ま、いいや。それじゃ、どうぞ!
ガランガラン…
空になった酒瓶が床に無造作に放られた。巨大な体躯を持つ男は、少し大きめの椅子から立ち上がると、ゆっくりとした動きで、1本の木にに近づく。そこには頭から血が流れている老人が木に寄りかかって倒れ込んでいた。
男は老人の左肩を右足の裏で踏みつける。
「ぬおっ…!」
老人…桐宮才蔵は呻き声をあげたが、すぐに男の目を睨んだ。その目を見てから男は、はっと鼻で笑う。
「まるで負け犬から睨まれてるみてえだな。ん?そうやって自分の孫娘を助けようって心意気は感服するけどな、結局あんたには何も出来やしないんだよ…!」
男が右足に力を込めると、才蔵はさらに悲痛なうめき声を漏らした。
「儂は…孫達を守れれば、自分の命だって…捨てても良い。お前らの…目的は…翠を殺して…《力》を得ることじゃろう?」
「おうともさ。」
男はわざとらしく手を広げると、高速で舌を回して、話し始めた。
「俺たち霊は、この世に現界するために《霊力》っていうもんを必要としてる。これぐらいは知ってるよなあ?」
「当たり…前じゃ…」
才蔵は荒い息を繰り返しながら答えた。
「その霊力を補充するためには、食事や睡眠とかの日常生活でもいいけど…それじゃあ、元あったもんが回復するだけだ。なら、もっと霊力をあげて力をあげるにはどうしたらいいか。…そう、大量に霊力を持ってるやつを食えばいい。」
男は親指で翠を指さす。
「その点で言えば、あいつは100点だな。生まれつきか、霊力保有量も並のやつの数十倍の多さで、しかも《質》が良いときた。絶好の獲物だったよ。」
「…」
才蔵は呼吸を整えてから言葉を発し始める。
「…霊と、いうものは…なにか前世に未練があったから、現界すると聞く…それ即ち、必ず目的があると…いうことだ…。」
才蔵はそう言うと、最後に質問を述べた。
「…貴様の…目的は…」
才蔵の質問に、男はわざとらしく手を広げながら答えた。
「俺の目的?決まってんじゃねえか。」
男はずいっと自分の顔を才蔵の顔に近づけた。
「今の人間共を皆殺しにすることだよ。」
「今の…人間を…?」
「ああ。別にお前さんに話す義理はねえから細かいことは説明しねえが、俺は…いや、ここに集まってる奴ら全員は《人間》を恨んでてな。別になにか縁がある訳でもねえが…《あちら側》で話し合って目的が合致したんで一緒に行動してる。」
ここで説明しておこう。
霊とは前世の行いによって地獄か天国に行くかが決まる。これに関しては間違ってない。しかし、必ずしも《すぐに》行き先が決まる訳では無いのだ。霊の中には前世に未練がないものもいれば、ある者もいる。そのある者のために《裁定者》は1度だけチャンスを与える。
…そう、霊として現世に落として目的を果たさせようとするのだ。ちなみに、大体の者がその目的がある者に既に果たされていることを知って成仏するか、奇行に走って悪霊として霊使者に退治…お祓いされる。
そして、行き先が決まるまである場所に数人〜数十人が隔離される。そのある場所こそが男の言っていた《あちら側》なのだ。
「俺らの計画を話しておこうか。まずお前らを殺して霊力を上げた後に街に降りて全員殺す。そして次はそれで集めた霊力を使って日本全国に目的を移す。それも終わったら最後は国を一つ一つ潰して終わりだ。どうだ、簡単だろ?」
男からの質問に、才蔵は答えなかった。ただただ俯いて顔を上げない。
「どうした?今更死の恐怖に怯えてんのか?命乞いなら聞いてやらなくもないぜ?」
その言葉に後ろにいた男達がヒャッヒャッヒャッと笑う。腕を縛られ、才蔵の横に転がされている翠は悔しそうに体を身じろぎした。
翠は今腕と足を縛られた挙句、口も塞がれ声が出せないでいる。
しかし、そんな男達の声を聞いても才蔵は俯いて何も喋らない。そろそろしびれを切らしたのか男が才蔵に近づいて襟首を掴んで持ち上げた。
「おら、なんとか言えよ。命乞いなら聞いてやるって言ってんだから命乞いしろよ。」
そう言われてから数秒後、ようやく才蔵は口を動かす。しかし、その口から出てきた言葉は…命乞いなどではなかった。才蔵は冷ややかな目を男に向けながら、呟く。
「…愚かな。」
「…なに?」
男が眉を顰める。才蔵はさらに言葉を続ける。
「愚かな、と言ったのだ。」
「…なにがだ?俺らのどこが愚かだってんだ?」
「何もかもだ。」
才蔵は間髪入れずに声を出す。その即答に、男は少しだけ後ろに下がる。
言葉を発する才蔵の目は…今までにないほど、強く光っていた。
「裁定者である神のご厚意で現世に下ろしてくれたと言うのにすることが今の人間の大量虐殺だと?…愚かなことを通り越して滑稽とも言える。」
「なん…だと…?」
男がさらに顔を歪める。
「貴様に何があったかは知らん。それこそ本当に酷いことをされて恨むようになったのかもしれん。…だが、それは第二の人生に近い《今》の無駄遣いだ。」
「…黙れ。」
男の声など聞こえないと言いたげに才蔵は続ける。
「それに、なんだその計画は。貴様もしかして自分が最強などと勘違いしているか?たとえ、ワシと翠を殺して霊力を手に入れたとしても貴様よりも強いヤツなどこの世にゴマンといる。」
「…黙れ。」
「それこそ、貴様なんぞうちの孫息子にすら負けるだろう…」
「黙れ!」
直後、才蔵は地面に叩きつけられた。
「さっきから聞いていればペラペラペラペラと!耳障りったらありゃしねえ!」
男の顔は憤怒の色に染まっていた。目が血走っている。
「それと、いいことを教えといてやる!お前の家の孫息子だったか…先程鉄砲隊から『10数発の弾丸が命中している』だとさ!鉄砲隊にすら勝てねえやつが、俺に勝てるわけねえだろ!」
その言葉に翠は体を震わせた。しかし、前にいる才蔵は冷静さを保って質問する。
「死体は?」
「…は?」
才蔵の声に男は素っ頓狂な声を上げる。才蔵の声は、なおも冷ややかだった。
「死体は確認したのか?それも確認出来ていないのでは貴様らは我が孫を殺したことにはならん。」
男は鉄砲隊に視線を向けるが鉄砲隊は全員が首を振った。
「確認出来ていないのか。ならば殺したことにはならん。」
才蔵の言葉を聞いて男の口が痙攣する。
「…は…」
かすれた声が漏れる。
「は…はは…ははは…」
それはだんだんと繋がり、なにか笑い声に聞こえる。
「ははは…ははははははははは!」
男は背を沿って狂ったかのような笑い声を出している。そして右手の人差し指を才蔵に突きつけた。
「だからなんだ!鉛玉を10発も体に当てられて生きている人間などいるわけがないだろう!常識的に考えろバカが!」
「確かに。」
男の言葉に才蔵はうんうんと頷く。
「貴様の言う通り、鉛玉をモロに10発も喰らいながら生きておる人間などいるわけがないさ。我々霊使者も体は普通の人間じゃからな。だが…」
才蔵は少しだけ片方の口角を上げた。
「あいつを舐めてもらっちゃ、困るのう。」
「…なに?」
「…あいつがそのような鉛玉10発程度で死ぬような男なら…」
才蔵は天を仰ぐ。
「数年前に、あいつの人生は終わっとる。」
才蔵の言葉の…直後。
流星が落ちる。緑色の光に包まれた、流星が。
「うおおおおおっ!?」
悪霊達は吹き飛ばされたが、才蔵と翠は服が揺れるだけで済む。
土煙が立ち込めるが、やがてその煙も晴れていく。そして、二人はあるものを目にした。
どこか、見た事のあるシルエット。服が少し変わっているが、髪型や体型がいつも見ているのと同じだった。
その人影は才蔵に近づくと、数メートル手前で止まった。そして、何とも明るい声を出す。
「いや、さすがは爺さんだな。俺のことをよく理解してる。」
その声に才蔵は安心したかのようなため息をつく。
「当たり前じゃ。一体何年もの間お前のことを見てきたと思っとる。」
才蔵は視線だけを上げた。そして、そのシルエットの顔部分を見つめる。
「…待ちわびたぞ、修也。」
その声と共に煙が晴れる。
才蔵の前に立っていたのは、赤いコートを着た、黒髪黒眼の少年。口には薄い笑みを浮かべ、腰には鞘も柄も黒の刀をつっている。まさに、かつての彼の姿だった。
「死んでなくて安心したよ、爺さん。…遅くなって、悪かったな。」
「…構わんさ。わしも、貴様が生きてるだけで十分じゃ。」
その声に頷くと修也は翠に目を向けた。口につけられていた猿轡をのける。
「ぷはっ…。に、兄さん…」
「悪かったな、翠。遅くなっちまった。」
「私の方こそ…捕まってしまい、申し訳ないです。」
翠の言葉に修也は少しだけ笑うと、立ち上がる。
「まあ、本当は捕まって欲しくなかったけど…できないことを求めてもしょうがねえしなあ。」
「うっ…」
修也は申し訳なさそうな見てきたとの顔を見てもう一度笑うと、腰の鞘から剣を引き抜いた。その刀身は…艶のある、完全な漆黒だった
「小僧おおおおおおおおおおおお!」
吹き飛ばされた状態からようやく立ち上がった男が木々が震えるかのような絶叫を轟かす。
「俺の邪魔をしやがって…!貴様は、必ず殺すぞ!」
「あー、悪いけどそいつぁ」
修也は剣を両手で水平に構えた。
「…俺のセリフだな。」
( 厂˙ω˙ )厂うぇーいうぇーい乁( ˙ω˙ 乁)
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