聖旗と二刀 〜少年と少女の旅路〜   作:誠家

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式神というのはある特殊な札を使って呼ぶ必要がある。ただ、その札の数が少ない訳では無いのだが、式神を使っている者はかなり少ない。
何故なら、まず式神の札を作る工程、ここから成功率が低いからだ。式神の札には白紙ではなく、霊力を込めた墨を使って文字を書くのだが…自分が作りたい式神の姿形を文字を書いている間《書き終わるまで》考え続けなければならない。文字を書き終える常人の平均的時間はおよそ1時間。その間、コンマ1秒たりとも思考を途切らせてはならない。
そんな、熟練の霊使者でも手こずる作業を、リヒトはなんと1発で成功させた。しかも強さがランダムに設定される式神で、最強クラスのものを1発で引き当てるなどというミラクルも起こした。
彼が《天才》と言われる所以だ。
そんな若手上級霊使者を相手に、修也が一体どのような戦いをするのか…気になるものは観客に多数いた。


第9話 反撃開始

「グオオオオオオオオアアア!」

修練場を揺らす程の咆哮をあげながら突進してくる龍の式神…《青龍》を、修也は横ステップで危なげなく回避する。

避けられた青龍は壁の手前で旋回し、さらに修也を追って体当たりを試みる。

ここから、一人の人間と一体の式神の長い鬼ごっこが始まった。

青龍の体当たりを修也が横ステップ、またはジャンプで回避。これの繰り返しがかなりの時間続いた。

「グラァッ!」

ピッ!

「ゴアッ!」

ピシュッ!

「ギュアッ!」

ピュッ!

その攻防の間、修也は3度顔などにかすり傷を受けた。そんな中、修也は思考をフル回転させる。

『…速さ自体はCとかそこらだけど、瞬発力が半端ねえからそれでカバーしてやがる…。おまけにパワーがA+、鱗のおかげで耐久もA近い…厄介だな、この式神…。』

龍の猛攻をスレスレで回避しながら龍の仮定・ステータス表を頭の中に構築していく。彼の戦闘はいつもこれを構築していくところから始まる。

この表を元に彼は戦略を組み立てていくのだ。無論、時々修正しながら、ではあるが…

「…うん、これで行こう。」

数秒後、ようやく修也は左腰の黒刀を鋭い音とともに鞘から引き抜く。

その刀を上段に振りかぶり…

「…オラァ!」

突撃してくる龍の鼻頭に叩きつけた。

ピシッという音と共に鱗にひびが入るものの、まだその内部に傷は付いていない。さらに、衝撃によって修也の体が少しばかり宙に浮く。しかし…

「…ッ!」

無音の気合いと共に修也は両手に力を込める。すると刀と龍の接触点を軸に修也の体が一回転する。そして龍の青い体表に着地する。

それと同時に猛然と龍の上を駆ける。丸い体によろめきながらも、駆けていき…

100メートル程で大きく飛び上がる。その下にいるのは金髪碧眼の青年。そう、彼の狙いは元から使用者の方だったのだ。

リヒトは西洋刀を素早く引き抜き左腰に構える。修也はこれも上段に振りかぶった。そして…

「フンッ!」

「ハアッ!」

彼らの刀が激突する。

衝撃、轟音。

あまりの衝撃にリヒトの足場に少しだけヒビが入る。両者ともに力負けしないように両手で刀の柄を握る。

 

元々、リヒトは全力を出すつもりは毛頭なかった。協会から渡された相手のステータス表を見た時に、彼は考えた。簡単に、本気を出さなくても勝てると。だが…

修也の放つ霊力の大きさが、彼の意識を変えた。修也と相対したリヒトは、一瞬で感じ取った。今の、修也の《強さ》を。

元々、センスの塊のような男ではあった。幼い頃から剣技で大人と競り合い、術について本業のものに聞くと1週間後にはそれを習得していた。熟練の霊使者達も誰もが彼に期待した。…故に、リヒトは修也に嫉妬した。

そんな、今《天才》と言われている者が嫉妬した強さの上に《吸血鬼》としての強さも上乗せされたのだ。その力は、協会の見立てたものなど簡単に覆す。

 

「…ッ」

後ろから迫る龍に気づいた修也が横ステップでリヒトと距離をとる。すんでの所で龍の攻撃を回避した修也は風の霊術で距離をブースト。両者の距離が一気に離れる。

リヒトはそれを追いかけようともせず、黙って修也を見つめる。そのまま、ゆっくりと自分の刀を上段に構えた。

修也はそれに下段へと構えて答える。

『…儂はまだ必要ないか?我が主よ。』

修也の脳内に聞き慣れた声が流れる。修也はそれに、同じ思念で返した。

『これは俺の戦闘能力を測る試験だからな。もう少し俺だけでいく。』

『…了解じゃ。』

その声と共に琥珀は声を発さなくなる。修也はそれを確認すると、リヒトを見据える。

…と、あることに気付く。

『…龍が、いない…?』

その疑問符を浮かべた、直後。

今まで照明で照らされていた頭上に、いきなり影が落ちる。修也は反射的に上を向く。

その目は…高く舞い上がる、青龍の姿を捉えた。

『いつの間に…!』

心の中で毒づきながらも、修也はさらに青龍の口から青色の光が漏れていることに気付く。観客はその青龍の姿に魅了されていた。

「我に仕えし蒼き龍よ。汝の身に宿りしその力で、全てを押し流せ…!」

リヒトの唱える詠唱で、修也は瞬時に判断する。

『霊術…!』

修也はすぐに刀を自分の目の前で縦に構える。そして、その刀に風の霊術を纏わせる。

「《水流波奏》!」

それと同時に、青龍は渾身の霊術を発動させ、リヒトはその技名であろう単語を高らかに叫んだ。

青龍の体内に溜められた水の霊術が一気に放出され、修也に向かって襲いかかる。

一方修也はといえば…

風の霊術を刀に纏わせたまま黒刀を柄を軸に回転させていく。

ヒュンヒュンヒュンヒュン…

修也の鼓膜を刀から発せられる風切り音が揺らす。そして、あっという間に刀の《円盾》が完成する。

桐宮流剣術《風》の型五番《光円守盾[風]》。

修也は左足を後ろに引き、迎撃体制をとった。そして、数秒後…

「…!」

全てを押し流す最強クラスの霊術を、修也は刀1本で迎え撃った。

 

凄まじい霊力のぶつかり合いに殆どのものが目を細め、顔を背ける中、2人だけ平然と試合を見つめる者達がいた。

採点席に座る、茶髪ロングの少女と、長髪メガネの男性。採点者である2人…天樹 新と神宮寺 天乃はしっかりと修也の戦いぶりを見守る。

立場の違う二人は、天樹から唐突に話しかけた。

「ねえ、天乃ちゃん。」

「その呼び方、やめてくれません?」

まさかのいきなり一刀両断。だが、天樹は笑いながらなおも話しかける。

「天ちゃん?」

「却下」

「あまのん?」

「却下」

「あまあま?」

「却下…って、しつこいです!」

そう的確に、かつ修也からは目を離さずに天乃はツッコミを入れる。天樹はいつも通り「あはははは」と笑って頬杖をつく。

「天乃ちゃん、君の幼馴染みの彼。君から見てどう思う?」

もはや呼び方には何も言わず、天乃は律儀に思っていることを話した。

「遠目から見るだけでは全てはわかりませんが、やはり修也…桐宮君が水上様に勝つのは難しいのではと思います。」

「ふむふむ、その根拠は?」

天樹のさらなる問いに少し顔を顰めつつも、丁重に答えた。

「霊力、体術、剣術に関してだけ言えば完全に互角…というか桐宮君は《桐宮流剣術》の技をまだ一つしか出していません。この3つは比べようにも情報が少なすぎますから。決定的な差は…」

天乃は青い鱗を持つ龍の式神に目を向けた。

「式神の有無、ですかね。」

天乃はそう言ってため息をつく。

「水上様のあの式神…初めて拝見しましたけど、噂通りかなり高ランクの式神ですね。しかも使用者とのあの連携…生半可な攻撃では崩せないでしょう。」

天乃は「私でも倒せるかどうか…」とボソリと呟く。天樹は「確かに」と声を出す。

「あの式神とリヒト君の連携はかなりのものだよねー。同クラスの式神、もしくは1人であの1人と一体を超える戦闘力を持った人しか倒せないだろうね。そして、残念ながら…彼にそれほどの実力はまだない。」

その直後、修也の剣と青龍の霊術の接触点がいきなり大爆発を引き起こした。とてつもない風圧が観客に襲いかかる。多量の土煙が戦場を覆った。

その煙はしばらく観客の視界をも奪っていたが…やがてそれも晴れていく。そして、観客はリヒトではなくもう片方…修也に目を向ける。

まず、彼の体は…吹き飛ばされ、壁に激突していた。その衝突点を中心にクレーターができ、黒刀は体の近くに転がっている。

その様子に実況の男は…

『き、き…』

自身の体を大きく戦慄かせ…

『決まったあぁぁぁ!桐宮修也に水上・リヒト・シュバイティンの大技が炸裂うぅぅぅ!なんという威力だあぁぁぁ!』

その実況と共に観客の大歓声が響き渡る。会場の過半数が歓喜の声を挙げる。

その光景を煩わしそうに天乃は見つめる。天乃はため息をついて、服も、その内部の体もボロボロになっている修也を見て、思う。

『もう、限界ね…』

天乃は目の前の机にある採点用紙に万年筆で記入を…

「まあまあ、ちょっと待ちなよ。」

…しかけたところで、横から声がかかる。天乃は横も見ずにため息をつく。

「…待たなくても、見れば分かるでしょう?あの体では到底戦えません。」

そう言って、天乃は顔を歪めた。

「…無論、彼が霊使者として復帰してくれるなら協会としてはかなりの得になりますからそれなりの評価を…」

「だから待ちなって。」

天樹は再度天乃を引き止める。

今度はさすがの天乃も天樹を睨みつけた。

「いい加減にしてください。あの状態からいったいどうやって期待しろと?逆転するどころか、もう持ち堪えることすら限界のはずです。」

そう言いながら座り込む修也を、天乃は見つめる。頭は土煙で汚れ、ティーシャツとジーパンは所々を切り裂かれ、その下にはかなりの量の傷口が見て取れる。かなり深いものもあるようで、血が止まる気配がない。

天樹は頬杖をつき、天乃に話しかけた。

「そうは言っても…彼は君の大切な幼馴染だろう?」

「…」

その言葉に、天乃はじっと黙り込む。

そして、少し間を置き…ゆっくりと口を開いた。

「…ええ。大切な、たった一人の幼馴染です。…だからこそ、これ以上あんな姿は見たくないんです。」

天乃の消え入りそうな声に、天樹は怯まず発言した。

「大切な幼馴染だからこそ、それは間違ってるんじゃない?」

その言葉に、天乃は横を向く。視線の先には、いつも通りの皮肉混じりの笑顔。

「大切な幼馴染だから、一番理解し合っている相手だから…信じて見守るのが大事なんじゃないの?柄にもないこと言うけどさ。」

言葉が終わった後も、天乃は天樹の横顔を見つめ続けた。その横顔に刻まれた、かすかな笑みは…どこか…寂しげで…

その瞬間、観客がざわめき出す。天乃は反射的に、修也の方に目を向けた。天樹のあの顔も気にはなったが、まずは観客がざわめきの理由を知りたかった。

そこには…

「…………」

体をフラつかせながら立ち上がる、幼馴染の姿があった。彼の手には、いつのまにか黒刀が収まっていた。そして…

「おっ、ようやくお出ましか。」

天樹は興奮のあまり喜びの声をあげる。

天乃は、修也の横にいる少女…

「いえ、あれは…まさか…!」

…否。《妖》の存在に、目を剥いた…。

 

『…聞こえるか?我が主人よ。』

思念によって、修也の頭は一気にクリアに戻る。彼は顔を俯かせたまま、返す。

『ああ、聞こえてるよ。俺の従霊の、可愛らしい声が。』

『軽口を言えるなら、まだ余裕じゃな。』

そう言って、琥珀は微かに笑うと修也に問う。

『…それで?そろそろわしの出番かの?』

その言葉に、修也は血の味がする口を…口角を、少し上げた。そして、ため息一つ。

『…そろそろ必要かもなあ…。ま、《予定通り》ではあるけど…。』

それを聞いて、琥珀は喉を鳴らした。

吸血鬼らしい笑い声が修也の頭の中に響く。

『あんな威力の技を喰らっておいて予定通りとは、よく言えたの。…協会が渡してきたあやつの《ステータス表》、完全に偽物…偽造されていたじゃろ。』

その言葉に、修也は苦笑する。

『だから一番最初に仮のステータス表頭で構築しなきゃならなかったんだよ。協会内の対人戦じゃ、本物のステータス表が事前に渡されるからほぼないのに…。』

ため息一つ。

『で、それも予想してたんじゃろ?』

『…そらそうだろ。俺みたいな犯罪者にまともな資料渡す方がバカってもんだ。』

修也がそう言うと、琥珀は大声で笑った。その笑い声はやがて思念から、空気の振動へと変わる。修也は声のする、自分のすぐ左側へと視線を向けて、もう一度苦笑した。

「…何も言ってねえのに出てきたな。」

「余計だったか?」

八重歯を出して微笑む琥珀に、修也はさらに微笑する。

「余計だ…と言いたいとこだけど、さすがに強がりだな。」

「よいしょ」と言いながら膝に手をついて修也は立ち上がる。そして、静かに首を鳴らす。

「…で、どっちに行きたい?」

修也の言葉に琥珀は嬉しそうに口角を上げる。

「儂はあちらのキザ男をやってもいいんじゃが…久しぶりに《龍狩り》がやりたくなってきた。あっちの青いのを相手しよう。」

「…お前、400年前何してたの?」

修也が琥珀に引きつった笑いを浮かべ、琥珀は「気にするな」とそっぽを向く。

そこで修也は土煙が既に薄れていることに気づく。恐らく、琥珀の姿を見た観客がどよめきの声を上げているだろうが、修也にはその音は聞こえていない。

彼の意識は、リヒトに向けられていた。

「…さて、そろそろ行くか。訛ってねえだろうな、変態吸血鬼?」

「…そちらこそ、儂があのトカゲを倒している間にお前様が倒されたら元も子もないぞ?馬鹿主。」

琥珀の言葉に修也は目と口だけ向けて静かに微笑むと、転がっていた刀を持ち上げる。

琥珀も、ゆっくりと戦闘態勢に入る。

「さあ…」

修也の目に赤い光が点る。同時に刀に巨大な炎がまとわりついた。そして…

「…反撃開始だ!」

琥珀だけが、地を蹴った。

修也は精神を集中させる。リヒトとの戦いに勝つ、確実な方法をとるために…

 




遅くなってごめんねー。いやー試験もかなり熱くなって…きた、かな?わかんねえや。まあ、みんなが楽しめたら幸いです。また次回。またね!

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