聖旗と二刀 〜少年と少女の旅路〜   作:誠家

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霊使者達は世界中に点在している《霊使者連合協会》という機関から強さ、実績など様々な評価から順位付けされている。まずランクがS、A、B、C、D、Eとあり、その中でさらにランキングが決められている。
中でも17人しかいないSランクの1桁の猛者達は全霊使者の憧れの象徴となっているのだ。
そして、現役時代まだ小・中学生だった修也の順位は…


第6話 強さの理由

キュン、キュキュンッ!

数十本のクナイが同時に俺の四肢めがけて飛んでくる。修也は俺を避けようともせず、右手の黒刀で迎撃した。クナイが全て無数の鉄片へとかわる。

『なぜ霊術を使わんのだ?そっちの方が確実だぞ?』

刀から少女の声が聞こえる。

修也の四肢にさらに10発の鉛玉が向かってくる。

修也の刀が炎のようなオレンジ色の光を帯びる。

「もしもの時のために…」

ヒュオッ…パチンッ。

パラパラパラパラ…

修也の鍔鳴りとともに10発の鉛玉が全て塵と化す。

「霊力は残しておきたくてな。」

修也の返答に琥珀は興味なさげに呟く。

『ふーん…ま、どっちでもいいし興味もないが…』

「聞いたのお前だよな?」

修也は少し細目で呟く。

その言葉に、琥珀が少し笑う気配。その後にさらに言葉を並べる。

『当たり前じゃ。わしは主に力を貸し、手助けをする《従霊》の身。主の戦い方には文句も無ければ、要望もない。…貴様の好きにすれば良い。』

その言葉に修也は少しキョトンとしていたが、すぐにいつも通りの笑みを見せる。刀を水平に構え、右脚を後ろに引いて左足を前に出す。

「それなら…」

ドガァン!

地が揺れるほどの踏み込み。忍者の格好をしている男達(女もいるかもしれないが)の真横を通り過ぎる。

彼の刀の鍔鳴りがチンッ…と鳴ると同時に忍者達の体が腰から真っ二つに別れる。そして、光となって姿を消した。

「楽でいいな。」

 

「バカな…」

今回の件の首謀者…生前は武士だった《眞明》は修也のことを見つめながらそんなことを呟く。彼の目は、有り得ないものでも見ているかのように明らかに動揺していた。

修也の実力は、圧倒的だった。

忍者部隊の投げるクナイ等の武器は全て鉄片に変えられ、鉄砲隊の放つ鉛玉は全て塵へと変えられている。

霊側が1回攻撃する事に、修也は霊を必ず1人は《浄化》している。

しかし、眞明がモヤモヤしているのはそれが原因ではなかった。そして、シビレを切らしたかのように眞明は才蔵に近づいて着物の襟首を掴み、持ち上げる。

翠が「やめて!」と声を上げるが、眞明は一睨みしただけで彼女を黙らせた。

「おい、ジジイ…あれは一体どういうことだ…!」

眞明の言葉に才蔵は「はて?」と首を傾げる。

「あれとは…何のことだ?」

その言葉に眞明は大声を上げる。

「あいつだよ!お前の孫のことだよ!どういうことだ!あいつにはあれだけの力はなかったはずだ!鉄砲隊に10数発の鉛玉を喰らったやつがなんでこの数十分であんなに強くなってやがんだ!」

「そんなもの、彼奴が貴様らの鉄砲隊に襲撃された時に本気を出してなかった…いや、出せなかっただけだろう。」

そんな正論に眞明は言葉を詰まらせるが、すぐに反論する。

「…それは貴様の言う通りだとしよう。だが、そうだとしても!あの力の大きさはなんだ!?何故俺が特別に加工した、通常のものより何倍も硬いクナイや鉛玉を砕ける!?」

…霊達が使っているクナイや鉛玉は全て眞明が強化したものだ。

霊とは死に絶え、霊となった瞬間にある種の《霊術》が使えるようになる。そもそも霊術には炎、水、風、地、雷、無の6つの属性が存在する。特に強力なのは雷だが、霊達によく授けられるのは炎や水が多い。

そう考えれば、眞明は少し幸運だった。彼は炎でも水でもない、無属性の強化霊術を手に入れたのだ。

この霊術は自身の体を強化できるだけでなく、他の物質も強化することが可能だ。無論、成功率はその者の才能によってかなり変わってくるが彼は失敗しながらも自身に付いてきている者達全員の武器を強化霊術を駆使して全て強化した。

それによって、彼は最強の部隊を作り上げた…はずだった。

だが今となっては、たった一人の少年に数十人はいた部隊がほぼ全滅に追い込まれている。数日ほどもかけて強化した傑作達が玩具のように壊されていく。

その眞明の言葉に才蔵は「ふむ」と答えるとしばらく黙り込んでから眞明に質問を投げかける。

「貴様は、《魔眼》というものを聞いたことはあるか?」

「…魔眼?」

聞いたことのないフレーズを眞明はもう一度繰り返す。

「うむ。貴様は知っとるかどうか知らんが…かつて、ギリシャ神話の怪物《メドゥーサ》は目を合わせるだけで人を石化することが出来た…という伝説が残っておる。他にも代表的な怪物《吸血鬼》の金色の眼には人を魅了する力が宿っていたなど多くの伝説が残されておるのだ。」

「…それが、どうしたってんだ?たかが伝説だろ?」

その眞明の質問に才蔵は答えず、天を仰ぐ。空には、夜空が広がっている。

「…そう、たかが伝説だ。だが…その伝説が《具現化》することも時にあるのだよ。」

直後、何かオレンジ色の光が眞明達の足元を照らす。眞明は後に振り向く。

そして…彼の仲間が、炎の霊術で巨大な矢を創り出しているのが見えた。霊術の熱に周りの落ち葉や幹が燃えていく。

それを見ても、修也は全く動じない。それどころか、剣を構え直している。

矢の周りに猛々しい雰囲気が充満し、逆に修也の周りにはまるで剣のような鋭い気迫が広がっている。

「奴は…修也の《眼》は、《全ての[核]が見える魔眼》。奴だけが視認できる[核]に攻撃を加えると、例え鋼鉄でもダイヤでも…塵に変えられる。」

その言葉と同時に炎の矢が投擲される。空気と落ち葉を焦がしながらその矢は修也に向かって飛翔する。修也はその霊術を真っ向から迎え撃つ。

足を踏み込んで上段切りを繰り出して…激突した。途轍もない、轟音。

ほんの少し、修也の体がぐらりと揺れた。霊術を放った男は少しだけ拳を握るが…その直後、彼の出した霊術はオレンジ色の光となって消滅した。

何が起こったのか理解出来ず、男は呆然と立ち尽くす。修也はその隙に男の横に踏み込みだけで移動し、高速の斬撃で胸のあたりを横薙に切り捨てた。

男も、真っ二つに分かれて…光となって消滅した。

「…バカな…。」

眞明は上に上がっていく光を見ながら、そう呟いた。

 

霊を全て浄化した後、修也は大きく深呼吸をする。なにせ、久しぶりの戦闘だ。未だに全身が少しだけ震えているのが分かる。

呼吸を整えてから修也は眞明の方に体の向きを変える。眞明の後ろには才蔵と翠が座り込んでおり、当の眞明は巨大な敵意…というか殺意を修也に向けて放っていた。

眞明は修也に向かって声を荒らげながら叫ぶ。

「来れるものなら来てみろ!ただし、こっちには人質が…!」

最後まで言い終わるのを待つことなく、修也は体を動かし始める。先程のような荒々しい踏み込みではなく、無音の、繊細な跳躍。

踏み込みから、およそ0.5秒程で眞明の横を通過する。眞明が気づいた頃には、修也は人質を抱えたまま背後数十メートルに立っていた。

眞明はギリリッと歯ぎしりをする。

「なんでだよ…」

「…なにがだ?」

眞明の問いに修也はさらに問いで返す。眞明はまたも声を荒らげた。

「なんでお前は、そんな力があるのに戦場に…前線に立たなかったんだ!お前が…お前がもっと戦闘をしていれば…俺達がもっとお前の戦闘を見ることが出来てれば…!」

「…俺の情報を集めることが出来て、勝てていた…って言いたいのか?」

修也は眞明の話の続きを代弁した。

眞明はしばらく息を荒らげていたがすぐに首を縦に振る。

「ああ、そうさ。俺達の計画は完璧だった…。すぐにお前の妹を殺して力を手にし、この世界に復讐するはずだったんだ。なのに…」

「…」

「お前が出てきたせいで全ての予定が狂った!武器も壊され、仲間も消された!…お前さえ、お前さえいなければ…!」

そんな逆恨みにも似た叫び声を聞きながらも修也の顔はまったく動揺の色を見せなかった。むしろ、先程よりも気迫が増しているかのように見える。

そして、今まできつく結んでいた口を開く。

「残念だけど、それはないよ。」

「…なに?」

修也の言葉に眞明は鋭い視線を向ける。

「お前の言い分だと俺がいなければ何もかもが上手くいっていた…ということになる。…けど、それはありえないんだよ。」

「何を根拠に…!」

眞明は反論しようとするが修也に途中で遮られる。

「俺は…現役時代、親父とお袋に連れられて世界を飛び回ってた。一応、日本も一つの県に一回は訪れたこともある。」

修也はゆっくりと語りだした。

「俺の両親は協会の中でも上位に食い込むほどの猛者だったから、その二人を間近で見てきた俺はかなり《見る目》は育ってた。…そんな俺が、世界を飛び回る中で『強い』と思った人の人数は…165人。」

修也の言葉に眞明がはっと息を呑む。心なしか才蔵も少しばかり驚いているようだ。

「ま、その165人の中で俺の両親に勝てる奴は本当に数人から十数人だったけどな。…けど、その人達は今の俺と同じぐらいの強さは誇ってた。今はどうか知らないけど…俺に勝てないような奴らは多分中国ぐらいで倒されてたんじゃねえのかな。」

「黙れ!」

そんな声が山中に響き渡る。眞明は目を充血させて修也を睨む。

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ!お前のようなガキに何がわかる!俺達の苦しみや憎悪の理由すら知らない奴が知ったような口を聞くな!」

「…確かに知らないな。けど、俺は事実を言ってるだけだ。別に知ったような口は…」

「黙れと言ってるのが聞こえないのか!」

その言葉に修也はピクリと反応して口を固く結ぶ。

そして、眞明はまるでファイティングポーズのようなものを取るとさらに怒声の大きさを一段階上げた。

「貴様は、俺が殺す!俺達の苦しみを、憎悪を、誓いを!侮辱した貴様だけは!」

その言葉とともに眞明の体に赤色の回路のようなものが出現する。それを見て、修也は真っ先に剣を抜いた。

「あれは…」

直後、修也の横の空気が揺れる。それを感知した瞬間、修也は剣の刀身に左手も添えてツーハンズブロックを行う。

そして、剣に衝撃が走る。ドガァン!という轟音が鳴り響いて修也の体が浮く。修也は木々の横を高速で通過して背中から岩に突っ込んだ。激突した岩に無数のヒビが入る。

「チッ…!」

修也の口から本戦闘初めての血がほとばしる。

岩から放れて倒れ込みそうになった修也の体を再度の衝撃が襲う。今度は腹部付近…みぞおちだった。

「ガッ…カッ…!?」

途端に息ができなくなり口から酸素を吸い込もうとするが眞明の拳はそれを許さない。一瞬で数発、修也に叩き込んだ後今度は蹴りで修也を宙に蹴り上げる。

これが眞明の切り札。全開の強化霊術による肉体強化だ。これを行うと通常時の身体能力の数倍の威力を引き出せる。ただし、効果が絶大な分反動も大きく、使い過ぎると死に落ちてしまう程だ。だが、眞明は修也に対して手を抜かないことにした。絶対に倒す相手と認めたのだ。いや、《判断した》というのが正しいか。

「ガアアアアアァァァァアアア!」

人のものとは思えない怒声を上げながら宙に浮いた修也の体に拳を叩き込み続ける。

眞明の拳が放たれるたびに修也から赤い鮮血が飛び散る。

「お前に…お前に何がわかる!今まで大した不幸にも見舞われずに呑気に暮らしてきたお前に!」

眞明の怒声を聞いても、修也は何も答えない。それどころか、顔にはどんな色の表情も浮かんでいない。ただただ、落ち着いている顔。

その表情はさらに眞明の逆鱗に触れる。

「これで…」

眞明の右腕にとてつもない量の霊力が注がれる。どうやら彼は、この一撃で決める気のようだ。

眞明の右腕に赤黒い瘴気が渦巻く。とてつもない力の奔流。

「終わりだあああああああ‼︎」

咆哮とともに右腕を突き出す。眞明と修也の距離は、ほぼゼロ距離。

『当たる…‼︎』

眞明は自身の腕が修也の体を貫く光景を幻視した。殆どのものが視認することすら出来ない高速の一撃。

そんな致死の凶器と化した拳に修也は…

予想外の行動に出た。

眞明の拳が修也の体に当たる直前、修也はあろうことか刀を持ってない左手を眞明の腕に置き…一気に力を込めた。

修也の体はフワリと浮かび上がり…眞明の致死の拳はあっけなく空を切る。最大威力の技の反動と、それを避けられたことへの認識の遅さが彼の反応を鈍らせた。

修也は回転の方向そのままに一回転すると…左膝で眞明の後頭部を強打する。

「アッ…カッ…!?」

眞明は脳が揺れ、意識が遠のく。そんなことは気にも止めてないのか修也は眞明の後ろから目の前に転移し、右拳を眞明の頰にめり込ませた。

一瞬のせめぎ合いの後…修也が拳を振り抜く。眞明の体が紙細工のように吹き飛ぶ。修也は追撃のために宙を駆け、その距離を再度詰める。

「…ッ!オオッ!」

体が回転し、体勢の安定しない眞明。しかし、そのような状況でも彼は攻撃を止めない。肉薄する修也の顔や胴にさらなる拳を打ち込む。

「…ッ」

それを修也は体を捻るだけで躱す。だが、掠ったのか彼の頬に傷が生まれ鮮血が少し飛ぶ。

しかし特に気にする様子もなく彼は素早く《炎》の霊術を発動。作り上げた輪で、眞明の体をすぐに拘束した。

「グッ…オッ…!」

手も動かせず、藻掻く彼に対して修也は大きく足を真上に振り上げ…そのまま、真下の彼の体に振り下ろした。

轟音、爆風。

落下の衝撃によって周辺の木々は倒れ、落下点を中心にクレーターが出来る。舞い上がる大量の砂煙。そして落ち葉。

しばらくすると、それらが晴れて眞明の体が浮かび上がる。

「ガハッ…ハッ…!」

彼は血を吐きながらもゆっくりと立ち上がる。まだ脳が揺れた時の衝撃が残っているのか、足取りが心許ない。

眞明は再度血を吐き出すと…天を見た。そこにいる赤いコートの人物を睨みつける。

「…理解したよ。」

眞明は右手を持ち上げる。その掌は…しっかりと、修也のいる方向に照準されていた。

「俺は…お前に勝つことは、出来ない。」

「…なら、どうする?今ここで降伏すれば、留置所で生き続けることは出来るけど…?」

修也のその言葉に眞明は苦笑する。

「冗談はよしてくれ。俺にはもう、生きていたいという願望はない。今の俺にあるのは…」

さらに右腕を左腕で掴む。こうすることで、ある種の《砲台》が完成したわけだ。

「お前への殺意と、世界への憎悪だけだ。」

その言葉を聞いて修也は少し悲しそうに表情を変える。そこには同情の色も含まれていた。

「…俺はあんたの過去を知らない。もしかしたら俺じゃ想像がつかない程過酷なもの、残虐なものだったのかもしれない。けど…これだけは言える。」

修也は、この場ではそぐわない表情だと分かっていて…悲しそうに微笑んだ。

「…憎しみだけ抱いて、生きて死んでいくのは…愚かだし…なにより、苦しいぞ?」

その微笑みを見て、眞明は目を見開く。顔だけを俯かせ、肩が震えだす。

「…俺だって…」

眞明は呻くように声を絞り出す。

「…俺だって…本当は、普通の霊として…この世界で生きたかった…。俺が死んだ頃とは、時代が違う…そんなことは、分かってたんだよ…。」

「なら…」

「けど!」

修也の言葉を眞明は大声で遮る。苦しそうに話した左手で左目の前に拳を作る。その拳は、かすかに震えていた。

「けど…俺には無理だ。今でも、頭の中で…生前の…あの光景が焼き付いてる…!何の罪もない最愛の女房や…10歳にも満たない娘達が…悲鳴をあげながら死んでいく様が…まだ、この作り物の脳みそに焼き付いてんだよ‼︎」

その言葉に修也は目を見開き、肩を震わせた。眞明は目を充血させ、修也に向かって叫ぶ。

「頭ん中で、あいつらが語りかけてくるんだよ!『殺せ』『殺して』『憎い人間どもを』ってな!…こんな状態のまま、今の人間は好きになれない!最初の頃の《普通の霊として生きる》なんていう願望は、今の俺にはもうない!こうするしか…こうするしか、俺に道はないんだ!」

そう言って眞明はまた構え直した。

「だからさ…頼むよ、小僧。」

眞明は右足を後ろに引いた。そして、頰に流れる雫が一つ。

「俺の野望のために…」

眞明の手に赤い、燃える力の塊が出現する。

…眞明は、《無》属性の《強化》の他に、もう一つだけ霊術を授かった。それが、《炎》属性の霊術。

恐らく、そのもう一つの霊術で焼き払う気なのだろう。

その塊は二回りほども収縮した…

「…死んでくれ!」

直後、超高密度の霊術は上昇する流星となって修也に襲いかかる。

眞明にとっては、ほとんど捨て身の攻撃。悪足掻き近い攻撃ではあったが、それは決して侮っていい威力のものではなかったありとあらゆるものを燃やし尽くすのではないかと思えるほど凄まじい威力の波動。

それに対して修也は…………

 

微動だにしなかった。

 

修也は刀を握り直して、向かってくる炎を見る。恐らく、あと数秒あれば自身を焼き尽くすであろう攻撃を修也は見つめ…

「行くぞ、琥珀。」

…今は一人しかいない、相棒に語りかけた。

『うむ!』という力強い声が頭の中に響くと同時に…体勢を変え、足元で小刻みに放出している風の霊術を、一気にバースト。凄まじい加速。

一陣の風となって修也は虚空を飛翔する。

そして、右手と刀を極限まで後ろに引き…

「ッ…!」

今度は、炎を自身の体に纏わせる。さらに…

「…絡め…!」

炎の流れと共に雷が渦巻き始める。

桐宮流剣術《合》の型一番《炎雷流星》。

技の発動と同時に修也の体はさらに加速する。超高密度の炎の波動はもう目と鼻の先。

これを修也は、避けるのではなく…真っ向から迎え撃った。

「…ォォォォオオオオオオ!」

最大限のブーストと共に黒刀を波動の中心に向かって突き出す。接触と同時に激しい衝撃が周囲を襲う。まるで、流星と流星の激突。

超高威力の技の激突の影響で眞明の足がついた地面が抉れる。

「ぐぅ…っ!」

見たところ、修也が優勢だ。だが…

「…う…ぅぁぁぁああああああ!」

悲鳴にも似た、眞明の咆哮。それと同時に、炎の勢いが少し増す。修也は少しだけ押し戻された。

…しかし。

「…ハアアアアアアア‼︎」

修也の、極限なまでの咆哮。最後のスパートをかける。炎雷が炎を切り裂き始める。

「ああああああああ!」

眞明は諦めない。彼をここまで盛り立てるのは、頭に響く妻と娘の声。憎しみのこもったその声は、まさに呪いの言葉。その言葉がさらに大きく、多く頭に響く。

…だが、それで形勢が逆転する訳はなく…

「オオオオオオオ!」

とうとう、修也の刀が全ての炎を切り裂いた。眞明はそれと同時に右腕を斬り落とされる。だが、そんなことはどうでも良いのか修也の頭部を左拳で狙った。しかし…

「…ッ!」

修也は右手から刀を手放して、左手を自分の右手で絡め取る。

「ぐあッ…!」

痛みで眞明が怯んだ…

そこで、修也の左手が伸びる。無防備となった眞明の頭を掴む。

「は、放ッ…!」

眞明は抵抗する…だが、片腕のなくなった霊など修也の敵ではない。

「ッ…!」

無音の気合と共に修也は《これまでとは違う属性》の霊術を手に流す。その霊術は…猛々しい炎でもなく、流麗な水でもなく、爽快な風でもなく、重々しい土でもなく、鋭い雷でもなかった。

全てを包み込むかのような、優しく神々しい光…その属性の名を《聖》。世界でも数人しか扱えない特殊な属性。

修也はそれを手に込め、必死に何かを眞明から引き剥がそうとする。

『こいつは脳に光景が焼きつき、声が聞こえると…そう言った…!』

『なら…!』

修也はさらに霊術を送り込む。そして…

《それ》を、見つけた。眞明の脳の中心で渦巻き続ける黒い何か。

修也は遠隔操作で聖の光の《腕》を作り出す。そして…黒い何かをガッチリと掴む。

「ここだ…‼︎」

光の腕をく引き上げた瞬間、修也自身の左腕も同時に引く。…すると、眞明の頭から黒いものが引きずり出される。

それは、どこか人の形に似ており、だが人ではない。強いて言うなら《人の形をした闇》、と言ったところか。

「アアアアァァァ…!」

闇は抵抗するように腕(らしき部分)で修也の手を引き剥がそうとする。だが…非力すぎるその力に修也は嘆息する。

…この闇は、人々の怨念、呪いなどが固体化しかけたもの。ちなみに、初めの段階のものは知能は低く、喋ったりすることはできない。もともとただの思念として飛び回っていたものが、相性のいいもの同士で引かれあい(磁石に近い)肥大化したのがこの闇だ。今回の場合、引きあったのはおそらく…眞明とその妻、娘の怨念だろう。家族の怨念、呪いというのは生まれつきか似たような特性となり引き合いやすくなる。

その呪いの塊が眞明の頭に取り付き…この世界で過ごすにつれて肥大化していった。

「…ッ…!」

修也は左腕にさらに霊術を送り込む。優しかった光が太陽のような光に変わってあたりを煌びやかに照らし出す。

「アアアア…アア…アアァァァ…!」

闇は最初は苦しそうな声を上げ体を暴れさせていたが、途中からは抵抗もせず手足をぶら下げる。…やがて、限界が来たかのように、体の所々が光の粒となり始めた。

「ァァァ…ァァァ…ァァァ…ァ…」

呻き声もやがて無くなり、闇の半分ほどが光の粒に変化した。その光は、闇だけでなく近くに倒れていた眞明にも影響を与えるのか、彼の体が白色の光に包まれ、消えていく。

修也は先ほども見せた、悲しみが浮かぶ微笑みを刻む。

「…あなたたちが生前はどんな人生を送ったかは知らない。…けど、せめて死後の世界でだけは…幸せに生きてくれ。」

修也は、囁くように呟いた…

「《クリエイション・プリフィー》…」

日本語に訳すと、《万物浄化》を表す術。

この霊術は全てのものを浄化する。人も、霊も、闇も…そして、世界の抱える《穢れ》さえも。

「…」

眞明は、動かなかった。ただただ、美しい光のなすがままに。

…だが、最後の最後、目をうっすらと開け…

「…すまない…ありがとう…」

そう、呟いた。

まず、眞明の体が光となって天に昇っていく。そして、闇は…

「…ウウ…ウウウ…ウウゥゥ…」

今までとは、明らかに違う呻き声。そしてら白い丸が二つ並んだような眼球から…透明な雫が落ちて、黒い体に流れる。

修也は闇が涙を流すというあまりにも異例な光景に内心驚きを隠せなかった。

闇は、修也の驚きには当然気づいていない。…闇は涙を時折流しながら…呻く。

「…オト…サン…ア…ナタ…」

その呻き声が…修也には、そう聞こえた。

彼は、目の前にいる闇が《人》なのかどうか、判別が出来なくなっていた。

確かに、四肢は不完全だ。だが…この闇には、本当の《心》がある。家族を想い、死を悲しむ心が。そんなものを、果たして《悪霊》と蔑んでもいいものか…彼には、わからなかった。

「ォォォォ…ォォ…ォ…」

だがこのまま放置しておけば、この世界に悪影響を及ぼすのは間違いない。ならば…潔く成仏させるのも、慈悲というものだろう。

「…ッ…!」

修也は最後の力を込める。それとともに闇の体は急速に光へと変換されていく。

「ァァァ…ァァ…」

闇の、最後の涙が、地面に落ちて飛沫を飛ばす…と同時に、闇の体は完全に光となって、天に昇っていった。

「ふう…」

修也はかなりの霊力を消費したため、軽くため息をつく。

「…」

修也は、天を仰ぎながら考える。

あの闇は、確実に人の心を持っていた。それが、親子の愛が奇跡を起こしたからなのか、もともとかなり上級なものまで出来上がっていたのか。それはわからない。だが、あの闇が言葉を発し、涙を流したのは確かだ。

「…これから、色々調べるしかねえな。」

修也はそう言って、肩の緊張を解く。修也が落ち着くと同時に聖の光は、徐々に、徐々に…手の中へと消えていった。修也の体を突然の疲労が襲い、ゆっくりと座り込む。

…彼の光は、世界を導く希望の光か。それとも…終わりに導く破滅の光か…。

…それはまだ、誰にもわからない。

 

 

「やれやれ、ようやく終わったか。」

疲れで座り込んだ修也に、着物姿の少女…吸血鬼である琥珀が近づく。

修也は彼女を見ると疲労が見える顔に笑みを作った。

「よう、お疲れさん。」

修也がそう言うと琥珀は微笑みながら「お主もな」と呟いて、修也の横に座る。

修也は琥珀が座ると同時に琥珀を見ながら言葉をかける。

「…悪かったな、途中からお前のこと放っぽり出しちまって。」

その言葉に、琥珀はフンッと鼻を鳴らした。

「…別に、あれが主人の作戦なら従霊のわしがとやかく言う筋合いはない。」

そう言いながらも、琥珀は唇を尖らせながらそっぽを向いた。修也は困ったように後頭部を掻く。

「うーむ…埋め合わせして欲しいなら、するんだけどな…」

その言葉を聞いた直後、琥珀の頭のてっぺんから出ているアホ毛がピコーン!と直立する。それに、修也は気づいていないようだ。

琥珀は、そっぽを向いていた首をゆっくりと動かす。

「今…なんでもすると言ったか?」

その口元には…

「埋め合わせなら、なんでもすると…?」

…悪い笑みが刻まれていた。

修也はそれに軽く答える。

「ん?ああ、もちろん。まあ、流石に俺が出来る範囲内で、だけどな。」

その言葉に、琥珀の口元がさらに吊り上がる。その笑みは、まさに吸血鬼そのもの。

「なら…」

琥珀は、振り向きざまに…!

「今晩、一緒の布団で寝てもらおうかの。」

優しい微笑みを浮かべて、そう言った。

修也は、その言葉に頭上に?マークを浮かべる。

「一緒の布団で寝る?…そんだけでいいのか?」

修也の言葉に琥珀は「チッチッ」と言いながら人差し指を立てて顔の前で振る。

「甘いな、我が主人よ。一緒に寝るとうぬのの中で寝るより霊力の回復が早くなるのじゃ。戦闘した後は共に寝ることをオススメする。」

「へえ、そいつは初耳だな。」

その話に修也は、興味深そうに笑みを作った。

 

…その後、数秒静かな時間が続き…

その静寂を、修也が破った。

「…なあ、琥珀。」

「なんじゃ、我が主人よ。」

修也は体を琥珀の方に向ける。

「…少しの間だけって、契約の時に言ったの、覚えてるか?」

「うむ。もちろん覚えておるぞ。代償を払うとも言っていたな。」

「…話が早くて助かる。」

修也は、一瞬の間の後、琥珀に頭を下げた。

「頼む。少しの間だけじゃなく、最後まで…俺が死ぬまで契約してくれないか。」

「…」

修也の頼みに琥珀は黙ったままでいる。

「身勝手なことだとはわかってる。だが、今回分かった。今の俺じゃ、霊から家族を…大切な人たちを守れない。そのためには、お前の力が必要なんだ。」

「…」

琥珀は、数秒の静寂の後、口をようやく開く。

「お前様の死までとなると…かなりの期間服従することになるわけか…。それなりの代償は覚悟しておろうな…?」

琥珀の言葉は冷たく、とてつもない圧力を放っていた。修也は、それに息がつまるも…

「…ああ、もちろんだ…!」

…なんとか声を絞り出す。

修也の言葉に、琥珀はしばらく黙っていたが…すぐに微笑んだ。そして、返答する。

「いいぞ。」

その言葉に、修也は驚い顔で琥珀を見る。

「いいのか…?」

修也の顔を見て琥珀は笑った。

「なんちゅう顔をしとるのだ。男前が台無しじゃぞ。」

琥珀は修也に向けていた顔をまた元に戻す。

「先程も言ったように、主の命に従うのがワシら従霊の役目じゃ。ましてや主直接の願い事なぞ聞かぬほうがおかしいわ。」

そう言うと琥珀は、ピョンッと立ち上がる。お尻をはたいてから修也の方に向き直る。

「話は終わりじゃろ?なら、早く貴様の妹と祖父を迎えに行かなければな。そろそろ待ちわびとる頃じゃろう。」

「…ああ、そうだな。」

修也は微笑みながら頷いて、ゆっくりと立ち上がる。

『たしか、翠と爺さんはここからまっすぐ歩いた先にいるはずだ。』

修也は、才蔵と翠を迎えにいくために一歩踏み出した…

 

「まだまだだな。」

 

直後。彼の背中にそんな籠っているかのような、それでいて冷たい声が投げかけられる。

修也は反射的に後ろを向いた。声がしたのは修也たちの少し斜め上の真後ろ。

そこに居たのは…木のてっぺんに登り、月をバックにして直立している仮面の人物だった。髪や体型、顔は全身を隠すフードコートと仮面で全く見えない。仮面で声も変わっているため男か女かも判断不能だ。

何より修也が驚いたのは…そいつの、霊力の大きさだった。

霊使者というのは修行すると他人の霊力の量を視認することができるようになる。霊使者というのはその霊力の大きさ、量で才能の有無を決められるのだ。

その点に関しては、仮面の人物は圧倒的だった。霊力の大きさは、そこまで大きくはなかったものの、それは、凄まじく練り上げられ、確かな戦闘能力であることを示していた。

霊使者達の中でもあまり見ないような大きさだった。

仮面の人物はしばらくした後、フウッと息を吐く。

「あのような敵に苦戦するとは…少し腕が落ちたんじゃないか?なあ…桐宮、修也。」

修也は頰に汗を流しながらも仮面の人物に少しだけ笑いかける。

「へえ、俺の名前を知ってるのか。俺も随分と有名人になったもんだな。…お前みたいな悪趣味な仮面をつけたやつは、知り合いにいなかった筈だけど…」

修也の言葉に仮面の人物はククッと喉を鳴らして笑う。

「確かにな、貴様の言う通り…俺は貴様と知り合いなどではない。」

「…てめぇ、何者だ。」

修也の質問に仮面の人物は大声で返答する。

「私は貴様のことならなんでも知っている!例えば…」

仮面の人物は修也を指差した…

「貴様が失っている、昔の記憶も…な。」

その言葉に、修也の背筋は戦慄する。なにか冷気のようなものが這い上がる感覚。しかし、それもすぐに掻き消えた。修也は声を張り上げる。

「お前…今のはどういう意味だ!」

仮面の人物は質問には答えずゆっくりと後ろに向く。

「今宵はここまでだ。これからも貴様の成長、たっぷりと見させてもらうぞ…?」

「あ…おい!話を…!」

修也は引き止めようと少し手を伸ばすが届くわけもなかった。仮面の人物は木のてっぺんから飛び降りる。普通なら、ここで木を掻き分けるような音がするはずなのだが…一つもしなかった。

「…逃げられたか。」

修也は頭を掻きながらボヤく。修也はもう一度天を仰ぐ。そこには、変わらず満天の星空が、広がっていた。

「…何だったんだ?あいつ…」

修也は独り言のように質問する。しかし、もちろんと言うべきか…その質問に、答えるものは誰もいなかった。

 

 

 




初めて一万文字も書きました。てへっ♡久しぶりの投稿です。分からないことあったら質問してね。それじゃ、評価と感想お願いね。

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