あの空に帰るまで   作:銀鈴

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11 吸血鬼

 自己否定ーー魔眼による魅了を否定しました

 

 言い切ったファビオラの眼が妖しく光ったと思った瞬間、チートがそんな反応を示した。どうしよう、殺される未来しか見えない。

 

「儂の魔眼を防いだか。察するに、それがモロハの《ちーと》とやらか?」

「ええ、こんなでも一応勇者ですから」

「魔眼を防ぎ、聖別とはちと違うが祝福された武器を持ち、人型の生き物を躊躇なく殺す覚悟を持っている。凄まじく、我ら吸血鬼を殺す事に特化しているのう」

「技量が伴ってないので、所詮机上の空論ですよ」

 

 鋭い目つきで睨み付けられた俺に出来るのは、こうやってどうにか延命を試みる事だけだ。多分ファビオラの機嫌を損ねた瞬間、俺は軽く命を刈り取られるだろう。

 

「それに、そもそも俺は捨て駒としてここに送られてます。誰も鼻っから期待してませんよ」

「くふっ、不憫じゃのう」

 

 informationーー設定が更新されました

 自己否定ーープレッシャーを否定しました

 

 否定したとは言いつつも、未だにこちらを見つめるファビオラの放つプレッシャーは相当なものだ。けれど、もう立っていられない程じゃない。

 どうにか槍を支えに立ち上がった俺を、驚愕の表情でファビオラが見つめている。

 

「それじゃあ、俺からも質問をいいですか?」

「よかろう」

「なんで、人と貴女方は戦争をしているんですか」

 

 確かに俺は色々なことを学んだけれど、これだけは定かな情報がなかった。俺も、敵を殺す事に不満も文句もない。けれど、人の都合だけで判断して殺していいのか。ふとそんな事を考えてしまったのだ。

 真剣に質問したつもりだったのだが、ファビオラが目を丸くして固まった。だがそれも一瞬で、すぐに腹を抱えて笑いだした。

 

「何が、おかしいんですか?」

「だってそうじゃろう。我ら魔族にとって、人は食い物に過ぎぬ。これは人族なら、子供でも知っておる事じゃぞ?」

 

 そしてその唇に真っ赤な舌を這わせ、非常に蠱惑的な笑みを浮かべて言い放った。

 

「そして何より、恐怖と絶望に歪んだ人間を喰らう事は、我らにとって何よりの娯楽じゃ。止める訳がなかろう? くふふっ」

「とことん、種族が違うんですね」

 

 深呼吸をして、ちょっとした反撃として思った事をそのまま口にした。楽しませろって言うのだ、これくらいはしないと話にならないだろう。

 

「ま、稀に人と恋に落ちる輩も居るがの。半人半魔など、どの様な羽目に会うか分かっておるだろうに」

「どうせ、人がする事なんて迫害でしょう? 完全な人じゃないとか言って」

 

 俺とて女装して、声を変えて騙す様に振舞って、それで漸く憐れんで色々して貰えているのだ。非常に不本意だが結構可愛いと評判らしく、それも影響しているのだろう。

 逆に言えば、ここまで努力と偶然が重ならなければ部位欠損をした人間は生活出来ないと言える。混血児がどの様な扱いを受けるかなんて、推して知るべしだ。

 

「正解じゃ。ああ、良いのう良いのう。今まで儂に挑み、殺されてきた勇者と比べて実に聡い」

「洗脳されずに済んだので。因みに、貴女が殺した勇者の数は?」

「さてな、100を超えてからは数えておらぬ」

 

 やっぱり、相当な数の召喚者が使い捨てられてきた様だ。多分数を考えると、俺がいた日本以外の世界や並行世界とかからも呼び出しているのだろう。じゃないと、人数の釣り合いが合わない。

 自然と槍を握る手に力が入る。それだけの数だ、俺なんかよりよっぽど優れた奴もごまんと居ただろう。やっぱり捨て駒は、生きて帰ることは無理と相場は決まっているらしい。

 

「さて、良き時間ではあったが飽きてきた。儂とて幹部の1人。

 

 

 ここらで1つ、働くとするかのう」

 

「力よ来たれ!」

 

 ファビオラの姿が、そんな一言と共に掻き消えた。

 それを見て、遅いとは分かりつつ槍と全身に負荷と倍率を無視した強化を掛け全力で後方へ下がる。すると、何故か回避が間に合った。ブチブチと筋繊維が千切れる音を鳴らしながら高速で下がった俺の目の前に、ファビオラは蹴りを放った体勢で姿を現した。

 

「ほう、今のを躱すかや? ではこれはどうじゃ?」

「《収納》!」

 

 先程の倍程の速度で放たれた抜き手を槍に当て、収納で前腕部を半分程抉り取った。けれど、代償として槍は跳ね飛ばされ俺の手を斬りつけ後方に飛んでいき、俺自身もあり得ない速度で吹き飛ばされてしまった。

 

「け、ほっ、がぁ……」

 

 燃え盛る建物を2、3貫き、尚も俺の身体は止まらず村外れの大木を半ばへし折る形で漸く停止した。最早魔力切れで効果を発揮してないが、強化のお陰で背骨などの生命維持に必要な部位は無事で済んだ。

 全身を筆舌に尽くしがたい激痛が暴れまわり、口から出るのは掠れた呼吸音のみ。仰向けに倒れているだけで、拷問を受けている心情だ。濃い血の匂いが自分から漂っているのを感じる、何処か大きな怪我でもしたのだろう。

 

「まさか、反撃を入れた上に生き残っておるとはのう」

 

 そう言って、態々俺が目視できる範囲内に、抉り取った筈の腕が再生されたファビオラは降り立った。そういえば、再生能力なんて物もあったっけ。多分これ、心臓とか頭とかを丸っと抉っても意味ないよなぁ……

 そんな事をぼんやり思い出す俺の腕を掴み、片腕でやすやすと持ち上げ目線を合わせてファビオラは言い出した。

 

「この状況になっても、未だに戦意は尽きぬ……か。良い目をしておる。人にしておくには勿体無い程じゃ」

 

 そしてそのまま、剥き出しになっているこちらの首に顔を近づけてくる。多分、吸血という事だろう。そう、吸血だ。血を吸った相手を同族に書き換え、隷属させるという吸血だ。

 

「《収、納》」

 

 それはいただけないので、絞り出す様な声でチートを発動させる。掴まれていた腕を抉り取り、支えを失って落下した俺にびちゃびちゃと赤く温かい血が振りかけられる。腕は即座に再生されてしまったが、噛み付かれる事はどうにか防ぐ事が出来た。

 

「カカッ、吸血鬼になるのは嫌か。じゃが、次はないぞ」

「あ゛ぁッ!?」

 

 再び片腕で吊り上げられ、抵抗を許されず、今度こそ俺は噛み付かれた。牙が突き立てられた事による痛みは一瞬。その後は寧ろ、全身の痛みを隠す様な気持ち良さが押し寄せて来た。

 

 自己否定ーー快楽を否定しました

 

 だが、それに呑み込まれる寸前チートがそれを否定した。そう沈静化されてしまうと、吸血してる相手が気になってしまうのはやはり男の悲しい(さが)だろう。何か良い匂いのする、綺麗な人が首筋に噛み付いて血を啜っている。胸も当てられている事もあって、なんだか変な気分になってしまう。

 

 自己否定ーー性欲を否定しました

 

 そんな感情も掻き消され、チートが頭を強制的に賢者タイムに持っていった。それと同時にぷはっと小さな音が聞こえ、もう用は済んだとばかりに投げ捨てられた。

 

「がふっ」

「安心せい、吸血鬼にはしておらぬ。そうなる僅かな芽も、どうにか乗り越えたようじゃしの」

 

 多分、チートが否定してくれなければ屈していたアレの事だろう。そう思い木に凭れかかる俺の目の前に、血で濡れた見慣れた槍が突き立てられた。

 

「儂の吸血じゃからな、半吸血鬼(ダンピール)と化すのは避けられ無かった様じゃが関係はあるまい」

「大有り、ですよ」

 

 色々思うところはあるが、とりあえず非難の意思を込めて睨み付ける。どうせこのままじゃ死ぬんだろうし、最後にこれくらいは良いだろう。

 

「十分に楽しませてもらった故、このまま立ち去ろうと思うていたが……気が変わった」

 

 立ち去ろうとして俺に背を向けていたファビオラが、クルリと振り返ってこちらに歩いてくる。そして俺の目の前でしゃがみ、こちらの顔に手を伸ばして来た。

 

「その眼、駄賃として貰って行くとしよう」

 

 瞬間、堪え難い激痛と共に左側の視界が消失した。

 

「あ、ガァァァァッ!?」

「喚くでない、モロハよ」

 

 自己否定ーー判定に失敗しました

 

 ファビオラの目が光り、金縛りにでも遭ったかの様に身体の自由が効かなくなった。激痛が消える事はないが、叫ぶ事すら出来そうにない。

 

「代わりとなる眼を入れてやるでな」

 

 そう言って目の前で、ファビオラが自分の手首を切断した。そして、そこから溢れ出した鮮血が小さな球を形成していく。作られた鮮血の球は、反対の手に握られた俺の左眼と全く同じ形をしていた。

 

「ここでモロハを殺すの楽じゃが、それは約束に反する上つまらんからのう。汝の魂は見ていて飽きぬ。これからも精々足掻き、儂を楽しませるが良い」

 

 そう言って、その義眼を眼に叩き込まれた。

 

 自己否定ーー狂気を否定しました

 

 気が狂いそうになるほどの激痛が暴れまわり、けれどチートの所為で狂う事すら出来ず今は動きも喋りも出来ない。それに、他人の血液を叩き込まれて無事で済むわけがない。

 

「安心せい、これは儂の魔力の塊。2日もすれば、儂の手から離れモロハ自身に馴染むじゃろうて。無論、衛生面とやらにも気をつけている。何せ、汝は半分は吸血鬼であろうと元は人である故な」

 

 そして最後に「では、またな」と言い残し、ファビオラはその身を蝙蝠に変え去っていった。それ自体はこの地獄が終わりを告げた喜ばしい事であったが、同時に新たな地獄の始まりでもあった。

 

「────ッ!!?」

 

 言葉すら声に出すことの出来ない激痛。魔眼や吸血された効果が切れた以上、それが俺を蝕む事は道理だった。気絶しても激痛で叩き起こされ、傷をどうにかしようと魔術の発動を試みるがこんな状況では不可能だ。

 加えて、左の視界が消失している事による混乱も大きい。今まであった物がなく、出来たことが出来ないのは人を狂わせるに十分に足りる。

 

 自己否定ーー狂気を否定しました

 

 けれど、俺にそれは許されていない。

 どんなに██ても、どんなに悲しくても、どんなに痛くても、どんなに辛くても、きっとこのチートが否定してしまう。心が狂ってしまうなんて事は許してくれない。

 

「──ッ! ────ッ!!」

 

 ゴロゴロと地面をのたうちまわり、惨めったらしく叫び声を上げて。そうやってるうちにいつしか俺は、気を失う事が出来たのだった。

 


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