんな都合の良い物は、部屋をひっくり返しても出てくることはなかった。どこの世界でも需要は変わらないだろうから、街や村に行けば売ってはいるだろうけれどこの場では無理らしい。

 そうなると、手段は2つに1つ。

 

「主義をねじ曲げるか、それとも」

 

 得体の知れない液体を捨ててそこに水を入れるか。

 

 得体の知れない液体であっても、捨てる事に抵抗を覚えるのは悲しい日本人の(さが)だろう。使いかけのものは廃棄するが。瓶の大きさは500mlペットボトル程度で、合計30本。満タンまで入れれば15Lにもなる……筈だ。

 入っている液体は、それぞれ蛍光ピンクの物が10本、蛍光グリーンの物が10本、蛍光ブルーの物が10本ずつだった。

 

「多分致死毒じゃないだろうし、舐めれば分かるよな。きっと」

 

 どうせ致死毒だったとしても、死ぬのが早くなるだけだ。

 そう思い、一応安牌であると思える蛍光グリーンの液体入りの蓋を開け、小指を液体に付け舐めてみる。普通に苦い。

 

 自己否定ーー判定に失敗しました

 

 ヤバイかもという考えが頭をよぎり、ブワリという気持ち悪くも心地良い感覚が全身を走った。見えるものが、感じられるものが、何もかもが拡張されていき──

 

 自己否定ーー薬効 感度上昇 を否定しました

 

 チートが即座にそれを否定した。一瞬味わった全能感の様なものが消え去った事に残念さを覚えつつも、あんな感覚が消えた事に安堵もする。

 

「……」

 

 半ば予想通りとは言え、言葉も出ない。

 いやまあ、うん、でも、十中八九そういう方向で使われてたと思うけど、最悪の場合は頼る事を想定していた方が良いかも知れない。という事で、この瓶の中身はチートに全て仕舞っておく。

 

「……次」

 

 恐らく媚薬だと思われるピンクは後回しにして、コルク風な蓋を開け蛍光ブルーの液体を舐めてみる。

 

 自己否定ーー薬効 痛覚遮断 を否定しました

 

 今度は1発でチートが効果を否定してくれた。これも、もしかしたら戦闘時にお世話になるかも知れない。同様にチートに全て仕舞っておく。これも、微妙に苦かった。

 

「さて最後」

 

 あからさまに怪しい蛍光ピンクの液体。それを思い切って舐めた途端、口に広がる甘みと共に得体の知れない熱が身体に灯った。

 

 自己否定ーー判定に失敗しました

 

「はぁ……ん」

 

 チートに文句を浮かべながらも、謎の疼きは収まらず誰得なシーンが継続される。頬に熱が灯り、よく分からない汗が出てきて、なんだか視界が涙で歪んでくる。それらを伴う、いわば快楽の波に耐える事が出来ず俺は倒れ込んでしまった。

 その間にも頭に響くチートの失敗報告。ギュッと身体を丸めて耐えているが、段々と意思を保つのが辛くなり、思考が快楽の海に溶けていく。

 

 自己否定ーー薬効 発情 を否定しました

 

 そして、尼さんの様な格好をした菩薩的なヒトガタが両手を広げている幻影を見た時、漸くチートが薬の効果を消し去ってくれた。それによって訪れた、唐突な……謂わば賢者タイム。そんな緩急に耐えられず、俺の頭は混乱の極みにあった。羞恥心や怒りで、頭が一杯である。

 

「ああクソッ!」

 

 八つ当たりで壁を思いっきり殴り、その痛みと深呼吸を重ねる事でどうにか平静を取り戻す。誰にも見られてないとは限らないし、堪ったもんじゃない。

 

「こんなの全部、廃棄だ廃棄!!」

 

 堅いけれどガラスではない瓶の蓋を開け、ひっくり返してドロドロとした液体を地面にぶち撒けていく。手元→収納→中身排出という手順を踏んでいるお陰で、瓶に液体は一切残っていない。が、作業途中揮発した成分でも吸ったのか何度か自己否定が発動した。全くもって腹立たしい。

 

 自己否定ーー怒りを否定しました

 

「チッ」

 

 嬉しいが嬉しく無い発動に舌打ちしつつも、この村跡に長く止まる事の不都合は理解しているので行動を次に移す事にする。

 

 全身に軽く強化を掛け部屋から脱出。そのまま井戸に向かい、瓶に水を入れていく。比較的透明なのにプラスチックではなく、ガラスでもなく、硬くてぶつけても割れない。異世界にきて久し振りの、平和なファンタジー臭が感じられる。

 

「これで全部っと」

 

 瓶を全て詰め込んだバッグを背負うと、ずっしりとした重みが身体にかかる。確か人が1日に必要とする水の量は1.5L、大体15kgも背負っているのにたったの10日分でしかない計算だ。……動きに支障をきたすし、やっぱり仕舞おう。

 よくよく考えれば、俺のチートの容量は2mの立方体。L(リットル)換算にすれば……多分8,000L、水を詰め込んでも問題はない筈だ。

 

「まあ、暫くはこのままで行きますか」

 

 5L分は仕舞うが、修行としてこういうのも悪くはないだろう。

 そう言う自分の姿は、茶色っぽい外套に黒い手甲、隻腕で左目には血が滲んだ包帯。上等なベルトを巻いた学生服のズボンに質素なシャツを纏い、履いているのは擦り切れかけた運動靴。ほぼ薙刀(グレイヴ)の長めの槍を持ち、腰には無骨な短剣を佩いている。背負っているのは大きなバッグで、多分目元にはくまがあるだろう。

 

 改めて見直した自分の姿は、どこからどう見ても“勇者”という概念から外れていた。寧ろ、師匠の言っていた冒険者の風体に近い。まあ、冒険者は冒険者でも傷痍と頭に付くだろうが。

 そんな自分を嗤いながら水を汲んでいると、ガサリという音が後ろから聞こえた。慌てて槍を取り出し振り返ると、そこにいたのは大の男が四つん這いになったよりも大きな猪。お互い想定外の遭遇だったからか、まだ行動する余裕がある。

 

「さてと……」

 

 槍を構えたまま、ジリジリと間合いを測って移動する。井戸が使えなくなるのは困るので、さっきのいけすかない媚薬を棄てた方向に背を向けるように移動する。

 

「光よ来たれ、眩い煌めき

 ──フラッシュ!」

 

 大猪の突進に合わせて視界を奪い、勿論突進は回避して媚薬を棄てた辺りにぶつける事に成功する。一応、これでチェックメイトだ。

 

「こう見れば、こういう使い方をする分には有用なのかもな……」

 

 汚れてない無事な部分の媚薬を回収しつつ、ビクンビクンと動く大猪を冷ややかな目で見つめる。小指の先程度でああなった経験からして、あんな頭から突っ込んだらと考えると恐ろしい。

 

 まあ、そんなたらればは意味がないので、有り難く斬首してご飯にさせて貰うのだが。

 

「力よ来たれ」

 

 再び全身に強化を掛け、首を斬り飛ばした大猪を逆さに持ったまま俺は村の外へと歩いていく。

 

「さてと。近くの川はどこら辺だったっけ?」

 

 とりあえず、保存するなら血を抜いて冷やすのが先決と軽く学んだのだ。あと内臓を抜く事も忘れずに。そうすれば、多少は保つ筈だ。

 

「軽く解体して、そしたら旅に出ますか」

 

 肉と水と、確か手持ちに塩があった筈。それだけあれば、暫くは死なないで活動する事が出来るだろう。思い返せば、ファビオラに負けてから何も食べていない。

 

「感染症とか、ならなきゃ良いけど」

 

 まあ、蛇を食べても何にもならなかったし平気だろう。

 そう楽観視して、俺は村を後にするのだった。

 




主人公の持ち物
ジッポ・タバコ(種類バラバラ1ダース程)
濃縮感度上昇薬(4L弱)・濃縮痛覚遮断薬(4L弱)
濃縮媚薬(2L弱)
スペア槍×4・ファビオラの手首×2
水(大量)・猪
その他小物が少し

空き容量 中

中は温度こそ変わらないけれど、時間は普通に経過するので腐る

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。