聖旗と二刀 〜少年と少女の旅路〜   作:誠家

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カサッ…カサカサッ…

…ここは、ある山の中。
その中に住む下級悪霊達は草木の中に体を忍ばせる。
この山は存在自体、霊感が強くよく悪霊を引き寄せている。この下級悪霊達もそうして集まって来た。下級とはいえ、生存競争を生き抜いてきた強力な霊達。決して油断してはならない。
…だが、そんな霊達の中心に一人の、霊ではない人間がいる。…男性、だが髪は長い。持ち前の金色の長髪が山風によって揺れる。彼が手に下げているのは、優美な西洋刀。体を包む衣服も様々な装飾が成されていて、どこか眩しい。
だが、悪霊達はそんなことは気にしない。というか気にするほど頭が発達していない。悪霊から見ると彼の服は《キラキラしてるもの》ぐらいの認識だろう。
すると、山風がやみ彼の金髪がパサリと落ちて揺れがおさまる。
…直後、茂みから悪霊達が飛び出す。
動きは単調ながらも、かなりのスピード。生半可な霊使者ならば、仕留めきれずに袋叩きにされ、殺されるほど。
先頭を走っていた霊の手が伸びた…
「ガッ…?」
…が、その手は手首から先が切り落とされる。悪霊は、一瞬反応が遅れた。
「…汚らわしい…」
男性の口から初めて言葉が発せられる。その言葉に、悪霊達は一歩後ずさる。彼らは、およそ三十はいながら…《仲間の腕を切り落とした、剣筋が見えなかった》。
故に、恐怖が体を支配し、悪霊達の足は一歩後ずさったのだ。
「…グアッ…!」
そんな中、腕を切り落とされた霊は恐怖に打ち勝ち、襲いかかる…
…そんな勇猛も虚しく、その霊は一瞬で首を切り落とされた。四肢が転がり、光となって消滅する。
直後、霊達は理解する。…彼との、圧倒的な力の差を。震える霊達を見て、彼は哀れな物を見るような目で見下す。
「…君達のような下等なもの達が僕に《触れかけた》…これは途轍もない罪だ…。」
あまりにも理不尽な言い分。だが、彼はその言い分を強引に通すかのように剣を構える。
「…ギギッ…!」
多量の霊力のふくらみを感じ取り、悪霊達は逃げ出す。そんな中、彼は囁くように呟く。
「…美しく散れ…」

ピウッ…

まるで鞭を振ったかのような音が山中に響く。悪霊達は体を止めた…数秒後、半径20メートルにまで広がっていた霊達全員の首が飛んだ。霊達の体から一斉に鮮血が吹き出し、赤い血の雨と変わる。
長髪の彼は風の霊術で傘を作り血の雨を躱す。そして、手を広げる。
「おお、美しい…!これこそ、下等なものの最悪の血で作る最高の芸術品だ…!」
そう言い、哄笑する。
血の雨は、霊達の死体が消えるまで山の中に振り続けた。

「ご苦労様でした、リヒト様。」
長髪の男の横に執事めいた白髪の男性が姿を現わし、膝まづく。リヒトと呼ばれた青年は剣を鞘にしまうと、老人に話しかける。
「ローエン、次の仕事は?」
リヒトの言葉にローエンは無言で紙をめくる。
「お次は、出雲市の闘技場で一般公開の戦闘試験でございます。相手はこちらの方…」
「ふぅん…?」
リヒトはローエンから紙をもらうと、相手のプロフィールを見る。そのプロフィールの写真の顔を見た…直後。
「プッ…ククッ…アハハハハ!」
リヒトはいきなり笑い出す。その後、数秒の間笑い続け、ローエンに話しかけた。
「おい、見ろよローエン。こんなに滑稽なことがあるか⁉︎プッ…アハハハハ!」
ローエンはひざまづいたまま顔を俯かせる。
「五年前の《天才》が、今の《天才》に挑もうだなんて…アハハハハ!」
「…お言葉ですがリヒト様、これはただの戦闘試験。わざわざ本気を出す必要は…」
「ああ、分かってる。ちゃんと力はセーブするよ。…けど…」
リヒトはローエンに悪い笑みを浮かべた。
「あっちが本気で来たら、僕も別に本気で言っていいよなぁ?」
その言葉に、ローエンは頷いた。
「…無論でございます。」
山の中に、リヒトの哄笑がいつまでも響き続けた。



第8話 戦闘試験

青い空。地を照らす白い太陽の下、生い茂る緑色の木々。そんな木々が生える活力に満ちた山々。その中の一つ、島根県出雲市のある山の中間ほどの場所に建つ一軒の家屋。その縁側で、太陽に照らされながら、刀の手入れをする青年が一人。

いつもの浴衣姿に、黒色の髪。炎のような赤色の眼、手に持つは黒く流麗な日本刀。彼は数回拭くごとに刀身を見て汚れ等のチェックをする。はたから見れば、ただ装備の手入れをする真面目な霊使者にしか見えないが…

『アッ…ンンッ…アアッ…♡』

彼の脳内にはそんな言葉が先程から延々と繰り返されていた。

「…」

青年は手を止めてため息をつく。

「…なあ、琥珀。お前のその声どうにかなんねえの?集中出来んのだが。」

その言葉の後、黒刀から影が飛び出し、その影が人へと変化する。

現れたのは10歳前後の少女。黒髪黒眼で特徴的なアホ毛。そして、小柄なすらりとした女児特有の体を包む黒と紫を基調とした着物は…いつもと違い、乱れに乱れきっていた。

そんな着物を直そうともせず、照れ笑いを浮かべながら琥珀は青年に話しかける。

「フフッ…ようやく修也もわしの魅力に気が付いたか…」

喋り始めた琥珀を、修也は怪奇なものを見るような目で見つめる。琥珀はそれには気づいてない様子でよく分からないポーズをとった。

「いや…良いのだぞ、我が主人よ。わしに惚れるのは男として当然。フフフッ…今夜はお前様は寝られない夜となるだ…」

「頭悪いこと言ってないで早く準備しとけ、この変態吸血鬼が。」

その言葉に琥珀のアホ毛が一気に直立する。どうやらこのアホ毛は気分が高まると直立するようになっているようだ。

「へ、変態とはなんじゃ!変態とは!」

赤い顔でフー、フーと唸る自身の従霊を横目で見ながら修也はため息をついた。

「…今の発言をして言われないと思ってたとか、お前の頭はどうなってんだ。」

「なんじゃ、脳みそを見せて欲しいのか?あまり痛いのでやりたくはないが…主人の要望なら致し方な…」

「やめろやめろ!これ全年齢対象だぞ!」

修也は「こいつに言ったらシャレにならねえ」とブツブツボヤく。

琥珀はすっかり疲れた様子の主人を見て、大きなため息をついた。

「まったく…大切な試合の前の朝だというのにこんなに疲労するとは…間抜けとしか思えんな…」

「ほぼお前のせいだろうが。」

コメントに対する鋭いツッコミを琥珀はそっぽを向いて流す。

修也はため息をついて作業に戻る。

「なあ、我が主人。」

「なんだ、アホ吸血鬼。」

アホ扱いされたことに琥珀はまたアホ毛が立ちかけたが、すぐに元の形に戻る。

「なあに、大したことではない。少し聞きたいのだが…」

琥珀はそう言うと修也の部屋を指差した。

「お前様の部屋の中…というか隅にあったかなりの数の手紙…全て同じ者から送られてきておったな。…誰からじゃ?」

その言葉に修也は琥珀の顔を見る。

「…読んだのか?」

琥珀は「まさか」と言いたげに首を振る。

「明らかにお前様が放課後にもらってくる類の女とは違う匂いがしてな。どこか訳ありと見て一枚も見ておらぬよ。」

「…吸血鬼は鼻も良いのかよ。」

修也はため息混じりに呟いた。

「…」

磨いた黒刀を照りつける日光に翳しながら、修也は静かに答える。

「訳あり…っていうか、一応ただの手紙だよ。…ただ…」

修也は磨き終えた黒刀を静かに同色の鞘へと納めた。

「送ってきた奴が、霊使者協会の人間なんだ。」

「なんじゃ?なにかの警告とか嫌がらせの手紙か?」

修也は苦笑を滲ませる。

「…ま、それもあったけど…あの隅にある手紙を書いた奴はそんな手紙は書いてこなかった。ただの…友人が友人に送るような手紙ばっかだよ。」

修也は少し笑いながら、最後に口を開く。

「…一通も、返せてないけどな。」

その時、琥珀は見た。自身の主人の口元に、見たこともない柔らかな微笑が浮かんでいるのを…。

 

出雲市の地下100メートル。そこに、今回修也達が挑む戦闘試験の舞台は存在する。

名を《天野御橋修練場》。

協会創設期から使用されてきた、数多ある修練場の中でも最も歴史ある修練場である。改修に改修を重ねたものの、内部の建築技術などは当時のままで、数百年以上もの間歴代の霊使者達を見守ってきた御神木的存在。

その修練場の観客席は、近年でも最も注目される一戦を見るために集まった多くの霊使者によって埋め尽くされていた。

そんな観衆の上には、ホログラムのようなものでこう書かれていた。

 

《早咲きの天才》リヒト・水上・シュバイティンvs《神童》桐宮修也!!

 

・リヒトの控え室

 

「ローエン、広報の者は集めたか?」

自身の白銀の剣を拭きながらリヒトはローエンに問う。ローエンは頭を下げながら主人に答えた。

「はい。リヒト様のご命令通り、霊使者協会内全ての広報担当をこの修練場に召集しました。」

その言葉にリヒトは鎧を鳴らしながら立ち上がる。

「それでいい…。これで奴がこの僕に負ける姿を全世界に発信できる…ああ、なんと待ち遠しい!」

リヒトの肩は歓喜に震えた。

「誰もが認める大・犯・罪・者が、僕の技によって、術によって、力によって…地に伏せる!…そして、僕の伝説の一頁に加えられるのだ!…クククッ…アハハハハ!世界に影響を及ぼす害虫は消え、僕の名は世界に知れ渡る!そして…」

リヒトは天…いや、石で作られた天井を仰いだ。

「僕は、奴に付けられた《神童》という素晴らしい異名を手に入れる!まさに一石二鳥ではない!《一石三鳥》だ!そう思うだろう、ローエン!」

主人の問いに、ローエンは顔を伏せたまま答える。

「…その通りでございます。」

執事の呼応にリヒトはさらに哄笑を高くする。そんな主人の横で、ローエンは…

微かに、口元に笑みを浮かべた。

 

 

一方、修也はといえば…

 

「バッカじゃないの!?」

キーーーーン………

一人の少女の大声に、耳鳴りをおこしていた。果てしなく面倒くさそうな顔で耳を塞ぐ修也に少女は怒鳴りちらす。

「あんたねえ、ちょっとはまともに頭動かしなさいよ!五元老の人達がただでさえ邪魔者扱いしてるあんたの戦闘試験なんてとんでもなく強い人を当ててきてまともな攻撃なんてさせるわけないでしょ!それで五元老の人達はあんたに不可判定つけて終わりよ!分かった!?」

「分っかんねえ。」

迷惑そうな顔をして少女の言葉に修也は即答する。少女は口元を…なんというか…ニムニムさせていた。少女はすぐに顔を改め「とにかく!」と続ける。

「いい?あんたは今すぐ…棄権しなさい。」

少女の忠告にも似た発言に修也の片眉はピクリと動いた。

「…はあ?」

少女は腰を曲げて修也に顔を近づける。

「良い?これからあんたが戦うリヒトさんは名門・水上家の跡取りで、地位も実力もあんたより上よ。霊使者ランキングは22歳ながらA級2位と、早いうちにとんでもない才能を開花させているわ。だから、ついた二つ名は《早咲きの天才》。由緒ある霊使者の大会、《天野御橋御前試合》でも常に上位に入る、まさに猛者…」

「うお、やっべ!ウィ○レでメ○シ来たんだけど!久々の黒はテンション上がるわー。」

スマホを横向きにしながらはしゃぐ修也に、少女は摑みかかる。

「話を聞けー!」

 

スマホを横に置いて修也は椅子にもたれかかる。

「うん、まあ、お前の言わんとしてることはよーく分かった。要は、『あの金髪キザ野郎は体格の割にセンスだけはあって、しかも強いのです。私はあなたの負けるところは見たくありません。戦わないで、私の王子様!』っていうことだろ?」

「あんた本当に叩き潰すわよ?」

少女の威圧に修也は飄々と返す。

「お前なら本当にやりかねんな。…ま、ともかく…」

修也は立つ少女を見上げながら返答する。

「答えはNOだ。一度受けた勝負を降りるってのは俺のポリシーに反するしな。」

「…なにそれ。」

少女は修也の言葉にバツが悪そうにそっぽを向く。それを見ながら微笑み、修也は少女に言葉をかけた。

「…ていうか、いくらお前が俺の《幼馴染》で、協会内で必要な存在だからってそういうことを俺に進めるのは、ジジイどもが許さねえんじゃねえの?」

修也の言葉に少女は痛いところを突かれたかのように少し顔を歪める。

 

紹介が遅れた。

彼女の名は神宮寺 天乃(じんぐうじ あまの)。霊使者協会の中での創始家系・神宮寺家の長女。つまり、実質的な次期協会No. 1の後継ぎ、というわけだ。

創始家系の長女という肩書きの如く、その実力も折り紙つきで、現最高家系当主にも引けを取らない。

18歳ながら女性霊使者の中でも最高峰の戦力といわれ、今も全霊使者から将来を期待されている。

修也とは名家同士ということで、幼少期から現在の五年前まで交流があった。

 

修也の言及に天乃はそっぽを向いたまま黙り込む。彼はため息をついて立ち上がると、まっすぐ彼女を見る。

「とにかく、俺とはもう関わらないようにしとけ。ただでさえ今は世界中に悪霊が出没して上のジジイ共もてんてこ舞いなんだ。そんな余裕もない状態なら、下手したらお前の地位までどん底に叩き落とすのも訳ねえかもしれねえ。」

修也はさらにニ、三歩近付いてから、こう囁いた。

「…そうしたら、お前の《夢》とやらも、叶えられなくなってしまう。」

修也の言葉に、天乃は肩を震わせた。そして、少し顔を伏せて強く歯ぎしりする。目元は、少し長めの茶髪に隠れてよく見えない。

「なんで…」

依然として肩を震わせながら、天乃は絞り出したかのような声を出す。

「なんで…修也はそんなことが言えるの…?私が…大切な幼馴染のことを気にしちゃ…いけないの?」

「…俺だってこんな…幼馴染を突き放すような真似したくない。…けど、その幼馴染が、俺と関わっているせいでどん底に落ちるっていうなら、話は別だ。俺は容赦なく突き放すし、いざとなったら縁だって切る。」

修也の冷たい言葉に、天乃は首だけを動かして顔を正面に向ける。だが、俯いているため修也には表情は見えない。

「修也は…強いね。いつも…そうやって、一人で抱え込んで…。」

その言葉の後、天乃は表情を見せないまま出入り口の方に向き、歩き出す。彼女は扉の手前で立ち止まると目の辺りを服の袖で拭い、修也の方に振り返る。そして、静かに話し始めた。

「修也…私、諦めないから。…あんたと昔話した、《夢》のこと。」

「…」

修也は少ない幼馴染の目を無言で見つめる。その後、天乃は後ろに向いてドアノブに手をかけ…る直前で、手を引っ込めた。

「?」

修也が首を傾げていると、天乃は再度修也の方に振り向く。先程と違うところは…彼女の頰が少し、紅潮しているところだろうか。天乃はしばらくの間口を開いたり、閉じたりしていたが…やがて、意を決したかのように、小さな口を開いた。

「しゅ、修也!…私、頑張って…絶対に《使媒頭》(しばいのかみ)になるから!」

必死な、絞り出すかのような彼女の声。一呼吸置いた後、彼女はさらに続ける。…だが…

「そして…そして…いずれは…また、あなたと…!」

 

ゴーン!ゴーン!ゴーン!

 

『待機時間となりました。出場するお二方は、すぐに控室から各自の入場扉の前に移動してください。』

彼女の叫びは、アナウンスと鐘の音によって掻き消された。天乃はスタジアムのある方へ向く。

「そっか…もうそんな時間か…。タイミングの悪いことこの上ないわね…。」

天乃は扉を開けると、横目に見ながら修也に笑いかけた。

「もう、余計なことは何も言わない。…勝ちなさいよ、修也。」

その言葉に、修也は不敵な笑みを浮かべた。

「…ああ。応援ありがとな。しっかりと観客席で刮目しとけよ。」

その言葉を聞いて、天乃は控室を後にする。最後に、修也への可愛らしい微笑みを、口元に刻みながら…。

 

『レッデイィィィィス・アンド・ジェントルメェェェェェェン!ようやくこの日がやってきたゼェェェェエ!』

『『『ウオオオオオオオオオ!』』』

実況の言葉に観客が慟哭で答える。それによって修練場全体が大きく震えた。

『ある者は言ったァァァ!「これはただの戦闘試験だよね?違う?」、っとォォ!…違うに決まってんだろうがァァァ!!!』

そう言って実況が手を振る。すると観客全員が見える位置にホログラムが出現した。そこに映されているのは、二人の男の顔。

『今日、この試合で!かつて《天才》と呼ばれた男と、今・現在の《天才》の上下が決定する!そして何よりィ…』

実況がもう一度手を下ろすと黒髪赤眼の青年の顔のみが映る。

『この男は、これからの人生が決まるんだぜイエアァァァァァァ!』

『『『Woooow!』』』

実況は顔の前で二本の指を立てた。

『負ければ脱落者としての烙印を推されェ!勝てば前線復帰という…まさに、明確な地獄と天国だァァァ!全員刮目しておけよォォォォ!』

観客の雄叫びが修練場をさらに揺らす。

『さあ、とうとう今日の主役である二人に登場してもらおう!まず左手からァ!』

そう言って実況が左手をあげると、観客全員が西にある入場口に注目する。

静寂は一瞬。またとてつもない歓声が修練場を揺らした。

出てきたのは四肢を煌びやかな鎧で包んだ金髪碧眼の優男。腰には細く流麗な西洋刀。

その余裕ある表情が、特に女性を魅了する。

『キタキタキタァ!現・A級2位にして、名門水上家の後継ぎ!採用試練の項目を歴代2位の成績で通過した秀才!甘いマスクと美声で老人、若人どちらの女も落とす、まさに男の敵!この戦闘はいったい何人の女が犠牲になるのか⁉︎《早咲きの天才》!リヒトォ・水上ィ・シュバイティィィィィィン!』

観客があげる歓声。それにリヒトは…

「ハハッ…ありがとう、ベイビー達☆」

とろけるような美声とウィンクで返した。

たちまち、観客のところどころが倒れていく。それと同時に黄色い声援も湧き上がった。

『はいはい、救急隊の皆さん、担架お願いしますねー!…さて、恒例とも言える光景が済んだところで、この男の対戦相手をご紹介しましょう。私の右手をご覧くださァい!』

その声と同時に黄色い声援や憎たらしい視線を巻き起こしていた観客達が一斉にその方向を見た。もう一つの、入場口を…。

やがて、人影が現れる。歩く度に揺れる、派手な赤いコートの裾と黒色の髪。口元には不敵な笑みを浮かべ、眼は炎のように紅く揺らめいている。その顔を見て、リヒトは挑発的な笑みを浮かべる。そんなリヒトを、黒髪の青年は確かに見据えていた…。

 

「そろそろか…。」

そう言って修也は、手元に持っていたスマホをポケットの中に入れる。

小さな空間を使って準備運動をする主人に向かって、今は体の中にいる琥珀が話しかける。

『なあ、我が主人よ。あの小娘とお前様はいったいどういう関係じゃ?』

その言葉に、修也は苦笑しながら答える。

「どうもこうも、お前なら俺の記憶を見れば済むだろ。」

『いやはや、こういうことは本人の口から直接聞いた方がいいと思ってのう。…で、どうなんじゃ?』

琥珀の言葉に修也は微笑を浮かべた。

「いらねえところでプライバシーは守るんだな…誰目線なんだかな、まったく…。答えとしては…まあ、普通の他人ではなかったよ。赤の他人ってわけでもなかったし、家族かと言われると…そうでもなかった、かな。そんな関係。」

その言葉に琥珀は『うん?』と困ったような声を上げる。首を傾げているのだろうか。

『どういうことじゃ?もっと詳しく教えてくれんか?』

琥珀の問いに、修也は返す。

「残念だけど、時間切れだ。もうそろそろ入場しなくちゃな。」

そう言って修也は赤い布…いや、琥珀お手製の赤いコートを具現化して、紺色のシャツの上から袖に腕を通す。

そして黒い刀を、同色のズボンの腰に吊る。

最後にスマホをロッカーの中に入れて鍵を閉めて、入場口に向かう。

…その道中で、修也は琥珀にこう言った。

「なあ、琥珀…」

『ん?なんじゃ?』

「ただでさえ短気なお前に、これだけは言っとく。」

『失敬な!短気で悪かったの!』

修也は琥珀がアホ毛を立たせながら怒っている様を想像しながら「あははは」と笑い、そして静かにこう言った。

「たとえ俺がどんな扱いを受けようとも、キレて観客だけは巻き込むなよ。」

『…』

先程とは打って変わって、黙り込んだ琥珀の返答を修也は待つ。

…やがて、琥珀はため息をつくと…

『承知した。我が主人の命令とあらば。』

その言葉に修也は「よし」と頷く。

修也は開き始めた鉄格子の扉を凝視する。

黒光りする鋼鉄の向こう側に広がるセメントのフィールド。修也は、そこに向かうためゆっくりと足を階段の部分に踏み出した。

 

青年は、黒いズボンのポケットに手を突っ込んだまま、入場してくる。

実況の男はその姿を見て、面白そうに口角を上げると、大きく息を吸い込んで…

『続いて現れたのはァ!我らが霊使者協会の家系の中でも、最上位家系として名高い《桐宮家》の長男ながらァァ!相棒殺しという大罪を犯しィ、戦力外通告を受けた男ォ!かつては《神童》と呼ばれ、霊使者中の期待を集めた輩がァァ!今日!この《天野御橋修練場》に帰ってきたァァ!その男の名はァ…!』

実況の男は空気を入れ替えるかのように息を吐き、もう一度吸い込む。

『《神童》!《万能者》!《世紀の大罪人》!桐宮ァァァァ…修也ァァァァァァ!』

『『『ウオオオオオオオオオ!』』』

実況の熱のこもった観客の熱気が上乗せされる。しかし、そんな観客の声の中には…

『Boooooooo!!』

『引っ込めー!』

『薄汚え大罪人が!この神聖な修練場に足を踏み入れてんじゃねえよ!』

…などといった冷めた声も過半数入り混じっている。だが、それも当然なのだ。実況が言った通り、修也は最も重い罪、《相棒殺し》を犯した大罪人ということになっている。すると自然と批判は集まってしまう。

そんなことを意にも介していないのか、目を閉じたまま修也は中央に歩いていく。

そんな彼の姿を見て、リヒトは挑発的な笑みを浮かべる。そして、近づく彼に話しかけ始めた。

「お久しぶりですね、修也さん。」

二人は名家の長男。もちろん稽古などで面識もある。

「いやはや、大罪人として協会の上の人間からも蔑まれているあなたが復帰するかもしれないと聞き、驚きましたよ。相変わらず無鉄砲な人のようだ。」

リヒトは十数メートルほど歩いて、修也をほぼ0距離から見下す。修也は動かしていた足を止める。

「確かに僕はその昔、あなたに世話になったこともあった。ですが、あなたのような大罪人に出番は必要ないのですよ。…今日の僕は、試験だからと言って手加減はしません。かつて実力を認められ、あなたにつけられた《神童》という二つ名…僕があなたから剥奪しましょう。そして、認めさせるのです。僕の方が、上だということを。」

リヒトの言葉に修也は俯かせていた顔を上げ、まっすぐと彼の青い瞳を見つめる。青と赤の視線が交錯する。

「…別に俺とお前の優劣になんざ興味はねえ。ただ、俺にも《目的》はあるんでな。それの達成のために、ここで躓く訳にはいかねえんだよ。」

言葉の後、リヒトは薄く笑う。

「あなたの復帰してでも達成したい目的…興味がないことはありませんが…僕にも現A級2位としてのプライドがあります。今日は試験などとは関係なく…」

リヒトは腰のバッグパックから1枚の紙を取り出した。リヒトはそれを顔の前に翳すと…

「全力で、勝ちに行きます。」

そう、修也に宣言した。

それと同時にリヒトは札に霊力を込めていく。その光景を見ながら、修也は内心呟く。

『あっ、思い出した。あの札…式神製作用のやつか。』

その瞬間。修也の目を眩いほどの光が包む。炎のような猛々しい光でも、太陽のような優しい光でもない。全てを貫くかのような、鋭い光…

すると、その光の中から《それ》が徐々に姿を現す。

まず見えたのは、蒼色の鮮やかな鱗。それに包まれた全長では100メートルはあろうかという長い体躯を、柔らかくカーブさせている。何より特徴的なのは鼻先から伸びる長い二本の髭と、口内の鋭い牙。

『あれは…まさか…』

修也がそこまで思考した時、リヒトは上げた腕を、振り下ろす。そして、一言。

「行け、《青龍》。」

リヒトの小さな、しかし確かな声に青色の龍は雄叫びで答えた。その声に、修練場の壁と観客席は大いに揺れた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近忙しいなー。SAOも書けてないし頑張んないと。
感想と評価、お願いします(^_^)ノ

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